第二十一匹:何がなんでもこいつを打ち倒そう。
洞穴を出ると、目が眩むような陽の光とともに、岩の上に座り口を尖らせていたヘルシスが軽い調子で近づいて来た。
「ダメだったみたいだねえ。それで、どうするの……?」
「……」
フィーユはその問いに応えずよろよろと数歩歩き、ついには音もなくくずおれる。
そんな様子を見ていたヘルシスは、哀れむでもなく揶揄するでもなく、つまらないとでも言いたげにその背中からただ視線を逸らした。
「ユーコちゃんのお姉さんって聞いたから期待したんだけどなあ」
一人ごちるように言い残し、変わらず軽い足取りでヘルシスが去っていく。
それを追うようにして、フィーユが弱々しく言葉を投げる。
「どういう、意味ですか」
「聞いてないの? 何を思ったのか知らないけど、あの子ドラゴンに挑んだのよ?」
「……え、挑んだ? ユーコがですか!? なんでそんなことを」
「さあ? 私が負けちゃったって村に伝えに戻ったら、みんながっかりする中でただ一人、あの子だけが自分もやってみるって言い出したの。もちろん無謀だって止められてたし、結果的にはまったく歯が立たなかった、どころかお遊びにもならなかったし、そんなことしなければ生贄にならずに済んだかもしれないけどね。それでもすごいじゃない? その勇気は」
「……ちょ、ちょっと待ってください。生贄にならずに済んだ!? どういうことですか!?」
「元々あいつは食料だけ要求してたらしいよ。かなりの量だからそれだけで大迷惑だっただろうけど、それでも生贄の要求まではしてなかった。それがユーコちゃんが挑んだ直後、突然にあの子を生贄として差し出せって言い出したの」
「なんでそんなことに……」
「なんだろね。挑んだのは私含めて数人いたし、食料の運搬をしている人もいたみたいだけど、何も言われなかったみたいだし。何か気に入るものがあったんじゃない? 私がユーコちゃんの勇気を評価してるみたいに」
「そんなもの、そんなもの勇気でも何でもないじゃないですか!! そんなの無謀で無鉄砲なだけで、命を無駄にしてるだけじゃないですか……」
抑えていたのか、その目から決壊したように涙が零れ、堪らずフィーユは嗚咽を漏らしてすすり泣く。
それに目もくれず音も無くヘルシスは立ち去っていった。
振り返りもせず小さな声で「なーんだ」とつまらなそうな声を漏らしながら。
その背中が見えなくなる頃、俺は去っていくヘルシスのキュロットパンツを見てふと思い出した。
が、この状況でそれを言う勇気もなく、しばらくの間、泣き崩れたフィーユを慰め続けた。
まさか。とは自分でも思ってはいた。
だがなぜだろう。妙な確信も確かにあったのだ。
根拠となるものはない。しいて挙げるなら、この世界にある意味でまともな、これこそ定番と呼べるパターンが存在するわけがない。という強い強い不信感だけだ。
ありのままに考えを言うには状況が悪く、どうしたものかと思っていたところで、フィーユがもう一度だけ交渉してみると言いだした。だからそれに便乗させてもらうことにした。
「いいか。どのタイミングかはわからないが、俺の言う通りにしてくれ」
「それで、それでユーコは助かるんですか……?」
「わからない。なんていうか、あまり期待はしないでくれ。可能性がほんの0.1パーセントでもあるならやってみよう、って程度だと思っておいてくれ」
「それでもいい」というフィーユの少し希望を持ったような顔が、罪悪感となって俺の胸の内にへばりつく。
いやいや、予想通りであったとしても、俺のせいじゃないんだけどね。
再び立ち上がったフィーユと、対照的に変なプレッシャーで嗚咽を漏らしそうになっている俺は、再度洞穴の中へと進む。
「貴様……」
ランタンの光に照らされるより前に、ドラゴンが苛立ちを露にした。
「申し訳ありません。しかし、しかしどうかお願いします。もちろん、代わりは用意します。妹が助かるなら私が喜んで――」
「くどいと言っておるだろうがあああああッ!!!!」
さらに激しさを増した嵐のような怒号がフィーユを襲う。
しかしフィーユはそれに耐えて見せた。
立派だ。立派なんだが今は都合が悪い。
「さっきと同じように倒れろ」
「……は?」
あまりにも突飛過ぎたのだろう。一瞬呆気に取られた様子のフィーユだったが、ワンテンポ遅れて言われた通りに倒れこむ。
さすがにわざとらし過ぎたとは思ったものの、俺はそのろくでもない考えを確かめる。
するとどうだろう……。
まるで夜空に浮かぶ満月のような、まん丸な目玉が闇の中に浮かんだのだ。
いや満月のようは適当ではないか。もっとふさわしいのは目を皿のようにして、だ。
俺はその目と同じものを王城で見た。あの時はもっとローアングルからの視線だったけれど。
しばらくわけもわからず転んだままでいたフィーユが、俺の様子を確認しつつ立ち上がると、やはりドラゴンの目が重たい鉄扉で閉じていく。
やっぱりだ。
やっぱりそうなんだ。
このドラゴン。
――パンツ見てるッ!!
自分の考えを証明したにも関わらず、茫然自失となっている間に、フィーユは真相を知らずに悲痛な表情でドラゴン相手に頭を下げる。
「どうか、どうかお願いします!」
だがドラゴンの目はまた関心の無さそうな半眼に戻ったまま、ぴくりとも反応しない。
「ならんと言っておるだろう。今からお前の妹を攫い、その前で主を喰らっても良いのだぞ。……良いのだぞぉぉッ!!」
明らかにおかしなタイミングでドラゴンの怒声が放たれる。
「くっ!?」
俺が倒れろとさっき言ったからか、純粋に耐えられなかったからかフィーユがまたその場に倒れて込む。
そしてまた、やっぱりドラゴンが目を皿のようにして血眼でスカートの内を見ている。
「フィーユ、正直俺としても遺憾だが、ちょっとそのままでいてくれるか」
耳元でそう囁くと、一瞬怪訝そうに眉をひそめながらも、泣き出しそうな表情で言われた通り動かないでいてくれた。
ドラゴンはいいかげん飛び出すんじゃないかという程に、目を見開いている。
「よしもういいぞ。立ち上がれ」
ドラゴンの目がスッと元に戻る。
……よし、こんちくしょう!
何がなんでもこいつを打ち倒そう。
この真相に気付いていないフィーユを騙して晒した罪悪感を打ち消すには、もはやそれをやるしかない。
だが一つ、まだ疑惑が残っている。
こいつもろくでもない世界の住人であれば、ユーコを生贄に選んだ理由もまた、俺を失望させてくれるようなもののはずだ。
「お願いします! もし代わることも許されないなら数日、いえ、一日だけでもいいんです! 時間をくださいませんか!!」
「……フィーユ、もっと子供っぽく」
「お願いちま、はあ? ……あの、妹を奪われると、その、えっと、……お母さんに叱られちゃう!! ちゃんと面倒見ておかないと、ご飯抜きにされるんです!!」
悲痛な表情に困惑と混乱が混ざり、複雑さに耐え切れない顔の筋肉がヒクヒクと痙攣し始めていた。
がんばれ、としか俺には言えない。
そりゃそうなるよね。
「くどっ……んん? 主、妙に印象が変わったな。それによく見てれば……。ふむ、つかぬことを聞くが、主の歳は幾つだ」
「え、歳? じゅ――」
「待てフィーユ、サバを読め。下にサバを読むんだ」
「……十、一歳です」
言ったのは俺だけど、ちょっと読みすぎじゃない?
無理があるだろう。なんでいけると思ったんだよ。
「十一だと? その背格好で十一というか。……ふむ、しかし背格好だけで発育は……確かに」
「はあ?」
落ち着いて。
状況と相手を考えて。
実際には状況は恐ろしく歪んでいっているけど、でも落ち着いて。
「もう一つ、聞いておきたい。いやその前に、主は未婚か」
「……はあ、そうですが」
「そうか。それで主は、……あの、まあ未婚なら当たり前だし、そうでない方がおかしいのだからして、聞くまでもない話ではあるのだが一応。……処女だな」
「は? え?」
「致したことはないのだろうな、と聞いている」
「こ、答えなきゃダメですか」
「主、そういうと言うことは……あれか。……貴様、中古のビッチかあああぁあああ――ッ!!!!」
表情が一気に怒りのそれに変わる。
やばい、色々やばいが、色々気持ち悪いが、この場を凌がなきゃいけない。
こそこそと俺はフィーユに指示を出す。
めいっぱいしかめっ面をしたフィーユは、納得いかない顔のまま躊躇いがちに頷いた。
「す、すみませんでした。だって、そういうの、恥ずかしいじゃないですか」
「うむ……? そ、そうか。そうだな、むしろ乙女たるものそうでなければならん。それなら仕方がない。して、どうなのだ」
「あの、もちろん、……はい」
「そうか! すまぬことを聞いた。しかし当たり前のことだ。恥ずかしがることでもあるまい」
上機嫌にそう言ったドラゴンは、それからさらにフィーユを舐めるように二度三度見てからかなりの時間沈黙のまま熟考し、
「いいだろう」
と承諾し、その代わりの条件を話し出す。
「ギリギリだが、姉妹というオプション込みで良しとしてやろう。その代わり、生贄は妹と主の二人だ。それで明後日まで待ってやる」
セットにしても一日しか時間をくれないとは、ケチな野郎……。いや、ケチでスケベなロリコンくそ野郎だ。一体どんだけ性癖持ってんだよ。この世界の強さの基準は性癖の多さとかなんだろうか。
しかし、これで確認は取れた。
勝ちの目は……まだ残っている。




