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第二十匹:ドラゲ。


 もうわかってはいたけど、ここは魔境の田舎と揶揄される山奥の辺鄙な村などではない。


「きぃぃぃえぇぇぇッ!!」

「うぃぃぃあぁぁぁッ!!」


 ここは、魔境の奥に潜む少数民族の集落だ。

 天高く噴きあがる焚き火を取り囲み、村人達は踊り狂う。

 奇声を上げながら、ナイト・クロウという古き神への祈りを捧げる。

 逆さに吊るされた生贄の鳥からは鮮血が滴り落ち、丸焼きにされた豚から焼け焦げた匂いが広がっていた。

 

「夜闇の女王、ナイト・クロウよ! 我らの祖にして、夜を統べる者! ここに客人ヘルシス・ヴァニングと、村へ戻ったフィーコ・ウメタ・アルトゥリアの歓迎の儀を執り行うことを許したまえ!」


 ドンドコドンドコ、太鼓を鳴らし、オカリナのような笛を吹く。

 木と骨で作られた槍を持った男たちが奇妙な踊りを踊って、女達は穀物や木の実と共にさらに火に薪をくべている。

 ヘルシスは手酌で酒をさっさと飲みつつ、フィーユはずっと斜め下に虚ろな目を向けていた。

 数回の説明でようやく勇者というのが強き者の称号なのだと理解したユーコは姉の横で誇らしげに佇んでいる。

 

「あの、ヘルシスさん。これ村人として迎え入れられる儀式なんですけど、いいんですか」


 ようやく少し顔を上げたフィーユが小声でヘルシスに警告した。


「あぁ、そんなこと言ってたからあ、いざとなったら力づくで出るよって言ったの。そしたら、強き者は好きにして弱き者は好きにされる、それも仕方の無いこと、とか言ってたから大丈夫かなあって」

「……あぁ、なんかすみません」


 そう言ってまたフィーユは頭を垂れる。

 そんなフィーユにお構いなしに、奇声を上げる村人達は串刺しの人形を天に掲げて踊り、次々とそれを火の中に放り込んでいく。

 まるで苦しむように、焼かれる人形が火の中で踊っていた。

 やはりここは間違いなく、魔境だ。

 

 

 儀式が終わり、皆が飲み食いを始めたものの、調子が悪いと訴えてフィーユは早々に逃げ出した。

 実家というものはもうないらしく、あてがわれたのは木と藁で出来た家だ。

 しかしあてがわれた家だけがそうなのではない。暗いがよく見てみれば、周囲にある家すべてがそうらしい。

 なんでここだけ、こんなに文明レベルが低いのか。

 藁の家に入ったフィーユは深いため息を漏らしながら、崩れるように寝そべった。


「おつかれさん」


 目を瞑ったまましばらく黙り込んでから、フィーユは力なく俺の声に返してくる。


「はい、疲れました。すっごく」

「だろうな。見てるだけで俺も疲れたぐらいだ。今日はもうこのまま早く寝たほうがいい」

「そうですね。そうします……?」


 誰かが家の前で立ち止まる。

 フィーユが声をかけると、顔を覗かせたのは顔を少し赤くしたヘルシスだった。


「いま大丈夫?」

「えぇ、はい、大丈夫ですけど、今日はもう寝てしまおうかと」

「そう。ごめんねえ、そんな所に来ちゃって」

「いえ、それは構いませんけど、何の、御用でしょうか」


 フィーユの声に不安が混じる。

 なんとなく、フィーユが何を不安がっているのかは俺にもわかる。

 そしてたぶんそれは現実となるだろう。


「この前はさぁ、王様が邪魔したから中断しちゃったじゃない? だから、改めて闘って欲しいなぁって」


 ヘルシスは言葉のわりに人懐っこい柔らかな笑みを浮かべる。

 対してフィーユの顔は引きつっている。

 これ以上厄介事はもう無理だと、はっきりと顔に書いてある。


「いや、無理ですよ。ヘルシスさんには勝てませんよ。ヘルシスさんの勝ちで良いですから」

「そんなことないよ、あの時の動きからして、瞬間的にならかなりの力を出せるんでしょ。それに、あたし勝ち負けはどうでもいいんだよねえ。そりゃ負けたら悔しいけど、それ以上にさ、闘うのが好きなの」


 あぁ、性質が悪いタイプだ。純粋な狂戦士だよ。

 弱肉強食とか言ってる奴等より、よっぽど弱肉強食の世界で生きている本物だ。


「いや、でも、あ、そういえば、なんでこんな所にいるんですか? 勇者として魔王軍との戦いに参加したんだとばかり思ってました。戦いが好きならあちらの方が良いのではないですか」

「あぁあれね。いちおう行ったよ? でもねぇ、なんか軍として戦うから命令どおりに動けって言われてさぁ、好きに戦えないから全然楽しくないの。勝手にやってたらまた王様に呼ばれて、命令をきけないなら帰れって言われたから、そのままギルドで適当な依頼を受けながら旅をしてたってわけ」

「それで、この村に?」

「そうそう。強いのが良いって言ったら、ギルドから紹介されてね。報酬はおかしかったけど、なにせドラゴンじゃない? 手強いのがいるなら行ってみようかなぁって。まぁ、負けちゃったんだけどね」

「あなたでも、負けたんですか……」

「うん、ダメだった。全然効かなくてねえ、だからしばらく旅を続けて、もっと強くなってから再戦しようかなあと思ってたんだけど、そこへあなたが来た。あなたもこのタイミングでここに来たってことは、ドラゴンと闘いに来たんでしょ?」

「……えぇ、可能ならば討伐できればと思ってましたけど、ヘルシスさんでそれじゃ……私なんて」

「でも……」


 フィーユから目を離さないまま、ヘルシスは手にしていた酒瓶を直接口につけて傾ける。


「あなたのの妹……生贄にされるんでしょ」


 追い詰められた鼠をいたぶる猫のように、様子を見ながら少しずつ言葉を投げてくる。

 しかしただ苦しめて弄んでいるわけではない。追い詰められた鼠の反撃を待っているような期待感が顔に滲んでいた。


「それは、させません」


 長い沈黙の後にフィーユが言ったその言葉で、何か納得したらしいヘルシスは戻っていった。

 


 翌朝、外に出て見ると朝まで宴をしていたらしい村人達がそこら中に倒れていた。

 ドラゴンに襲われていると最初聞いたのに、妙に悠長なのはなぜだろうか。

 しかしそんな中で、夜中に寝床にもぐりこんできた最愛の妹が朝になって姉に告げた言葉には、悠長さの欠片もなかった。


「お姉、うち明日、ドラゲのとこに行くべや」

「……明日? もう今日しかないんですか!?」

「んだ。ドラゲはあたいを明日には寄越せと言ってんべや」

「そんな……」

「強ければ奪い、弱ければ奪われる。仕方の無いことだべや」


 無表情に、まるで他人事のようにユーコは姉の腕の中でそう言う。

 もちろんそれをそのまま納得できるはずもない。


「わかりました。今から、ドラゴンのところへ行ってみます」



 ついて行くと言った村人とユーコを残して、フィーユは一人ドラゴンの許へと出発した。

 ただヘルシスだけは、何も言わずにふらふらと後を着いて来ている。

 それを知りながらもフィーユはヘルシスには何も言わなかった。

 何か言ったってきかないだろうと思ったのに加えて、いざという時に戦力になってくれるかもしれないという打算もあるのだろう。

 

「それで、どうするつもりなんだ」


 フィーユを苦しめてしまいそうで黙っていたが、俺ももう言うしかない。


「残念だけど、勝てる見込みはほとんどない」


 フィーユの足取りに迷いはない。

 しかしその声はあまりにも弱々しかった。

 

「やっぱりそうですか……。さすがにヘルシスさんが足元にも及ばないなんて、ちょっと酷い話ですよね」

「あぁ、その上に明日が期限じゃなぁ……策を講じるのも難しい」


 俺が反対したのだが、最初にフィーユが言った案であるユーコを連れ去るぐらいしかもう手はない。

 その場合、ユーコとの関係に禍根を残すかもしれないが、生贄に捧げられるよりは良いはずだ。

 村がどうなるのかはわからない。また別の生贄が選ばれるのだろうか、それとも滅ぼされるのだろうか。

 きっと仕方ないなんて言って村はそれを受け入れる。

 でも、それをフィーユは本当に受け入れられるのか。

 なんでこんなおかしな魔物ばかりなのに、こんな時に限って真っ当なのが出てくるんだろうか……。

 

 考えたところで、打開策は思いつかず、やがて山に空いた大きな穴が見えてきた。

 供物でも持ってきたのか、その入り口には樽や皿代わりに使われたであろう大きな葉が幾つも散らばっていた。

 そこから覗いてみれば、内部は朝だというのに夜闇よりも濃い黒で塗りつぶされている。

 何もいないかのような静寂が、逆に得体の知れない恐怖心を煽る。

 それはまるで死が大きく口を開けているようだった。


 持参していたランタンに火を入れ、その弱々しい灯りと共に穴の中へと入っていけば、ごつごつとした岩肌が落とす影が、フィーユを迎え入れるように壁の上を躍る。

 大きな洞穴の中を黙って進んでいくと、やがて生暖かい風と共に生き物の気配が現れた。


「主は、なにものだ」


 地響きのような低い声が、穴の中で反射しフィーユに押し寄せ、俺の止まった小さな肩が小刻みに震えた。

 ランタンの頼りない灯りが、ところどころが錆びた鉄板のような金属質なものに反射される。

 フィーユがランタンを持ち上げると灯りが動き、そこにあるのが巨大な爬虫類に似た頭部だとわかった。

 鉄板のようなそれは、ドラゴンの瞼だ。まるで分厚い鉄扉のようなそれが、瞼だけでなく顔中、いや全身を覆い尽くしている。

 とてもじゃないが、槍で……いや人間に倒せるようなものには見えない。

 古びた扉を押し開けるように、うっすらと重たい瞼が開き、それの奥から大きく冷たい瞳がフィーユを射抜いた。


「私は……私は、明日生贄にされるユーコの姉、フィーユです」

「姉……。姉か。その姉が何用だ。ワシの眠りを妨げるに値するものなんだろうな」


 言葉を発しているだけなのに、肌を刺すように空気が震える。

 それに耐えるためなのか、それとも単に恐怖によるものか、フィーユは全身を強張らせていた。


「もし、可能であれば、期限を延ばしてもらえないでしょうか。久しぶりに村へ戻り、妹と会ったんです。なのに、もう妹と過ごす時間もありません。ですから、どうか……」

「ならん。ワシは既に待ってやった。主らの都合など知らぬ」

「そこを、そこをなんとかお願いします! たった一人の家族なんです!!」

「くどいッ!!」


 割れた怒号が反響し、恐怖で戦き震える空気に切りつけるように襲われたフィーユが、短く悲鳴を上げて転ぶ。

 ドラゴンは押しつぶされそうな程の威圧感を放ちながら、見開かれたあまりにも大きすぎる目でこちらを見ている。

 その重たく鋭い視線がどこに刺さっているのか、巨大すぎる瞳のせいで正確には把握できない。

 ただ、俺は圧倒されながらも、なぜだか既視感を覚えていた。

 歯を食いしばりフィーユが立ち上がると、ふっと興味を失ったように瞼が下り、そのまま閉じてしまいそうなほどに薄目のまま辟易とした声でドラゴンは言う。


「これ以上ワシの眠りを妨げるなら、今すぐにでも主の妹を攫うぞ。わかったなら消えうせるがいい」 


 そのまま鉄扉のような瞼が閉まり、それを前にしてしばらく動くことも言葉を吐くこともできず、息苦しさでもがき苦しむような表情をしていたフィーユだったが、やがてとぼとぼと来た道を引き返したのだった。



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