第二匹:巨大幼女激おこ。
「まったくもうっ! 信仰心の欠片もないやつってだから嫌なのよ! そういえば仏教徒とか言ってたわね、今度あのパンチパーマに文句言ってやる!」
「おい、お釈迦様の悪口はやめろ」
「ぴゃうッ!?」
両手で身体を持ち上げ、なんとか不釣合いな椅子に座り直した巨大幼女が突然の声に肩を跳ねさせる。
しかし慌てず騒がずゆっくりと表情を整え、ふてぶてしく頬杖をつく。
「あら……いたの」
「そんな余裕ぶったポージングしても無駄だよ?」
「あら……なんのことかしら」
ダメだこいつ。でっかいおこちゃまめが。
まあそう見えるのは、俺がちっちゃくなってるからだってわかりましてけどね!
「わかった、もうそれは別にいい。そんなことよりどういうことだよこれはッ!?」
「……なにが」
たっぷりと間を開けてから巨大幼女は聞き返す。
こいつの落ち着いた大人の女像はいったいどうなっているのだろうか。
「なんで蚊なんだよ!? 俺は吸血鬼でってお願いしたんだぞ!?」
「……そう」
「その間をやめろ!! 間を空けて短く返すのが落ち着いた女だと思ってんのかよ!!」
「……ち、違うの?」
知らねぇよ。
「……書いてあったんだけど、まとめサイトに」
「まとめサイト読んでんじゃねぇよ」
「すぐに返したら立場が下になるからダ……メってあったんだけど?」
「どこで間を空けてんだよ。しかもそれ恋愛ごとでの返信タイミングの話だよね? なに? 俺に恋してんの?」
「馬鹿じゃないの!? 虫けらに恋するとかあるるわけないじゃん!!」
幼さ全開で大爆笑された。
「ほんとに虫けらになっててこっちは笑えねええよッ!! 俺は吸血鬼って言ったんだっつってんだよ!!」
「……おでこ」
「だからその間をやめろ!! あとおでこが何だって言うんだよ!? ……あ、良く見たら触角の間に角が生えてる」
「……ね」
「ほんとだあ、っじゃねぇよ! わかるかこんなもん、蚊の頭に何が生えてるかなんてそもそも知らねぇよ!! 角があるから吸血鬼ってか!?」
「…………そ……う」
「その無駄な間をやめろおおおお!!!!」
巨大幼女がわざとらしく肩をすくめて見せる。ほとんど肩が上がってない。
「で、なんで……ここに?」
「やめないんだな。さすがにやめるかと思ったんだけどな。あぁ! もういい。なんでかと言われても知らないよ、たぶん叩き潰されて死んだんだよ!!」
「不死身……なのに?」
「……え?」
「…………不死身にしろって、言ったでしょ?」
「………………ほんとに、なってたの?」
「……………………力は、授けた」
「…………………………マジ、で?」
「………………………………マジ、よ」
「……………………………………なんで、蚊?」
「…………………………………………最初から、蚊」
「………………………………………………違う、よ?」
「……………………………………………………違わない……ってうざいんですけど!? なに真似してんの!! さっさと戻りなさいよ!!」
「…………………………………………………………え?」
「その間をやめなさいよおおおお!!」
巨大幼女激おこである。
やはり子供の教育は同じ気持ちにさせて考えさせるのが効果的なようだ。
「次にまた変な間を空けてきたならやり返すからな? それで、なんで蚊なんだよ」
「だから、知らないってば。最初から蚊だったんだからわかんないし。あれじゃない、たぶん一緒に死んで混ざったとかじゃない」
「お前、塩対応でとんでもないこと言ってくれるな。混ざった!? 蚊と!?」
「そういうの担当別なんで、私に言われても」
お役所仕事しやがって。
どうやってこの憤りをぶつけてやろうかと考えているところで、再度視界が歪み始める。
「おい、……なんかまた来た! あっちに戻されてるってことなのか!?」
「…………そう」
「今のは素で間を空けちゃったんだよ! 対抗してくんじゃねぇよ!! おい、これを止められないのか! もしくは俺を人に戻してくれ!!」
「………………無理、ね」
「時間がねぇんだからその間をやめろおお!!」
「……………………嫌、よ」
「調子に乗ってすみませんでした! 神様! 神様ですよね!? これあれですよね、夢じゃないってことですよね! 異世界へ送られて冒険する的なパターンなんですよね!? チートスキルもらっても蚊だとちょっと厳しいんで、慈悲深くお美しい大人の女たる神様になんとかしてほしいなぁって!!」
満足気な顔で肩にかかった髪を払った巨大幼女は、
「はい、次の方ー」
嘲笑を目元に浮かべ、興味もないと言わんばかりに視線を逸らした。
「くそガキがああああああああ!!!!」
次の瞬間歪みが戻ると、俺は空中を飛んでいた。
身体はすっかり元通り。といっても人間に戻ったのではなく蚊の身体が戻っただけなのだが。
眼下にはやはり横たわる巨大な少女が見える。
無意識に喉が鳴り、甘い香りでまた意識がぼんやりとし始める。
「ダメだ! あんなくそガキの掌の上で弄ばれてたまるか! ひとまず冷静になれ、心まで蚊になってはダメだ」
香りに引き込まれそうになりながらも、なんとか翅を羽ばたかせて距離を取る。
しかし多少離れたところでその香りからは逃れられない。何か他のことに意識を向けようとして、俺は別の匂いに気付いてしまった。
「……あ、あぁ」
思考がとろける。
理性が崩れる。
匂いの先には毛布の端から覗く足の指が見える。
たまらない。どうしようもなく引き付けられる。
首筋から漂う匂いが腐りかけの甘い果実ならば、足先から漂うのはさわやかな柑橘系の香りだ。
無意識にそちらへ引き寄せられる。もはや止められない。
「あぁそうだ。不死身でってお願いして再生能力があるはずなのに意識が飛んでたってことは、再生するためのエネルギーが極端に不足してたからじゃないのか?」
本能の奴隷として、思考が甲斐甲斐しく都合の良いように理由をでっちあげていく。
「この身体が空っぽな感じはきっと空腹感。なにはともあれ、満たさなきゃまともに考えることもできない。仕方ない、これは仕方ないことだ」
巨大少女の足先へ止まり、薬指と小指の間へ入り込む。
「ここだあ」
喜びの声を上げて早速下唇をずらして針を取り出し、本能に導かれるままにその太い牙を突きたてた。
強引に針で中を探って彼女の大事な部分を探り当てる。
ほどなくして針先に流れを感じる。熱く濃い潮流に浸された針先から、濃厚な香りが立ち昇る。
「あ、あぁ……あぁぁ!!」
口から入った濃密な香りが身体に充満し破裂してしまいそう。
熱い血が喉を潤しながら全身へと染み渡り、その熱で体中に活力を与えながら空っぽの腹を満たしていく。
これが幸せの味か。これが幸福の温度か。
何もかもが幸せに白くキラキラと輝いて見える。
ここが楽園か。
恍惚の中、空気の流れがまた変わる。
べちんッ!!
楽園の滅びる音は、湿った破裂音だった。
「血吸われてる……」
苛立たしげな声が聞こえると共に、甘い吐息がそこから流れ出して来た。
「もうっ、明日も早いのに」
潰れた俺をテーブルに擦り付けた少女は、そのまま再度眠りにつく。
中途半端に吸血したからだろうか。先程よりも余計に血を吸うことしか考えられず、あの味をもう一度味わいたいと翅をばたつかせた。
ばらばらになった身体が、それに応えるように霧となって合わさり元の形へと復元されていく。
紛れもない吸血鬼としての能力が発揮されている。
蚊なのに。
だが、今は、今だけはそんなことどうでもいい。
「もっと血をくれええッ!!」
テーブルから離陸し、彼女の首筋めがけて飛んでいく。
その形の良い耳をかすめ、首筋へと再度降り立ち、早速針を露出させ――ッ!?
あわてて離陸。
次の瞬間、乱気流を起こしながら巨大な手が首筋を覆う。
無意識の行動なのだろう。起きた様子はない。
しばらくホバリングし待機してから、手が戻されたのを確認し再び降り立つ。
最初よりもはっきりと血流の音が聞こえる。
これならあっさりと金脈を探し当てることができるぞと、うきうきしながら針を彷徨わせていたところでまたもや空気の流れが変わった。
「フハハハッ! 無駄だ。お前はもう逃げられない、お前をもう逃がさない。さぁその甘く芳しい命の水を俺に差し出せ!」
空気の流れに乗るようにして離陸し、迫り来る手をかわす。
ふと隠れるのにちょうど良い暗がりを見つけたので、そこへ降下したその時。
「うぎいいいいい!!? 耳元を飛ばないで! わざとでしょ!? そっちがその気なら、こっちだってやってやろうじゃないですか――ッ!?」
勢い良く立ち上がった少女の足の下でシーツがずれる。
あっ、と思った時には遅かった。
立て直し困難なほどバランスを崩し、少女はベッドから床へと放り出された。
「ぴぃぎぁッ!?」
驚愕と恐怖と痛みの混じった変な声を上げて、少女は動かなくなった。