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第十八匹:吸血鬼の能力。


 再度川沿いから木々の生い茂る山中へと入ったが、口の中でコロコロと飴を転がしながらユーコは疲れも感じさせない歩みで進んでいく。

 その後を進むフィーユはすっかり疲れ果てていたが、それは山登りのせいではない。

 飴を貰った後、ハルピュイア達はさっきまでの話を忘れたように、フィーユに対してどこに住んでいるのかとか、結婚はしているのかとか、町で最近何が流行っているのかとか、散々質問を投げかけてきた。

 それだけで随分と時間を使ってしまったが、無事に抜け出したのだから、ひとまずはそれを喜ぶべきか。


「しかし、すごかったなハルピュイア」

「えぇ、久しぶりだったんで緊張しました」

「で、隙っていうのは、油断すると無駄話に付き合わされるとかそういう話か?」

「何を言ってるんですか、魔物ですよ? そんな甘い話じゃありません」


 狼男(ウェアウルフ)とか見せられて、さらに世間話好きのハルピュイア見せられて、そう言われましても。


「ハルピュイアはゴシップ話が大好物なんですけど、特に常識知らずな人間の愚行を何より好みます。特に、あの、浮気とか不倫話とか不謹慎な発言とか、そっち系ですね」

「ただのワイドショー好きのおばはんじゃねぇか」

「ただのおばさんじゃありません。彼女達は五キロ離れた不倫現場も発見し、その後不倫をした人間の町で虚実織り交ぜて言い触らし、数日から数ヶ月かけて獲物を孤立無援にして弱らせた後、ネチネチと責め立て罵倒しながら、引き裂いて食べます」

「いやぁぁ!? 怖いッ!! なにそれ、なんでそんなに苦しめるの!?」

「そういう魔物なんです」


 悪意の塊かよ。人の顔ついてるモンスターろくなのいねぇよ。

 もうちょっと純粋に強くて怖いみたいなのいねぇのか。

 いたらいたで困るけど。既にドラゴンで困る予定なんだけど。


「隙ってそういうことか。あいつらが責められる隙を見せないってことな」

「はい、だから礼儀正しくしなければいけませんし、下手な話をすれば揚げ足を取られておかしな解釈を流布されかねません」

「なんだろう。そこだけ聞くと、ご近所のマダム対策にしか聞こえないんだけどなぁ」


 ここほんと魔境。

 俺は何もしていないんだけど、疲れ果てた気分。

 あぁ、血が吸いたい。

 それはそれとして、フィーユの汗ばんだ匂いが堪らない。

 もしかすると、最近ちょっと態度がおかしいので、頼んだら吸わせてくれるんじゃないだろうか。土下座すれば許してくれるだろうか。いっつも土下座してるみたいな態勢がデフォの蚊だけども。 

 ちょっと言ってみようかと思ったところで、ユーコが振り返りフィーユに手招きをする。


「お姉、あそこにドラゲいんべ」


 山の頂上まで来たらしく、そこからユーコは指を指してフィーユにドラゴンの場所を知らせた。

 見てみれば、ある山の中腹に巨大な穴が開いている。ドラゴンはその中にいるらしい。


「なんですか、あの穴。あんなもの昔はなかったのに」

「崩れて出来たみたいだべや、穴が出来てすぐドラゲ住み着いたべ」

「穴はかなり大きいみたいですけど、そのドラゴンはどれくらいのサイズなんですか」

「……あの穴、ちょうどぐらいだべか。ちょっと窮屈そうにして寝てたべや」


 ざっと見積もって縦幅十五メートルはありそうだ。

 それで窮屈そうに寝ていたということは、立ったら奈良の大仏よりも大きいだろう。

 奈良の大仏も立てば同じくらいだろうか。だったらもう奈良の大仏さんに、なんとかしてもらえないだろうか。

 そんな荒唐無稽な祈りを俺がしている間に、二人は急斜面を下り始めた。


「蚊ーさん、念のため聞いておいていいですか」


 小さな身体で器用に下りていくユーコの背中を見守りながら、フィーユが尋ねてくる。

 それは俺の能力についてだった。

 巨大幼女に吸血鬼の能力を貰って転生したら蚊でした、という話はしたものの、そういえば具体的な話はしていない。


「そういえば吸血鬼ってのはこの世界にいるのか? いても俺の知ってる吸血鬼じゃなさそうだけど」

「似たようなものの話を聞いた気はするんですが、吸血鬼という言葉は知りませんでしたし、知る限り実在するものではありません」


 俺の世界と似たような、言い伝えの中の存在という程度のようだ。 

 仮に実在してもどうせおかしなことになってる生き物なんだろうな。


「そうか。じゃあ基本から話すと、まずは知っての通り、吸血による効果だ」

「美少女の血を吸うというやつですね」

「……あ、あぁ。能力面でいうと、血を吸うことで相手を吸血鬼化する。その程度は選べれるはずなんだけど、最大でどれくらい吸血鬼化するのかはわからない」


 なにせ蚊だから。

 どうも血を吸う時に注入する唾液量に左右されるらしいのだが、この身体では大した量を吸えない為に、蚊の俺一匹では完全に人を吸血鬼化することは無理なんじゃないかと思う。


「あとは、俺の腕力や俊敏性を自由に大幅に上げられる」

「すごいじゃないですか、それ!」

「あぁ、ちなみに蚊が通常の数倍の腕力を持ったとして、どうなると思う?」

「……蚊が基準なんですか」

「あぁ。すごく壁にくっつけるとかそんなもんだったよ」

 

 フィーユががっかりした顔で視線を逸らす。


「……ちなみに、他には」

「あとは、邪眼を持ってる」

「なんかすごいじゃないですか、それなら!」

「あぁ、目を合わせた相手に催眠術をかけられる。強い意志を持っている者には効かないが、かかれば思いのままというものだ」

「えっ、まさか今まで変なことしてないですよね!?」

「残念ながら、大丈夫だ。ちなみに、俺と目を合わせたことがあるか?」

「……え、いつも合わせて……目……。すみません、目はどこですか」

「だろ? そもそも小さすぎて認識されてないから、まったく使えないんだ。これ」


 何かを堪えるように苦い顔で瞼を瞑り、しばらくしてからフィーユは躊躇いがちに再度口を開く。


「……一応聞きますね。他には」

「言っておくけど、言ってる俺が一番辛いんだからな? リクエスト出して能力貰ったのに、蚊だから意味ないって、自分で言ってて泣きそうだからな?」

「すみません……そうとは知らず……」

「今さらだからもういいよ。以前陰で散々試してもうだいぶ割り切れてるから。……あとはな、やっぱり変身能力だな。吸血鬼といえば蝙蝠とか狼とかに変身できるものなんだ。やって見た方が早いな、ほら」


 眉間に皺を寄せて、フィーユは肩の上を凝視する。


「あの、すみません。まったく見えません」

「だろ? なぜか蚊の状態からさらに小さくなるから、変身しても誰にも見えないんだよ。誰にも見えないんだよおお!!」

「あ、すみません。こんなことになるとは思わなかったんです。怒らないで」


 ついつい声を荒げてしまった。

 大人気なさに反省だ。


「でも、つまり……」

「気にするな。つまり俺は戦力にならない。ただできるのは血を吸って吸血鬼化させるだけだ」

「でもそれもすごいですよ。ほら、変態を撃退できたのも、ケノタウロスを倒して運べたのも、そのおかげだったんですから」

「なんか、思い出してみれば、この能力もろくなことに使われてないな……」


 俺、この世界に何しに来たんだっけ。

 自分の意思で来たんじゃないし、蚊にされてんだし、気にする必要もないかもしれないけど。


「ところで、やるつもりなのか」


 能力を聞くということはそうなんだろう。

 これは俺のせいなのだろうか。俺が昨日あんなことを言ったからなんでしょうか。


「できれば避けたいところですけど……ユーコのこともありますから。それに、このままじゃダメなんです。今度こそ、私はこの村から堂々と出て行きたいんです」


 それは良いことだ。

 でも良いことだからって、無理してまでやるのはどうかと思うの。昨日はああ言ったけど、まさかほんとに魔境だとは思っていなかったの。

 なんて、言える雰囲気じゃない。


「それに」


 まただ。

 なんだ、その優しい微笑みは。信頼しきったような眼差しは。


「蚊ーさんがいれば、なんとかなる気がするんです」


 そこまで言われたら、もう何も返せない。

 俺も覚悟を決めるしかないようだ。

 しかし切り札を使うには、ここだと準備が足りないんだよなぁ。


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