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第十七匹:ここ魔境。


 翌朝もフィーユはユーコの説得を試みたが無しの礫。

 しかし案外とあっさりと引き下がったフィーユは、


「仕方ないですね。じゃあ行きましょうか」


 と村へ同行することを伝えた。

 ユーコが朝食に夢中になっている間にフィーユの肩に止まり俺は確認する。

 

「いいのか?」

「昨日あれだけ情熱的に語って来たのは蚊ーさんでしょうに」


 それだけ言って、ユーコの口元を拭い世話を焼く。

 まさかあっさりと俺の意見を聞くとは思っていなかったので、なんとなく拍子抜けというか、正直不安だ。

 

「まぁでも、良かった」


 ともかく、村をこのまま見捨て妹を無理やり連れ去るよりは良いはずだ。

 危険はあるだろうが、狼男(ウェアウルフ)が人面犬で、ケノタウロスがおいしいだけだった世界だ。ドラゴンでもドラゲでも、実はそれほど大したことないのでは、という楽観もあった。

 

「お姉、ドラゲと闘うのけ」


 朝食を食べ終えたユーコは、壁に立てかけられた槍を物珍しそうに指先で突きながら傍らの姉に問う。


「まだわかりません。もしかしたら、そうなるかもしれません」

「ならお姉は強いんだべな」

「自分と闘えとか言わないでくださいね」

「言わねぇ。お姉に勝てたことなかったべや。うちよりつえぇのはわかってる。でもお姉は勇者よりつえぇべか?」

「……今、勇者って、言いました!?」

「んだ。勇者は村一番のジョニーと二番のアンジェラよりもつえぇ。でもドラゲは黒髪の勇者よりもつえぇ。お姉はどんぐらいつえぇ?」


 楽観は、あっさりと粉々に砕け散った。







 山奥にある辺鄙な村、と確かに聞いてはいたが、


「今夜には辿り着けると思いますよ」


 村から山へと入り、所要時間を聞いて返ってきたのがそれだったので驚かされた。

 しかしそんなことで驚いてはいけなかったと、すぐに思い知らされる。


「なぁフィーユ、さっきから変なものがいっぱいあるんですけど」

「あぁ、村に伝わるオブジェですね」


 枝や藁のような草を束ねて作ったと思われる人形が、先を尖らせた太い杭で串刺しにされている。それが鬱蒼とした山の中で何本も立っていた。

 先ほど沢を通った時は小石が積み重ねられていて、それは村の入り口を飾るアートだと説明を受けた。

 どれだけ好意的に見ても、呪いか何かにしか見えない。


「今度は人形が首吊りみたいな格好で吊るされてるんですけど、あれも」

「オブジェですね」


 魔境は比喩って言ったよね?

 町の人が田舎者を馬鹿にするために使う比喩って話だったよね?

 さっきからどこからともなく女性の悲鳴のような声が聞こえてくるのも、すごく気になるんだけども。


「まだ距離はあると思いますけど、気をつけて下さい、この声はハルピュイアです。鋼鉄の鎧すら引き裂く爪を持った魔物です」


 聞かなきゃ良かった。

 聞いてしまった以上、こう言わざるを得ない。


「魔境じゃねぇぇかぁッ!!」

「フフッ、そうですね」

「いや、違う違う。なんか心にも無いことを和ませる為にわざと言ってるみたいに思ってない? なんでそんな微笑んでるの?」

「もうっ」

「いやいやいや、その反応はおかしいおかしい!」


 いよいよフィーユの反応が完璧におかしなレベルに達している。

 それも気になるが、それより何より、完全にここ魔境。

 比喩じゃねぇよ。そりゃ魔境って言うよ。呪われそうなオブジェあるわ、凶悪な魔物いるわ。そんなとこ住んでる方がおかしいだろうよ。

 しかも目的地では、黒髪の勇者が既にドラゴンに挑んで負けてるときた。

 黒髪の勇者といえば、おそらくあの王城で壁を壊してたツインテール娘だ。

 こんな魔境で、しかもあの勇者が勝てなかったラスボス的ドラゴン……。


「ねぇ、やっぱ帰らない?」

「もうっ、蚊ーさんは。もしかして昨日のあれ、今さら恥ずかしくなったんですか」


 優しい目で微笑まれた。

 もうダメだ。

 フィーユはおかしいわ、ここ魔境だわ、ドラゴン間違いなく強いわ。

 これだけ揃ったら一応不死身設定の俺も死を予感せずにいられない。

 どんだけチート能力あっても、蚊だし。

 不死身なはずなのに来て早々に一回死んでたし。

 せめて、最後にお腹いっぱいフィーユの血を吸わせてもらえないものか……。



 ほとんど獣道としか思えないような道を進み、一つ山を超え、渓谷へと下りて川沿いに進む。

 元気いっぱいにユーコが先に進み、その後をフィーユが追う。その道の険しさに、今だけは蚊で良かったと思ってしまった。

 人間の姿であれば、俺はとっくにリタイアしていただろう。

 あっという間に太陽が昇り傾き始めた頃に、唐突にユーコが立ち止まった。


「お姉、最近この山のハルピュイアが増えてんべ。ここいらも縄張りになってて、出てくるかもしんね」

「そうですか……迂回しても無駄なんでしょうね」

「んだ。あいつら目が良い。迂回したって見つかるだけだ」


 それだけ言ってユーコはまたさっさと歩き出す。


「おいおい、ハルピュイアって強いんだろ? 大丈夫なのか。目が良いって言ったって隠れて進んだら良いんじゃないのか」

「隠れても無駄でしょうね。五キロ先の獲物だって見つけられる目を持っていますから。ただそこまで好戦的ではないので、出会っても隙さえ見せなければなんとかなるはず――」


 近くでひび割れた悲鳴のような不快な声が上がり、バサバサと羽音を立てて、人影が頭上に現れる。


「あらぁ、ちょっとみっちゃん、こんなところに珍しい人間がおるわぁ」

「あらほんと、さえちゃんにも教えたげな」


 中年女性の声が降り、次いでまた奇妙な悲鳴がこだまし、少し離れたところからもう一体ハルピュイアが飛んでくる。

 少し掠めただけでパックリと切り裂かれそうな大きくて鋭い爪を持ち、豹柄模様の翼を広げたそれは、頭部から胸部にかけてのみ人間の姿をしている。

 そして、三体とも世間話が好きそうな中年女性の顔をしていた。

 無理やり人間と鳥を混ぜたような姿、下品に歪んだ大きすぎる口、そしてむき出しの胸……不快感がとんでもないレベルだ。

 いっそ死なせてくれと頼んじゃいそうなほどだ。


「どうも、こんにちは」


 フィーユは頭上に向けてにこやかに挨拶を投げる。


「こんにちはあ。なに、あんた見ない顔やねぇ」

「見てゆうちゃん、この子のスカート短いわぁ。あたしようこんなもん着られんわ」

「なに言うてんの、さえちゃん。あんた若いときもっとえげつないの着とったやんか」


 見た目も声も中年女性のようだが、よく聞けば声は少し低く中年男性のようでもあると言える。しかもだみ声だ。

 それが三体で一斉に喋るから、それだけで心がズタズタに引き裂かれるような嫌な感じがする。

 なんだ、この化け物。

 あと今お前、素っ裸じゃねぇか。若いとき着てたならお願いだから今も着てくれよ。


「あんた、こないな所で何しとんの」

「里帰りに来たんです。あ、こちらは妹です。ほらご挨拶は」

「こんにちは」

「こんにちわぁ、ちっちゃいのに偉いなぁ。それにお人形さんみたいな格好して」

「ほんまやなぁ、さえちゃんのちっちゃい頃に似てるわぁ」

「やめてぇな、みっちゃん。恥ずかしいわぁ」

「……あの、実はちょっと急いでまして。申し訳ないんですけどそろそろ」

「なにあんた、気ぃ悪いわぁ」


 フィーユの肩がびくりと震える。

 さっき隙を見せなければ大丈夫って言ってたが、なに? 機嫌損ねたら即終了なのこれ。

 一応念のためで、フィーユの首筋へと肩を登る。

 吸血鬼化で勝てるだろうか、この鳥おばさん達に。なんか何やっても勝てない不思議な威圧感があるんだけども。


「ちょっと、さえちゃん。怖がってるやんか、やめときぃな」

「そやかてみっちゃん、なんや避けられとるみたいやんか」


 そりゃ避けるわ、化け物が。


「里帰り言うとんのやから、あのけったいな村の出身ってことやろ? ここからやとまだあるからなぁ、しゃあないんちゃう」

「ゆうちゃんがそう言うなら、しゃあないなぁ」

「すみません。でも避けてるとかそういうことじゃないんですよ? あの、良ければ今度時間のある時にでも是非色々とお話聞かせていただければと」

「そうなん? なんやごめんなぁ、おばちゃんも歳やから、なんや最近短気になってしもうてなぁ。堪忍やで」

「いえ、そんな。私の言い方が悪かったんです。こちらこそすみませんでした」

「ほんまごめんなぁ」


 なんとか解放された。

 フィーユは額に汗をかきつつ、ゆっくりと自然なペースでその場から離れる。


「ちょっと待ちぃ」


 再び呼び止められてフィーユが全身を震わせる。


「は、はい?」

「お詫びに、飴ちゃん持っていきぃ」


 一人一つずつ、飴を貰った。



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