第十四匹:弱肉強食。
宿に戻ったフィーユは調理場でデスワームと野菜を使って手早く料理を作り、部屋へと持ち運ぶ。
ずっと部屋でソワソワとしていたアーコは、その料理の匂いを嗅いで安心したように息をつき、少しぎこちない笑みをフィーユに向けた。
「こんな綺麗な部屋、落ち着かねぇべ。都会はやっぱすごいんだねぇ」
「そういうのいいんで、早く食べてください」
言われた本人は気にしていない様子だが、久々に幼馴染に会ってその態度はいかがなものか。
俺はフィーユの側により嗜めてやる。
「おいフィーコ、フィーコ・ウメタ・アルトゥリア!」
「うぎいぃぃあぁぁ!!」
「ふぐえぇッ!?」
部屋で槍を振るいやがった。
フィーコのくせに!
「どないしたべや気合いの入った声あげて」
「なんでもないです」
「ならいいけども……、ところでフィーコ」
アーコは物珍しそうにフィーユのつま先から頭の天辺までをゆっくりと眺めながら顔を上げる。
「あんたぁ冒険者になったんだねぇ。ギルドに居たのも、お仕事してたからなんだなぁ」
「……えぇ、まぁ大したことはないですけど」
「んなことねぇべや、綺麗なベベ着てそんな槍まで持って、なんや言い伝えの騎士様みてぇでねぇか」
「……まぁ、それほどでも、ないこともない、ですけど」
「あんた村で一番可愛いって男どもに人気あったべや。それがこんな凛々しくなって、もしかすっと世界一かっこええ女冒険者じゃねぇべか」
「……んなことねぇべやあ! 私なんてまだまだだぁ、まぁちっと勇者なんて呼ばれて王様のとこさ行ったけどもぉ」
「すんごいなぁ!」
すっかり上機嫌でデスワーム野菜炒めを平らげながら、野菜の出来がどうとか、同年代の娘が結婚して子供が出来たとか、田舎ガールズトークを繰り広げた後に、アーコは思い出したかのように改まってフィーユを見つめた。
「どしたべ、アーコ」
すっかり田舎者丸出しなんてすけどこの子。
「どしたもこしたもねぇ、フィーユに会えたのは嬉しいけども、こんなことしてる場合じゃねぇんだ」
「……んだなぁ、じゃなくて。そうでしたね、ドラゴンが出たとか聞いてますけど」
「んだぁ、ドラゲが出て色々大変なんだべや」
「でも依頼を出したんですよね? だったらすぐに冒険者が派遣されるべ……ますよ」
「それがなぁ、依頼を出したんは半年前のことなんだよぉ」
「半年前!? そんなに来てないんですか!?」
「いやなぁ一回は来てくれたんだよ。ほら、覚えてんべ? ジミーオっていただろ? ジミーオ・ヒトシ・リチャード」
どれが名前なんだよ。
なんだそのワールドワイドな三兄弟。
「ジミーオって、あのジミーオだべか? 海を目指して村を出たあのジミーオけ……ですか」
「んだ。そのジミーオだ。あれ冒険者になってたみたいでなぁ、半年前にすぐ戻ってきてくれたんだべ」
「んでどうなったんだ……ですか」
「喰われた」
淡々とした口調でそう言ってアーコはお茶を啜る。
「喰われた」
「……それは比喩とかじゃなくて、本当に食べられた、と」
「んだ。なんかよくわからん前口上言いだしたと思うたら、そのまま喰われてしもうたべ」
「あぁ、そうですか……」
「まぁ仕方ないべな。弱かったあいつが悪いべや」
フィーユが沈黙する中、お茶を啜りながらアーコは目を鋭く細めつぶやく。
「所詮、この世は弱肉強食。それがあたいら魔の者のさ宿命だからなぁ」
◇
よほど疲れていたのか食事をして安心したのか、アーコは勧められるままに眠り、フィーユはその間に借り物の食器を洗いに部屋を出る。
俺はその肩に止まり、先ほどから無視され続けていた。
「ねぇフィーユさん、フィーユさん? なんか妙な言葉が飛び出してきたんですけど?」
「……」
「おい、フィーコ! ウメタ! ウメコ!!」
「ウメコじゃありません。フィーユです」
「なんでもいいよ! そんなことより、魔の者ってなに?」
「……」
「おい、ウメコ!!」
肩を叩こうと振り上げられた手が寸前で止まり、力なく下げられる。
観念したかのように嘆息し、洗いものを始めたフィーユは躊躇いがちに言葉をこぼした。
「聞いた通りです。……どうしますか」
「……どうもしないけど?」
「え?」
驚いたような顔でフィーユは俺を見るが、今さら俺に選択肢があるわけもない。
なにせ彼女以外魔物としか話せないんだし。
そもそも魔の者の意味もわかってないんだし。
「いいんですか? 魔の者だなんて言ってるのに」
「よくわからんがちゃんと説明してくれるなら別にいいよ。今さら知らされたって、俺にはお前しかいないんだから」
不思議そうな顔で俺を見つめ、不意に視線を逸らしてなぜか拗ねるように頬を膨らませる。
「そう、ですか」
そう言ったきり言葉は続かず、ようやく喋ったのは洗い物を済ませ食器を返した後だった。
「ちょっと外に出ましょうか」
俺を肩に乗せたまま、フィーユは宿を出て路地へと入り、人気のない路地を歩きながら建物に挟まれた狭い空を見上げて、彼女は故郷のことを話し出す。
「故郷のカナイ村は山奥にある辺鄙な村です。気付かれなかったでしょうけど、私はあの村出身であることを極力隠しています」
「……うん、すんごい知ってる」
「お気づきでないでしょうけど、実は自分が田舎出身であることを、ちょっと気にしているんですよ」
「……うん、すんごい知ってるってば。典型的な気にしすぎの田舎者だよね」
「でも隠しているのは、出身地がただ単に田舎だからという理由ではないんです。隠している理由は、なんというか、アーコをご覧になればお分かり頂けたと思いますけど、自分達が魔の者だなんて信じているような少し特殊な村だからです」
「……びっくりだ。ずっとコンプレックスで隠しているとばかり思ってた、よ?」
てっきり平手が飛んでくると思いきや、変わらぬ歩調で歩くフィーユに攻撃してくる様子はない。
もしかして、今度こそシリアス展開?
「もちろん実際は魔の者でもなんでもないんですけどね。村に伝わる伝承で、魔物の怪物と人間の間に生まれた者、そしてそれと親しい関係になった者達が先祖だと云われているだけで、特に姿かたちが異なるわけでもありませんし、そもそも魔物の領土からはかなり離れていますし嘘っぱちなんですよ。ただ問題は、誰よりもあの村の人間がそれを信じてしまっているということです」
「履歴書に勇者じゃなくて魔の者って書いちゃうぐらいにか」
「フフッ、そうですね」
やだっ、気持ち悪い! なにその反応。
「一番近くにある町の人達は村の人を魔境の田舎者とも揶揄していました。少し離れればそんな呼び名ほとんどの方は知らないんですけど、念のために隠していたというわけです。魔の者なんて聞こえが悪いですし、色々と偏見を持たれると厄介ですから。特に魔物による被害が大きくなってきている昨今ではどう思われるか」
何の慰めにもならないかもしれないが、一昔前の日本なら変わった風習が残っている村落が気味悪がられるということもあった。でもそれも次第に落ち着き、残ったものは伝統行事として多くの人々に受け入れられている。
きっと、故郷の変わった風習や信仰も、やがてはそうなっていくんじゃないか。
そんなことを噛み砕いて説明しながら、気にすることじゃないとフィーユに言うと、
「そうですか。優しいんですね」
少し戸惑いながらも、安心したような微笑みを浮かべた。
突然そんな顔されると、俺のほうが戸惑ってしまう。
また良からぬことを企んでいるのだろうか。
そんな俺の警戒を放ったらかして、どこか軽くなった足取りでフィーユは宿へと戻り始めた。
「ところで、色々と気になることはあるんだけど、とりあえず一つ聞いていいか」
「……なんでしょうか」
「さっきアーコが所詮弱肉強食って裏切られた幕末剣士みたいなこと言ってたんだけどさぁ、その考えを持っている奴がギルドにドラゴン討伐を依頼すると思えないんだけど」
「ばくまつ……? よくわかりませんけど、言いたいことはわかります。でも村では成立するんですよ。この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死す、ですが、村には昔からの風習として外から人を属化する慣わしがあるんです」
「属化?」
「より強き者を村に取り込むということです。誰かが勝てないなら他の者で、それでもダメなら、外から人を招き入れるんです。……あぁ、そうだ。それが半年前に依頼を出して出身者しか来てくれなかった理由でもあるかもしれません」
そんな話をうんざりした顔で話しながら再び宿の入り口へ。するとそこへ宿屋の主人が顔を出してくる。
なぜか宿屋の主人までフィーユとよく似た表情をしていた。
「あぁフィーユちゃん、あんた誰か連れ込んでるのかい」
「連れ込んで……って、友人です」
「別に男でも友人という名の恋人でも一線越えてなくてもなんでもいいんだけどね。うるさいっつってクレーム来てるから、とっとと止めさせくれないかい」
首を傾げたものの何か心当たりがあったらしく、フィーユは宿屋の主人に謝罪してから部屋へと急ぐ。
そして扉を開けようとすると。
「きぃぃぃえぇぇぇぇぇあぁぁぁぁ!!」
中から奇声が上げられた。
「ちょっとアーコ! あんた何やってんべや!?」
「なにって、お祈りに決まってんでねぇか。ほれ、フィーコも来てやんべ」
「やんねぇべ……ませんよ!」
「あんたぁ、お祈りさサボってんのけぇ!? 村では毎日やってたべ? ところで東はこっちで良かったべや?」
「合ってます。合ってますけど、略式でお願いします。ここで騒がれると私が追い出されかねないんで!」
「これだから都会はけったいだべなぁ」
渋々略式で納得したアーコは、その後数分間奇声を上げ続けた。
フィーナは両隣から文句を言われ、最終的に宿主から次は強制退去だと言い渡された。
「もう、勘弁して下さい」
振り回され続けるフィーナも初めて見たが、土下座する様も初めて見た。
こんなふうに人に頭を下げることができる子だったんだと、俺は軽く衝撃を受けた。
「どないしたべや、フィーコ」
「フィーコじゃありません。フィーユです。村から離れてやっと普通の暮らしに馴染んだんです。お願いですから、もう勘弁してください」
「ずっと気になっとたけど、なんだべやその喋り方。他人行儀な喋り方して」
「だって、この喋り方じゃないと方言が出ちゃうべや……」
そんな理由だったんかい。
「それよりアーコ、この町に冒険者探しに来たんですよね」
「そうだぁ。中々来てくれねぇから、誘いに来たんだ」
「ちなみに、なんて」
「そりゃ決まってんべや。野菜も女も、もしくは男も欲しいだけくれやるから、村に来ねぇかって。強い客人に村に来てもらってドラゲ倒してもらって、そんで村で子をこさえてもらわねぇといけねぇからなぁ」
「やっぱり……」
そりゃ来ないわ。
つまり、村人にされるわけだ。村人として取り込んで、村の強さを上げるわけだ。
田舎者っていうか、もはやどこか未開の地の戦闘部族みたいな風習だ。
「依頼の報酬って……」
「そりゃ村の永住権だべな」
それ報酬ちゃう、ほとんど懲罰や。
人口減に悩む日本の地方でも住むことを条件に色々と便宜を図ったりしているが、カナイ村の住人達からすればそれと似たような感覚なのかもしれない。
ドラゴン討伐させようとしてんのにそれじゃあ、誰も来ないわな。
「はあ……」
なんかほんの僅かな期間で、フィーナが老けたように見えるのは気のせいだろうか。
「そいえばフィーコ、言い忘れてたんだけど」
世間話でもするようにアーコが喋り出し、ため息を漏らし項垂れていたフィーユは嫌そうに顔を上げる。
「あんたの妹、生贄に選ばれとるよ」




