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第十三匹:田舎臭い少女。


 初めての依頼をこなしてからというもの、フィーユは武具屋のアルバイトとギルドからの依頼とを両立し忙しい日々を送っていた。


「どうですか、蚊ーさん! 私も随分立派な冒険者になったと思いませんか!」


 今日は町から馬車で一時間、さらにそこから徒歩で二時間の荒野に来ている。

 仕事の内容は、デスワームの討伐とその死骸の回収。

 荒野のど真ん中でフィーユが塩を撒いた時点で、諦めにも似た気持ちになってはいたものの。


「蚊ーさん! どうですか蚊ーさん!」

「いや、それ、チンアナゴだよね」


 塩を撒いて待っていると、塩分に引かれて地面からチンアナゴのようなドジョウのような生き物が飛び出してくる。それをキュッと絞めてからフィーユは籠に入れていた。


「チン……アナ……。蚊ーさんはそういうことは言わないと思ってました」

「ゴを勝手に抹消するんじゃねえよ。冤罪もいいところだ」


 ケノタウロス討伐以降、フィーユは機嫌が良く、俺に対しても以前と比べれば格段と態度が良くなった。

 どうせ自分にメリットがあるからだろうが、あの周回遅れのシリアス展開はいったい何処にいったのだろう。


「いっぱい取れました。少し晩御飯用に貰いましょう」

「……良かったな」


 網目からデスワームが飛び出した籠を背負い、フィーユは来た道を戻る。

 鼻歌交じりの彼女に、ふと理由を聞いてみたくなった。


 なぜ、これほど働くのか。

 正確には、なぜそれほどまでに金を貯めているのか。


 オーク討伐、貰った鎧の換金、さらにアルバイトにここしばらくの依頼の報酬。

 幾つも収入があったはずなのだが、見ている限りたまに甘いものを買うぐらいで最低限の生活費以外に使っている様子がない。

 ただのケチな守銭奴だと思ったが、もしかすると理由があるのかもしれない。

 万に一つの可能性ではあるけど。


「あぁ……そうですね、今日は気分が良いから、特別にお話ししましょうか」


 傾き始めた陽に手をかざし、指の間からこぼれる光りをまぶしそうに眺めたフィーユは、休憩だと言いながら道沿いの岩に腰を落とす。


「こう見えて、実は私の生まれは何も無い小さな村なんです」

「……うん、知ってる。こう見えて、ってなんだよ。別にド田舎出身でもおどろき、ぎぎぎ……ぐぇっ」


 無言でゆっくり握り潰された。


「本当に小さくて貧しい村でして、お医者様にかかるのだって大変なんです。なにせ近くにお医者様がいらっしゃいませんし、そのせいで呼んでも支払えないぐらいの請求額になってしまいますから。だからうちの両親が流行り病にかかってしまった時、奇蹟を祈ることぐらいしかできませんでした」


 俺は身体を再生させながらフィーユの言葉を待つ。

 あれ……俺の脚がまたどっか行ってる。


「そして奇蹟なんて起こりませんでした。本当に、なんでこんな場所にいなくちゃならないんだろうって思いましたし、村から出るべきだと思いました。……でも妹がいるんです。まだ小さいので、仕方なく村に残してきましたけど。私は町で働いてお金を貯めて、あんな村ではなくもっと大きな街に家を買おうと思うんです。そこに妹も呼んで、一緒に暮らせたらなぁって」

「そんな理由が……あ、脚あった。これで再生かんりえぇぇ、待って、話はちゃんと聞いてたかえぇぇぐうぇぇ」


 またゆっくり握り潰された。

 ……フリをしたが、霧化したので平気だ。


「ふぅ。……そうか、そんな理由があったのか」

「この程度、誰にだってありますよ。この世界では……」


 まるで代弁するように、吹き抜ける風が悲しげな音を奏で、フィーユの髪を揺らす。

 郷愁の思いにかられたのか、どこか遠い目をしたフィーユは再び帰路に着き、ギルドへと戻った。


 受付でデスワームを渡して依頼達成となったところで、受付嬢がふと顔を上げてフィーユを見つめる。


「あの、カナイ村のご出身でしたよね」

「……あぁ、あ、居たことはありました、ね」


 フィーユの妙な虚勢をそれほど気にすることもなく、受付嬢は「実は」と付け加えるように言ってから続ける。


「今、カナイ村がドラゴンに襲われているそうなんです」

「え……?」


 フィーユが呆然とする中、その手の晩御飯用のチンアナゴが驚いたようにニョロリと身じろぎした。


「そんな……、それを、討伐しろって……ことですか……?」

「え? いえ、まぁ確かに依頼が来ているんですけど、それよりできればあちらを……」


 受付嬢の視線を追って見てみれば、個室の並ぶ通路の奥で、フィーユと同じぐらいの歳の少女が何かを配っているのが見えた。

 げっ、とフィーユが小さく漏らす。


「なんだか、随分と――」


 そこまで言って俺は言葉を飲み込む。

 言ってはいけない気がしたからだ。

 少女は糸の飛び出している酷くゴワゴワとしていそうなワンピースを着ている。そこには幾何学模様が描かれ、どこかの民族衣装のように見えた。

 そして屈託の無い笑みを浮かべて配っているのは野菜だ。

 つまりはすんごく、田舎くさいのだ。

 その田舎くさい少女と、ここまでの話を考えれば、何を言ったらすり潰されるかは容易に想像がつく。


「――クラシカルな格好を、ぉぉッ! やめろぉ! チンアナゴに、喰わせようとすッ」


 目の前が真っ暗になった。


「あの、私この後ちょっと用事があるので、残念ですけどこれで」

「あぁッ!? フィーコ! フィーコでねぇかぁ!!」


 田舎少女の泥のついた顔がパァッと明るくなる。

 対照的に、フィーユの顔が一気に暗くなる。

 チンアナゴから脱出した俺の視界も明るくなる。

 でもまた、パクンッという音とともに暗くなる。


 ……ところでフィーコってなんだろう。

 ユじゃなくて、コ。


「いえ、ちょっとすみません。言ってる意味がわかりませんね」

「何を言うてんべや、フィーコでねぇか! こんな綺麗なベベ着てからに、さっすが都会は違うんだなあ」

「いえこの町程度は別に都会じゃありませんし、普通ですし、人違いじゃないですかね? 人違いですよね?」


 語尾を強くして何かを訴えるが、田舎少女には伝わらないらしく、ニコニコと持っていた籠の中の野菜を見せてきた。


「ちょうど良かったべや、なかなかここの人ら遠慮して貰ってくれなくてなあ、ほらフィーコの好きな泥芋もあるし、せっかくだからこれ食べんべや」

「……いえ、私の好きなものはクッキーとハーブティーですので結構です」

「はーぶてー? あの草を煎じた汁のことだべか。あんた昔、こんなもの頭のおかしい羊が飲む物だあって言ってたでねぇか」

「あの、ほんとに、やめてください」


 何やら困ってるようだが、ずっとチンアナゴから脱出する度に食べられている俺のほうが困っている。


「おいフィーコ! チンア、じゃなくて、……あぁッ! ちょっと待て俺を食うなデスワー、離し、てっ! フィーコ、フィーコ!!」

「フィーコじゃ、ないし」

「……? 何をぶつぶつ言ってんべや。あんた、フィーコでねぇの。あたいの幼馴染の、フィーコ・ウメタ・アルトゥリアじゃねぇの」


 たまらず受付嬢がプッと噴出し、「失礼しました」とあわてて口元を押さえる。


「やめれって言ってんべやあああ!! あんた何しに来たべ!? ここで野菜配りに来たんじゃねぇだろに!」

「なに怒ってんべフィーコ。野菜配っとったのは、強い冒険者さんにはよう来てもらうためだべな。そうだぁ、大変なんだフィーコ! 村の近くにドラゲが住みついちまってな? たいへ、いたっ、いたたたッ!? 何で引っぱんべやフィーコ!?」


 受付嬢に一礼してから、フィーコは田舎少女を引っぱって表へ。そのまま路地に入り込み、誰もいないことを確認してから頭を抱える。

 ペチンペチンと手にしたままのチンアナゴの尻尾がその頬を叩いた。


「ちょうど良さそうなもん持ってるでねぇか。野菜と一緒に食ったらきっとうまいべ」


 マイペースな田舎少女を一瞥して、フィーユはため息を漏らす。


「変わってませんね。アーコ」

「やっと名前呼んでくれたなあ。どないしたべや? フィーコ」

「えぇ、あの、ちょっとその前に、ここではフィーコじゃなくてフィーユって名前なんで、フィーコフィーコ言うのやめてもらませんか」


 偽名だったよ。

 ちょっと親しくなれたかな、と思った矢先で、名前も嘘だったよ。

 こいつ、すごいなあ!

 

「ええなぁ、ならあたいはアーユにしようか。それともアーレにでもしよか。アーレ・ウチノ・トーチだべや」

「いやそれはやめておいたほうが良いんじゃないでしょうか。知りませんけど」

「なんや貴族のお嬢さんみたいな名前で照れるわあ」


 そんな名前のお嬢様、舞踏会で笑われ者になる未来しか見えんわ。

 そんな俺の基準とは大きく異なる基準を持っているらしいアーコは、頬に手を当て恥ずかしがりつつ、ふと虚ろな目を足元に向けたままのフィーユに気付いて笑顔でバンバン落ち込んだ肩を叩く。

 おかげでまた俺は潰された。


「なんや知らんけども、元気だすべ、フィーコ」

「あの、だから、フィーユだって……」

「そだ、これ食べんべ、あんたの好きだった泥芋」

「……あの、謝りますから、もう、やめてもらえないでしょうか」


 狼狽した様子のフィーユは膝をつき、田舎者丸出しのアーコに屈したのだった。



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