第十二匹:俺が魔物だって言うのか。
「やってくれたなぁ!?」
ちょっと大きい柴犬が咆える。
「あぁ! もうマジキレそうなんだけど!!」
最初に出会って泣かされた柴犬も続く。
というかお前はまだキレないのかよ。
寛容かよ。
「俺は弱い奴を狙って暴力を振るう奴が大嫌いだ」
「おいおいやべーよ。先輩キレたらマジやべーよ」
「そもそも先に手を出してきたのはお前だ。覚悟は出来てるんだろうな」
「やべーよ、マジやべーよ」
うっさいな小さいほう。
「ちょっと待ってください」
ちょっと大きい柴犬先輩の睨みも、負け犬の鬱陶しい合いの手にも怯まずフィーユは逆にずいっと前に出てみせた。
「確かに先に手を出したのは私です」
「そうだ、テメェは暴力を振るった。それがどういうこと――」
「暴力を振るったのはそちらが先ですよ?」
「……なに?」
先輩柴犬が負け犬をチラリと見やり、焦ったように負け犬はプルプルと首を横に振る。
「殺す、と脅されました。言葉の暴力ですよね? か弱い女の子である私が、その言葉だけでどれだけ怖いかわかりますか?」
「ちょ、待てよっ! だからって槍で殴ることはないだろうがよ!」
「脅されて詰め寄られて、何かされたらもう私みたいな女の子はなす術がないじゃないですか。自衛のためにやるしかなかったじゃないですか!」
両手で顔を覆うと、その下から涙が流れ顎を伝う。
空気が確実に変わった。
先輩柴犬の負け犬を見る視線が咎めるようなものへと変わり始めたのだ。
「違いますよ!? そもそもこいつが俺たちを始末しに来たって!!」
「何を言ってるんですか? 私は農村の人達の為にやって来たと言ったんです。別に討伐に来たなんて一言も言ってませんよ?」
「いや、それにテメェ、俺のことを犬呼ばわりした……」
負け犬がきょろきょろと何かを探す。
「い、犬呼ばわりしただろ!?」
「言ってませんよ? 確かに私の声でしたか? なぜ今、何かを探したんですか?」
「な、なんでもいいだろうがよ!! 先輩、マジでキレちまいしょうよ!!」
たぶんこいつは、永遠にキレることはないのだろう。
「待て。ノボルお前、話が違うじゃねぇか」
今さら負け犬の名前が発覚したけどだからなんだ。
「あぁ、先輩に嘘をついていたんですね。突然私に酷いことを言っておいて、先輩にまで嘘をついて、いったい私が何をしたっていうんですか……?」
フィーユの目元からだらだらと涙が流れる。
後ろ手で持った水筒からも水が地面にだらだらと落ちている。
気付け、ワンちゃん。
「違ぇよ! 確かに俺を犬呼ばわりする声が聞こえたんだよ!」
「この女が言ったのか……?」
「……いや、あの、男の声だったんスけど……」
「この変に人間の男の匂いはしねえみてえだが?」
「いや、マジで聞いたんで――」
「俺の鼻が間違ってるって言うのかテメェは!?」
「きゃいんっ!!」
怒鳴りつけられた負け犬がごろりと転がり腹を見せる。
俺はずっと何を見せられているんだろう。
なに、この可愛くないワンちゃんショー。
「……悪かったな、俺の連れが誤解しちまったみたいで」
「謝って頂かなくて結構ですよ。刻み込まれた恐怖と悲しみはそんなことで癒えはしませんし聖的一閃」
「きゃ、いいいぃぃんッ!!」
こうして、よくわからない戦いが終わった。
◇
そのまま村へと戻り報告を終えて無事に依頼達成。
しばらくは人里に下りてこないだろう、と依頼人は安心した様子だ。
町へと戻る道中、もうどうでもいいやと思ってきてはいたものの、一応あの戦いの意味を聞いてみる。
「狼男には幾つかの特徴がありますが、その中でも最大の特徴は、正当性を欲しがるところです」
「そのままの意味の正しさってことか? 狼男なのに?」
「狼男だからです。彼らは中途半端に知性がありますが、攻撃力はほとんどありません。その攻撃力の無さから山の中では生態系の下位に位置し、そのためにすぐに人里に下りてきます。でも数等程度集まったって敵うわけもなく、だからこそ食料を奪う理由を欲しがるんです」
「えぇ……どういうこと……」
「例えばペットは愛らしさで人の敵意や害意を避けられますが、彼らはそれができず、その代わりとして被害者になろうとする習性を持っています。何かにつけて自らが被害者であると主張し、そしてそれを口実に安全や食料を得ようとしてきます。それを拒絶するのは簡単ですが、放置すると被害者という御旗の許に続々と仲間が集まってきます。一匹の能力は大したことはないですが、さすがに大挙して押し寄せてくると酷いことになるそうですよ」
「ああ、もしかして、すごくうるさい。とか」
「はい。一日中あらゆるものに文句をつけられ、デモ行進が始まり、万が一暴力で抑え込もうとすれば、さらに続々と仲間が集まってきます」
「……うん、全然納得はできないけど、つまり正当性っていうのは、被害者だから慰謝料として食料を貰う権利があるとかそういう意味か。と言いながらやっぱり全然わからないけどさ、だからお前は嘘をついて自分をより可哀想な被害者に見せたわけだな」
「そうです。正確には狼男を加害者に仕立て上げた、です。被害者意識の強い彼らは、自分が加害者になることを極端に嫌います。加害者にされた上に、その報復として力で圧倒されたとなれば、しばらくはあの辺りに近づかないでしょうね」
「……うん、最後まで聞いても全然わかんないや。よし忘れよう。ほんとこの世界も魔物もわけわかんない」
「ところで蚊ーさん」
軽く肩を払われ空中に放り出される。
フィーユは俺を置いてそのまま数歩進み、くるりと振り向きながら槍の穂先を俺に向けた。
「あなたも、そのわけのわからない魔物なんじゃありませんか」
フィーユが警戒するような責めるような、冷たい視線を俺に向ける。
なんだこのシリアスっぽい展開。
「なにを言ってるんだ、突然」
「気付かなかったんですか? それともとぼけているんですか? 他の人が反応してないので私にしか声が聞こえないのだろうと思ってました。不思議なこともあるもんだなぁと放ってましたけど」
「お前も大概わけわかんないな。よくそんな感想だけで処理してたな!」
「広い心を持っているだけです。そんなことより、本当に気付かなかったんですか」
「……だから何をだよ」
「蚊ーさんの声、あの狼男に聞こえてましたよね」
そうだっただろうか、と記憶を遡る。
……そうだ。
あの負け犬が言っていた犬扱いしたというのは、俺だ。
確かにあの負け犬は、俺の言葉に反応していた……!
「ほんとだ……」
「人の中では私にしか聞こえないみたいですけど、でも魔物とは話が出来る。蚊ーさんは神様がどうこう言ってましたけど、本当は違うんじゃないですか?」
「俺が、俺が魔物だって言うのか……?」
「残念ですけど、状況からしてそう考えるのが妥当でしょう」
穂先の向こうでフィーユが俺を睨む。
まるで世界が固唾を呑んでいるかのように、虫の声ひとつ聞こえず、静寂が周囲を支配していた。
そんな中で、俺は声を震わせる。
「お前、忘れてるのか……? それとも、とぼけているのか……?」
「……え……?」
本当に忘れているようだ。
「それ、最初に俺言ったよね? 魔物かもしれないよって。そしたら差別しないんでとかフワッとしたこと言って流したのお前じゃん!!!!」
「……ん?」
「ババアから服を安く買い叩いて上機嫌になって、俺の話を聞いてくれた時に言ってたじゃん! あとさぁ、ずっと吸血鬼だって言ってるよねぇ? そりゃ吸血鬼なんて魔物みたいなもんだよ!!」
「……ッ!?」
「お前、そうじゃないかと思ってたけど……、服を安く買うのに役に立ったからって大して話も聞かずに俺を受け入れたな? 今さらシリアスな雰囲気作りやがって、魔物かもよってとっくに俺が言ってたからな!? それに対してよくわかんない回答で済ませたのはお前だからな!? なにを今さら言ってんだよ!! ちゃんと話しを聞いてろやああああッ!!!!」
切っ先の向こうで、フィーユの目が泳ぐ。
どうやら思い出したらしい。
「……あぁッ!?」
かと思えば、素っ頓狂な声を上げて穂先を明後日の方向に向けた。
「お前なんだ、そんなもので騙されると思うなよ?」
「ちちち、違いますよ! あれ、あれ見てくださいよ!!」
「いいかげんにしろよ!? あの柴犬じゃないんだ、そんなので誰が騙されてやるか!」
「いや、ほんとですって! ほら、伝説上のケンタウロスとミノタウロスの子供といわれるケノタウロスですって!?」
「……マジでッ!?」
振り向けば、確かに引き締まった筋肉を持つ四足の動物が見えた。
しかし、あれは……。
「ただの馬じゃねぇか!!」
「よく見て下さい! 頭と体のバランスがおかしいでしょ?」
言われてみれば、首の先についた頭部のバランスがどこかおかしい。
よく見ると耳の上からは牛のそれと思われる小ぶりな角が、そしてその角の間から首にかけては鬣があり、尻尾は馬のそれではなく先っぽに毛のついた牛のそれだった。
「って、人の要素はどこおおぉぉ!?」
「ないですよッ!! ケンタウロスの馬のところと、ミノタウロスの牛のところが上手いこと合わさったと云われる奇跡の魔物なんですから。それにあったら食べられないじゃないですか!?」
「喰うのかよおぉッ!?」
「滅多にお目にかかれない食用魔物ですよ! お肉は最高級で食べても良し売っても良し、食べたら一生その味の記憶をおかずにご飯が食べられるという噂です!!」
「それは……すごい。じゃあもしかして、血も……」
「おいしいかもしれませんね!」
結局、フィーユは二度目の吸血鬼化を選んでまで格闘し、見事にケノタウロスを討ち取った。
なんとしてでも持って帰るのだと、運搬用にさらに三度目の吸血鬼化。
痒みに耐えてよく頑張った、でも感動はしない。
どころか俺はこの子を下に見ている。
ほんと何なんだ、こいつは……。
でも、フィーユのもケノタウロスの血もおいしかったので、良しとした。




