第十匹:吸わせてぇぇ。
「冒険するなら装備が必要ですね」
フィーユはギルドを出たその足でそのまま武具屋へ向かい、
「店長っ、冒険に行くので装備ください!」
堂々とそう言い放つ。
勢いよく扉を開けて入って来たフィーユに、店長は戸惑いの色を浮かべた。
「装備は、ついこの前くれてやっただろ……」
「お話しした通り、城で勇者さんと闘って壊れたんで。新しいのをお願いします」
「いや、その城で勇者と闘うという意味がわからんのだが……」
「これから困っている農村の村長の依頼で、狼男討伐に行くんです」
「それは……良いことだな」
「はい、でも狼男って汚い攻撃をしてくるし、群れると厄介だって有名じゃないですか。身を守る必要があるじゃないですか」
「あぁ、でもそれは……」
「だからそれなりの格好をしたいんですよ。勇者として」
「……それはわかるが」
「勇者として」
「…………仕方ないな。勇者だからな」
ずっとチョロイね、店長。
「ありがとうございます。大好き店長!」
明確に対価を要求するその笑顔が怖い。
そんなこんなで、チョロい店長により革の装備を与えられてフィーユは町を出発した。
馬か馬車か使うのかと思いきや、徒歩である。
「ヒッチハイクという手もあるんですけど、今日はこの方向だと行商人も通ってないでしょうね。まぁ二時間程ですよ」
逞しいのやらケチなだけやらよくわからないが、フィーユの肩に掴まったまま農村を目指す。
二時間かかるのなら一眠りしようかと思ったところで、珍しくフィーユが話しを振って来た。
「ところで確認しておきたいんですけど、お城でやったあれは本当に後遺症とかないんですよね」
「吸血鬼化な。ないはずだし、現に今は平気だろ。あれ使う気か」
俺としては嬉しい限りではある。
やはりフィーユの血は特別だ。露店のお姉さんの血も良いが、全身がとろけるような甘さと熱は、今のところフィーユの血でしか感じない。
それは勇者としての特別さ、なんてものなんだろうか。
勇者なんて、資格どころか肩書きとしても馬鹿にされるようなものだと発覚したので、そんな気もあまりしないが。
「いざとなったら、ですね」
「そうか。だから今日、俺を連れてきたのか」
「旅は道連れ、私と蚊ーさんの仲じゃないですかっ」
誤魔化した。仲が深まったことなんか一ミリもありゃしないってのに。
「それに、いざという時に頼れるのは蚊ーさんしかいませんから」
例え嘘でもそう言われて悪い気はしない。
「私がピンチになったら、お願いしますね」
向けられたその柔らかい笑みが、損得勘定の結果だと知っている。
知ってはいるけど。
「しょうがねえなぁ!」
今回だけは、乗せられてやることにした。
◇
「あれですね。あ、ちょうど井戸がありますね。ちょっと水筒に補充させてもらいましょう」
その声で顔を上げれば、畑に囲まれて建つ幾らかの家屋が見える。
小さな集落のようだ。
だが二時間かけて辿り着いた感慨よりも。
「ところで、血を、血を吸わせてもらえませんかあああ」
「……嫌ですよ」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから! 唾液もちゃんと回収するから! 俺だって喉が渇くんだよ!」
「嫌ですよ!? というかどうしたんですか、いきなり」
怒らせてしまいそうで躊躇われるが、辛抱たまらず白状する。
「あのね、二時間歩いたでしょ? 気付いてないかもしれないけど、汗ばんだ匂いがたまらないの」
「気持ち悪ッ!?」
サッと肩を手で払われ、空中に放り出される。
「違うんだ。すっごい堪らない匂いなんだよ。ちょっとでいいんだよ。血を、血を吸わせてっ!!」
朦朧とするぐらいに甘い香りが漂う。
ずっと無意識の内に針を立ててしまいそうだった。
そしてもう限界だ。
「汗臭いみたいな言い方やめてもらえませんか!?」
「臭いんじゃないんだよ、その匂いが、堪らないんだよおお」
「きぃもちわるいぃぃぃッ!?」
一目散に逃げ出したフィーユを追って飛ぶがすぐに見失ってしまう。
だが俺は成長した。
この香りを追っていけば良いのだ。はっきりとフィーユの匂いは覚えている。
道中、豚がいたのでちょっと血を貰いつつ、フィーユが入ったと思われる建物を見つけ入り込んだ。
木造の小屋の中、フィーユは依頼人と思われる老人と話しをしている。
俺は彼女の背後に回りこみ、静かに忍び寄った。
「わかりました。では早速行ってきますね」
立ち上がったフィーユから起こる風に巻き込まれつつ、なんとか肩にしがみ付く。
「はぁ、はぁ、吸わせてぇぇ」
「きゃあああッ!?」
悲鳴を上げて肩を叩いたフィーユは、驚いて目を見開いている老人に向き直り謝罪する。
「あ、いや、ちょっと特殊な蚊がいまして」
「特殊……? どちらにせよ、そんなんで大丈夫かい」
「えぇ! 問題ありません。お騒がせしました」
一礼してそそくさと小屋を出るフィーユ。
「驚かせないでくださいよ!? 冒険者は信用が命だって言ってるじゃないですか。あの冒険者はダメだとかギルドに告げ口されたら、今後に差し支えるんですからね!」
「そんなに驚くことないじゃねぇか。それより血を……」
「こんなに早く追いついてくると思ってなかったんですよ! 血はあげませんよ。なんであげなきゃいけないんですか。その辺の家畜の血でも吸っててくださいよ」
「豚の血はさっき吸ったよ。あと、どれだけ離れようと、お前の体臭を追っていけるようになったからな。逃げても無駄だ!」
「きぃぃもちがぁぁ悪いぃぃッ!!」
どうにも許してもらえそうにないため、気を紛らわしつつもフィーユの注意を逸らそうと、今回の依頼内容を聞いてみる。
フィーユ曰く、近くにある山に狼男が住み着き、時折下りて来ては畑を荒らしており、遂には被害者まで出てしまっているのだという。
仕事は直接狼男に人間の危険を思い知らせ追い返すことだ。
まあ俺はそんなことより、フィーユの血が吸いたいわけなのだが、戦闘になれば吸わせてくれるかもしれない。
それまでは我慢するしかないか。
勝手に吸ったりしないと約束し、俺はフィーユと共に狼男の住む山へと向かった。




