初めての戦闘
「ん、ここは、もうグランノーツについているのかしら?」
周りを見渡すと、木漏れ日がさすくらいしか光源のないうっそうとした森だった。足元にはコケが生えており、気を抜くと滑ってしまそうになるくらいだった。九麗亜の姿は、転移の間で装備したものになっていた。
「ここが別の世界。これから私はここで生きてくんだ...」
九麗亜は、その森の中をぶらぶらと歩いていく。時折、木に実っている木の実に鑑定を使ってみる。
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シィの実
ほのかな甘さのある木の実。多く食べすぎると腹を下す危険性がある。
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「うわ、見た目どんぐりで、シィの実って、元の世界と何か関連があるのかしら?それともたまたま?」
九麗亜は、木に実っているシィの実をいくつか収穫し、収納スキルにしまう。そして再び歩き出す。
「しっかし、この後どうしようかしら。好きに生きていいと言われても、このまま森で生活するのもどうかと思うのよ...、ウリアさん、もう少し場所を考えてほしかったわ。」
九麗亜はぶつぶつ愚痴りながら、森の中を歩いていく。しばらく歩くとどこからか声が聞こえてきた。
「ん?あっちの方から声が聞こえるわね。」
九麗亜は、声のする方に向っていく。茂みをかきわけていくと、”何か”と”何か”が争っているようだった。さらに近づいてみると、数人の人間同士が争っていた。というよりかは、片方が襲っていた。というほうが正しそうだった。
「くっ、こんなところで盗賊どもに出くわすとは...」
襲われているのは、豪華に作られた馬車だった。しかし、その馬車も所々が壊れており、馬も逃げ出しており、もう使い物にならない状態だった。その周辺で、数人の、鎧を装備した騎士が襲って来る者たちから身を守っている。襲っているのは、いかにも悪者です、と言いたげな格好をした男たちだった。大きな剣を振り回したり、小振りのナイフを器用に振り回しながら、騎士たちを攻撃している。
「はははっ、こんなところで商人の馬車を見つけるとはな。中身は何だろうなっと。」
男達はいやらしい笑みを浮かべ、徐々に騎士たちを追い詰めていく。九麗亜は、その真っただ中にどうやら出くわしてしまったようだ。
「うわぁ、ほんとにいるのね、あんな連中。なんか、むかつくわね。あの騎士たちに味方したら何とかなるのかしら?」
九麗亜は、一度自分の装備を確認すると、騎士たちがいる馬車の方向に向かっていく。騎士たちの後ろに回り込み、
「癒しの光よ、ヒール!」
一人の騎士に向かって回復魔法の基本魔法、『ヒール』を発動する。ヒールを打たれた騎士は、一瞬驚いたが、力が戻ったことで襲ってくる盗賊たちを押し返していった。
「誰だ!?」
九麗亜は、すべての騎士たちにヒールを発動し全員を回復させる。すると、一人の騎士が聞いてきた。
「私は、通りすがりの旅人です。勝手ながら手を貸します。」
九麗亜は、とっさにこたえる。騎士も受け答えできるほどの余裕はないらしく、
「かたじけない。感謝する。」
と、短く返し、盗賊たちに反撃していく。攻撃を受けても九麗亜がすぐに回復するため、先ほどに比べて騎士たちは攻勢に出ていた。しかし、盗賊たちも負けずに、攻め立ててくる。
「しつこいわね。なら、彼の者たちの力を奪え、『ロー・ストレングス』
盗賊たちに向けて、支援魔法の一つ、敵の力を下げる『ロー・ストレングス』を発動する。この魔法は、敵の力を弱めるため、盗賊たちの攻め立てる勢いがみるみる落ちていく。
「っく。こりゃ駄目だ。おめぇら、ずらがるぞ!!」
盗賊のリーダー格の男が指図し、盗賊たちは撤退していった。周囲に危険がないかを確認して、騎士たちが九麗亜に向き合ってきた。
「旅の方。このたびは助力いただき感謝する。しかし、相当な回復魔法の腕前でしたな。」
「いえ、ああいう、自分勝手な者たちを見ると、無性に腹が立つだけですので。あ、申し遅れました。私、奉服 九麗亜と申します。クレアとお呼びください。」
九麗亜は、軽く会釈をして自己紹介する。すると、騎士もハッとした顔をして、
「これは、助けていただいた立場で申し訳ない。私は、クオール・デランセと申すもの。この商人の護衛をしていたのです。サバラ殿。こちら、私たちの危機に助力いただいたクレア殿です。」
騎士が手招きすると、恰幅のいい中年の男が出てきた。
「おお、旅のお方。助けていただき感謝します。わたくしは、サバラ・サラインと申します。この先の町で奴隷商を営んでおります。どうぞお見知りおきを。」
サバラも深く頭を下げ、九麗亜に感謝の意を表す。しかし、九麗亜はサバラの言葉に引っかかっていた。
「奴隷商?奴隷を売り買いしているのですか?」
「?ええ、そうですぞ。この国では、それほど珍しいものではありません。そうだ。助けていただいたお礼に、今回仕入れてきた奴隷を一人差し上げましょう。」
九麗亜は、サバラの言葉に混乱していた。
(なに、この世界ではこれが常識なの?でも、あっちの世界に比べて嫌悪感がないわね。これが最適化された影響かしら。でも、ここで一人受け取っておけば、この世界のことを教えてもらえるかしら。本当に受け入れられなければ、開放すれば問題ないでしょうし。よし。)
「わかりました。お言葉に甘えます。しかし、私はこのあたりに来て間がありません。この辺りのことに聡い方がいれば有り難いのですが。」
「おお、それなら、この者はどうでしょうか?今回仕入れてきたものの中では、一番博識でしょう。また、エルフ族で、短剣の心得もございます。見たところ、クレア様は回復魔法師でしょう。それでは、攻撃手段が少ないはず。きっと役に立つでしょう。」
そう言ってサバラが連れてきたのは、一人の少女だった。薄いエメラルド色の髪を肩までの長さに切りそろえており、すらっとした体躯は引き締まっていて、それで、女らしい柔らかさを感じさせる。顔つきは、くりっとした大きな瞳、たれ目がちの目じり、すっと通った鼻筋、小さい唇。幼さを感じさせる輪郭。そして一番目を引くのは、その長く尖った耳だった。その見た目は、控えめに言って美しく、着せられているやぼったい貫頭衣も神々しさを感じさせるほどだった。
「彼女の名は、ミーリンといいます。どうでしょうか?お気に召しませんかな?」
サバラが九麗亜に話しかけるが、しかし、九麗亜の耳には届いていなかった。
(なに、この子。こんな完成された美しさがこの世にあるなんてこの子が私のものになるいやそんなことは...)
九麗亜の頭は美しいエルフの少女を見たことにより、オーバーヒートしてしまったようだった。
「あの...、九麗亜さま?大丈夫ですかな?」
「はっ、すみません。少々頭が飛んでました。」
サバラの言葉で、正気に戻った九麗亜。その顔は少々赤い。
「さて、このエルフの娘、ミーリンを今回の助力の礼に差し上げたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「はい、喜んでもらい受けます。彼女のことは私にお任せください。きっと幸せにして見せます。」
前言撤回。正気には戻っていなかった。十分、混乱していた。
「ははは、奴隷を幸せにするですか。このご時世、そのようなことを言われる方がまだいたとは。奴隷商冥利に尽きますな。どうぞよろしくお願いいたします。この子を幸せにしてあげてください。私たちは、町に向かいます。九麗亜さまはどうされますか?一緒に行かれますか?」
「いえ、私は彼女、ミーリンさんと一緒に行きます。彼女も、襲われた後なので、ケアも必要でしょう。」
「何とも...それでは、またご縁があればその時はよろしくお願いいたします。では、クオール殿、町に向かいましょう。」
サバラは、ほかの奴隷たちを馬車から連れ出し、クオールとほかの騎士数名とともに、町のほうに向かって歩き出した。九麗亜とミーリンはそれを見送った。