転移の間
九麗亜が目覚めると、そこは真っ白な世界だった。
「ここは?私は死んだはずよね。」
九麗亜は、しばらくその世界をぶらぶらと歩いてみた。しかし、何も変化が起きなかった。
「もう、何なのここは!誰かいませんかーー!!」
九麗亜はやけになり、大声で叫んでみた。すると、前方から光るものが近づいてきた。それは、次第に人の形のようになり、近くに来ると、一人の女性の姿になった。
「お待たせしました。私はこの転移の間の管理神、ウリアです。あなたは、不幸な人生の中で、自ら命を絶つという決断をされました。とてもつらい決断だったと思います。」
「あの、いきなり表れて、人の人生を品評するのやめてくれません?あなたに何を言われたところで、どうせ、戻れないんですから。」
いきなり現れた管理神 ウリアの言葉に、九麗亜はイラっとした。確かに辛い人生ではあったが、だからと言って他人に同情されるのも腹が立つ。それくらい、普通の人生では味わうことがない出来事だったのだから。
「申し訳ありません。しかし、あなたは今、どう思っていますか?このまま、輪廻の輪の中に戻り、新たな人生を歩みますか?」
「どういう意味ですか?」
「あなたには現在、いくつかの選択肢があるのです。ひとつは、このまま輪廻の輪の中に戻り、新たな来世を迎える道。二つ目は、このまま、魂を浄化し、二度と輪廻の輪に戻らず、概念として存在する道。三つめは、別の世界に転移する道。この三つがあなたの選択肢としてあります。」
ウリアは、淡々と説明する。それを聞いていた九麗亜は、
「輪廻の輪に戻るというのは、まぁ?わかりますが、概念になるというのと、転移するのをもう少し詳しく話してもらえませんか?」
九麗亜は、説明を要求した。それに対して、ウリアは、
「はい、まず概念というのは、だれにも認知されません。ただそこにいる。それだけの存在です。何の役割もなく、ただそこにいる。そういう存在となります。」
「いや、それもう存在してないよね!?存在の定義ってどんなんだっけ!!?」
ウリアの身もふたもない説明に、思わず突っ込んでしまう九麗亜。しかし、ウリアの説明は終わらない。
「誰にも認知されないため、その感覚がそのうち壊れて自然消滅します。感情はあくまで人のままですので。」
「誰がそんな選択肢選ぶんだよ!!?もっと説明の仕方工夫しなよ!」
九麗亜は、盛大に突っ込んでいた。誰が、そんな選択肢を選ぶのだろう。
「もう一つの選択肢の別の世界に転移するというのですが、転移先はこちらで指定させていただきます。あなたが転移するのは『グラムノーツ』という世界です。そこでは、魔物たちが跋扈し、人間たちと争いを続けています。」
「なにそれ?ふざけてるんですか?」
「いえ、きわめて真剣です。もし、グラムノーツに転移することを選択されれば、現在の身体、記憶、知識はそのままに、新たな力を得て転移していただきます。でないと、すぐに死にますからね。」
「なにそれ怖い。どうしてすぐに死ぬんですか?」
「日本の、しかも一学生でしかなかったあなたが、人よりも大きい異形の怪物と、今のままで立ち会えばおのずと答えはわかるでしょう?」
ウリアの言葉に、九麗亜は納得した。確かに、どこぞの戦隊ものの怪人みたいなものに出くわしたら、自分では勝てないだろう。
「そこで、グリムノーツに転移する際は、剣技や魔法のような能力を与えております。どうされますか?」
「どうされますかって、その世界に転移したとして、私はどうしたらいいんですか?」
「どうもしませんよ?あなたは、自分の好きなように生きていただいて結構です。」
「いや、好きなようにと言われても、どんな世界かも知らないのに、せめて、普通の住人がどのように過ごしているのかくらいは教えてください。」
ウリアの言葉に九麗亜は、しかし、まだ、納得できてないようで、
「そうですね、一般的には各町のクランに所属します。クランには、探索者、騎士、商人、生産者の、4種類があります。一番なりやすいのは、探索者ですね。自分の体と、ある程度のステータスがあればなれますね。」
「へぇ、その探索者の仕事ってどんなことをするのですか?」
「探索者の仕事は、いわばなんでも屋です。各自のステータスによりますが、素材の採取や、魔物の討伐。商人や貴族たちの護衛など、その仕事は多岐にわたります。」
ウリアに説明を受ける九麗亜。しかし、
「確かに、なりやすそうなんですが、私にそんな力がありませんよ。体力もないですし、格闘技なんてしたこともありませんが?」
九麗亜の質問に、ウリアは少し胸を張って、
「ご心配なく。この後、あなたにこの世界で生きていくステータスとスキルを与えます。基本的には、常人の数倍の数値となります。それは世界間を移動するのでどうしても起こってしまう現象です。ですので、あちらの世界に行った後は、比較的過ごしやすいと思いますよ。」
「後、言葉や、お金はどうなるんですか?私何も持ってないですが?」
「...細かいうえに、しっかり詰めてきますね。心配ありません。言葉に関しては、ステータスを与える際、言語理解というスキルがレベルマックスで与えられます。これは、どんな言語も、あなたが最も得意とする言語、つまりは日本語に翻訳され、話した際も、向こうが一番得意とする言語に翻訳されます。また、読み書きも問題なく行えます。」
「なにそれすごい!!」
ウリアの説明に、九麗亜は目をキラキラさせて食いついた。そのスキルがあれば、バイリンガルなんて朝飯前だからだ。九麗亜は、そのスキルが学生時代にほしいと思った。英語の授業が全部満点になるだろうからだ。
「はぁ。このスキルの説明したら、大体の方はその反応をしますね。世界間の移動がない限り、このスキルは得ることができませんからね。」
「しかし、楽しそうな世界ですね。わかりました。その、グラムノーツの世界に行きます。どうしたらいいんですか?」
「ありがとうございます。それではまず、あなたの精神と因果律を最適化しますね。これをしておかないと、あなたが動物を殺した際、ひどい後悔にさいなまれると思います。それに、因果律はこの世界からもつながるので、不幸を呼び寄せてしまうかもしれないので。」
「最適化って、私の体に影響はあるんですか?」
何か、不穏なワードが聞こえたため、九麗亜は質問をしてみた。
「いえ、デメリットはありません。しいて言うなら、元の世界の価値観、倫理観が、グラムノーツの価値観、倫理観に置き換えられます。無意識下のものですから、気にならないと思いますよ?」
ウリアが言いながら、九麗亜の足元に魔方陣を展開させる。光の壁が生成され、彼女の体をスキャンするように光が上下する。それが5回くらい往復してから、魔法陣が解除された。
「これで、最適化が完了しました。この最適化により、あなたにステータスが割り振られました。あなたの前世、元の因果律や、経験から、数値が設定されます。確認してみてください。」
「いや、確認してみてくださいって、どうやったら見れるんですか?」
「ああ、そうでしたね。ステータスを見たいと思いながら、ステータスと唱えてみてください。」
ウリアに言われ、恥ずかしかったが九麗亜はステータスと唱えてみる。すると、胸の前あたりに半透明の板が出現した。
「それが、あなたのステータスです。それが、あなたが持つ能力を数値化したものです。」
九麗亜は、その板の表示を見てみた。