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たったそれだけの躓きでも


 雨が降っていた。春の長雨。そんな言葉が私の脳裏に浮かぶ。午後には止むらしいが、昨夜からずっと激しくもない雨がしとしとアスファルトを濡らし続けていた。


 梅ケ谷通りに沿って大きな駅ビルが建ったのは、もう二十五年くらい前になる。私はまだ幼くて、駅ビルが建ったというよりも、ある、と言う感覚になっているが、母や父の年代の人達は、ティアラは商売敵以上に、死神だという人達もいた。


 私の住んでいる町、東山には昔から東山商店街というアーケード付きの二キロに渡る商店街があり、東山公園へ遊びに来る人や東山に住む人達で賑わっていた。


 公園に咲く桜を見に来る家族、夫婦、子ども達、学生達で賑わっていたのは、いくら小さかったとはいえ、私でも覚えている。たくさんの人が笑顔を咲かせて歩いていた。


 しかし、今はシャッターの下りたお店が並ぶ。開いているお店も、ずっと昔から変わらない服を売り続けているし、本屋さんも所謂『旬』の本は並べていない。


 そして、私はキャリーバックを転がしながら、ティアラに向かっていた。ティアラの地下にあるスーパーには、気取った物はないが、質のいい野菜、魚介、肉類があるし、見栄えよく並べられているし、照明も明るく、色が鮮やかに見える。それだけでも違う。


 それに引き替え、ここはいつ来ても変わらない。有線が流れている商店街。百均ぽい春の装飾と年代物の装飾が混じる天井。照明も暗い。雨の日はなおさらだった。だから、気持ちも浮かれない。


 最近のこの商店街は私にとって、単に雨の当たらない便利な通路になっているのだ。そして雨に邪魔をされずに歩きたかった。雨さえなければ、自転車で突っ切ってもいい。それに一週間分の食料を確保しに行く私は、片手に傘、大荷物が少し怖い。


 よって、景色が流れもせずに、感慨深くもなってしまう。


 くじ引きのある駄菓子屋さんは時々おまけをしてくれて、夫婦で営むパン屋さんはお使いを頼まれた私の遅い計算に付き合ってくれた。


 冷たい水に手を突っ込んで真っ赤にしているお豆腐屋さん。生臭い臭いがするのだけれど、なんだかおもしろかった魚屋さん。野菜を新聞紙でくるんでくれる八百屋さん。


 そして、彼らはいつも私を褒めてくれていた。ただ、母にくっついて買い物をしていただけなのに、言われた物を買いに行っていただけなのに、計算が出来るのを自慢したかっただけの迷惑なお客だっただけなのに。


 それなのに、全部閉まってしまった。


 ゴロゴロ。ゴロゴロゴロ。


 私の立てる音が恥ずかしいくらいに響いている。


 商店街を抜けると、この町に初めて出来たコンビニが姿を現す。これも商売敵だと、大人たちが言っていた。しかし、物珍しくて、少々高くてもコンビニ弁当というものを買いに行き、チョコレートのついた甘い菓子パンがここにしかないと聞いて、友達と買い勤しんだ。


 私がそんなコンビニ生活を送っている間にも商店街の店はシャッターを下ろし始めていたのに、子どもの私はそれに気づかなかった。それでも、パン屋さんはまれに顔を見せる私に「よくきてくれたね」と褒めてくれていた。


 そんなコンビニも今は商店街とタッグを組んで、商店街活性化計画に参加せざるを得ない状況になってしまっていた。


 コンビニがない町と聞いて、あちこちにコンビニが乱立してしまったせいだ。そして、競争に負けて消えていく。まだこのコンビニが残っているのは、いち早くここに来て、いち早く商店街仲間になったから、としか言えない。


 コンビニのガラス戸の入り口には『東山商店街割引チケット使えます』と手書きで書かれた黄色いチラシが貼ってある。


 このコンビニのせいでパン屋さんが閉まり、駄菓子屋さんが閉まった。大人になってみれば、そんな気がする。しかし、硝子戸の向こうで私を見て微笑む白髪交じりのおじさんは、既に私の知り合いになっているのだ。コンビニに入らなくても、挨拶をするし、コンビニ弁当を買えば、「へぇ、もう大学生か」「就職おめでとう」「里帰りかい」など声を掛けてくれる。一時はアルバイトも雇っていたようだが、もうおじさんとおばさんしかレジに立っているのを見たことがない。


 そして、一人で勝ち残っていたはずの大手チェーンのコンビニも人が公園やこの商店街へ流れなくなってきた時点で閉店してしまった。


 ゴロゴロゴロ


 商店街を抜けて、東山公園へ向かう。そこからJR東山へと。信号を渡ると、JR東山の公園口へとたどり着く。


 信号が青を告げる。


『通りゃんせ』から『カッコウ』の鳴き声に変わったのはいつだっただろう。


 ゴロゴロ言わせながら横断歩道を渡る。雨は小雨だった。横断歩道を渡れば構内を歩いて、ティアラへと入ることが出来る。わずかな距離に小雨程度なら傘はいらない。閉じた傘を手に歩き出す。


 ゴロゴロゴロ。


「あ」


 キャリーバックが公園口へと上がる二段ばかりの階段に躓いた。そんな罠があったか。ふいに立ち止まらされて、振り返り視線を落とした先には、持ち上げられるのを待っている便利なはずのキャリーバックがあった。


 もし、商店街の中だったら、誰かが声をかけてくれていたかもしれない。持ち上げてくれる人がいたかもしれない。しかし、ここまで来るといない。通りすがりの人ばかりで成り立つティアラでは誰も私を褒めないし、誰も話しかけない。私はしとしとと雨に濡れている。


 誰もいない。そう、「仕事辞めたんだってね」と言うかもしれない人間もいない。


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