ハロウィンに染められて
世の中、夏が終わればお彼岸の準備じゃなかったか? お彼岸が終われば木枯らしで、まぁ、クリスマスはもう致し方ない。とにもかくにも、秋は色づく果実に茜に染まる木々。
紅葉にイチョウ、そして柿にリンゴに梨にブドウに栗。サツマイモにカボチャ。なんと言っても黄金に揺れる稲穂が日本の食を支えているわけだ。
そんな世の豊穣を喜ぶんじゃなかったか? 成熟したもの達をおいしくいただく、感謝するじゃないのか。いつから日本はお化けに乗っ取られたんだ?
そんなことを思い、橙色に衣替えを始める商店街を見つめる。ため息が落ちた場所には『商店街活性化計画、年間予定』と今年の西暦が書かれてある半ぴらがあった。
九月の予定がハロウィンの装飾準備。十月の予定がハロウィンのお菓子準備『トリックオアトリート』だ。
子ども連れのお客さん向けのイベントで、「トリックオアトリート」と子どもに言わせれば、お菓子をやる、そんなイベントになる。商店街組合が丸梅にもティアラにも広告を置いてきているから、もしかしたらチラホラ常連以外のお客さんだってやってくるかもしれない。
しかし、それが何につながるというのか。
それが忠則の意見だ。ただ、ただのコンビニの店長である忠則の意見は軽んじられる節がある。
若い頃は新参者扱い。そして、今は老害だ。二代目や新規参入者を歓迎していない訳ではない。むしろ、一緒にこの辺りの活性につなげていきたいと思っている。しかし、二度目のため息が半ぴらにかけられるだけだった。
「なぁ、母さん」
妻、信子に呼びかける。
「なぁに」
自宅である二階へとつながる奥の階段から大きな声が降ってくる。
「このお菓子の件だがな、いつもおまけでやっている飴玉でいいかね」
忠則は負けじと大声を階上へと張り上げた。
「構わないんじゃない」
最早、怒鳴り声とも聞き取れる声が耳に痛かった。今、あいつの頭の中はそれどころではない。そう感じた忠則は口を閉じた。
信子はもうすぐ実家に帰ってくるお腹の大きな娘のための準備に忙しい。やれ買い物やら、やれ掃除やら。昔一緒にティアラ反対運動までしたというのに、赤ちゃん用品をティアラや丸梅に買い勤しむ日々である。
「ねぇ。すき焼きにしましょうか?」
レジにて頭を抱えていた忠則の背後から身をやつした信子が現れた。
「生まれたわけでもないのにか?」
苦笑いの忠則に信子はわずかにむくれる。若い頃からの癖なのだ。
「精をつけなきゃいけないでしょ?」
忠則もそれ以上何も言わない。精をつけるにすき焼きとは限らないが、信子にとって娘の帰省はお祝い事と変わらぬイベントなのだろう。お祝いにはすき焼き。なんだかよく分からないが、我が家の伝統だった。なんと言っても一人娘の初孫だ。婆が張り切る理由は山とある。忠則も楽しみでないわけではない。しかし、一人で頭を悩ましているのもつまらないと思った。
「ティアラに行くんだよな? じゃあ、ついでに百均のハロウィングッツでも見繕ってきてくれないか?」
商店街のアーケードの装飾は手伝ったが、店内の装飾に手をつけていなかったのを理由に信子もハロウィン仲間に入れてやろうという算段だ。
「お化けとか、カボチャとかのあれですか?」
間の抜けた信子を見ながら、忠則がそれを肯定する。
「そうそう。なんか、そういう奴らだ」
カボチャのお化けはジャック・オ・ランタンと言うらしい。ややこしい名前だ。
「はいはい、じゃあ、いいのがあったら買ってきますね」
そんなことを言う信子を送った後、忠則は店の商品を入れ替えるためにレジから立ち上がった。
商品陳列棚にもカボチャお化けがたくさんいた。芋栗南京。秋めいたクリームで着飾った菓子パンの袋、ペットボトルのおまけ。スナック菓子のパッケージまでもがお化けだらけだ。この上店もお化け屋敷にしてしまうのかと思うとなんだか滑稽である。
いっそのこと稲穂にカボチャで飾ってやろうか。いや、もうカボチャ一つ置いておけばいいのかもしれない。これは、信子に頼んだことは失敗だったかもしれないな。忠則は苦笑いを一つこぼした。
そうこうしていると信子がまたまた両手に袋をいっぱいにして帰ってきた。
「また、おまえ、何買ってきたんだ?」
信子の持つそれは、まるで本当のお化けカボチャでも買ってきたんではないだろうかと思えるほどに膨らんだ袋だった。
「生花店で鬼灯が売ってたの。それから、……言われてたもの色々よ」
信子はうれしそうに袋を見つめ、こんな感じで飾ろうと思うの、とその袋のお腹からオレンジと銀色のきらきらしたモールを取り出して、さらにカボチャお化け、白いお化け、コウモリのシールを取り出した。
「壁にこれをつってね、それから扉にはこのシール。それでね、見てくださいな」
最後に取り出したカボチャお化けは、頭に穴が開いている。本来穴が開いているはずの目と口は黒いシール。日本人らしい真似事をすっかり体現してしまったカボチャお化けだ。
「ここに飴玉を入れておいたら、かわいいでしょう?」
忙しい女だ。そう言いながらすでに信子は店内をせからしく飾り付けていた。モールは商品棚に、シールは自動扉に。あっという間に店内をハロウィンに変えていってしまう。そして、会話と言うよりも実行するための言葉を口にしながら動き回る。最早、彼女の頭の中はハロウィン一色。余程ハロウィングッツが彼女の食指を動かしたらしい。そして、最後にあの頭に穴を開けたカボチャ頭に飴を詰め込んでいく。
「でも、果物もあってもいいかしら? 店内の果物少し分けてくださいね」
その様子を唖然と見つめる忠則は諦めたように「勝手にしろ」と応えた。
火をつけてしまったのは忠則だ。後悔というか、反省というか、こういう女だったということを気にかけなかったせいで起きた嵐のようなものなのだ。
そんな忠則の考えなんていざ知らず、信子は「大変、もうすぐ帰って来ちゃうわ」とすき焼きの用意をするために奥へと引き下がった。そんな信子の背中を忠則はずっと見つめていた。店の飾り付けはすっかり終わっている。
否応なしに全てがハロウィンになってしまった店内に置いてけぼりにされてしまった忠則と信子の手によって飴を頭に詰め込んだカボチャお化けが暖色の果物の間から小さく覗いている。
「お前も染められた口だな」
最後に飾られた鬼灯の提灯に照らされて、小さく埋もれるカボチャが忠則の目に映る。そんな忠則の頬は、しかしながらほのかに緩んでいるのだ。