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ビタースウィート 【☆】


 色とりどりのマカロンが5つ並んだホワイトデー限定のパッケージに視線を奪われた。イチゴにピスタチオ、バニラ、珈琲、レモン。甘い中から滲みだすのは甘さを補う酸味、もしくは、甘さを強調する甘味。パステルピンクに白のストライプ。黄色のリボンに白い薔薇。すっかり春めいたパッケージ。


「同じゼミの子にチョコレートをもらったんだけど、一緒に見繕ってくれない?」


そんな宮木の頼みを受けて、丸梅のホワイトデーフェアまでやってきたのだ。意外と女性が多いんだな、という印象を持ちながら、その中に消えていく彼をただ見つめるばかりだった。結局、「あのマカロンなら喜ぶんじゃないかな」という私のアドバイスなんて全く取り入れられず、「チョコにはチョコ」という不思議なこだわりを貫いた彼は、会場奥にあった高級チョコレート店へ戻ることに決めたらしい。


 同じチョコを返されて嬉しい女子はいないと思うのだけれど。


 彼との付き合いは二年だ。もちろん、恋人同士の付き合いではなく、同じサークルに所属する仲間としての付き合い。サークル名は『星見会』その名の通り、星を見に行くサークルである。そこで彼に出会った。ただ、星を眺めるのが好きな私なんかとは違い、彼の星に対する情熱は海よりも深く、空の広さ、いや、宇宙にも負けないと思われた。物静かな癖に、語り出すと熱い、典型的なマニア気質。意外と律儀で、ちょっと偏屈で、不器用。そんな性格も加わり、彼がサークル以外の友達と接する姿すら見たことがなかったのだ。


 そんな彼がチョコをもらった。衝撃を受けた。雷にうたれるとか、そういう衝撃ではなかったと思う。何と喩えればいいのだろう。夜空の流れ星に願い事をしていたら、なんと自分の元に降ってきた隕石だったような。


 だから「嘘だ」と思った。あり得ない。


 茶色の紙袋はかの有名な高級ショコラ店。かなり奮発したのだろう大きさ。おそらく本命なのだろう。私を含めた全ての人はそう思ったはずだ。それなのに、彼は気にも留めずにそのチョコレートの袋を部員集まる場所へと持ってきたのだ。


 部室に現れた何人かがそれを見つけ、茶化しに行くたび、私は聞き耳を立てている自分を自重しようと努力した。


 宮木、それ告られたの?


 本当は真っ先に聞きたかった。そわそわする。そして、心臓が胸を打つ。聞きたくない。


「あのね。みんなにチョコ持ってきたんだ」


私はあの時、嘘をついた。ただ、みんなと自分の視線を変えたかったのだ。ちょうど人数よりも多い七つ。もともと意味なんてないチョコレートだったんだから。ただ、あげたくなっただけで。からかいたくなっただけで。渡そうか迷っていたものだし。


「一個ずつね、私も食べたいから、ちゃんと残しておいてね」


綺麗にお洒落したチョコが摘ままれる度に金色のプラケースに一つずつ穴を開けていく。彼も一つ摘まむ。何味を取ったのだろう。無性に気になった。でも、視線の先にあるのは慌てて破った包装紙を握る自分の手だけ。そして、破かれた包装紙を伸ばし始める。気にしている自分をひた隠しにしたくて。包装紙をたたんでいる私の元にそれが戻って来た頃には、随分と重みを失って、穴だらけになってしまっていた。


 私が摘まんだ残り物はエスプレッソクリームが中に入ったシェルチョコレート。口の中に僅かな苦みが広がった。私が口の中に放り込むのを見届けたみんなが、「ありがとうございました」と運動部のようにしてお礼をしたものだから、その苦味はすぐにチョコの甘味に侵された。だから、私は笑顔でそのお礼に応えた。


「いーえ。お返しは三倍返しで、よろしく」


「えーっ、むりーっ」


笑い声とにぎやかな声がただ部室に広がる。じんわりと広がったものは、それに埋め尽くされた。痛みも苦味もあの時振り切った。私なら大丈夫。みんなそう言うし、私もそう思うようにしている。それなのに、一人になるとあの苦味が口に広がり、涙が零れた。最初はなんで泣いているのかが分からなかった。


 それ以降なんだか、サークルに顔を出しにくくなってしまった。別に泣き顔を見られたわけでもないし、誰かを傷付けたわけでもないのに。サークルの呼び出しも適当な嘘を吐いて足を遠のかせていた。だから、私の二月の星空はあの日から動いていない。


『同じゼミの子にチョコレートをもらったんだけど、一緒に見繕ってくれない?』


グループラインではなく、宮木からだった。思わず見てしまって、既読を付けたことに後悔していた。行きたくないという気持ちが、指を動かさない。


『3月3日暇?』


「ひな祭りかよ」


続いて入ったラインに思わず突っ込んでしまった。


『あ、そうか。女子だからお祝いするのか……』


いや、しないけど。いや、ちらし寿司とハマグリのお澄ましはお母さんが作ってくれるけど。そりゃあ、女子なんだけど。


『ごめん、日曜だから暇かと』


日曜だから予定があるんだとは思わないんだよね。なんだか、嘘を吐くのが馬鹿らしくなった。


『いいよ。付き合ってあげる』



 ぼんやりと人混みを眺めていると、フェア会場から半ば飛び出すように、彼が戻って来た。どうやらチョコは買えたらしい。


「ごめん、遅くなって。すごい人だよね」


「女の人もお返し買うようになったからね」


女子のパワーはすごい。同じ女子でも、傍から見ればそのパワーの凄さに感嘆してしまうものだ。とりあえず、早く帰りたい。


「行こう」


「あ、ちょっと待って」


会場を後にしようとする私を呼び止めた彼は、自分の持つ斜め掛けカバンをごそごそさせていた。


「これ、春日にも。ほら、3倍返し」


彼の手にはパステルピンクの箱があった。


「くれるの?」


目を瞠る私をさもありなんと見つめる彼。そして、話し出す。彼から目を離せない。


「うん、だって、あのチョコ一粒でも結構高いもんなんだね。いい勉強になったよ。だからさ、『春の星見会』一緒に行こうよ」


胸の奥で膨らみ続けていた何かが弾けるよう気がした。あれ、何となく頬が熱い。息も苦しい。そうだ、深呼吸しなくちゃ。その仕草がばれてしまわないようわざと一歩前へ出る。


「無理そう?」


彼の声がほんの少し背後から寂しそうに響いた。胸を膨らませて息をする。あれ、だけど全然酸素が足りない。もらったものに視線を落とし、顔のほてりに気付かれないように彼に応える。


「ううん。ちゃんと予定しとく」


「よかった。待ってるから」


ちらりと見遣ったら、彼の安心した表情が私を追い抜いて行くのが見えた。真っ直ぐに彼の背を見つめる。


 そう、真っ直ぐに。


 パステルピンクの箱の窓から三色のマカロンが並んで見えていた。


 いちご、バニラ、ピスタチオ。


 三月三日に相応しい色づかいは、本当に彼らしいと思った。


 私は彼の横に急ぎ足で並んだ。僅かに見上げる先にある彼の顔。その顔を見る度に疼いていたしこりの様なものを抱くのはもう嫌だ。


「うん、あのさ……」


 宮木がきょとんと私を見下ろしていた。私は一気に言葉を吐きだした。


「宮木ってその彼女と付き合ってるの?」


視線を前方へ戻しながら、宮木が柔和に微笑む。


「付き合うわけないじゃん」



 あれ。なんだろう。胸がどきどきする。ざわめきが止まらない。



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