序章
今の現代日本では早々お目にかかれない、中世ヨーロッパな街並み。
そして、目の前を行き交う、人、人、人、ひ…と?
フラリと目の前を飛んでいった謎の生物に、停止していた脳が更に停止する。
鳥や虫ならまだわかる、っていうか許容範囲内だ。
でも、人に交じって、人に寄り添って行き交う謎の生物は、どう頑張っても許容範囲外だ!
何あれ、妖怪?怪物?!
透明な羽を持った、小さな人のような形をした生物。
こんなのアニメかマンガの世界でしか見たことないよ!
というか、そもそもなんで私がこんなところにいるのか、それが問題だ。
まず大前提として今いる場所がどこかよく分からない。
ここに来る前は…確か、駅のホームで自分の乗るべき車両を待っていたはずだ。
そうだ、ちょうど列車の案内放送を聞いて、そろそろかと黄色い線のギリギリまで進んだ時だった。
後ろから来た学生の集団に、背中を押されたんだ。
フラリと前に押し出され、線路に落ちると思い目を瞑った。
そして――――――――
「目が覚めたらここでしたってか?」
小さな声でそう呟くと、行き交う人の何人かの視線が突き刺さる。
それは、私がこの世界に干渉出来ているということ。
ぶわり、背中に冷や汗が伝う。
周りの人の言葉も理解できる、字も日本語じゃないのに理解ができる。
まるで、違う人の体に入り込んでそのまま生活をしているかのような違和感。
でも私の体は見た目は全くもって変化がない。
しかも、特に強くなった気もしないし魔法が使えるとか、そんなチートは期待できそうもない。
まあ、この世界が戦わなければならない世界でなければいいだけの話だ。
もしも戦闘必須なら潔く諦めようじゃないか、と。
そう思っていた私よさらば。
頭上から、私を狙ったとしか思えない位置に、光輝く謎の球体が落下してきた。
なぜとか、何がとか、こんなところでとかそんな事を考えながら、無意識に目を閉じた。
その時、異変は訪れた。
「ファイア!」
気合一閃。
私の頭上から降ってきていた緑色の球体は、目を開けると消え失せていた。
そして、一人の青年が慌てたようにこちらに近づいてきた。
「もー、危ないから勝手に行かないでって言ったでしょ!怪我はない?」
そういい放つ、オレンジ色の髪をした片目を隠した青年は、私の安否を確認している。
…嫌な予感が身体中を駆け巡る。
もしや、この男は。
数年前に読んでいた、小説の登場人物ではないだろうか、と。
確かに、あの小説には人ならざる生物が登場していた。
そしてこの男は主人公の立ち位置で、大陸を旅してとある少女の統治下にある領地にたどり着き、領主である少女に心奪われそこに住み着き、幸せに暮らしましたとさ。
そういう話だったはずだ。
もし、もしかしたら。
これは私はその領主の女の子ってことに…
「ちょっとアヤ、話聞いてる?」
綾…いや、アヤと、この男は私をそう呼んだ。
花表 綾は、私自身の名前。
領主の名前は、ベルだったはずだ。
よっしゃフラグ回避!
けど、そうなると私の立場が一向にわからなくなった。
「全く、旅に出る前から思ってたけど、人の話を聞かないのはアヤの悪い癖だよ?」
「あー、うん、ごめんなさい?」
やばい、小説には無かったわ!アヤって名前の同行者なんて!
自分の立場がわかんないから、どう喋ったら良いかもわからない。
でも、このままだと彼 ─私の予想が正しければ、ユーリス・アレキハルク─ に、違和感を悟られてはいけない取り調べになりかねない。
彼は、想い人のベルに危害が及ぶ可能性があるのなら、どんなに仲が良かろうと排除できる、そんな人間だ。
私は、ここで死にたくはない。
つまりは、彼に見捨てられるわけにはいかないんだ。
「えーと…私さ、どこから迷子だったかよくわかんなくて」
「全く、これだからアヤは!アヤが僕とはぐれたのは、サイハの街のど真ん中でしょ」
「あー、で、ここはどこ?」
「…ここは、サイハの街の南。ねぇ、アヤもしかして体調悪い?」
こちらを探るような目で見てくる彼に、悪寒が走る。
見透かすように、抉るように、確かめるように。
その目は、言葉は、私を逃すまいとしている。
普段と違う私の態度や言動に違和感を感じているんだろう。
どうしよう、と思っていると彼がいきなり上を仰いだ。
そして、私には見えない何かに向かって話しかける。
「で?わざわざアヤに向かって打ったってことは…僕を敵に回すっていう覚悟があるんだよね?」
そう彼が話しかけると、クスクスという笑い声とともに、ブワリと空間に小さな少女が目の前に現れた。
小さなとは言っても、身長は多分150前半くらいだろう。
黒い髪の毛に灰色の瞳、弧を描く口元は不気味に歪んでいる。
「ふふっ、やーだなあ。只の力試しだよ?お兄さんてばそんな怖い顔しないでよー。アル泣いちゃーう」
アル、と名乗った少女には見覚えがあった。
確かこの世界で、彼に執着しており近くにいる者や彼自身を狙って旅の途中によく邪魔をしに出てきていたはずだ。
小説の挿絵にとてもよく似ている、というか本人なのだろうけれど。
この少女は、確か魔法攻撃を得意としていたはずだ。
それも、風属性のウィンドを。
そういえばユーリスショックですっかり忘れてしまっていたけど、この世界には魔法がある。
火属性のファイア、氷属性のアイス、風属性のウィンド、雷属性のサンダー、闇属性のダーク、光属性のライトだ。
とりあえず、なんで雷属性と光属性が共存してるのかコレがわからない。
お前らできること大体一緒だろうが、と思った気もするけれど。
けど、雷属性は攻撃にたけたサンダーで相手を貫通するほどのいかずちを放つ。
そして、光属性は治癒にたけたライトで仲間たちを癒していたはず。
この世界では、個人に与えられた魔術回路が全て。
その魔術回路の大きさや先天的な魔力量で、ファイアはファイアでも、松明と空に届く火柱ほどの差が生まれる。
つまり、魔法とは先天的に体の中に宿しているものであり、後天的な発動はない。
そして生まれつきその属性は強制的に決められている、というのがこの世界の魔法だ。
ひとまず魔法についてはそれぐらいにしよう。
そんな復習をしている間に、彼とアルが言い争いを始めてしまっている。
確か小説では、彼らが喧嘩を始めると街の一つや二つ犠牲になってしまうことも少なくなかった。
つまり何が言いたいかというと、この2人を止める、もしくは私だけ逃げる、だ。
「へえ、僕相手に腕試しなんていい度胸だよね。ぶっ潰す」
「あはは、私が負けるわけないでしょー?返り討ちにしてあげるねっ!」
超絶的に相性が悪いとはこのことを言うのだろう。
最高魔術かそれと同等ほどの魔力の塊たちがぶつかり合い、爆発によって起こった風により辺りを砂埃で覆われ目の前が見えなくなる。
手をクロスして自分の目を守りながら、何とか脱出しなければと考えていたその時。
本日3人目の、聞きなれない、けれどどこかで聞いたような声がした。
「ダーク」
瞬間、目の前が砂埃から真っ暗な闇へと転換された。
これが主人公サイドの闇魔法の使い手のせいならいいのだが、敵サイドの使い手だとすると少し厄介だ。
そう思い、真っ暗闇の中に誰かいないかと目を凝らす。
しかし、闇は闇のまま何も映してはくれない。
「リット」
主人公サイドの闇魔法の使い手、その名を口にした瞬間に、私の闇が晴れる。
そして、目の前に呆れ顔の茶髪の戦士がそこに立っていた。