姉よ。 (9)
姉よ。
それは本当に、貴女の欲しい物なのかしら。
ここは、スーパーと、ドラッグストア、それから衣料品店等専門店12店程が入った、まあ、地方都市によくある小規模のショッピングセンター。
そのショッピングセンターの一角に併設された、ゲームセンターに私達は居た。
そのゲームセンターの、UFOキャッチャーの前に、姉が立って居る。 腕を組んで。
「姉さん。 何をそんなに見つめているの。」
「これ、可愛すぎるだろ。」
「……そう、かしらね。」
そこにあったのは、艦〇れの、艦娘って言うキャラクターだったかしら、の、白と赤のストライプのハイソックスに、超ミニなスカートを履いた、ってこれ、黒いハイレグのパンツの紐がスカートの上に出てるんじゃないの? 食い込みすぎでしょ、いくらなんでも。
で、まあ、その娘が、白と赤の縞々の浮き輪の上に座って居る、フィギュアだ。
で、金髪に、黒いウサミミの様なリボン。
……わ、分からないわ。 可愛いのかしら、これが。
「これちょっと、狙い過ぎてるんじゃないの?」
「んなことねーよ! これで良いんだよ!」
姉よ。 貴女は中身がおっさんか何かなのかしら。
むしろ貴女がこのキャラのコスプレをしてUFOキャッチャーの筐体の中に入ってよ。
そして金持ちの男に釣られて、私に月々1万円のお小遣いを頂戴。
まあ、それは半分冗談だが、どう考えても私には可愛いと思えない。
隣の筐体の、す〇っコぐらしのバスタオルの方が数倍可愛いわ。
と、いきなりスカートのポケットから、赤いガマ口の財布を出す姉さん。
やるつもりなのか……。
「これは、一発では取れないタイプよ。 そんなにお金、持ってるの? 姉さん。」
「いけるいける。 ほいさ!」
と、自信満々に財布から500円玉を出して見せる姉さん。
確かにそれで6回は出来るが……本当に、それで良いのか。
ちらり、と、フィギュアの箱を見る私。
この筐体は、挟んで持ち上げて取るタイプでは無く、少しずつずらして、横に落とすタイプだ。
私の経験から言えば、これは……1000円から2000円のコースである。
まあ、私のお金では無いし、500円を吸われて泣くが良いわ。
「じゃ、ちょっと両替してくるぜ。」
「は?」
いや。 ちょっと待て。 態々6回プレイ出来る500円玉を崩してどうするのだ。
そう私が突っ込もうとした時には既に、ツーテールを靡かせて両替の機会の前に飛んで行く途中だった。
……もう何も言うまい。
貸して、と、頼まれても、絶対に自分のお金は死守しようと、ショルダーバッグをしっかりと押さえる私。
「おし。 やるか!」
本当に500円を崩して来て、そのうち100円だけを筐体に入れる姉さん。
何が彼女をこんなにアホにしたのかしら。
…………母さんの顔を思い浮かべたのは、偶然よ、偶然。
何か耳に残る様な、ウィーンというわざとらしい作動音が筐体から聞こえ、まずは横を固定。
それから、上に動く。 うん。。 まあ良いポジションじゃない。
にゅいん、と、アームが開いて、派手な音楽と共にそのアームが下がり、丁度箱の上に移動した。
でもね……ここからが地獄なのよ。
何度も何度もそのアームの操作を繰り返して左に寄せて落とさないとならないのよ。
つまりは、少なくとも10回以上トライしなければならないのよ、姉さん。
が――――私の予想に反して、アームはがっしりと箱を掴んで……持ち上げた。
「お。 まじか。 うん。 いけっかな。」
「そ、そんな! そんな! あぁ! あぁぁぁ!!!」
ガコン。 私にとっては無情な、そして姉にとっては福音が聞こえた。
冗談だろう。 だって有り得ない。
これは絶対取れない様に出来て居る物なのだ。 私が何度このタイプの筐体に小金を取られた事だろうか、思い出すだけでも涙物なのに……それなのに……。
「きゃほー!! やったやった!」
この女、このタイプの筐体で1コインでゲットするとは……。
……いやいや。 やっぱり物理的、論理的に有り得ないわ。
「へへー。 良いだろー。」
女の子の下に置くため? の、砲台をモチーフにしたキャラ、まあ、ちょっとそれは可愛いのだが、その女の子のキャラとお揃いの浮き輪にぜ○ましと書いて居るのが印象的な事以外には、女の子自身は露出狂としか思えないフィギュアを見せ付けて来る姉。
まあ、別にそんなフィギュアは要らないのだが、なんだか滅茶苦茶悔しい私。
「なんで一発で取れるのよ。」
「さぁ?」
ニヤニヤと、まるでフィギュアの女の子の様なじと目をしながら笑う姉。
……やばい。 悔しすぎる。
「なら姉さん。 あれ、取れる?」
「ん?」
私は〇みっコぐらしのバスタオルが景品として入って居る筐体を指差した。
その筐体につかつかと歩いて行くと、アームを下から覗いて、景品の状態を見る姉。
「あ、こりゃ無理だ。」
分かるのかよ!! んな事、分かるのかよ私の姉!!
取り敢えず心の中で強く二回突っ込む私。
「あー……。 お前、これ欲しいんだろ?」
「ぐっ……。」
またあの艦娘みたいなじと目で私を見て、ニヤニヤする姉さん。
「どーしよっかなー。 500円で6回かー。 ……6回ならいけっかもなー。」
……マジですか、姉さん。 500円なら……。
チラリ、と、もう一度景品を見る私。
うん。 500円なら……惜しく無い。 いやむしろ1000円まで行けるわ。
「じゃあ、こ、これで……。」
私は財布から千円札を取り出して、姉に両手で差し出した。
「え? 千円? 良いのかよ。」
「良いのか、って?」
「もしお釣り残ったら貰って良いんだよな?」
「…………。」
つまり、500円でもし取れた場合は、500円を姉に進呈するという事。
…………。
だが、欲しい。 欲しいんだ。
あの隅っこで縦に重なって居るすみっ〇達が、私に語りかけて来るのだ。
ここがおちつくんです、と。
「……良いわ。 契約成立よ、姉さん。」
「よし。 任せろ。」
と、流石に500円二枚に両替するつもりであろう姉は、店員が居るカウンターに向かった。
そして、その店員に話して……ソフトクリームを買った姉。
このゲームセンターは、そう言った軽食も売って居るのだが……。
「なんでいきなり私のお金使ってソフトクリーム買ってるのよ姉さん。」
「え?」
「いや。 え? じゃ、無いわよ。 まだアレ取って無いじゃない。」
「……あ。 うん。 まあ、な。 だいじょぶだって!」
私の背中をバンバン、と、叩く姉。
ちょっと痛いわ。
「よし。 じゃ、やるかねぇ。」
と、筐体にコインを入れる姉。
……おい。 何で100円硬貨を入れたし。
それじゃ一回しか――――
華麗なリズムで、タンターンと、軽く横と縦にアームを動かすた為のボタンを叩く姉。
つまり、アームは起動した位置から殆ど動いて居ない。
勿論、私がプレイするのと同じ様に、アームは景品を掴んで……ぽとり、と、すぐその場に落とす。
まあ、気持ち……左に動いただろうか。
次に、また100円を入れる姉。
むちゅむちゅとソフトクリームを頬張りながら。
……一口くらい……くれないかしらね。
「ん? なんだよ。 食べたいのか?」
「……そんな顔してたかしら。」
「お前さ、食べたい物がある時ってすぐ人差し指が唇に行くよな。」
はっ! しまった! つい癖で!
……ぐぬぬぬ。
なんか今日は全部姉のターンの様な気がしてしまう私。
「で、食べんの?」
「い、要らないわ。」
「本当に?」
また、もちゅん。 と、ソフトクリームを小さい口を窄めてむちゅる姉さん。
むちゅる? 私は何故変な動詞を作ってるのかしら。
いけないわ。 あまりにも美味しそうで私の頭がショート寸前になってるみたい。
で、姉の二回目のタターン。
うん。 あの動作ボタン操作はタターンって呼ぶ事にしたわ。
で、また景品は取れずに、気持ち左に動いたかな? って感じだ。
「ふんふん。」
何故かソフトクリームをむちゅりながら頷く姉さん。
「え? 何?」
「ん?」
「……何で頷いてるの?」
「……うん。 これ、無理。」
「はぁ!?」
「これアームがまだキてないからさ。」
「いや……いやいやいやいや。 来るとか来ないとか、何の事なのよ。」
「あと10回以上必要っぽい。 ほい。」
そして、小さい掌を私に向ける姉。
「何よその手。」
「え? 追加代金。」
「はぁ!?」
姉よ。
私を歩くATMと勘違いしているのでは無いか?
「い、嫌よ。 それで取れるって言ったのは姉さんじゃない。」
「んー。 おし。 こうするか。 あと千円で獲れなかったなら……あたしのお金使っても取ってやる。 なあ、直美。 これは遊びじゃねぇんだ。」
「え。 いや、遊びでしょう?」
「ばっかお前。 クレーンゲームはな。 店と客との戦いなんだ。」
何故か熱く語り始める姉。 その熱さに、何故か説得力を感じてしまう私。
「行けるのね? あと千円で。」
「ああ。 あたしの400円を賭けても良い。」
姉の400円。 それはケチな姉にとっては、とても重い言葉だ。
今回、姉は本気なのだ。 この店と、戦争をしているのだ。
「わかったわ。」
弾薬が足りないなら追加するしか無いものね。
私は財布からもう一枚千円札を取り出して――――――――ん?
――――ちょっと待て。 と、私は取り出した千円を見つめる。
姉は何故、このタイミングで追加の弾薬を求めているのだ?
ソフトクリームは200円。 アームを動かしたのはたった二回。
残り600円の弾薬を使わないで、何故に今――――
はっ! まさか…………この筐体、既にリーチの状態なのでは?
ここで私から千円を奪い、あと1コインで景品を落とせば……姉さんの手元に残る私の千五百円は……約束通り姉さんの物になる。
私は姉を見る。
またじと目をしてニヤニヤしている。
姉よ。
なんという心理戦を仕掛けて来るのだ……。
ここで私がブチ切れて自分でプレイするという手もあるが、実際何かコツの様な物があるのかもしれない。
そして、姉は本当に何回くらいでクるのか、察しているのだと匂わせて居る。
それは、本当に10回かもしれないし、もしくは姉の金である400円まで届いてしまうかもしれない。
ここは素直にあと千円出してやるべきか……。
だが、それでは最終的にこのバスタオルに2000円を使った愚か者という事になってしまう。
流石にオークションでもそんな値段では出て居ないだろう。 過去の経験からすると、送料込みで1600円から1800円が妥当な線だろうか。
「どうしたんだ? 直美。 やるのか? やんねーのか。」
「……取り敢えず、さっき渡したお金を使ってからにして頂戴。」
「……へぇ。 ふーん。 そう言う事言っちゃうんだ? お姉ちゃんに。」
うわ。 めっさムカつくわね。
こめかみにアイアンクロー食らわせながら口にケチャップぶち込みたいわ。
「今千円渡して、もしあと一回で取れたら全部姉さんに巻き上げられるだけじゃない。」
「んなっ! そんな事考えてたのかよ! あたしがそんな事する奴に見えんのか!?」
めっさ見えるわ。 姉さんを分解したらお腹のあたり絶対真っ黒だと思う。
なんか血の色も黒そうよね。
「……わーったよ。 まあどの道一緒だと思うけどさ。」
そう言って迷いなく500円玉を筐体に入れる姉さん。
これで6回分のチャージである。
本当に、あと10回以上やらなければ落ちないという事、か?
やがてアームの操作を、またタターンとボタンを叩く事で操作する姉さん。
三回程で、段々と左側に景品が動いて来た様な気がする。
そして四回目。
「ん?」
アームの動きが何か気になったのか、アームが下に降りて景品を掴む際に、また下から覗き込む様に見る姉さん。
そして、ソフトクリームをむちゅりと頬張って、頷く。
「何? 何があったの?」
思わず聞いてしまう私。
「悪い、直美。 これずらしながら移動して取れるタイプじゃなかったわ。」
「えっ。」
何かを思いついたのか、唇をぺろりと嘗めって首を横に大きく振る姉さん。 ツーテールもぶんぶん、と、頭につられて靡く。
「大丈夫だ。 今日はキてるからな。 次で行けるって。」
そんなイケメンな台詞を吐く姉さん。
そして5回目のプレイが開始した。
今度は、左右二つあるアームの左側の方を、景品を横から支えて居るプラスティックのストッパーの部分にギリギリ付くか付かないかの位置で下に下ろすように操作する姉さん。
けれど、そんな位置では、例え景品に触れたとしても、逆に右に寄ってしまうのでは?
そう考えた私だったが――――
下がったアームは、景品とそのプラスティックの支えの隙間に刺さった。
そしてアームが閉じると同時に――――
――――景品が左下にずれた、だと!?
ずるり、と、音がした気がした。
やがて景品の取り出し口へと自由落下を始める私のす○っコバスタオル。
刹那――――ぽすん。 と、音が聞こえた。
「やたっ! やったわ姉さん!」
「まあ、こんなもんかね。」
と、ドヤ顔でソフトクリームをむちゅりながら言う姉さん。
今回ばかりは姉に感謝するしか無い私だが、そのドヤ顔のせいで何か全て台無しにされた気がしてしまう。
「じゃ、直美。 店員呼んで来いよ。」
「え?」
「だってあと一回残ってんじゃん。」
「い、良いけど……こういう場合どうなるの?」
「え? もっかいやるんじゃん。」
「……はぁ。」
まあ、もう一プレイ分残っているのは確かなので、私は姉に言われた通り、店員を呼んできて景品を入れ直して貰う。
「あら。 妹さんゲームお上手なんですね。」
小さい胸をこれでもかと張って居る姉さんの様子から、彼女がプレイして景品を取ったのを察してか、うふふ、と、笑いながら余計な事を言うちょっと美人の店員さん。
……夜道にはちょっとだけ気を付けた方が良いわね、貴女。
しかし、そんな私の心情や店員の微笑ましそうな声を全く無視して、早速もう1ターンプレイをし始める姉。 アームが動く音が響く。
ぽとん。
「「え?」」
店員が初期位置に置き直した景品が…………一発で姉によって落とされた。
口を半開きにして驚く私と店員さん。
「よしよし。 やっぱ今日はキてるな。 じゃ、これはオークションで売って金でも作れよ直美。」
店員の前でそんなチンピラの様な事を口走りながら、私にもう一枚のすみっこコ〇らしのバスタオルを手渡す姉さん。
「あ……え、ええ。 有難う姉さん。」
店員さんの顔が、そんな事って有り得るの? っていうか、こっちが姉? みたいな顔をして私達を交互に見ていてそれはちょっとだけ面白いわ。
「さて。 じゃ、まだお金余ってっから、スキルが発動してる間にしま〇ぜあと3つくらい取って帰るか。」
一体何のスキルだと言うのだ。
っていうか、店員さんの前でそんな事言わないで欲しいわ。 これからゲットする宣言して、スキルを発動とか、どこのカードゲームよ。
店員さんの苦笑いは、スキルっていう言葉の部分を聞いて居るからなのよ、姉さん……。 中二時代からは三年も経つんだからいい加減卒業して欲しいわ。
◇
しかしながら、その宣言したスキルが発動した結果、三つとまでは行かないが、本気で二人のハイレグ黒パンフィギュアをサルベージしてしまった姉だった。
姉よ。
私もそんなスキルが欲しいわ。 教えて頂戴。
「ん? なんだ? あんまこっち見んなよ、照れるじゃんか。」
「……いえ。 不思議な生物よね。 姉さん。」
「はぁ!? 月一回くらいしか発動しないし!」
しかも月一回という制限があるらしい。
勝手にそんな設定までも作るとは、我が姉ながら尊敬に値するわ。
「たまーに月二回クるんだけどな。 まあ、大体月一回だ。」
しかも本気で言っている所が神掛かっているわ。
ちなみに次の月のショッピングセンターのセールの時に母と同じゲームセンターに訪れた時には丁度周期が合わずに1000円で何も取れず惨敗したそうだ。
姉よ。
よもやわざとスキルの存在を証明したくて無駄に千円を使った訳ではあるまいな。
真相は彼女にしか分からないが、惨敗しにゲームセンターに行く前の夜、洗面所の鏡の前で何らかのスキルの発動方法の練習をしていたのを私に見られて居た事だけは、彼女の結婚式の時まで大事に心の中で暖めておこうと思う。