取り立て屋よみちゃんの日常
「幼女、ロボット、薬」という3個のお題から考えた極短い短編です。やや童話調です
「金がたりんな」
白を基調としたこじんまりとした部屋に、ドクターの声が響きます。
「僕の薬はよく効く。そのうえ決して高価ではない」
「はい、ドクター」
「そんなわけで、うちは裕福じゃない。客の支払いが滞ると次の患者に渡す薬が作れない。おまんまにも困る有り様だ」
「そのとおりです」
ドクターはわたしの答えに満足したらしく、ゆっくりと頷きました。
「いつもどおりだ。取り立てに行ってくれ」
「……」
たたたと軽快な足音を立て、わたしは走ります。村はずれの診療所から村の中心までひとっ飛び。
見かけは幼いと言われますが、これでもかなり足は早いのです。力もあるし、こういうお使いはわたしの仕事。
「……~♪」
鼻歌なんて歌いながらしばらく走っていると、
「あら、よみちゃん?」
おばさんに話しかけられます。
ちなみによみちゃんというのは私の名前です。
「……~なんでっ、しょう♪?」
歌と返事が混ざってしまった。いけないいけない。
「おほん。なんでしょうか、マダム?」
「あら~いやねえこの子ったらっ」
照れくさそうに身をよじるおばさん。
「ほらこの間のお薬、ありがとね。これ取っといて」
どさり、と野菜の束をもらう。
「……料金は足りてますが?」
わたしの計算は完璧です。
「いいのよ。よく効いたから感謝の気持ちってことで、ね」
「……。はい、マダム。ありがとうございます」
気持ち?
あとでドクターに聞いてみましょう。
「では」
またわたしは走りだします。重い野菜は頭に乗せて、さっきより少し早く。
「……~♪」
また鼻歌を歌っていると、
「よみちゃーん」
「はい。なんでしょう?」
今度は小さな女の子に話しかけられました。
「よみちゃん、いま暇だよね? 遊ぼうよ」
「わたしは仕事中なのです」
暇ではありません。
「お野菜運んでるの?」
頭の上を指さされる。
「……いえ、これは気持ちだそうです」
「?」
「取り立て中なのです」
「そっかー」
「はい」
「またこんど遊べる?」
「はい」
「えへへ。じゃーね」
「はい。では」
帰ったらドクターに予定を聞いてみましょう。
またわたしは走りだす。目的の家まであと少し。
「こんにちは」
目的の家の前。玄関の前にいた子供に話しかけます。
「よみちゃん……。こんにちは」
元気がありません。この子も病気でしょうか?
帰ったらドクターに聞いてみることにします。
「お父さんかお母さんは、いる?」
「ん……えっと」
「いますよ。診療所の子ね?」
玄関から大人の女性が顔を出しました。
「はい」
「お薬、よく効いたわ。ありがとう」
「はい」
「話は分かってるの。でも、病み上がりでうちの人もまだね……」
「はい?」
「よみちゃん、ごめんなさい。お母さん、待ってって」
払えないっていうことでしょうか。
ドクターが困る。わたしも困る。
「困りました」
「うん……」
「必ず払うけど、少しだけ待って欲しいの」
「あ、あの、これ」
困っていると、お母さんの後ろから顔を出した女の子が、花束を差し出してきました。
「これくらいしかないけど、お願い、よみちゃん」
花束。料金の代わりということでしょうか?
「……換算不能なのです。持ち帰ってよろしいですか?」
「うん。あげる」
「はい」
「この子ったら……、あの……」
「大丈夫です。ドクターに聞いてみるのです。では」
わたしはまた走りだしました。
「ドクター」
「……なんだそれは」
眉根を寄せて、ドクターは不機嫌そうです。
「気持ち、と……おそらく料金のかわりです」
「いやこれは……。野菜はともかく、花束じゃなんにもならんだろう」
ため息。
「それでは料金に足りませんか?」
「いや、足りないというか、どうしたもんかな……」
「……」
「……いや、わかったよ。よく見りゃ結構珍しい花も混じってる」
「はい」
「とりあえず、花の代わりにしばらくのあいだ薬草でも採ってきてもらおう」
「……あのあたりの植生では、足りるとは思えませんが?」
「足りるものもある、という話だ。もう休みなさい」
「はい」
良かった。
「ではドクター。おやすみなさい」
「はいよ」
診療所の隅にひとつだけあるソファ。
座ると、カチャリと体に響く音とともに全身が暖かくなり、わたしはまもなくスタンバイモードに移行します。
あしたはどんな日になるでしょうか?