星雲竜巻〜尊い心の欠片〜
「今日は何千年に一度とも言われる星雲竜巻という現象が起きます! TVの前に座っている皆さん。絶対に見逃してはいけませんよ!」
TVを観ながらパンを頬張る少年がいた。行儀良く椅子に座り、ごく一般家庭の朝食を食べている。
イチゴジャムをパンに少量塗り、焼かずに食べるのが、彼にとっての最良の食べ方だった。
寝起きのためか少年の眼は虚ろ。髪も寝癖で四方八方にボサボサ。TVの内容も左耳から右耳に流れるように頭には、入っていないだろう。少年は朝食を終え、学校へ行く準備を始める。いつもと変わらないつまらないとまでは言わないけど、何か足りない日々がまた始まるんだなと少年は制服を着ながらに思う。
毎朝朝食を食べ、学校に行き友達と喋りetcの繰り返し。何が人間は、高等な動物なんだと少年は疑問を浮かべた。
毎日同じ事の連続なんて、養豚場にいる豚や養鶏場にいる鶏と変わらない。だが人はそれを理解していながら、何も変革を求めない。
何も行動を起こさず、目の前のつまらない世界を受け入れ、ただ毎日をのうのうと過ごすだけ。
少年も完全にではないが、少しだけ気づいていた。
しかし、その退屈も今日で終わりを告げるだろう。星雲竜巻は人の心を完膚なきまでに粉砕し、そして新しく作り変える。
どう作り上がるかは、その人しか分からない。
「行ってきます」
少年は学校へと向かった。
学校に着き、教室まで歩く。どこに聞き耳を立てても話の話題は、『星雲竜巻』で持ちきりだった。
皆がそれに期待を持っている。
そして、時間はいつも通り、差し支えなく過ぎ夕方。星雲竜巻が起こるとされる時間まであと三十分。
少年は、一人自転車を漕ぎながら、ひたすら郊外を目指していた。
誰もいない夜道、耳に入る音といえば風を切る音と鈴虫の鳴き声だけ。
夏も終わりに差し掛かり、今は九月下旬。
少年が後ろを振り向くと街のネオンがシャンデリアのように輝いていた。これなら百万ドルの夜景にも、勝てるのではないかと少年はふいに思う。
空を見上げると星たちが燦然と輝いている。どれがどの星とは分からないものの、綺麗だということくらい少年は理解していた。
今日の夜は何故だか、雲が全く見られない。
テレビの話によると星雲竜巻の前兆だと言っていた。
星雲竜巻まであと二十分。
少年はずっと自転車で走り続ける。理由は、どうせ見るなら、人が及ばない自然の中で見たいから。
少年の吐いた息が白いもやになる。九月下旬というのに、もうかなりの寒さだ。
もうここら辺でいいだろうと少年は自転車を停め、道の横にあった草っ原へと寝転がる。
新鮮な空気、街では味わえない。
そしてこの闇も今では、星雲竜巻を際立たせるスパイスだ。
鈴虫の音が自然のBGMとなり、退屈もしなかった。
星雲竜巻まであと五分。
寝転がりながら少年は、ボーッと空を見ていた。すると次第に星の輝きが失われてゆく。
自然のBGMもだんだんと消えていく。もう直ぐ星雲竜巻が起こるというサインだった。
少年は立ち上がり、服についた草を払う。
星雲竜巻まであと零分。
時は来た。
少年の瞼が下がる。瞬きするために。
そして、開く。
「……」
目の前に広がっていたのは、輝きを持つ竜巻。渦を巻き、空を覆い尽くす。
これほどまでに綺麗なモノがあるだろうか。
例えるならこれは大規模な魔法。人の迷いを吹き飛ばし、隔たりを破壊する。
例外などいない。
少年は心の中で、今まで感じていた物足りなさが埋まる気がしていた。
未だに消える気配はない。月が霞んで見えるほどの輝き、太陽のようなギラギラとした光ではなく、人を優しく包み込むような光。
気づけば少年は泣いていた。
頬を伝い、落ちる涙。
星雲竜巻をジッと見つめる黒の瞳。
心のメモリーとして永久に残すために余すことなく少年は見続けた。
「ああ、そこにあったんだ。僕の心の欠片は」
無意識に出た言葉。
手を伸ばし、空を掴む。涙を流しながらはにかむその顔は、とても、尊く、そして美しいモノだった。