表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

どうぶつのままきえてった

 永遠だと思っていた。昔の人が思い描いた未来はなにもかもが永遠で、きっとおわりなんか来ないだろう、って安直に考えていた。少なくとも十七歳までは。

 個人的なおわりが来たのは至極唐突だった。社会のせいでもなく、事件でも事故のせいでもなく、ただそれは内面にあった。

 つまり、病気。

 U.W.D.と呼ばれる重大な心臓疾患。奇しくもまったく同じ病名をフィクションの中で聞いたことがある、というから、尚更嘘みたいだった。信じられなかった。

 昔の人が思い描いた未来は完全でも完璧でもない。上手く取り繕われた嘘だらけの世界。現に、今の医療技術では治せないと言うのだからお笑い草だ。

 ただ、死を待つだけの退屈な日々を。

 それはそれで悪くないかな、癌と違って延命治療がいらないから苦痛もないし。なんて思ったりもしてるけど、治る可能性のある末期癌と、それすらも果てしなく、というよりはゼロなU.W.D.をいっしょにするのは失礼か。

 心境としてはU.W.D.発覚以前とまったく変わらない。テレビを見ながらお菓子を食べたり、ゲームをしたり、読書したり。たまに、病気以前はまったくやろうという気が起きなかった勉強をやってみたり。とにかく、変わらない。

 違うのは周りの人間や環境だ。機械やチューブ、コードだらけの病室ははっきり言って騒々しい。それになんだか落ち着かない。顔を会わせられる人も家族と看護師と医者だけ。代わり映えのしない毎日は精神的苦痛が大きい。

 〝おれはモルモットじゃない〟って言葉が昔読んだドキュメンタリ本であったけど、今の状況が似てなくもなくて少し同情できる。状況的にはあの人の方が酷いけど、あの人は身体が朽ちていくのを黙って見ていなければならなかった。でもわたしはこれと言って目に見える病状の変化はない。

 ぴーぴーぴー。ああ、点滴か。なんでこれ、する必要あるんだろう。治らないって言われてるのに、する必要性が感じられない。なにか理由があるなら教えてほしい。

「わたしはモルモットじゃない」

 不意に出た言葉。わたしでさえ予期していなかったその言葉。

「わたしはモルモットじゃない……」

 今度は意識的に、確かめるような声色でその言葉を吟味した。なかなか甘美な響きじゃないかしら。

 悲劇は世の中に数あれど、わたしのような特殊な境遇はきっとSF作家に好まれそう。だって今更治せない病気が出てくるなんてありえないから。ありえないことが現実に起こりそうなのがSFだから。だから、わたしの病気が舞台演劇化されることはないに違いない。ジュリエットはされたのに、だ。そこは少し悲しい。

 わたしはロボットアームで打たれる点滴をじいっと見つめた。

 アメリカのクレイケーキみたいな、蛍光色の薬がたっぷり入った袋がゆらゆら揺れている。おおよそ人間らしくもない色なのに、あんな気色悪いものが身体に溶け込んでいくなんて、今でも信じられない。

 境遇こそ違えど、わたしも立派なモルモットなんじゃないの?

 心の中で自嘲気味に響くわたしの声。たしかにそうなのかもしれない。

 静かに、激動もなく、緩やかに流れていく日常と言っても、やられていることはまんま実験動物モルモット。それを受け入れているのは紛れもなくわたし。

 もしSF作家がわたしの物語を過去に書いていたとしたら、昔の人が思い描いた未来の中で、わたしはモルモットとして動いているに違いない。そして、いざその未来の中──つまり今現在──でも、わたしはその未来人に実験台にされている。

 すべては後世の患者のために。わたしの命は弄ばれ、わたしの意思も尊重せずに。

 なんだかそう考えると急に嫌悪感に苛まれた。

 わたしの意思はどこに行ったの。

 わたしの考えはどこに行ったの。

 わたしの、わたしの、わたしの。

 突き詰めて、わたしがわたしでなくなってるこの現状。ああ、今なら「おれはモルモットじゃない」って叫んで逝ったあの人の気持ちがわかる気がする。

 でも、たとえなすがままに受け入れているとしても、それは仕方のないことだ。だってわたしの病気は治らない、治せない。癌とは違って未知だらけで、もしできるのならば研究対象としては申し分ないだろう。白羽の矢が立つには充分過ぎるわたし。

 そして、わたしも「病気……。へーふーん。じゃあ入院?」の二言三言でナアナアに話を進ませてしまったではないか。その辺はわたしの責任であるし、やはり、そこにはわたしの意思ないし考えが少なからず潜んでいたのではないか。

 でも。でも、こんなことになるとはまったく予想がつかなかった。それになにより、緊急入院で息もつかせぬままここに容れられたのだから、わたしの意思や考えはないがしろだ。

 やっぱり、わたしはあの人が想像していた──モルモット──に大差ない。

 入院してから既に数ヶ月経つが、この結論に到達するのには少々遅すぎた。

 今こそ、わたしはわたしのもので、わたし以外の意思に好きにさせるつもりはないと、静かに怒鳴りつけてやる必要があるのではないか。

 そのために何をすべきか、なんて、簡単なことだ。

 わたしは、世界中の人間が動物でなくなる前に──。




 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ