私と犬と恵美
ええと、気が遠くなるぐらい前に書いたものです。
未熟の限りですが、どうか現在における私の成長を垣間見るような気分で目を通していただけると、ありがたいです。
私がこの家で暮らすようになったのは三年前である。偶然に知り合った野空恵美と親しくなり、結婚を申し出たところ恵美は「私の家にあなたが来るなら」と条件を出した。なんだか男として情けない気もしたが、彼女の両親も何の疑いもせずに私を受け入れてくれたので、ここで生活することに決めたのである。家族とは絶縁していて、生活にも困っていたので助かった。
恵美の母は、娘の夫であるというのに私を息子のように扱って、時折頭を撫でたりしてくる。しかも、だいたいはリビングでソファに横たわりテレビを見ているときなど、私が気を抜いているときにいきなりするので、私は驚いてしまう「子ども扱いはやめてくださいよ」といつも言うのだが、彼女は「ふふふ」と笑うばかりである。
恵美の父は、おそらく私のことが嫌いである。仕事もせずに家でくつろぎ、収入をもたらすことはないくせに様々な厚遇を受けているからであろう。しかし、それを表に出さないところは、やはり大人である。しかし、ときどき私を見る彼の眼がうつろになることがあり、私はその眼の奥に嫌悪のようなものを感じたのだ。ゆえに、最近は彼を避けて生活している。
恵美は変わり者である。味噌汁が飲めなかったり、機嫌が悪いと「向こうの部屋で寝て!」とベッドに私を入れなかったり、風呂が苦手だったり、晩御飯のあとは軒下に出て行って犬とじゃれあったり、また犬のぬいぐるみが大好きだったりする。
そして、私も変わっている。味噌汁を飲んだことがなかったり、ベッドで彼女に寄り添うのが大好きだったり、同じく風呂が苦手だったり、晩御飯のあとに軒下に出て行った彼女を訝しく思ったり、彼女が愛してやまない犬のぬいぐるみを破ってしまいたくなったりする。残酷なことを考えたりする。
今日も彼女は晩飯を食べると、リビングを出て行って軒下へ犬とじゃれ合いに行った。私は何だか恵美の様子が気になってしまい、そろそろと彼女のあとを追った。
彼女は犬に「今日は何か面白いことあった?」と訊ねていた。犬のほうは嬉しそうに頷いた。
とても幸せそうな恵美の顔を見ていると、昨日「あっちで寝て!」と私を追い払ったのが嘘のようである。私は犬に嫉妬した。
私と恵美は結婚しているのだ。犬というのは事情も知ろうとせずに恵美に歩み寄る唾棄すべき存在だ。
「おれの妻に手を出しやがって……」
異種族だろうが関係ない。私は激しく嫉妬した。
すると、気がついたとき、私は犬に向かって走り出し、その手に噛み付いた。
「この野郎。おれの妻に手を出すんじゃねえ。くそ犬め。犬みたいにしっぽ振りやがって、とっとと消え失せろ」
恵美は目を真ん丸くして「さぶろう、やめて」と悲鳴をあげた。そして、私は腰を捕まえられて、恵美に引き離された。
「けいたくん、大丈夫?」
恵美は私を腕に抱えて逃がさないまま、啓太君とやらに言った。さっきまで盛った犬のようだった啓太君は涙を浮かべて「帰る」と言った。
啓太君は私に噛まれた左腕を押さえながら門を抜けていき、隣の民家へと帰っていった。お隣さんらしい。啓太君が民家に入ると、なかからたちまち「おかあさあん、犬にかまれたあ」という鳴き声が聞こえてきた。
「ざまあみろ」
私は民家に向かっていったが、その声はわん、わんと変換されて出てくる。このせいで、恵美の母に子ども扱いしないでほしいとお願いしても聞いてくれないのだ。
「もう、ダメなダックスフンドね。これだから前の飼い主に捨てられるのよ」
恵美は小さな手で私のおでこをポンの叩いた。
私は恵美に近寄る盛った犬を追い払ったというのに、恵美は感謝してくれそうもない。恵美は少し私の気持ちを考えるべきだと思った。私というものがありながら、部屋には他の犬のぬいぐるみが沢山ならべてあるし、最近は取り合ってもくれない。
やがて恵美は、「算数の宿題があったんだ」と私を置き去りにして、二階の部屋へと戻っていった。
まあ、いわゆる三段騙しというやつですね。
人だと思っていたのが犬で。
犬だと思っていたのが人で。
成人していると思っていたのが小学生で。
みたいな。




