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四話 奪還作戦

 惜しみなく触媒を使い、惜しみなく破壊を行う。

 それは、とても楽しいひと時だ。


 生粋の――血筋で繋がったニルヴェルヘーナではない彼だが、それでも破壊への渇望というものは生まれつきだったらしい。いや、この場合は、愛するものを奪った下衆への怒りか。

 ラス誘拐の経緯は、実に単純なものだった。幽閉だの輿入れだので忙しい城内に、金で雇った連中を侍女にまぎれさせただけのこと。さすが平和ボケした国だ、とファリは笑った。

 しかし相手も貴族であるため、宮廷仕えの魔法使いや騎士は動かせない。

 明確な証拠もないので、屋敷を改めるということも無理。言い逃れできない証拠が無ければ動けないのだが、今回は早く動かないとラスがどうなるかわからない。


 ……いや、彼女を誘拐した理由など一つしかない。

 貴族どもは取り入りがたい王子ではなく、ひ弱な姫君に狙いを定めているのだ。


「そもそも、そんな簡単に潜入させたり誘拐させたりするなって話だよね」

 思わずぼそりと本音を漏らしながら、ファリは作業を進める。

 こっそりと屋敷に潜入し、ありとあらゆる場所に触媒をばら撒いた。

 国王から半殺しにしていいという許可が出たので、情け容赦は捨てている。

 ラスの居場所は、屋敷の主のバカ息子の部屋だ。幸いにも、薬で眠らされた状態でベッドに寝かされているだけらしい。どうも目を覚ましてから、ナニかをいたそうという魂胆の様子。


 この屋敷の持ち主は、名前は忘れたが侯爵の次男坊らしい。両親や兄は普通らしいが、何の突然変異なのか、この次男は性格が完全に終わっている、とミレアナは言った。

 どうやらサディスティックな嗜好らしく、相手が嫌がったり痛がったりするのを見るのがたまらなく好きらしい。精神的な面――所有物を奪われて、悔しがったりするのも好みだとか。

 今回の誘拐騒ぎは気に入らない貴族への嫌がらせでもあり、泣き叫ぶであろうラスを好きなように扱うことで満足したいという、ファリからみても腐ったとしか言えない欲求のため。


 死に晒せ、と心の中で吐き捨て、ファリはその部屋の前に立った。

 手元にはいつもの日傘。

 服装も、ファリ・ニルヴェルヘーナのドレス。きっと、ファリとして世界に存在するのはこれが最後になるだろう。この夜をもって、フィールはファリという仮面を、捨てる。

 だからこれが、ファリとしての最後の仕事。

「さぁてと」

 息を吸い込んで。


「ボクのお姫様を返してもらおうか、この下衆野郎!」


 扉を蹴り開けて、日傘を構えて叫んだ。

 しばらくして、のどかな場所にある貴族の屋敷が跡形も無く吹っ飛び、しかし中にいたものは悪くても半殺し程度で発見されるという、謎の事件があったそうだ。

 しかしそれよりも、数日後に宮廷魔女ミレアナ・シェルシュタインが屋敷の主を、王女誘拐の罪で捕らえに来たことの方が、周辺住民の記憶に色濃く残ったという。


   ■  □  ■


 薬でぐったりとしたラスを抱え、フィールはある屋敷の前に立っていた。例の場所から城のある王都の、丁度中間に位置する地域にある――かつては公爵が所有していた屋敷だ。

 多少、修繕されているが見覚えのある佇まいに、フィールは何も言えない。

 このまま王都に戻ることは出来ず、宿を取るにも金も無く、時間も遅すぎた。だから自然とこの屋敷に、かつて自分が家族と共に暮らしていた場所に、足が向いてしまっていた。

 とはいえ自分を覚えているのか。

 不安の中、扉のまで動けずにいると――。


「……フィールさま」


 扉が開き、中から老婆が出てきた。その後ろには老人が立っている。

 二人はフィールを見て、涙ぐんでいるようだ。

 覚えている。彼女はフィールが『ばあや』と呼んでいた、使用人の一人だ。

 夫婦で祖父母や両親に仕えてくれた、エスレディア家に無くてはならない存在。どうやら彼女とその夫の『じいや』が、この屋敷をずっと管理し、守り続けていてくれたらしい。

 二人に事情を説明し、適当な部屋を整えてもらう。

 ラスをベッドに寝かせて、ようやくフィールは一息ついた。


「すまないね、ずっと音沙汰ナシで」

「いいえ、いいえ……フィール坊ちゃまがご無事で、しかも立派に育ってくださって。それだけでもうわたくしたちは満足ですとも。若い頃の旦那様に、とてもよく似ておられますわ」

「そう、かな……」

 ばあやのいう旦那様とは、フィールの父ではなく祖父の方だ。

 フィールも父も、基本的には坊ちゃまと呼ばれている。坊ちゃまの前に、名前をつけることで区別しているらしい。もっとも、今はもうそんな風に呼ばれるのは、フィールだけだが。

 夜も遅いし、ラスは自分が面倒を見るから、と二人を部屋に戻らせる。

 ばあやは最後に、簡単な食事を届けてくれた。

 それをつまみながらぼんやりしていると、薬が切れたのか、ラスが目を開く。まだ意識が完全に覚醒していないのか、目はうつろで、フィールに向いている視線も不安定に揺れている。


「……ふぃーる?」

「そうだよ、ボクだ。大丈夫?」

「ん……」


 伸ばされるラスの手を、しっかりと握った。

 うれしそうに微笑むラスに、フィールは言葉をなくす。

 もう少しで、この笑みを失うところだったのだと、今更恐怖が追いついてきた。もしも里に戻ろうと思わなかったら、師の手紙を受け取らなかったら。……彼女は、今頃どうなったか。

「ラス、水はいる? おなかはすいてない?」

「……おなか、すいた」

 意識はだいふ復活したらしいが、身体がどうも動かないらしい。意識だけでなく、身体の自由も奪うような薬を持ったのか、と半殺しにしたことを少しだけ後悔した。

 まぁ、あんな下衆を殺したところで気分は晴れないから、あれでよかったと思う。

 フィールはラスの身体を抱き起こし、自分にもたれかかるように座らせる。ベッドの上においたトレイから、適当な食べ物をつかむと、彼女の口元に持っていった。

 二人分にしては少なめの食事は、あっという間になくなってしまう。

 まぁ、これから寝るのだから、食べ過ぎるのは身体に良くない。

 ラスの身体を横たわらせ、頭をなでる。


「ここはボクの屋敷だから大丈夫。眠っていいよ」

 そう言って手を握るが、ラスはじっとフィールを見ていた。何か言いたそうに、でも言えないといった縋るような目を向けられ、じわじわと心にざわつきが生まれる。

 どうしたの、と問うと、ラスはフィールの手を握った。

 それは弱々しい力だったけれど、握られた方の理性にヒビを入れるには充分。

「……ラス」

 覆いかぶさるようにして、彼女の唇をふさぐ。ゆるゆる、とラスの手が、フィールの頬に触れてきた。うれしそうに――誘うように、その瞳が細められて、笑みが浮かんでいる。

 望まれている。

 いや、むしろ誘われている。

 フィールはラスの頭を撫でながら、耳元に囁いた。

「あまり無理はさせたくないけど……それは、イヤなんだよね、きっと」

 こくり、とうなづくラス。


「あのね……わたし、フィールが好きなの」


 ファリのフィールも、ただのフィールも。

 全部好きなの、と。

 そんな風に告白されて、微笑まれて。

 フィールの理性が跡形も無く崩壊したのは、いうまでも無い。

 それでも次の日には屋敷を出発して王都を目指せる程度で我慢したのは、褒められてもいいことだとフィールは思った。本当はもっと、というところを、復活した理性で堪えたのだ。



 もっとも、起こしに来たばあやには、そもそもあの状態の姫様に手を出すこと自体があってはならぬことだ、などと怒鳴られて、数時間にわたってたっぷりとお説教されたのだが……。

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