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二話 異端の里

 久しぶりの里は、やたら懐かしい気配に満ちている。

 ファリの姿を解除し、本来の姿になれるのも……おそらく、ここだけだ。

 もっとも、元から灰色の髪に赤茶の瞳なので、実はそれほど変わらないのだが。しかし体つきは別物になる。二十歳の成人男性らしい背丈と、適度に鍛えられた身体。

 長い髪を適当に結って、彼は里のはずれにある師の館を目指す。

「……お前か」

 館には師が一人で、書物を呼んでいた。あれから弟子は一人も取っていないのか、数年前に最後に見た光景と内部はさほど変わっていない。ファリが好んだ静かな場所だ。


 昔、無駄なほどに強い力を持つ、一人の子供がいた。

 それこそ、小さな魔石を握っただけで、魔法式という現象を無意識に紡ぐほど。それによりその子供は独りになった。家族も親類も失って、そして拾われたのだ。

 破壊を求める、ニルヴェルヘーナ一門に。


「久しいな」

「お久しぶりです、師匠」

 ファリではなくフィールの姿で現れた彼に、師は少しだけ笑みを向けた。一人で瓦礫の中に佇んでいた彼を拾って十年と少し。二人の関係は師弟というより、親子のようなものだった。

 本を読もうとしていたらしい師は、久しぶりに現れた弟子に紅茶を振舞う。


 帰ってきた理由は、尋ねない。

 その気遣いのようなものが、今のフィールには心地よかった。


「しばらく、里で修行しなおそうかと思いまして」

「ずいぶんと痛めつけられたようだな」

「……はい」

 服の下に見える白い包帯を見て、師は薄く苦笑を零す。

 ところで、と焼き菓子を差し出しながら、師は弟子の目を見る。

「メルフェニカの王女が、貴族と結婚するという話を知っているか? たしか、知らせでは一時期王城に勤めていたというが。……ラス王女にも、出会っていたのだろう?」

「……えぇ、まぁ。雇い主は彼女でしたから」

「お前はどう思う?」

「別に。ボクとはもう縁が無い世界の、縁の無いお方のことですから」

「王女を無理やり手篭めにしようとする男に、くれてやってもいいのか」

「……」

 くれてやってもいいのか?


 ――そんなの、許せるわけが無い。


 けれどどうしたって、貴族には叶わないのだ。今更自分がエスレディア家の嫡子フィールだと言ったところで、誰が信じてくれるのか。親類も何もかも、すでにこの世の人ではない。

 全部、フィール自身が殺したのだ。

 暴走のせいだと、師は言ってくれるが……招いたのは、他ならぬフィール。

 仮に自分の身元を証明できるものがいたとしても、そんな自分がエスレディアの名を名乗っていいのか躊躇いが消えない。その資格が、この自分などにあるのかと。


 無言でうつむく弟子に、師は開封された一通の手紙を差し出す。

 あて先には師の名前と――なぜか、フィール・エスレディアの名が書かれてあった。

「これは、メルフェニカの国王からの手紙だ」

「は?」

「お前が城を去ったあと、手紙を出した。あの日、何があったのかも。フィール・エスレディアの現在の立場も。向こうはお前を探していたらしい。行方不明の、友人の息子を」

「そん、な」


 亡き父が国王の友人であったことも驚きだが、何より自分が行方不明扱い――死んだことになっていないのも驚きだ。あの惨状で、自分だけが生きているとみなされるなんて。


 手紙内容は大きく分けて三つ。

 一つは、師への感謝。主にフィールを育ててくれた礼だ。


 もう一つは、これまで必死にフィールの行方を捜索していたことと、今も屋敷が残っていること。両親と暮らしていた本宅は、今も使用人の夫婦により管理されているという。

 例の惨劇の舞台となった祖父母が暮らした別邸の跡地は、すでに屋敷があった痕跡もなくなっているらしい。あればフィールが思い出し、苦しむかもしれないという配慮だそうだ。

 最後の一つはフィール宛。

 出来れば、亡き父を継いで公爵を名乗れ、と。自分が出来る限り支援する。仮に爵位継承を拒否するにしても、一度きてはくれないか。……そんな内容が、したためられていた。

「……爵位を、ボクが?」

「そうだ」

 かちゃり、と中身が無くなったカップを、師がテーブルに戻す音がする。

「お前には帰る場所がある。与えられるなら、受け取るといい。……それに」


 メルフェニカ王国の紋章が書かれた封筒を差し出し、師は弟子に言う。

 こちらは未開封で、少々小ぶりだった。


「我らは裏切りを許さない。それがニルヴェルヘーナの掟だ。決して揺るがない、我らの行動理念であり最優先事項。……囚われの姫君を見捨てるのは、裏切りではないのか?」

「囚われ……?」

「お前が姫から離れた一件から、彼女は幽閉中らしい。これまでの明るさがまるで嘘だったかのようにふさぎこんで、親しい侍女にすら笑みも向けず声すらかけないという」

 それは……まるで人形のようだ。

 天真爛漫なラスの性格から考えれば、とてもじゃないがありえない。

 それが、自分が彼女から離れたのが原因ならば。あの下衆が原因ならば。

 それを何とかする力を得るチャンスが、自分にあるなら。

 フィールはしばらく迷うように言葉をなくして、差し出された封筒を見つめる。震える手でそれを受け取った彼は、立ち上がって、どこか満足げに自分を見る師に深々と一礼した。

 師は立ち上がって背を向ける。紅茶のおかわりを入れるために。

 その背後で、かすかな物音がした。


「……ありがとうございます、師匠」


 ゆっくりと振り返った先には、もう誰もいない。

 小さな感謝の声を残して、彼が我が子のように育てた弟子は、巣立っていった。

「……次に会うのは、一門を辞める話をするのだろうな」

 残念そうに、そして寂しそうにつぶやかれる声を、耳に拾うものはいない。

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