一話 身の程知らずの恋
気がつくと、見知らぬ場所に倒れていた。
「いっつ……ぅ」
身体を起こし、場所を確認する。見慣れないけれど知っている風景。
あぁ、ここは渓谷だ。ドラゴンと呼ばれる種族が暮らす場所。思い出していく。依頼主の敵となったあの魔女に――ニルヴェルヘーナが求める血統を持つ魔女に、吹っ飛ばされたこと。
きっと、これは罰なのだ。
バチというものが、あたったのだ。
人を殺すような依頼を、自分に科した掟を破ったから。
もうどうでも良くなったから、金になるなら何でもよくなったから。そんな思いで久しぶりに依頼を受けたら、まるでそんな心の隙間をかき回されたようになって、このザマだ。
「……ラス」
無意識に名前を呼んだのは、もう長らく出会っていない遠い国のお姫様の名前。こうなる少し前に調べたところ、彼女はもうじきメルフェニカの貴族に嫁ぐことになっているらしい。
その名前が、例の――ラスに乱暴を働きかけた男のものと知り、けれどファリはもう何も感じなかった。なぜならば、もうファリと彼女の間に縁は無く、結ぶ力も無いのだから。
あんな事件が無かったらと、思わない日は無い。
魔法の才能など、なかったなら。
けれどあの事件がなければ自分は、あの王女と出会うことさえなかった。出会えただけ良かったと思えばいいのか、出会ってしまった残酷さを嘆けばいいのか。ファリにはわからない。
地面に倒れ、ゆっくりと全身に治療を施す。しばらく動けない。助けも来ない。少しでも動けるようになったら、早くここを脱出し……里にでも、久しぶりに帰ってしまおうか。
師は驚くかもしれないけれど、一人でいると余計なことしか考えない。
自らの掟を破ったという負い目もある。そんな軟弱な精神は、里で叩きなおしてしまった方がきっと後で助かるはずだ。叩きなおすうちに、何もかも忘れてしまえるとファリは思う。
忘れられるさ、と小さくつぶやく。
身の程知らずの、恋だった。
きっと、恋をしていた。
だからこそ、独りになった時以降は消えていた、涙が頬を伝うのだろう。