三話 守るために
ファリの仕事は主に、ラスの傍らに立つことだ。同じように着飾り、彼女が危ないところに行ったりしないように注意する。時には実力行使を伴うような、自室への強制送還もある。
年齢の割りに幼い……もとい幼すぎるお姫様は、ともかく興味の塊だ。
猫を追いかけ、城を出て行ってしまったという話もある。数年前ならともかく、ファリが彼女に雇われた次の日にやらかした事件だ。ちなみに城下町のはずれで、猫と共に回収された。
常々、メルフェニカ王室は王女に過保護すぎると思っていたファリだったが、認識を即座に改めざるを得ない。彼らが過保護なのではなく、過保護にならざるを得なかったようだ。
「……ラス、変なところにいっちゃダメだよ」
「うん」
その軽い返事が、どうにもファリには不安で仕方ない。
マリアナが自分を傍に置くことを許した意味が、何となくわかってきた。本職の宮廷魔女である彼女は、ずっとラスの傍にいられるわけではない。その点、ファリは問題が無い。
ファリが余所見でもしない限り、ラスを見失うことはない。
とはいえ、ずっと一緒にいられるかというと、そう簡単でもなかった。
ラスは王女で、近寄ってくるのは貴族。それを理由に席をはずすよう言われたら、ファリは抗うすべを持たない。もちろん出来る限り近くで、彼女の様子を見守ろうとはするのだが。
しかし――組織的に隔離されれば、どうか。
「くそっ」
複数の貴族に分断され、ファリが気づくとラスはどこにもいなかった。
誰かが意図して二人を引き離し、ラスだけをどこかに連れて行ったのは間違いない。
ミレアナを捕まえて二人で探すが、彼女の姿はどこにも無かった。あれでラスは自分が王女である自覚はあるので、こういう時に一人でうろつくようなことは基本しない。
にも関わらず、ラスはパーティ会場のどこにも見つけられない。
だとすると――外か。
ファリは魔法で隔離された空間から、愛用の日傘を取り出す。それをぱぁん、と開き、バルコニーから身を乗り出した。もはや周囲の視線など、気にしていられない。
庭に飛び降りて、魔法で衝撃を緩和する。
さらに魔法を重ねて展開し、ラスの気配を探した。
「……ったく、ラスはどこに」
「や、やだあああああっ」
城からだいぶ離れたところに差し掛かった時、遠くから悲鳴が聞こえる。
――ラスの、声だ。悲鳴だ。
ファリは声がする方へ、まっすぐに走る。何かが力の限りに暴れる音と、布が引きちぎられる音がする。悲鳴は時折聞こえなくなり、きっと口をふさがれるかしているのだとわかった。
全身の血が沸騰する。
怒りと、焦り。
懐から取り出したのは、特性の触媒だった。
犯人を一瞬で消し飛ばすための――まさに破壊の魔法式。
「ラスっ」
茂みの中に飛び込むと、重なり合う二つの影があった。
自慢のドレスをボロボロに破かれ、涙を流してこちらを見ているラス。そして、彼女を強引に組み伏せて穢さんとする、見慣れないが貴族らしき風貌の男。
「な、なんだ貴様!」
「それはこっちのセリフだよ下衆。ラスから離れろ」
貴族相手に、特製の触媒を使うまでも無い。
いや、下衆相手に、と言うべきか。
「――【黒色魔法式】展開」
懐から黒い結晶を取り出し、つぶやく。
本来、ファリは無言のまま魔法式を使える。だが、こうやって口に出せば、ある種の脅しとしても使えるのだ。自分が相対しているのは魔女なのだ、と、暗に示すことが出来る。
ひぃ、と男はかすれた声を発し、こちらに背を向けて走り去る。
残されたのは、自分を抱きしめて震えるラス。
男を追いかけることもせず、ファリはラスの身体を強く抱きしめた。
「ファリ、ファリ……っ」
「もう、もう大丈夫だよ、ラス……ボクが一緒にいるから、さ」
震える身体を抱きしめて、背中を優しくさする。
遠くから複数の靴音が響き、近づいてくるのがわかった。
「ラス、もうすぐ助けが来るよ」
「……ん」
泣きじゃくり、ファリの腕の中で震えているお姫様。
ファリは、この夜の決断を後悔はしない。ああしなければ、ラスは一生消えることが無い傷を負うところだった。それに比べれば、自分が叱責されたり処罰されるのは些細なこと。
彼女を守るためなら、どんな痛みも苦ではなかった。