五話 勇者は魔法使い
ばあやの説教地獄から解き放たれたフィールは、そのうち爵位を継いでから戻ると二人に言い残して屋敷を出発した。ラスはまだ本調子ではなかったが、横抱きにして運んだ。
魔法を駆使しての移動は、ラスにとって新鮮なものだったらしい。
子供のようにきゃあきゃあとはしゃいで、フィールも楽しい気分になった。
普通なら夕方に到着するところを、二人は昼過ぎに王都にたどり着く。その頃にはラスもだいぶ元気になっていて、街中で横抱きなのは恥ずかしいから、そろそろ歩くと言い出した。
フィール的には非常に残念だが、無理強いして嫌われるのもアレなので我慢する。
そしていざ城に向かったのだが――城の前が騒がしい。
「よぉし、いざ姫君を救出に向かうぞおおお!」
なにやら見覚えのある男が、私兵らしき集団の先頭で叫んでいた。どうやら、今からラスの救出に向かうつもりらしい。人々が何事かと彼らを見て、王女の誘拐騒ぎに驚いている。
もっとも、その王女は昨日のうちに救出され、こうしてフィールの隣にいるが。
「あの下衆野郎。勇者よろしく姫君を助けて、そのまま嫁にもらうつもりらしいね」
「……フィールも同じだと思うの」
「ふっ。ボクらは相思相愛だからいいんだよ」
っていうかボクは魔法使いだし、と笑うフィール。
「まぁ、とりあえずさっさと城に行って、王様たちに無事の報告しないとね」
「はい」
ぎゃーぎゃーと叫ぶ男を放置し、さっさと城に向かって歩き出す。だが、我を忘れて叫んでいるわけではなかったようで、彼はフィールの隣にいるラスに気づくと大声で叫んだ。
「おぉ、我が麗しの姫君!」
ご無事で何より、とまるで自分が助けたかのように駆け寄って、ラスの身体を抱き寄せようと腕を伸ばす。だがそれは、彼女との間に割って入ったフィールによって、阻止された。
「き、貴様は誰だ!」
「フィール・エスレディア。そのうち公爵になるけど、それがなにか?」
「こ……?」
「ついでにラスはボクが助けたから。そしてボクの嫁だから。っていうか、同意の上でやることもやったし。どこぞの下衆みたいに庭で押し倒すようなマネはせず、ちゃんと同意でね」
ぐい、とラスを抱き寄せて笑う。
ラスは真っ赤になって俯いて、フィールに隠れるように縋った。何もそこまで言わなくてもいいのに、とか細い声で苦情が聞こえたが、フィールはあえてそれを無視することにした。
男はしばらくぽかんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にして迫ってくる。
「ひ、ひひ、姫は私のモノなのだぞ!」
「救出したのはボクだ」
「う……」
「ラスとも相思相愛だし、国王に反対されるならともかく、ただの貴族に反対されるいわれは無いよね。正式に婚約者とかいう身分でもなく、ただの候補で、ただの自称なんだしさ
」
そもそもこの男のせいで、自分は一時期とはいえラスから離れることになった。ラスは笑顔をなくして幽閉までされてしまった。あの誘拐さえも、この男が原因ではないだろうか。
いや、そうに違いない。
そう思うと、フツフツと怒りが込みあがってくる。
「……ラス」
「え?」
フィールは周囲に見せ付けるように、ラスを抱きしめて唇を奪った。かなり濃い目に。
じたじた、と暴れるラスだが、だんだんと抵抗は失せていく。慣れていないので、呼吸がうまく出来ないらしい。あとでしっかり教えよう、とフィールは心の中で誓った。
そしてラスがぐったりしたところで開放し、動けない彼女を抱き上げる。
「では、失礼するよ」
ふふん、と鼻で笑うように男を一瞥し、フィールは城に向かって歩き出した。目の前で行われた濃厚気味のキスシーンのせいで、誰もが時間を失ったかのように黙って彼らを見送る。
その姿が城の中に消えた頃、ようやく時間は動き出し。
「そ、そんな……」
せっかく重装備をしてまで勇者よろしく、姫を救出しに行こうとした男は、周囲からヒソヒソクスクスされる中、がっくりとひざをついてうなだれていた。