一話 王女の専属魔女
「あの、どうかわたしの専属魔女になってください!」
「は?」
その日、その魔女はお忍びでパーティに忍び込んでいた。目当ては仕事。貴族などがその魔女の仕事相手なので、彼らとの縁――そしていずれ手に入るお金を求めての潜入だった。
間違っても、そんな要求をされるためじゃない。
ましてや相手は王女だ。
メルフェニカ王国の第一王女にして、六人兄妹の末っ子姫。両親と息子たちが口を揃えて目に入れても痛くないと豪語する、絵に書いたような箱入り王女のラス・メルフェニカ。
十六歳とは思えない小柄で華奢な容姿に、母である王妃に似た茶系の髪と瞳。あまり表舞台には出てこないものの、引く手数多の美少女として、魔女も何度か名前を聞かされている。
ほとんどが、あの姫を何とかして手に入れたい、という下衆の依頼だったのが、少しだけ悲しいと思わなくも無いが。だが、こうして目の前にすると、連中の気持ちも理解できる。
もっとも、犯罪行為を犯してまで手に入れようとは、微塵も思わないが。
そんな彼女からの、直々のご依頼だ。
普通なら、何かの罠を疑うか、あるいは泣いて喜ぶであろう。
メルフェニカは魔法を重視する国で、王宮には数多くの魔法使いが仕えている。そこに加われるのはこの上ない栄誉だ。触媒研究だって、資金的な意味でずっとずっと楽になる。
しかし魔女は、その唇の端をひくひくとさせ、苦笑いを浮かべた。
「……お姫様、冗談はほどほどに申された方がいいですよ?」
そう言い返すのが、精一杯だった。
理由はいくらだってある。たとえば少し離れたところに立ち、姫の発言に絶句している宮廷魔女らしき女性のこともあるし、自分自身の立場というものもあった。
魔女は赤い瞳をそらし、白い髪をかきあげる。
「あのですね、お姫様?」
「はい!」
「ボクは――ニルヴェルヘーナの魔女、ですよ?」
それでも懐にいれようとおっしゃられるのですか、と問う。魔女の言葉に不思議そうに首をかしげる王女の前で、黒いドレスを着る魔女は、場違いな日傘をばさりと広げて見せた。
その名を聞けば誰もが手を引く、異端の魔女の一門。彼女のお目付け役らしい魔女の視線がぐっと鋭さを増す。まぁ、自然な反応だった。誰もがニルヴェルヘーナを忌避するのだから。
しかし、当のお姫様はというと。
「何でもいいのです、あなたがいいのですっ」
と叫んだかと思うと、そのまま走って魔女に抱きついた。いかに魔法式を巧みに操り、世界すらも欺くとされる魔女でも、こう至近距離にくっつかれてしまうと何も出来ない。
ちらりと控えている魔女に目を向けると――視線で、脅された。断ったら最後、この城から生きて出られない予感がする。さすがに魔法大国の精鋭と、殺りあうような趣味はなかった。
あぁ、本当に面倒なことになった、と。
何番目かのファリ・ニルヴェルヘーナは、小さくため息を零した。