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記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)  作者: 黒雨みつき
第2話『狙われた大量殺戮者(ジェノサイダー)』
9/32

その2「嘘つき大量殺戮者(ジェノサイダー)」

 いや、別にそうと決まったわけではないのだ。

 少年の村が“黒ずくめの人魔”に滅ぼされたというのは、もう一年以上も前のことのようであり、だからして、俺……つまり以前の俺がやったと決まったわけではないわけで。

 少年の口から村の所在地を聞いて、ミュウに確認してみても、彼女の記憶にはない。かといって、俺が絶対にシロかといえば、そうとも言い切れないであろう?

 ミュウが忘れているだけかもしれぬし、あるいはミュウと出逢う前のことかもしれぬ。

 とにかく、少年は犯人が俺であると疑って……俺たちの動向を伺い……そして、ミュウが力を使ったのを目撃して、疑いを強めたわけであった。

 もしも……もしも、本当に俺が犯人であるならば、俺は少年に謝らねばならない。謝って許されることではないが、俺にはそれしかやりようがないのであるから。

 ……だが、さっきも言ったように、確証はないわけで。

 

 ということで、とりあえずはごましておくべきであろう。

 うむ。



 

~嘘つき大量殺戮者ジェノサイダー




「……というわけである」

「なにがですか?」

 なんか、遊んでないか?

「いや、お前でなくて、だな。丁度、そっちの少年に説明を終えたところなのだ」

「?」

 ミュウは納得しかねる様子で、

「突然、そうおっしゃられたように感じましたけど」

「いや、それはそうだが。そこはいわゆる大人の事情というやつであって」

「そうですか」

 納得したようだ。

 ちなみに俺たちがいるのは、先ほどの街にある、とある宿屋。その一階にある食事処。

 そこで俺は、少年に対し、弁解をしていたわけだ。

 俺は至って普通の、善良な旅する一般市民であり、その途中でたまたま出逢ったミュウ(記憶喪失の少女という設定だ)とともに旅を続けているところなのだと。

 ミュウが人間でないことは、さすがにゴマかしきれなかったが、俺については、至って普通の人間であることを強調しておいた。

 もちろん真っ赤な嘘であるが、嘘も方便と言うであろう?

 問題は少年がミュウについてどう思うか、であったが、どうやら少年は“黒ずくめの人魔”にしか興味がないらしく、大して突っ込んでくることもなかった。

 これまた、非常に珍しい人間である。

 その代わり、俺に対する疑惑の視線は、こうして夕食を共にしている今も、消えることはなかったが――

「ところで少年」

「……」

「気持ちは痛いほどわかるのであるが」

「……」

「もう少しゆっくり食したらどうであろうか?」

「っ!」

 と、口の中一杯に食べ物を突っ込んだ少年が、ようやく顔を上げて俺を見る。

 何やら、俺たちを尾行するのに手一杯で、道中、ロクな物を食べてなかったらしく……。まあ、泥にまみれたボロボロの服を見れば、どれだけ苦労したかは一目瞭然なのであるが。

「っ……むぐ……っ」

 そして、少年は懸命に口の中の物を租借し始め、それをごくんっ、と一気に呑み込むと、

「……私は少年じゃない」

 急に突き放したような態度を復活させる。

 なんだか良くわからない少年である。

「む、そうか。では、名前を教えてもらえんか?」

「……」

 少年は俺の顔をジッと睨むように見ていたが、一瞬、チラッと、目の前の食べ物に視線が移って、

「……ルーン」

 早く空腹を満たしたいという誘惑に負けたのか、素直に名前を口にした。

「ふむ」

 俺は頷いて、

「そうかそうか。少年はルーンという名前か」

 そう言うと、少年――もとい、ルーンは眉をひそめて、

「だからっ。私は少年じゃないって――」

 何事か抗議の声を上げようとしたが、

「御主人様」

 ミュウの言葉に遮られた。

「む?」

 隣に座る彼女の方を向くと、ミュウは珍しく困ったような顔をして、

「すみません、御主人様。そろそろ、資金の方が……」

「お、おお、そういえばそうであった」

 それで思い出す。

 そう言えば、路銀の方もだいぶ乏しくなっていたのだ。それに加え、この思わぬ出費(食事代)である。いい加減、何か仕事を見付けなければならない。

「何か働き口があれば良いのだが……」

「はい。私もまた、何かお手伝いします」

 と、ミュウ。

「うむ、何かあれば良いな」

 その言葉に俺も頷いた。

 実は以前の街で、ミュウがどうしても資金稼ぎの手伝いがしたい、というところに、たまたま俺の働き口と同じ場所でベビーシッターのような仕事を頼まれてしまい……多少は苦戦しつつも、彼女はそれを意外と上手くこなしたのである。

 どうやらミュウは赤ん坊を含め、子供に好かれる才能があるらしいのだ。

「しばらくの宿代ぐらいはあるのだろう?」

「はい」

「そうか。とにかく、急いで探さねば、な」

 言って、

「……ん?」

「……」

 そこで俺は、ルーンという名の少年がこちらの方をじいっと見つめていることに気付いた。勢い良く進めていた食事の手も止まり、少し気まずそうにしている。

(ふむ……?)

 考えてみて、ふと思い当たる。

(……もしかしてアレだろうか?)

 確かに。何度も言うように、俺は“超”が付くほどビューティーな男である。もしかしたらそういうことも有り得るのかもしれない。

「少年よ……」

 そこで、一応、念を押しておくことにした。

「まことに申し訳ないが、俺は頭のてっぺんから足の先までヘテロなので、少年の求愛には応えられぬ。すまんな」

「んなこと一言も言ってないっ!」

 いきなり先ほどまでの勢いを復活させるなり、バンッ! と、テーブルに両手を叩きつけて、

「それに、私は少年じゃないって――!」

「御主人様」

 そこで、またまたミュウがその言葉を遮ってしまう。

「ん? なんだ?」

「ヘテロというのはヘテロセクシャルの略で、つまりホモセクシャルではないという意味でしょうか」

「む? うむ」

「そうですか」

 言って、ミュウは少し首をかしげながらルーンを見る。

「?」

 その行動の意味は良くわからなかったが、

(……まあよい)

 それはとりあえず考えないことにしておく。

 そして、

「さて、ルーンよ」

 少年がようやく食事を終えたようだったので(何か言いたそうにしていたが)、俺は話を先に進めることにした。

「そんなわけで……俺が無実であることはわかってもらえたであろうか?」

 期待を込めて言った。

 だが、

「……」

 ルーンは黙って俺の方を見る。

 それは、どう好意的に解釈しても、信頼に満ちた視線だとは言い難かった。

(うーむ……)

 仕方なく、誰もが思わず和んでしまいそうなスマイルを無意味に浮かべてみるが、全くの無反応。

 ちょっとだけ淋しかった。

「信じられるわけないだろ」

 そして、ルーンは目を細めながら、

「……けど、確かに、お前が私の探していた仇だという確証もない」

 小さく肩を落とした。その表情に、苦悩と淋しさの影が過ぎる。

 そんな少年の態度に、

(ふむ……考えてみれば不憫な子ではあるな)

 その境遇に思いを馳せてみる。

 ……村が滅ぼされたのは一年前の話だという。ということはつまり、一年もの間、この少年は仇を追い、たった一人で辛い旅を続けてきたのであろう。

 着ているものは、泥や埃にまみれた薄手の服に、厚手ながらボロボロになったフード。おそらく、時には雨に降られ、強風に巻き上げられた砂埃に顔を背けながら。

 いわゆる、雨にも負けず、風にも負けずというやつだ。

 それだけの苦労をしていれば、この、善人を地で行っているような俺の言葉さえ信じられなくなるのは、仕方のないことかもしれない。あまりにも辛い境遇に、おそらく純真であった少年の心は少しずつ荒れてしまったのだ。

 そうに違いない。

 そう思うと、目の奥に熱いものが込み上げてきた。

(あ、あまりにも不憫ではないか!)

「な、なんだよ」

 急に瞳を潤ませた俺を見て、ルーンは僅かに身を退く。……それも仕方あるまい。何故なら彼は、すでに他人を信じることができなくなっているのだ。

(なんという――)

 俺は両目に溢れてくる涙を感じながら、一つの決意を胸に固めた。

(更正してやらねばなるまい! 少年の、この荒んでしまった心を!!)

「お、おい、お前――」

「ルーンよ!」

 ガシッ。

「っ!?」

 身を乗り出して両手を掴むと、ルーンはびっくりしたように身を固くした。一見、警戒しているようにも見えるが、それも仕方ない。彼は人間不信に陥ってしまっているのだから。

 俺はそのまま、身を乗り出すと、

「わかった! それならば、思う存分に俺のことを調べ尽くすがいい!」

「……は、はあ?」

 怪訝そうな顔になる。

「少年も俺についてくれば、人を信じることの素晴らしさがわかるであろう! ああ神よ! あなたは素知らぬフリをしながらも、この少年に一筋の蜘蛛の糸を差し伸べてくださったのですね!?」

「な……なに言ってんだ、こいつ?」

 ルーンがまるで助けを求めるようにミュウを見ると、

「要約すると“疑いが晴れるまで、そばでずっと監視していて構わない”ということだと思います」

 通訳。

「そう。つまりはそういうことなのだ」

 俺の溢れ出るほどの気持ちをミュウが代弁してくれた。

 ……状況を代弁しただけか? まあ、どちらでもよい。

 だが、ルーンは納得したらしく、

「……なるほどな」

 腕を組み、少し思案するような表情になって、

「確かに、お前にしばらくくっついていれば、いつかはボロを出すかもしれないし……」

 そう言った。

 どうやら彼の心は、どちらかと言うと疑う方に傾いているらしい。

 だが、それも今のうちだけであろう。

 彼の荒んだ心は、俺の善人ぶりを目の当たりにするうちに、少しずつ矯正されていくに違いないのである。

(我ながら、なんとも素晴らしい方法ではないか!)

 悦に浸っていた。

 そして、何度もうんうんと頷きつつ、

「では、決まりだな、ルーンよ。しばらくの間、俺たちはともに旅をする仲間である」

 言って、握手を求める。

 だが、ルーンは少し眉をひそめて、

「私はただ、監視をするだけだ。別に仲間ってわけじゃ――」

「それはならん!」

 ドンッ! と、テーブルを叩く。

「旅には危険が付き物なのだ! 助け合いの精神が常に必要である!!」

「わ、わかったよ」

 俺の剣幕に押され、ルーンは渋々と言った表情で手を差し出してくれる。

 そして、俺と少年の手ががっちりと組み合わさった。

 感動の瞬間である。何事も、まずは第一歩が大事なのだ。

(しかし……)

 そして、手の平に感じる感触にふと思った。

(……思ったより華奢であるな)

 確かに、ルーンは外見からして少し華奢な感じではある。が、まだ少年であることを考慮にいれたとしても、あまりにもその手は細かった。

(まるで女の子のようではないか……)

 ミュウほどではないにしても。

(……まさか)

 そこまで考えて、俺は“とある可能性”に思い当たる。

 そして、目の前のルーンをもう一度、良く観察してみた。

 ……華奢な手先……軽そうな体。

「ルーンよ……お前、まさか……」

「ん?」

 ルーンが怪訝そうな顔をする。

 子供にしては細く映るその輪郭に俺はその疑いを強め……そして、言った。

「え、栄養失調ではないのかっ!?」

「……はあ?」

 何のことだかわからないようであった。

「そりゃ、こんな食事は久しぶりだけど……」

 その言葉に俺は納得して、

「そうか。それでまるで女の子みたいに華奢なのだな……無理もあるまい」

 うんうん、と頷く。

 だが、ルーンはやはり俺の言葉に眉をひそめて、

「あ、あのな。だから、さっきから言ってるように、私は――」

「御主人様」

 そのタイミングで口を挟むミュウに、何か外界の意志のようなものを感じるのは何故であろうか。

「そろそろお休みにならないと、明日の行動に支障がでるかもしれません」

「む。もうそんな時間であったか」

 時計を確認し、彼女の言葉が正しかったことを知ると、

「では、とりあえず、自己紹介などは部屋に戻ってからにしようではないか」

 言って、テーブルから立ち上がる。

 だが、

「おい」

 そんな俺の行動に、ルーンは戸惑ったような顔をして、

「部屋ったって、私はここに宿なんて取ってないぞ」

「……何を言うのだ、ルーンよ」

 言って、俺はとびっきりのスマイルを浮かべると、

「俺たちは仲間ではないか。心配いらぬ、お前は俺の部屋に泊まるが良い」

「え?」

 がしっ。

 戸惑うルーンの手をがっちりと掴む。

「いや、ちょっ……ちょっと、ちょっと!」

 手を引っ張られて、ルーンがちょっとだけ焦った声をあげた。が、ここで退くわけにはいかない。ここは、少し強引にでも絆を深めておかねばならぬ。

「遠慮はいらぬぞ、ルーンよ。今日は男・同・士、同じベッドで夜中まで語り合おうではないか」

 ルーンはさらに焦ったような顔をして、

「な、なに言ってんだよ、お前! よく見ろ、私は――!」

「御主人様」

 と、ミュウが俺たちの歩みを止める。

「ん? なんだ?」

 俺が振り返ると、ルーンはホッとしたような表情をして、

「お、おい。お前からもこいつに言って――」

 すると、ミュウはいつものごとく、何事もなかったかのような顔をすると、

「おやすみなさいませ」

「うむ、お前もゆっくり休むがよい」

「おい、待てっ! ま、まさか……本気っ!?」

 なにやらルーンが意味不明の叫び声をあげていたが……まあ情緒不安定なのだろう。

「さあ、少年よ。今日はお互いのことについて、ゆっくりと語り合おうではないか」

 ガシッと、その華奢な肩を抱える。

「うわっ……だ、だから……少年じゃないって言ってんだろぉぉぉ――っ!!!」

 そんなルーンの叫びは、その場に集まり始めた酔っぱらいたちの喧噪の中へと消えていき……そして、ひとまず騒動は一件落着して、平和な夜は更けていくのであった。

 めでたしめでたし。

 

 

 一夜明けて。

 

 

「御主人様。よろしかったのですか?」

 俺たちは昨日の予定通り、ちょっとした仕事が見つからないかと街の中を彷徨い歩いていた。

「なにがだ?」

 ミュウの質問にそう問い返すと、

「あのルーンという方のことです」

 言って、そっと後ろを振り返るような仕草を見せた。

 俺たちの後方、五メートルぐらいのところをついてきている少年。なにやらとてつもなく不機嫌……というか、まるで眠れない一夜を過ごしたかのようにやつれた顔をしている。

(うーむ。やはりアレだろうか?)

 思い出す。

 実を言うと、昨晩、彼があまりにも『野宿をする』と言い張ったものだから、少し力尽くでベッドに縛り付けてしまったのである。

 いや、別に体ごとロープで縛り付けたというわけではなく。ただ、少し不意をつき、手足を縛って身動きできないようにしてから、ベッドに優しく寝かせてあげただけなのだ。

 ……確かに、少々手荒だったことは認めねばなるまい。だが、大した用意もなく、あのような少年に街中で野宿をさせるなど、俺の良心が許さなかったのである。

 いわば、必要悪というやつであろう。

「問題ないだろう」

 ミュウの質問にはそう答えておいた。

 ミュウが“人”でないことは、すでにルーンにはバレているのだし、早い話、俺の正体がバレなければなんの問題もないわけである。

(そもそも、俺は未だ、力を制御できないのだ)

 あのときは人気のない森の中だったから良かったようなものの、こんな街の中に“道”を作ることになってしまっては大変であろう。

 しかし……それにしても納得できないのは、

「ルーンよ」

 足を止めて振り返る。

「そんなに離れて歩かずとも――」

「……私に話しかけるな。この変態野郎」

 これである。

 確かに昨晩のことはやりすぎだったかもしれないが、それにしても“変態野郎”はちょっとひどくないだろうか?

(むう……これも彼の心が荒んでしまっているせいなのだろうか)

 結局、自己紹介も出来ずじまいであった。

「?」

 ミュウが不思議そうな顔で俺を見上げて、

「御主人様も変態するのですか?」

「おそらく、お前の言うニュアンスとは違うな」

 というか、俺は断じて変態などではないし、もちろん変態――形態を変えたりもしない。

(……って)

 そこでふと、違和感に気付く。

(御主人様“も”とか言わなかったか、今……)

 隣を歩くミュウへと視線を送る。

 ……特にいつもと変わった様子もなく、トコトコと歩いていた。

(突っ込むのはヤメておくべきであろうな、うむ……)

「……ところでさ」

 そうこうしているうちに、ルーンがいつの間にか少し差を詰めてきていた。

 が、もちろん俺の方は完全に無視する格好で、

「ミュウ……つったっけ、あんた?」

「はい」

 頷くと、ルーンは少し眉をひそめて、

「あのさ……その“御主人様”ってのは、一体なんなんだ?」

 すると、ミュウは表情一つ動かさずに、

「主人というのは、一家の主、他人を従属・隷属させている者、あるいは女性が婚姻関係にある自分の夫を指していう言葉です。御は強い尊敬の意を表す言葉、様は敬意を表す言葉です」

 全くの一息。

 たいしたものであるが、ルーンは当然のごとくに眉をひそめて、

「は? ……いや、そんな一般的な言葉の意味を聞いてるんじゃなくて」

「私にとっての御主人様とは、私を隷属させている御主人様のことです」

「……」

「ミュウよ」

「はい」

「隷属というのは少し言葉のイメージが悪い。せめて従属ぐらいにしておいてくれぬか?」

「はい。御主人様」

「……」

 そんな会話に、ルーンは“なんだこいつら”とでも言いたげな顔をしていたが、それ以上、突っ込んでくることはなかった。

 そんな彼の態度に、俺は少し不安になって、

「ルーンよ。一言、言っておくが」

 足を止め、再び、少し離れて歩くルーンを振り返ると、

「私は奴隷商人でもなければ、変態成金野郎でもないぞ」

「……んなことは言ってない」

「ふむ、そうか」

 では、どの辺りが“変態”なのだろうか。

 ……まさか、とは思うのだが。

「変態もしないぞ」

「言ってないっての!!」

 

 そんなこんなで。

 

「……ふぅむ。なかなか見つからぬものだ」

 昼時になり、俺たち三人は昼食を取っているところだ。

 とはいえ、食事処に行くとただでさえ少ない資金が底を尽きかねないので、今日はミュウが昼食を準備してきていたのである。

「それにしても」

 と、公園の芝生に座り、ミュウから手渡された包みを広げる。

「お前の作る料理というのは、はじめて食べるような気がするぞ」

「はい」

 頷くミュウ。

「初めて作りました。……御主人様が、以前、作ってみろとおっしゃられましたので」

「おお、そうかそうか。偉いぞ、ミュウ」

 そんなことを言った記憶はすでになかったが、とりあえず彼女の努力を誉めてやることにする。

 考えてみれば、あれだけ人間の世界のことを知らないミュウのことだ。料理などしたことがないのも、至極当然のことであったかもしれない。

 そうしてから、俺はクルッと後ろの方を振り返って、

「ルーンよ。お前もそんなところに座っていないで、こっちに来たらどうだ?」

 と、わざわざ遠くに座ったルーンを呼んだ。

 彼の態度は相変わらずで、今も同じように鋭い眼差しでこちらを見つめていたが、

「……」

 やがて、空腹に耐えられなくなったのだろう。渋々ながら、ゆっくりと立ち上がり、無言のままでこちらにやってきた。

「うむ」

 俺も満足し、三人で昼食を取ることとなった。

 中心にミュウの作ってきた弁当を置き、それを広げる。

「……ところでさ」

 そこまでやったところで、ルーンが口を挟んできた。

「これ……食べ物なのか?」

「む?」

 突然、おかしなことを言い出すルーンに、俺は怪訝そうな表情を向け、

「何を言っておるのだ。そんなこと、当然ではないか――」

 言いながら、自ら開いたその包みの中身に目をやって、

「……おおぅっ!!?」

 驚愕に目を見開いた。

「御主人様? どうなさいました?」

 と、無垢な瞳で不思議そうにこちらを見つめてくるミュウ。

 だがしかし、俺はその彼女の問いに、すぐさま答えることができなかった。

(こ、これは……!?)

 その弁当箱に詰められていたのは、どう控えめに表現しても“グロテスク”としか言い様のない、奇妙な物体の数々だったのだ。

「見よう見まねで作ってみたので、御主人様のお口に合うかどうかはわかりませんけど」

 と、ミュウが若干、遠慮がちな表情を見せる。

「そ、そうか……」

 どんなものを見て、どこを真似たのか非常に気になるところであった。

(だが、ミュウがおそらく一生懸命に作ったものなのだ……まさか、食べないわけにもいくまい!)

 そう思って、もう一度、弁当箱の中身に目を移す。

「……」

 クラッ……

 眩暈がした。

 そもそも、料理の過程云々という前に、原材料からして何か間違っているようにも思ってしまう心を、俺は決して否定することができないのであった。

「おい……これ、食べられるのか?」

 相変わらず、不審そうな表情で尋ねてくるルーン。

(だが、決して粗末にするわけにはいかぬ……これもミュウのためなのだ)

 俺はそう思い、

「……当たり前ではないか」

 なんとか平然とした態度を装って答える。

「これはこの地方特有のものでな。パッカルチョという食べ物なのだ」

 大嘘だった。

 だが、ルーンは納得できない顔をしながらも、

「そ、そうなのか……」

「そうなのですか?」

「って待て! なんでお前まで不思議そうに――」

「ルーンよ」

 ミュウを追求しようとするルーンを制止して、

「さあ、食べるが良い。一度食べたら、病みつきになることは間違いないであろう」

 どうも俺はこのルーンという少年に対して、嘘ばかりついているような気がしてきたのだが……まあ、おそらく気のせいであろう。

 たとえそうだとしても、それは間違いなく方便な嘘である。

「そ、そうか……」

 やはり空腹だったのだろう。

 ルーンは少し眉をひそめながらも、そのグロテスクな物体に手を伸ばした。

 続けて、俺もそれに習う。

(見た目が悪くとも、味はイケるかもしれないではないか……)

 どことなくむなしさが漂う希望を抱き、ミュウの期待の眼差し(?)を感じながら、俺とルーンの二人はその物体を口に運んだのである――

 

 

 

 幸い、二人とも全治まで三日程度であった。

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