その1「狙われた大量殺戮者(ジェノサイダー)」
なんかおかしい。
なんてゆーか、俺はいわゆる至って普通の善良な一般市民だ。そりゃ普通の人間よりはクールでビューティだったり、百万ドルな笑顔の爽やかナイスガイだったりもするが、それはあくまでプラス要素、つまりは人に好かれるべき要素である。
要するに……なんだ。人に恨まれることをした覚えなんてないし、ましてや、命を狙われるなんてことはあるはずもない。
なんたって、善良な一般市民であるからして、それは当然なぐらいに当たり前であって、それはいわば宇宙の真理。
で、あるはずなのだが。
なんというか……アレなのだ、アレ。
感じるのだ。
ん? 何がって?
だから、つまり――
いわゆる敵意に満ちた視線、というやつを、だ。
~狙われた大量殺戮者~
「ミュウ、お前も感じるであろう?」
「なにがですか?」
……あー。せっかく前回の最終セクションでマンネリを脱したと思ったのに、すぐこれである。
もちろん、俺が毎回、唐突に質問するのが悪いのだとわかってはいるのだが、いつでもそういう状況なのだから仕方あるまい。
てくてく。
俺とミュウが新たな街(そこそこな大きさの街だ)に到着したのは、昼時を若干過ぎた頃だ。もちろん前日は野宿であり、朝も干し肉ぐらいしか口にしていなかったため、俺とミュウが真っ先に食事処へと足を運び、人として当然の結果。
そこで腹一杯になって一時間ほど動けなくなったのも人として当然の結果。
そして今、俺たちは一杯になったお腹を抱え、宿を探している途中である……の、だが。
「うぅむ」
先ほども言ったように感じるのだ。何者かが後ろから付いてきている気配を。
……いや実を言うと、これは今日、この街に着く前から感じていたことである。正確に言えば、今朝出発してから一時間ほど経った頃。
最初のうちは、俺のあまりのカッコ良さに一目惚れしてしまった街娘がこっそり付いてきているのかと楽観的に考えていたのだが、一つ前の街からここまではおよそ徒歩で五日間ぐらいの行程にあり、その間、俺とミュウの超人的な歩きの速度に、普通の街娘が付いてこれるはずもない、と、つい先ほど閃いたのである。
「なにか……誰かに付け回されてるような気がするのだ」
「付け回されてる、ですか」
と、ミュウが少し首をかしげた。
その不思議そうな反応に、俺は少し安心する。
「いや。どうやら俺の気のせいのようだな」
ミュウが感じていないのであれば、俺の気のせいである可能性が濃厚だ。
何しろ、彼女は俺なんかよりそういうことにかけては敏感である。俺の方は、単なる直感というやつであって、全然アテになるものではない。
「はあ」
と、ミュウはそんな俺に、またまた不思議そうな顔をすると、
「付け回されてますけど」
「……」
俺は気の抜けた顔で隣のミュウを見る。
「では、さっきの不思議そうな顔は何だったのだ?」
「随分長い間付いてきてますので、御主人様のお知り合いかと」
「そんなストーカーちっくな知り合いはおらんぞ」
話しつつ、軽く背後を振り返ってみた。
時間が時間ということもあり、大通りは人で溢れている。その中から、尾行している人間を捜し出すのは結構骨が折れるのではないか。
というか、無理である。
「ふむ。どうするべきであろうか?」
再び正面に向き直り、小声でミュウに問いかけてみると、
「放っておいても構わないかと思います。気配の断ち方からして、御主人様に危害を加えられるほどの者とは思えません」
「しかし、どうにも落ち着かんな」
「では、消去しますか?」
「いや、それはしなくてもよい……」
相変わらず、平気な顔でとんでもないことを口にする娘である。
近頃は多少マシになってきてもいるのだが、それでも主人である俺のためならいつでもそういうことをやりかねない勢いであった。
「ふむ。とりあえず、今しばらくは放っておくこととしよう」
今のところ、若干の敵意を背中に感じる程度で、実害があるわけでもない。ミュウとはぐれないように歩いていれば、何の心配もないであろう。
……で。
それからは、あまり後ろを気にしないように、今日の宿を探し続けた。
ついでに、そろそろ路銀も乏しくなってきたところでもあり、何か短期間の仕事がないかどうかも同時に探すことにする。
日割りのバイトは条件的にキツいものばかりなのだが、この際贅沢は言ってられん。
と、そんなところへ、であった。
「騒がしいですね」
「ん?」
ミュウの言葉に、少し耳を澄ませてみると……確かに。俺たちの進行方向で何やら喧噪が聞こえる。騒ぎが起こっているようだ。
「なんであろうか?」
「わかりません」
「ふむ」
何かトラブルが起こっているのであれば、力になれるかもしれない。
……ああ、改めて断っておくが、俺は現在、人々に対する償いの旅をしている途中であり、そういう立場からもこういう騒ぎは放っておけないのである。
「よし……行くぞ、ミュウ!」
「はい」
漆黒のマントを翻し、騒ぎの方角へと向かった。もちろんミュウも後をついてくる。
そして、俺たちが駆け出してまもなく。
「暴れ馬だぁーっ!!」
進行方向から叫び声が聞こえた。
「暴れ馬……?」
「暴れる馬のことですね」
「そのままではないか」
だが、確かに。何やら進行方向から馬の蹄の音が聞こえてくる。
ついでに言うと“近付いて”きている。
「危ねえーっ! 避けろ避けろーっ!!」
ただでさえ人の多い時間帯、人の多い通り。
そんな叫び声で混乱が起こらないはずもなく、
「お……おおっ!? おぉぉぉぉぉぉッ!?」
進行方向から戻ってきた大量の人の波はアッと言う間に俺たちを飲み込まんとした。気を抜くとそのまま流されてしまいそうである。
俺は足を踏ん張りながら、
「ミュウ。はぐれてはいかんぞ」
大丈夫だろうが、一応そう声を掛けておく。
が、
「?」
返事がない。
怪訝に思って、ふと後ろを振り返ると、
「……お?」
ミュウがいない。
そして、さらにその先に視線を向けると、
「うぉっ!?」
「……」
無言でこっちを見つめたまま、人の波に流されつつあるミュウの姿がそこにあった。
体重が軽いせいか、踏みとどまることが出来なかったらしい。
「ま……待てっ! 待つのだっ!!」
慌てて人の波を追いかける。
中規模とはいえこんな街ではぐれてしまうと大変だ。ただでさえ方向音痴な俺のこと。これが今生の別れにもなりかねない。
……と。
ドドドドドッ!!
「ぉ?」
ミュウを追いかけていた俺の背後から、何やらものすごい足音が聞こえてくる。
(そういえば、何か忘れているような……)
ドドドドドッ!!
背後からものすごい足音。しかも近付いてきている。
人の波第二弾、などではない。
「……」
おそるおそる……後ろを振り返る。
そして視界に入ったのは――
「……のおおおおおおおっ!!!!」
目前に迫る大型馬の形相。そして凶悪なほどのスピード。
(……やばいっ!! 跳ねられたら死んでしまうっ!!)
視線を正面に戻し、
「おおおおおおっ!!!!」
マントが水平になるほどのスピードで猛ダッシュ。
ドドドドドドドッ!!
ダダダダダダダッ!!
人間とは思えない速さで逃げる俺。
……だが、いくらクールでビューティーでワンダフルな俺の足でも、さすがに馬の足に敵うはずはなく。
(のおおっ! 俺は馬に跳ねられて死ぬのかぁぁぁっ!!?)
ドドドドドドドッ!!
馬の足音が直前にまで迫ってくる。
水平になったマントが馬の眼前にまで迫った。
「ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ヤバイ。
本気でヤバイ。
……と、そこへ。
カッ!!
「……お?」
眼前の人の波が光を発した。
「おぉぉぉぉぉ!?」
そこから幾筋もの光の束が弧を描いて飛ぶ。
ズガァァァァァァンッ!!!
俺を避けるように、と暴れ馬の目前に突き刺さる光の束。
「……ヒィィィィィィィンッ!!!」
「おおおおおおおっ!?」
だが当然、近くにいた俺も無事に済むはずはなく、その威力に軽く吹き飛ばされ、
「てっ!」
ゴンッ!!←前のめりに前頭部をぶつけた。
「ぐえっ!!」
ドスッ!!←前方に回転して背中から地面に突っ込んだ。
「ぐああああっ!!」
ズザザザザッ!!←そのまま地面を数メートル滑っていく。
「ぐはあああぁ……」
……ピタッ。←ようやく止まる。
しぃーん……
辺りが静まり返った。
「……いたたたた……な、なんなのだ……?」
何が起こったのかさっぱりながら、ぶつけたおでこを押さえつつ、むっくりと上半身を起こす。
背中に関しては、服を着ていたおかげもあって、それほど痛まない。というか、随分丈夫な生地で出来ているらしく、あれだけ土の地面を擦ったにも関わらず、どこも破けていないようだ。
「ど……どうなったのだ……?」
地面にお尻を付いたまま、とりあえず状況を把握しようと、辺りを見回す。
と、そこへ、
「御主人様」
どうやら人の波が止まったおかげで解放されたらしい。ミュウが俺の方へトコトコと歩み寄ってきた。
「ご無事でしたか?」
俺は顔を上げて、
「おお、ミュウよ。一体、何がどうなって――」
言いかけてハッとする。
(そういや、光の束……って)
「……お前か?」
おそるおそる尋ねてみると、
「はい」
案の定、ミュウはあっさりとそれを肯定した。してしまった。
「御主人様に危険が迫っておりましたので、排除しました」
「……おおおおっ! なんということを!!」
(まさか、こんな大衆の目があるところで力を使うとは!)
これでは、俺たちが人間でないことがバレバレになってしまうではないか。
即刻、捕まって縛り首にされてもおかしくない。
「に、逃げるのだ、ミュウ!」
パッと立ち上がるとミュウの手を引き、すぐさまその場を離れる。
「?」
そんな俺の慌てぶりに、ミュウは不思議そうな顔をして、
「逃げますか?」
「当たり前だっ! ここでボーっとしていたら、すぐに捕まってしまうぞっ!」
「そうですか」
「モタモタするでないっ!」
何事か言おうとするミュウを引っ張り、早々に大通りを離れ、路地の方へと逃げ込む。
幸い、人々は驚きから立ち直っていないらしく、俺たちよりも光が飛んだ先……地面にボッコリと空いた穴の方に注目していた。
「……あの。御主人様」
俺に手を引っ張られたまま、まだ不思議そうな顔のミュウ。
「なんだ?」
ミュウはトテトテと小走りに俺の後を付いてきながら、
「おそらく捕まりませんけど」
「……何故だ?」
さらに足を緩めて聞く。
「いえ」
ミュウは俺の顔を見上げ、それから後方を振り返りながら、
「みなさん逃げることに必死でしたので。私が力を使ったことには気付いていないかと思います」
「お?」
ピタッ。
足を止めた。
「……それは本当か?」
「はい。少なくとも、暴れ馬から必死に逃げていた人たちは気付いてません」
きっぱりと、そう答えた。
「……おお」
ミュウが断言するということは、絶対に信用して間違いない。それは今までの経験からよくわかっていた。
「そうかそうか! 良くやった!」
俺は喜び勇んで、ポンポンとミュウの頭を撫でてやる。
ちなみに言っておくと、俺が喜んだのは、捕まらずに済むということももちろんであったが、それ以上にミュウがそこまで周りに気を遣えるようになった、ということの方が大きい。
また俺が危ないからと、後先考えずに力を使ってしまったものだと思っていたから、尚のこと。
「よしよし。偉いぞ、ミュウ」
さらに撫でてやると、ミュウはちょっと不思議そうに俺の顔を見上げながら、
「……はい。ありがとうございます」
もしかしたらちょっと嬉しがってるのかもしれない。
「あ……ですが」
「ん?」
俺が頭から手を離したところで、ミュウは少し思い出したような顔をする。
「必死に逃げていた人たちは気付いてませんが」
「うむ?」
「“必死に逃げてなかった人”は気付いているかもしれません」
「何を言うか。そんなもの、いるはずがなかろう」
俺はその不安を笑い飛ばした。
あれだけの騒ぎ、狂乱ぶりである。あれで必死でなかった奴がいるなら、それはよっぽど頭の弱い奴か自殺志願者。あるいは、馬よりも足に自信がある奴ぐらいであろう。
「はぁ」
ミュウは俺の反応に、ちょっと首を傾げると、
「ところで、御主人様」
「ん?」
「やはりお知り合いでは」
「……は?」
突然の言葉に、俺は怪訝な顔をして、
「なんの話だ?」
「いえ」
と、ミュウは俺――いや“俺のいる方角”を見ながら、
「何かお話がありそうに見えますけど」
「話? 何の話だ?」
「私にはわかりませんが」
「……はぁ?」
いまいち要領を得ないミュウの言葉に、俺が再び首を傾げたときである。
がしっ!
「うおっ!!」
突然、背後から首に腕が回されたかと思うと、
「……動くな」
声とともに、首筋に何か金属質のものが当てられる気配。
「なっ、なんだっ!?」
突然のことにちょっとアタフタすると、
「動くんじゃない!」
もう一度、今度は小さいながら強い調子の声が飛んで、
「動くと命の保証はないぞ」
ピタッ、と、顎に冷たい感触。
氷の塊、などではない。もっと生々しい……いわゆるアレ。アレだよアレ。やばいアレの感触だ。
(ナ、ナイフ……か?)
ごくりと喉が鳴り、僅かに冷や汗が流れる。
そして同時に、先ほどまで背中に感じていた視線と、今、背後にある気配が同一のものであることに気付いた。
「ま、待て待て! 何が何だかわけがわからんが、とにかく話せばわかるぞ!!」
とりあえず、必死に平和的解決を呼びかけてみる。
っていうか、相手が何者なのかわからんが、とにかく俺はこうやってナイフを突きつけられねばならないようなことをした覚えはないわけで。さっきも言ったように、俺は善良なる一般市民なのだからして、話せば向こうもきちんとわかってくれるはずなのである。人として。
だが、
「黙れ」
「……う、うむ」
再びナイフが押し当てられて、俺は仕方なくそれに従った。
「御主人様」
と、そんな状況にも関わらず。
ミュウは別に困ったような様子もなく、ただ小首をかしげてこっちを見ている。
それを見て、
「おっと。お前も動くなよ」
後ろの人物がそう警告した。
だが、ミュウはそんな警告にも一切構う様子はなく、
「どうしますか、御主人様」
「ど、どうすると言われても……」
「勝手に喋るんじゃないっ!」
と、背後の人物が少し苛立った声を上げる。
(む……?)
背後の人物はかなりミュウに注意を払っているようだ。
(ふむ。と、いうことは……先ほどのを見られていた、か)
ミュウは見た目、どう見ても十一歳か十二歳の普通(?)の女の子である。そんな彼女を見て警戒する奴など、よっぽどの臆病者か、あるいは彼女が人間でないことを知っている者ぐらいに違いない。
つまり背後の暴漢は、ミュウが人間でないことを知っているということであろう。
(むむむ……それはマズいな。さて、どうやって切り抜けるべきか……)
などと考え込む俺をよそに、
「御主人様のお許しがいただけるのであれば、危険を排除しますけど」
そのミュウは相変わらず、緊張感のない様子で背後の人物を無視し続けていた。
「おいっ! お前っ……!」
と、そんな態度に激昂したのか、背後の人物が僅かにナイフを動かす。
「うぉっ」
ちょっとビビった。
と、同時に、
「……」
ミュウが初めてピクッと反応した。
「動かないでください」
そして、無表情な瞳をゆっくりと俺の背後へ向けると、
「御主人様に少しでも傷を付けたなら、たとえ許可がいただけなくても、必ずあなたを消滅させます」
いつもと変わらぬ声ながら有無を言わせぬ調子で、逆に後ろの人物を脅迫してみせたのである。
「!」
その断言するような物言いに、背後の人物が息を呑んだ。
だが、それも一瞬のこと。
再び、息を吸い込んで、
「ふ、ふん! けど、その前にお前の御主人様はこのナイフであの世行きだぜッ!?」
威勢のいい口調でそう言い切る。
だが、
「いいえ」
ミュウは全く動揺した様子もなく、
「あなたがそこから一センチでも御主人様の方へナイフを動かしたら、その瞬間にあなたの存在はこの世界から消えます。御主人様には傷一つ付くことはありません」
平然と、淡々と、そう言い切った。
「あなたは間違いなく、犬死にです」
「っ……!」
再び、背後の人物が動揺した様子を見せる。
……緊張感が二人の間に流れた。
いや正確に言うと、緊張しているのは背後の人物だけであろう。ミュウは平然と、だがまるで獲物を捕らえる肉食獣のような目で、こちらの動きを見守っているだけだ。
「……」
触れている腕から、背後の人物の脈が速くなっていくのが伝わってきた。
その手が徐々に汗ばんでいくのもわかる。
だが、まあ、それはともかくとして。
(……むぅ)
ナイフを突きつけられている俺の存在感が一番薄い辺り、そこはかとなく物悲しいではないか。
(うーむ)
ここは一つ、少しぐらいは存在感を示しておかねばなるまい。
というか、ミュウはおそらく本気である。そして本当に、このナイフが俺の首に打ち込まれる前に、背後の人物の存在はこの世から消えているに違いないのだ。
そのことは俺が一番良く知っている。
ミュウは決して、俺の命をハッタリや賭けの対象にしたりはしないのだ。そんな彼女がああ言っている以上、本当に無傷で助け出す自信があるということに他ならないわけであるからして。
そして、それを知らない背後の人物が、ヤケになってナイフを動かしたりすれば……どうなるかは目に見えている。
それだけはあってはならないことだ。
「あー、待て待て。二人とも、少し落ち着くのだ」
と、俺は仲介に入ることにした。
そして、なるべく刺激しないよう、ゆっくりした口調で、
「まあ、なんだか良くわからんが、後ろの方。出来れば、そのナイフを下ろしてもらえないか?」
「……」
「事情は知らぬが、少なくとも俺には、命を狙われなければならない覚えはないわけであるからして……えー、まあ、まずは話し合いをするべきであろう」
「……」
沈黙する。
何事か考えているらしいが、ほんの僅かにナイフが離れた。
それを感じてホッとする。
……いやいや、危険が遠ざかったからではなくて。ミュウが背後の人物を狙撃する危険性が小さくなったという意味である。
そして、さらに続いた沈黙の後、
「……逃げたりしないか?」
「約束しよう」
俺がそう答えると……観念したのだろうか。
フウッ、と、小さく息を吐く音がして、スッ……と、ナイフが俺の首筋から離れた。
「御主人様」
それを見て、ミュウが近寄ってくる。
パッ、と、背後の人物が少し、後ろに飛びすさった気配。俺の言葉が全面的に信用されたわけではないらしく、かなり警戒している様子だ。
「……ふう」
そして、俺は相手を刺激しないように、両手を軽く挙げながらゆっくりと振り返る。
「あー……それで……って……?」
と、振り返った俺は……そこにいた人物の姿を見て、
(おお……?)
驚いた。
短髪、というほどではないが、少々短めにカットされた髪。警戒心一杯にこちらを睨み付けてくる、ちょっと大きめの瞳。着ている服はあまり良いものではなく、顔や手足と同じく、土と埃にまみれてボロボロだった。
いやいや、それはとりあえずどうでもいい。
他に大事なのは……そう。
身長だ。
目の前にいるナイフを片手に持った人物は、身長百五十センチとちょっとぐらい。要するに、どこからどう見ても、
「こっ……子供ではないか」
俺は驚きに目を大きく見開く。
そう。年の頃は……せいぜいミュウより少し年上、十三歳程度であろうか。
その事実に、俺はさらに混乱する。
(……ますます、狙われる覚えがないぞ)
こう見えても俺は、子供には好かれる性格であって……まあ、善良な一般市民であるからして、大人に恨まれる覚えももちろんないが、子供に恨まれることなどさらに有り得ない。
(ど……どうなっているのだ……)
と、俺が一人、苦悩に頭を抱えていると、
「お前」
目の前の少年はこっちを睨み付けたまま、ナイフをビシッと俺の方に向け、
「……お前なのか?」
「む?」
いまいち要領を得ない少年の質問に、俺が怪訝な顔をすると、少年は目を閉じ、すぅーっと、大きく息を吸い込むと、
「お前が――」
キッとこちらを睨み付け、
「……お前が村を滅ぼしたのかっ!?」
「は?」
そんな少年の言葉に、俺とミュウは顔を見合わせて……そして、そのまま(俺だけ)固まってしまったのであった。