プロローグ
「はっ……はっ……!」
最近ではほとんど誰も通らない、お世辞にもしっかり舗装されているとは言い難いデコボコの道を一人の子供が走っていた。
いや“子供”という表現が合っているかどうかは不明だ。
身長は百六十センチ未満、おそらく百五十センチ半ばぐらいだが、その人物は日射し避けのフードを頭から被っており、顔がその中に隠れていて、実際のところはわからない。
「はっ……はっ……!」
風がその全身に強く吹きつける。
フードが少しずつズレて、茶色がかった髪が少しだけその姿を見せた。
「はぁっ……はぁっ……!」
少年、だろうか?
短めの髪型は一瞬、それを連想させるが、少し線の細い顔立ちを考えると、もしかしたら女の子かもしれない。
ただ、年齢はやはり十代で間違いないだろう。
額に汗を浮かべ、その子供は荒れ果てた道を目的の場所へと駆けていく。
もうすぐ。
もうすぐ見えてくるはずだ、と。
夕方時。
おそらく、炊事の煙が、ところどころから立ち上っているはずだ、と。
『あそこの村はねえ……』
息が切れる。
道の途中で出逢った、旅の商人の言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返される。
『とてつもなく残虐な……黒ずくめの魔に……』
「はぁっ……はぁ……ッ!」
『滅ぼされちまったらしいよ……』
嘘だ。
嘘だ、嘘だ。
何度も心の中で繰り返す。
それを、自分自身に信じ込ませようとするかのように。
だけど。
炊事の煙は、どこまで行っても見えてこない。
どこまで行っても。
……まだ。
きっとまだ、村までは遠い。
きっと……。
……コツン。
足下に何かがぶつかる。
「ぁ……」
立ち止まってようやく周囲を見渡すと、そこには黒く焼けこげた、何かの残骸。
「嘘……」
ところどころに広がる……朽ち果てた、家の跡。
そこは確かに、村があったはずの場所。
「……嘘だ――」
誰にも届かない少年の呟きは、瓦礫の山の中に吸い込まれていった。
――砂埃を巻き上げる乾いた風とともに。