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記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)  作者: 黒雨みつき
第1話『記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)』
6/32

その5「自然破壊の大量殺戮者(ジェノサイダー)」

 まあ、当然というかなんというか。

 

 普通、魔と一緒に旅をしている人間なんていないわけで。そうなってくると、今度は俺の人間離れした容姿もアダになってくるわけだ。

 別に人魔だからハンサムだとか美形だとか、そんなのは迷信だと思うのだが、この状況と俺の出で立ちからして、俺自身も疑われるのは仕方のないことであろう。

 

 それにしても……俺はその辺りの事情がわかっているからともかくとして――何も知らないミュウには少し可哀想なことになってしまったかもしれない。




~自然破壊の大量殺戮者ジェノサイダー




 荷物をまとめる。

 まとめる、とは言っても、もともと、たいした荷物は持っていないのであった。

 窓からは強い太陽の日射しが射し込んでおり、まだそれほど遅い時間でないことを伺わせる。

「……」

 準備が完了した後、俺は無言で十日間ほどを世話になった部屋の中を見回した。

 それほど長い期間ではないのだが……それでも、俺が“目覚めて”から、という条件付きであれば、もっとも長く滞在した場所であり、離れるとなるとそれなりに寂しい気持ちにもなる。

「……ふう」

 出来れば、こういう形で出ていくようなことにはなって欲しくなかった。が、それも仕方あるまい。

 ――人魔を追い払った(追い払った、程度の言葉で片づけていいのかどうかは甚だ疑問だが)あのときから、まだ三時間ほどしか経っていない。あの後の展開は、おそらく誰もが予想しえたことだろうとは思うが……とにかく、俺たち二人は早々にこの村を出ていくことになった。

 まあ、正直な話、その程度のことで済んだのはまだ幸いであったと言えるだろう。縛りあげられて、どこぞの憲兵に突き出されてもちっともおかしくない。“人”にとっての人魔とは、それほど恐れられる存在であり、その人魔を従えている俺は(厳密には契約者であって人魔ではないのだが、そんなことまでわかるはずもない)、村人たちにとって充分恐怖の対象となり得るのである。

 たとえそれが、村を救った恩人であったとしても。

 その辺のことは、いくら記憶を失っている俺とはいえ、充分に理解できる。だからこそ、こうして黙って村を去ろうとしているわけだ。

「御主人様……」

「ん?」

 感慨深げに部屋を眺め回していた俺は、いつものように静かに座ったままのミュウに視線を移す。

 この慌ただしい展開にも、彼女はやはりマイペースを保っている。どうやら、どうしてこんなに早く村を出ていくことになってしまったのか理解していないようだ。

 当然だろう。この世界の……人間たちの常識については、ほとんど無知とも言っていい彼女だ。自分の本当の姿が、人間たちにどのように映っているのかなど、わかるはずもない。

(止められなかった俺も悪かったのだがな……)

 もちろん、この世界で生活する以上、そのことについてはミュウにしっかり教えておく必要があるだろう。

 だが、

「なんだか……寂しい感じがします」

「……」

「子供たちとの約束も、守れませんでした」

「……ああ、そうだな」

 今の彼女にそのこと……あの花畑を守るための行動が、ここを出て行かねばならない原因になったなどと、言えるはずもなかった。

「……さて、行くか」

 荷物らしい荷物を背負うわけでもなく、ただ、いくつかの装備品を身につけ、俺は座っているミュウを促した。

「はい」

 ミュウもゆっくりと立ち上がる。

 そして、俺たち二人は部屋を出た。

 

 実を言うと、これだけ早く村を出発することになったのは、村人たちが追い出そうとしたからではない。俺自身の判断だ。そうすることが一番良いと思った。

 村人たちの瞳――ミュウを、そして俺を見つめる、驚きと怯えの色。ミュウもそれを敏感に感じ取ったに違いない。その原因はわからずとも。

 だから、俺はすぐにこの村を出ていこうと思った。と言っても、別に村人たちに捕まって憲兵に引き渡されるのが嫌だからではない。

 ……いや、それは確かに嫌だ。ってゆーか、そういう事情も無きにしもあらずというかなんというか……まあ、そんなことはどうでもいいのだ。

 とにかく。

 この村に来てミュウは、リタやリタの母親、そして、何人かの子供たちと仲良くなることが出来た。そして、子供たちと遊ぶことを楽しいと感じられるようになった。それは、とても大きな収穫だと言えるだろうし、彼女にとっても良い出来事であったろうと思う。

 だからこそ、その“良い出来事”が“後味の悪い想い出”にならない内に、この村を去ろうというのである。

 人魔に対する潜在的な恐怖心は人間ならば誰でも持っているものだ。それは大人でも子供でも関係ない。いや、むしろ、人魔についての知識を持っていない分、それは子供の方がはるかに大きいといえるであろう。

 そんな子供たちに、以前と同じ目でミュウのことを見ることが出来るであろうか……いや、同じでなくとも、たとえ距離を置いてでも、彼女のことを嫌悪せずにいられるだろうか。

 ……答えはノーである。

 子供たちの目にはおそらく“良い人のフリをしていた、本当は悪い人魔”ぐらいの感覚で映っている。そんな子供たちから罵声を浴びせかけられるのだけは避けねばならない。

 ミュウの……おそらく人間界に来て、初めての友達――そんな彼らに嫌われてしまっていることを、彼女に悟らせるわけにはいかないのだ。

「ヴェスタさん……」

「ん?」

 家を出て……玄関を出てすぐのところに彼女は立っていた。

 村の中は妙に静まり返っている。

「リタか」

 俺はマントの裾が擦らないように注意して階段(この辺の家は少し床の位置が高く作られているため、玄関を出てすぐのところに三、四段の階段があるのだ)を降りつつ、

「見送りご苦労。世話になったな」

 と、俺はいつもの調子でそう口にした。

 それは、彼女なら……俺たちと最も親しかった彼女なら、ミュウのあの力を見ても、今までと変わらずに接してくれるだろう、という自信があったからだ。

「……」

 リタは無言で俺を、そして、その後ろに寄り添うミュウを見つめた。

「……リタ?」

 少し不安になる。

 リタとて普通の人間だ。もしかしたら、ミュウの力に恐怖を感じているのではないか。彼女に対して……何か傷つくようなことを口にするのではないか、と。

 だが……結果的にそれは無用な心配だった。

「……ごめんなさい」

 と、リタは少し俺たちから視線を逸らして、

「本当なら、みんな、もっとあなたたちに感謝しなければならないのに……」

 そう言って沈痛な面もちになる。

 ……やはり俺の目は腐ってなかったらしい。

 心の中でホッとしつつ、

「仕方あるまい。たとえば俺がこの村の一員だったとしても、おそらく同じ反応を示すであろう」

「それでも、やっぱり……」

 そして、リタはミュウに視線を移すと、

「ミュウちゃん。これからも色々大変だと思うけど……元気でね」

「はい。リタさんもお元気で」

 と、ミュウは機械的に返事をするが、リタはそんな彼女にニッコリと微笑んで、いきなり、

「……やっぱミュウちゃん可愛い~!」

 ギュウウウウッ!

「……?」

 ミュウはされるがままにしつつ、不思議そうな顔で俺の方を見る。

(リタ……末恐ろしい少女よ)

 いくら偏見がないとはいえ、あれだけの力を見せたミュウにこれだけのことが出来るとは。彼女は俺の想像以上に剛胆な人物であったらしい。

 そうでなければ……あるいは信頼を証明したかったのだろうか。口だけではなく、自分は貴方たちのことを信じているのだ、と。

 ギュウウウウウ~~~~~。

「……」

「ああ~、ミュウちゃん! ウチに持って帰りたいぐらい!」

 ギュウウウ~~~~~~~。

「……」

 ギュウウウ~~~~~……。

「……持って帰る前に死んでしまうのではないか?」

「あ」

 俺の言葉にリタがハッとして手を離す。

「……けほっ」

 解放されたミュウが小さな咳を漏らした。……心なしか、顔が少し青い気がする。

「さて、と……持って帰られてはタマらんから、そろそろ出発することにしよう」

「はい、ご主人様」

「そう……」

 と、リタは一歩、後ろに下がって道を開ける。

 そして、

「またね……ヴェスタさん。私は……私は、誰が何と言おうと、貴方たちは村を救ってくれた恩人だと思っているから……」

 そう言って、少し無理をしたように笑顔を見せた。

「うむ。そう言ってもらえれば、俺としても非常に嬉しい」

 漆黒のマントを翻し、少し目を細めて微笑みを浮かべると、

「あとの心残りはと言えば、リタが結局、最後まで俺に惚れてくれなかったことぐらいであろうな」

「……」

 そんな俺の言葉に、リタはきょとんとした顔をする。

 が、次の瞬間、おかしそうに吹き出すと、

「……そうね。そういう三枚目なセリフさえなければね」

「なるほど……それは盲点であった」

 俺が真面目な顔でそう答えると、リタは笑いながら、

「でも、それもヴェスタさんのいいところよ」

「そうか」

 いいところが原因で惚れてくれないのなら、俺が背負わされた十字架は相当重いモノに違いない。

(まあいいか)

 とにかく、俺は今度こそ、足を進め始める。

 ほんの十日間……だけど、俺のこれまでの人生の中でもっとも長く滞在した、その場所に背を向けて。

 

 静まり返った村の中を、出口に向かって歩く。

 周りの家からは微かな視線を感じる……が、村人が出てくる気配はない。

 まあ、当然といえば当然であった。下手をすれば、今までこの村を脅かしていた人魔よりもタチの悪い奴らかもしれないのだから。

 ……だが、俺にしてみれば好都合である。

 このまま、何事もなく村を出ることができれば、それで充分なのだから。

「けほっ、けほっ……」

 ミュウがしきりに咳き込んでいた。

「……というか、ああいう場合、苦しいならお前も何か言った方がいいぞ」

 もちろん、リタに抱き締められたのが原因であることは断るまでもない。

「はい……申し訳ありません」

 そう言ってミュウは軽く喉をさする。

「でも、心地良かったので」

「ん?」

 彼女の意外な言葉に、俺がそう聞き返すと、

「リタさんは暖かかったです」

「……そうだな」

 それが果たして肉体的なことなのか精神的なことなのか、俺は瞬時に判断することができなかった。が、どっちにしても、彼女の言いたいことは良く理解できる。

 すっ……

「ん?」

 ミュウの手が俺の手に触れた。

「御主人様も……」

 ぎゅっ……と、それほど力は込められていなかったが、それでも、彼女の手が俺の手を握った。

「暖かいです」

「……人というのは、そういうものだ」

「そうなのですか?」

 ミュウが不思議そうな顔をする。

「ああ」

 軽く手を握り返してから、そっとその手を離した。

 ミュウはその手の平を不思議そうに見つめながら、

「そういえば……子供たちの手も暖かかったです」

 思い出したように言う。

 そして、顔をゆっくりと横に向けた。

「……ん?」

 つられて、俺も彼女と同じ方向へと視線を移す。

 そこには花畑があった。

 彼女が守った……彼女にとって、そして、俺にとっても大切な想い出の場所。

(やはり……これで良かったのかもしれん)

 それを見て俺はそう思った。

 あのとき……もしも、力を使おうとする彼女を制止していたら。それならば、村人たちにミュウの力を知られることもなく、俺たちはこの村で英雄扱いを受けていたかもしれない。もう少しこの村に滞在することができたかもしれない。

 だが、しかし。きっとミュウにとっては、そんなことよりも、この花畑が無事でいることの方が、よっぽど価値のあることだったに違いない、と、そう思うのだ。

(ま、結果論ではあるが)

 俺が彼女を制止しなかったのはそこまで考えていたわけではない(というか、正確には“制止できなかった”だけである)のだが、結果的に良かったと思えるのは大事である。

 今、花畑に子供たちの姿は見えなかったが……おそらく数日後には、再び、子供たちの姿で溢れることだろう。

 それを思うだけでも――

 

 ……と、そんなことを考えていた矢先である。

 

「……お姉ちゃん!!」

 声がした。

「……?」

 そのとき、俺たちの足はもう村の外れまで差し掛かっていたのだが……立ち止まり、振り返った俺たちの視界の中にいたのは、一人の少女だった。

 見覚えはある。

 が、

(……すまぬ。名前までは覚えておらん……)

 だが、確かに、俺たちと遊んでいた少女たちの一人だった。

「はあっ……はあっ……」

 俺たちが立ち止まったのを確認しながら、少女は息を切らしつつ駆け寄ってくる。

「……どうした?」

 どうやら……少女は俺たちのことを恐れていないようだった。俺は、少女の目前にしゃがみ込んで目線を合わせてやる。

 すると、少女はそんな俺を完全に無視して、横を素通りすると、

「お姉ちゃん、これ……」

 ミュウの方に何かを差し出した。

(……むなしい)

「これ……?」

 と、ミュウが不思議そうな声を出した。

(ん?)

 一瞬、いじけモードに入るところだったが、少女とミュウのやり取りに、なんとか体中の気力を奮い立たせてゆっくりと振り返る。

「あのね……お姉ちゃんがすぐにお出かけしちゃうって聞いて、急いで作ったの! それで――」

(これは……)

 と、俺は驚きに目を見開く。

 少女が差し出して、そしてミュウが受け取ったのは……綺麗な花の冠だった。

「お母さんはね。なんでかわからないけどお姉ちゃんの側に寄っちゃダメって言ったんだけど……でも、私、どうしてもお姉ちゃんに渡したかったから……」

 と、少女は一生懸命に、不思議そうな顔のミュウに説明をする。

 そして、最後にニッコリと笑顔になると、

「きっと、お姉ちゃんに似合うと思うよ!」

「……」

 ミュウは無言で手の中の冠を見つめると、

「……あ」

 と、小さく声を漏らした。

 どう反応すればいいのかわからない……そんな表情だった。

 そして、ミュウは困ったように、

「……」

 無言で俺の方を見たが、少女はそんなミュウの反応も待ってはくれない。

「あっ……私、すぐ帰らなきゃ……怒られちゃう!」

 そう言って、慌てて身を翻すと、

「じゃあね! お姉ちゃん……また遊んでね!」

 言ってから、少しだけ俺の方を見ると、

「ヴェスタのおじちゃんもね~~~~!!」

「だから、おじちゃんではないと――」

 俺は言いかけたが、少女はその言葉を聞きもせず、手を振りながらさっさと走り去っていってしまった。

(……やれやれ)

 小さくなっていく後ろ姿を見つめながら、俺はふうっとため息をついた。

 元気なものだ。

 あの小さな体のどこにあれだけの元気が隠れているのだろうか。不思議である。

(結局、最後まで俺は“おじちゃん”か……)

 十八歳の身でそんな呼ばれ方をするのは非常に不本意であったが、まあ、向こうにも悪気はないのだろうから仕方あるまい。

「……さて、と。行くぞ、ミュウ」

 少女の姿が村の向こうへと消えていくのを見送った後、俺はまだ不思議そうに手の中の冠を見つめるミュウに向かってそう言った。

 すると、ミュウはハッとしたような顔をして、

「あ、はい……」

 いつものように、歩き出した俺の後ろにくっついてくる。

 少しだけ、少女の消えていった方角を気にしながら。

 

 ――ちょっとだけ、泣きそうになった。

 

 

 

 チチチチチ……

 小鳥の囀りが聞こえていた。涼やかな森の中は、僅かに射し込む光と緩やかな風が、心地よい空気を演出しており、草木の匂いが気持ちをリラックスさせてくれる。

 村を出て、約一時間。

「次はこの街ですね」

 ミュウが地図を広げてそう言った。

「うむ」

 俺は特に考えることもせずにそう答える。

 もともと目的地など決まっていないのだ。とりあえず近い街や村を順々に回っていくつもりであった。

「わかりました」

 と、ミュウが地図を閉じる。

 早くも道順を暗記したのだろうか? だとすれば、彼女の頭は相当吸収率が良いに違いない。

(それにしても……)

 と、そんな彼女の頭の上に飾られている花の冠を見ながら、

(……まあ、色々あったが、結果的には、あの村に立ち寄って良かったようだな)

 それはもちろん、ミュウのことだけではなく、人々の役に立つことができた、という点でも。結末は残念ながら百パーセントがハッピーというわけにはいかなかったが、それでも、こうして清々しい気分で次の目的地へと向かえるのだから。

 出だしとしては上々であったといえるだろう。

「それにしても――」

 と、俺は地面に擦りそうになるマントの裾を上げ、土に飛び出した木の根を上手くかわしながら、

「嘘はいけないな、ミュウ」

 と、後ろからついてくるミュウを振り返ってそう言った。

 もちろん、それと同時に歩みを少し緩める。後ろを向いたまま歩いて、木の根っこにでも足を捕られ、なおかつ偶然転がっている石に後頭部でもぶつけたら馬鹿馬鹿しい。

 ん? なんでそんなに説明的なのだ、俺は?

 まあ、いいか。

 ともかく。

「……?」

 俺の突然の言葉に、ミュウは不思議そうな顔で同じように足を緩めた。

 何のことを言われたのかわからなかったようだ。

「嘘、ですか?」

「うむ。……俺とミュウのどっちが強いか、と、聞いたと思うのだが」

 二日前の話だ。万が一にも忘れているということはないだろう。

「はい。聞かれました」

 当然のようにミュウもそう答えると、

「ですから、私は御主人様の方がお強いと答えました」

「だから、それが嘘だというのだ」

 と、俺は少し眉をひそめて、

「どう考えてもお前の方が強いではないか」

 っていうか、あれではむしろ次元が違うと言っても良いだろう。いくら剣の扱いが上手く、身体能力が高いとはいっても、あんな攻撃を喰らった日には、痛みも感じぬ間に、気が付いたら夜空のお星様になっているに違いない。

「いいえ」

 だが、ミュウはそんな俺の言葉にも、小さくかぶりを振って、

「そんなことはありません。私の力など、御主人様に比べれば微々たるものです」

「そんなはずはあるまい……」

 と、譲らないミュウの言葉に、さすがに俺は呆れ顔をする。

 そりゃあ、御主人様を立てようとして謙遜するのはわかるが、あんな力を見せつけられてはそれも全く意味がないというものだ。

「気持ちは嬉しいが、別に謙遜せずとも良い。お前の方が強かったからと言って、別に嫉妬したりすることはないぞ」

 俺はそう言ってポンッとミュウの頭に手を置くと、

「俺は俺で、人間としては充分すぎるぐらいに強いようだし、それで満足しているからな」

 と、言った。

 まあ、ミュウより弱いことにコンプレックスを全く感じないかといえば嘘になる。大人であり、男である俺が彼女を守ってやるべきだと思うし、彼女に守られるような状況は確かに不本意だ。

 だが、だからといって、彼女の力に嫉妬するようなことはない。そもそも、嫉妬などという言葉、クールでアダルトな俺には似合わない言葉であろう。ここは少し、大人として、器の大きなところを見せておかねばなるまい。

 と、

「……?」

 ミュウが急に立ち止まり、不思議そうな顔で俺を見上げていた。

「ん? どうした?」

 と、俺も同じように足を止める。

 すると、ミュウは少し首を傾げて、

「御主人様? 何故、御自分を人間族の物差しで測るのですか?」

「……は?」

 その言葉の意味がわからず、俺は怪訝な顔をする。

「俺の力量の話ではないのか? だから、俺は人間としては充分に強いから、別にお前より弱くても大した気にはしない、と……」

 別にわかりにくい言葉ではなかったと思うのだが、一応、もう一度説明してやる。

 すると、

「?」

 ミュウがますます不思議そうな顔になった。

 何故か、話が通じていないらしい。

(なんだ?)

 が、わけがわからないのはこっちも同じである。

 ……まさか、いきなり人間語がわからなくなったのだろうか。

 そういや、契約者っていうぐらいだし、ミュウは半人半獣な生き物のはずであって(どう見ても人間型であるが、それは俺がそういう姿をまだ見ていないだけなのだろう)人間の言葉を理解できなくなってもおかしくないのかもしれない。

(だが、契約者ってのは人の言葉を普通に使うと聞いたことがあるぞ……)

「御主人様」

 どうやらそういうわけでもないらしい。というか、彼女の言葉が俺に通じていることが、彼女が人間の言葉を解している何よりの証拠であろう。

 そして、ミュウはようやく何事か理解したような顔をすると、

「御主人様。右腕を前に出していただけますか?」

「右腕を前に?」

 突然、何を言い出すのかと思ったが、

「こうか?」

 あまり考えることもせず、彼女の言うとおりに右腕を前に出してみせる。

「肘を伸ばして、手を広げてください」

「ふむ? こうか?」

 言うとおりにする。

「はい」

 ミュウは頷くと、俺の右側に寄り添うように並んで、

「では、肩の力を抜いて……手の平に意識を集中するようにイメージしてください」

「手の平に……イメージ?」

 これも言われた通りにやってみる。

 すると、やり始めてからそれほどもしないうちに、

 ……チリチリ。

「お?」

 手の平に、微弱な電気が流れたような……そんな感覚が浮かび上がってきた。

「な、なんなのだ、これは?」

 と、俺は隣のミュウを見る。

 チリチリ……ヂリヂリヂリヂリ……

 痺れたような感覚が急速に強まってくる。

「御主人様。少し力を抜いた方がいいかもしれません」

 ミュウが冷静な顔でそう言った。

「ち……ちからを抜く……?」

 ギィィィィィィィン……

 そうこうしているうちに、なにやら不思議な力が俺の手の平に集まり始めた。

「な……なんなのだ、一体ッ!!?」

 俺は少し声を張り上げてミュウを見た。

 まるで周りの光を呑み込むかのような勢いで、黒い塊が広がっていく。

 ……嫌な予感と焦りが芽生えてくる。

「御主人様」

 そんな中、ミュウは相変わらずの表情で、大きく育っていく塊を見つめている。

「力を抜いた方がいいと思いますけれど」

「そ……そんなことを言われても――!」

 そもそも、俺はミュウの言われたとおりに念じてみただけで、最初から体に力を入れているつもりはないし、今だって一応、この力を抑えようと努力はしている。

「ぐっ、具体的に! 具体的にどうすればいいのだッ!!?」

 黒い塊は今にも弾け飛びそうな勢いにまで成長していた。

 ついでに、俺の中の不安も急激に成長している。なんだか良くわからないが、このままだと非常にヤバいような気がするのだ。

 ……いや、絶対にヤバい。

「簡単です。右腕に流れ込もうとする御主人様の魔力を、その手前で堰き止めてください。あとは、収束し始めている闇のエネルギーを暴発しないように四散させるだけです」

 ミュウはさも簡単なことのように説明する。

 が、

「ま……待たんかっ! それのどこが簡単なのだぁッ!!」

 俺にとってはチンプンカンプンである。

 っていうか、これは別に俺の理解力が低いわけではないであろう。こんなことをいきなり言われて実践できる奴は、頭の構造がどこかおかしいに違いない。

「では、とりあえず力を抜くイメージを作って下さい」

 ミュウは大幅に簡略化したつもりなのだろうが、

「さっきからやっとるぞっ!!」

「……」

 ミュウはそんな俺の様子を少し困ったような顔で見つめた後。

 言った。

「お手上げですね」

「……は?」

 一瞬……何を言われたのかわからなかった。

 ゴォッ……

 右腕に発生した球状の塊は光を呑み込みながら渦を巻き、とてつもなく不吉な音をたてている。

 ミュウはそんな俺を真っ直ぐに見つめたまま、

「御主人様に止めることができないのであれば、私にはどうすることもできません」

「……」

 ゴゴゴ……!

 彼女のその言葉に、冷や汗が背中を流れる。

「ちなみに……どうしようもなかった場合、どうなるのだ?」

 ゴゴゴゴゴゴ……!!

 恐る恐るそう聞いてみた。

「……」

 ミュウはチラッと右腕の塊を見る。

 そして、形の良い眉を少しひそめた。

 ……とてつもなく不安だ。

「そうですね」

 だが、ミュウはそんな俺に再び視線を戻すと、何故か明るい声で、

「道ができます」

「道?」

「はい」

 そう言って、ミュウは俺の右腕の向いている先に目線を移した。

「……?」

 鬱蒼と生い茂る、森。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

「……道?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

「……」

 その言葉の意味を理解した瞬間。

 

 ……俺の額から、一筋の汗が地面に落ちた。

 

「むっ……無責任ではないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

 ――どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!!!

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……太陽の光が眩しいな、ミュウよ……」

「はい」

 俺たちは、何故か、射し込む光が急に強くなった森の中を歩いている。

「ふう」

 空を見上げた。

 視界の中いっぱいに広がる青空。昼を過ぎて少し弱くなったが、それでもまだ頂上の近くでその存在をアピールしている太陽。

 眩しい。

 遮るものもなく、視界いっぱいに広がる青空が。

 遮るものもなく――

「歩きやすくなりましたね」

 と、ミュウ。

「……ああ、そうだな……」

 足下に視線を落とす。

 さっきまで歩いていたところは、人間にとっては道とも言えないような獣道だったのだが、今は足を捕らえる木の根も存在していないし、それどころかペンペン草一本生えていなかった。

 とはいえ、それは俺たちが歩いている、幅五メートルほどの道だけだ。周りにはたくさんの草木が生い茂っている。

「……」

 視線を正面に向ける。

 そこにはやはり、幅五メートルほどの真っ直ぐな道がどこまでも続いていた。

「……なあ、ミュウ」

「はい」

「この道は……果たしてどこまで続いているのだろうな」

「わかりません」

「……そうか」

 俺はゆっくりと道ばたに視線を向けた。

 ……そこには、明らかになぎ倒された様子の大木が何本も倒れている。

「森の出口まで……続いてなければ良いな」

 俺は強く強くそう願っていた。

 あ、それと。

 

 ――巻き込まれた人がいませんように。

 

 

 

 俺が自分の罪を償い切るには、まだまだ気の遠くなるような時間がかかりそうだ――

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