その2「納豆嫌いの大量殺戮者(ジェノサイダー)」
切れ長の目に目鼻立ちのくっきりとした顔立ち。細身で長身、すらりと伸びた足。そして、美しささえ感じるクールでシャープな雰囲気。
はっきりいって美形だ。というか、やたらと格好いい。
口元に僅かに笑みが浮かぶ。
この微笑み一つで十人ぐらいはコロッといきそうだ。そう。何度も言うが、やたらと格好いいのである。
え? 誰が、って?
もちろん、俺が。
~納豆嫌いの大量殺戮者~
「そう思わんか、ミュウ」
「なにがですか?」
とある街のとある食堂。
女性用の手鏡に色々な角度から自分の顔を映して、俺は悦に浸っていた。
いや、これは自意識過剰なわけじゃない。ほんとに、正直に、カッコいいのである。これは記憶喪失で、まるで初めてみるかのような視点で自分の顔を見ることができるからこそ言えることだ。
多分。
そういえば初めてミュウを見たときもやたらと可愛いように思ったが、もしかして、俺たち、ものすごい美形コンビ?
「御主人様?」
いつまで経っても鏡を手放さないので、さすがに呆れたのだろうか? ミュウが食事をする手を止めて、
「差し出がましいようですが、お料理が冷めてしまいます」
「ん? ……おお、そうだったな」
そんなミュウの言葉に、俺はようやく鏡をテーブルの上に置き、数分前に到着していた料理にようやく手を付け始める。
さて――ミュウと奇妙な冒険をするようになってから、すでに半月ほどが経過していた。あれから特に変わったこともなく、俺たち二人はアテもない旅を続けている。
ああ、困ったことならたくさんあった。
まず第一にどうやって旅を続けていくか。旅には先立つものが必要なわけであるが、俺たちは手持ちの金などほとんど持っていなかった。だから今は、予想通り運動能力の高かった俺の体を最大限に利用し、色々なところで肉体労働をしながら路銀を稼いでいる。
え? じゃあ、以前の俺たちはどうしてんだって?
……俺の記憶にはないが、かと言って、ミュウに聞く気にもなれない。
“殺して奪っちゃいましたぁ♪ えへっ♪”
(って返ってくるに決まっている)
想像すると背筋が寒くなる。……いや、もちろん殺して奪った、という方だぞ。決して音符記号に対してではない。むしろ、彼女が本当にそんなリアクションをしたなら、背筋が寒くなるというよりは、赤飯を炊いてお祝いをしなくてはならなくなる。
大人になったお祝いというやつだ。
……それが本当に大人の反応なのかどうかは別として。
とりあえず今、大事なのは、
「やたらと格好いいぞ、俺」
振り出しに戻る。
「……これ、なんでしょうか」
事件が起きたのは、食事も終盤にさしかかった頃だった。
「ん?」
ミュウが指し示した食べ物を見て、俺はゆっくりと頷くと、
「うむ。俺も最初から気になっていたのだ」
と、その彼女が指し示したものとは、茶色の小さな豆みたいなもので、妙にネバネバ感のあるものだ。初めて見る食べ物なので、なかなか手を付けられずにいたのだが、ついにミュウがその話題に触れてきたわけである。
「ふむ……聞いてみるのが一番であろう」
俺はそう言って、食堂の娘を呼ぶ。
「はい?」
そばかすだらけだが、なかなか可愛い娘である。……が、ミュウと同じく、やはり俺の守備範囲外であった。
「これは、一体なんなのだ?」
俺の問いに、娘はにこやかに答える。
「納豆、というものですよ」
と、娘が答えた。
「納豆? ふむ……」
聞いたことがない。いや、記憶喪失な俺の記憶など、この世でもっともアテにならないものの一つに数えられるのであるが。
「名前だけは聞いたことがあります」
と、ミュウが言った。
「クセのある食べ物のようです」
「クセがある?」
その言葉に、俺の挑戦者魂が沸々と沸き出した。
クセがある=一筋縄ではいかない=強敵=やるしかない!
「というわけで」
「どういうわけですか?」
ミュウの突っ込み。
この半月の間に、彼女は少し……というか、かなりの成長を見せていた。もともとが真っ白であった分、ある程度染まりやすいところがあるのだろう。
ってことは、以前の俺も真っ白だったのか? とも思ったが、それは違う。おそらく、以前の俺は彼女に何も教えようとしなかったのだ。
だから真っ白なままだった。
悪いことを教えなかっただけ、以前の俺には感謝したい。おそらく、命令に従わせることにしか興味がなかったのだろう。
(自分の悪口をそこまで言える人間ってのも少ないよな)
やはり俺はちょっと一筋縄ではいかない人間のようだ。
「ということで、チャレンジを――って、待てっ! なんでもう食べ始めてるのだッ!」
と、その納豆とやらをすでに食べ始めているミュウに、俺は強烈な突っ込みを入れてやった。
「? ……申し訳ありません」
どうして怒られたのかわからなかったのだろう。ミュウは不思議そうな顔をしながらも、それでも怒られた以上は自分が悪いと思ったらしく、手を止めて素直に謝ってくる。
(……やべ)
それを見て、またもや胸に痛みが走る。
「い、いや、勘違いするな。別に怒ったわけではないのだ」
俺は慌てて弁解した。
どうも、彼女相手の突っ込みは少々気を遣ってしまう。本気と冗談の区別がなかなかつかないのだ。
「謝らなくてよい。俺が悪かった」
「いえ、御主人様が悪いなどということは有り得ません」
「むぅ……」
こういうところはそう簡単に直りそうもない。
(……まぁいいか)
そう思い、俺も納豆とやらを食べ始めることにした。どうやら、ミュウが平然と食べているところを見ると、彼女が言うほどにクセのある食べ物ではないらしい。
(気勢も削がれてしまったしな……)
ぱくっ。
……ちゅどぉぉぉぉぉぉん。
「御主人様、大丈夫ですか?」
「な……納豆め……貴様の顔は二度と忘れんぞ……」
未だに治らない胸のむかつきを気力で抑えながら、フラフラとした足取りの俺。
顔はげっそり。せっかくの美形が台無しで、街の娘も誰一人としてこのクールでビューティーな俺に声を掛けてこない。
……あ、それはミュウがいるからか。
ちなみにその原因は言わずと知れた――
「納豆ですか」
「ああ……あいつだけは殺しても飽きたりん……いつかこの世から抹殺してやる」
まず、匂いで気付くべきであった。これは少なくとも、俺の食べる食べ物ではない、と。匂いを嗅ぐこともせずに口に運んだのが、俺の敗因である。
「と……とにかく、今日はそろそろ宿を取って休もう。これ以上はどこかに行く気になれぬ……」
「街を歩いて回るのではなかったのですか?」
と、ミュウが俺の顔を伺うようにしている。
「ん? 歩き回りたいのか?」
もしかして進歩したのか……と思いきや、
「いいえ。ただ、御主人様が予定を変更するのは珍しいので」
「それは以前の俺の話ではないか」
「そうですが……私にとって、御主人様は御主人様ですので」
「……まあ、それもそうだな」
当然の話である。俺はもう、以前の記憶がないわけだし、どうやら性格も変わってしまっているみたいで、以前とは完全に別人なのだと割り切ってしまっているが……ずっと俺に付いている彼女としては、そう簡単に割り切るわけにもいかないのだろう。
「まあ、とにかく予定変更である。俺にはもうそんな体力がない……」
「……そうですか」
と、ミュウは頷いた。
――その日の夜、俺たちの行った食堂が一筋の光とともに消えてなくなったらしい。
死人や怪我人は何故か出なかったらしいが……世の中、不思議なこともあるものだ。
数日後。
「償うったって、なかなか思いつかないものだな」
その街では特にやることも見当たらず、俺たちは次の街……いや、小規模な村のようだ……へと、足を進めていた。
これまで俺がやったことといえば、道行く老婆の荷物を持って上げようとしてひったくりに間違えられたり、男に追いかけられている少女を助けたら食い逃げ犯で、結局、逃げられてしまったり、道を尋ねられて教えてあげようとしたら一緒に迷ってしまったり。
まあ、その程度のことしか出来ていない。
「難しいものだ」
「はい」
そうそう。つい最近、気付いたのだが、どうやら俺は方向音痴らしい。
ミュウが地図らしきものを購入して、なんとか位置を把握してくれているらしいが、まともに次の目的地に着いた試しがない。
これはきっと、以前の俺が目的もなく適当に旅をしていたからだろう。
と、こういうときだけちょっと責任転嫁してみる。
そんなこんなで――俺とミュウはちょっとした森っぽいところへと差し掛かった。ここを抜けたところに、どうやら小さな村があるらしいのだが。
ん? どうしてわざわざそんなところに行くのかって? そりゃあ、そういうところの方が何かありそうな気がするではないか。だいたい、大きな街ってのはそれなりに治安とかもしっかりしていて、俺みたいな個人が活躍できる場ってのは少ないのだ。
その点、こういう交通の便が悪く、あまり外との交流がない小規模な村だと、俺が必要とされる場合も多い……かもしれない、ということだ。
例えば、村の女の子が猛獣に襲われてて――
「……きゃああああっ! だっ、誰かっ!!」
「御主人様」
それで、こっちの方に走ってきたりなんかして。
「あっ! そこの人っ!! 助けてっ!!」
「御主人様」
で、その女の子は俺の後ろに隠れたりするわけだ。
「ねっ、ねえ! ちょっと! なにボーっとしてるのよっ!!」
「御主人様」
「……ん、なんだ? ミュウ」
ミュウの呼びかけに俺は我に返る。そして、少し眉をひそめて彼女を見ると、
「今、俺はイメトレの真っ最中なのだ。邪魔をしてはいけないぞ」
「そうですか」
「ちょっ、ちょっと!」
その声に、俺は少し眉をひそめて、
「……ミュウ。少し静かにしてくれんか?」
「はい。では、この女性を排除しますね」
「ああ、そうだな――って」
ん? 女性?
「こんなときに、なに言ってるのよ、あなたたちっ!」
「……おおっ!?」
背後から突然、見知らぬ女性の声がして、俺はびっくりする。
「なっ……なにぃっ!? いつの間に俺のバックを取ったのだ!!?」
「今さっきです」
ミュウが冷静に分析した。
「なっ、なんと! この俺が気配すら感じ取れないとはッ!?」
俺が驚きの表情を浮かべると、ミュウは相変わらず冷静に、
「その女性は御主人様の真っ正面から走ってきましたけど」
その言葉に、俺はさらに驚く。
「な……なんということだ! まさか瞬間移動かっ!!?」
「いえ、時速十五キロほどだと思います。それと――」
「ちょっ、ちょっと! なに冷静に話してるのよっ!」
と、俺の背後にいた女性が叫び声を上げる。
「まっ、前! 目の前っ!!」
「御主人様の眼前に危険が迫ってます」
「危険?」
そこで俺は、ようやく視線を正面に移す。
「ぐるるるるぅ……」
「……」
なんだろうか? 狼? 野犬?
茶色の体毛で、背骨の上にだけ白い毛が生えている、獰猛そうな牙を覗かせた謎の生物が俺の目の前にいた。
……どう見ても普通の犬ではない。かといって、狼というのとも違う気がする。
「地の七十六族ですね。通称“狂犬”とも呼ばれる獣魔です」
「獣魔?」
「はい」
「狂犬?」
「はい」
「……」
「……」
一瞬の沈黙の後、
「……のわああああああっ!!!」
飛び上がる。
俺はようやく事態の深刻さに気付いてしまった。
せっかくのクールな第一印象(?)が台無しだったりするが、まあとりあえずそれどころではない。
「獣魔……狂犬って、めっちゃヤバそうではないかっ!!」
「ヤバイといえばヤバイかもしれません」
「なんでそんなものがこんなところにいるのだっ!!」
「聞いてみます?」
「……聞けるのか?」
「この前、虚ろな目で野良犬に一生懸命話しかけている人を見かけましたから」
「……それはイッちゃってるだけだ、馬鹿者!!」
「はい。申し訳ありません」
「ちょっと! 漫才なんかやってる場合じゃないでしょっ!!」
と、背後の女性が怒鳴る。
助けてもらおうというのになかなか態度のでかい女性である。……というか、助けて欲しいのはこっちの方だ。
「ぐるるっ……」
眼前にいる地の七十六族とやらは、今にもこちらに飛びかかってきそうな雰囲気であった。
これはちょっと真剣に考えなければならないかもしれない。
「御主人様? どうなさいます?」
と、ミュウは相変わらずの平然とした表情だ。
「うーむ……少しは慌ててくれた方が可愛いのだが」
「慌てた方が可愛いですか?」
おっと声に出てた。
失敗……と思う間もなく、ミュウは急に慌てたようにしながら、
「ど、どどどどど、どーしましょう、御主人様ぁ」
「ミュウ……表情が変わってないぞ」
彼女には悪いが、かなり不気味だった。
「申し訳ありません」
ミュウが瞬時にいつもの調子に戻る。
「あ……あんたたち……!」
背後の女性が……なんだろう。どういう表情をしているのかわからないが、呆れと疑惑と絶望と入り交じった……あ、あと“怒り”?
「む……」
俺は前方よりもむしろ後方に危険を察知して、急に真面目な顔になると、
「さて……そこで、だ」
「どうなさいます?」
「どうすることが可能なのだ?」
と、俺はミュウに聞いた。
別に冷静なわけではないのだが、以前、ミュウに聞いた話……どうやら、いくつかの村を焼き払ったらしいが……を考えると、どうやら俺はそれなりに強いらしい。獣魔を相手にしてどうなのかは知らないが、全く歯が立たないということはないだろう。なんとかこの場を切り抜ける策ぐらいは考え出せるかもしれない。
と、そんなことを考えていた俺に、ミュウは躊躇うこともなく、
「御主人様なら、なんでもできます」
「なんでも、と言われても困るのだが」
俺がそう言って本当に困った顔をすると、ミュウは頷いて、
「では、これをお持ち下さい」
そう言って、白い法衣の中から一振りの剣を取り出した。
「……ちょっと待て」
武器があるのはありがたい……のだが、どうにもその行動に不可解さを感じた俺は、そんなミュウの動きを制した。
「なんですか?」
「いや……な」
と、俺はミュウの手の中にある、刃渡りだけで百七十センチ以上もありそうな長剣を指さすと、
「ミュウ、お前……それを今、どこから取り出したのだ?」
「服の下からです」
「……それ、お前の身長より長いのではないか?」
「長いですけど」
「……どうやって収納していた?」
「……」
俺の言葉に、ミュウは首をかしげながら自分の服を見る。
そして――数秒後。
「不思議ですね」
「それだけか……」
こいつの服は四次元○ケットかなんかなのだろうか。
まあいい、とにかく――
――ピロリロリン♪ 俺は刃渡り百七十センチ以上の長剣を手に入れた!
というわけだ。
いや、でも振り回せるのか?
というか、それ以前に。
「……は? なに? もしかして、これで戦えというのか?」
「はい」
事も無げにミュウがそう答える。
「マジなのか?」
「マジです」
「……ふう」
その返答に、俺は一つため息を吐いた。
……マジなら仕方あるまい。
おかしな話だが、俺自身よりも彼女の方が俺のことを良く知っているのだ。その彼女がマジだというなら、おそらく、俺にはこの剣を扱ってどうにかできる力があるのだろう。
そう思って、俺はその異様に長い剣を鞘から抜き去る。
ちなみに最初の印象通り、俺の身長は百九十センチ以上あるため、これぐらいでもなかなかいいバランスだ。
しかも、妙に手にしっくりくる。おそらく、以前から俺が愛用している品なのだろう。刃こぼれもなく、なかなかの名剣のようだった。
(……以前から愛用、ねえ……)
これまでどんなことに利用されてきたのか……そう思うとぞっとするが、深いことは考えないようにした。
考えたら負けだ。
そうして、俺は狂犬……地の七十六族と対峙することになったのである。
俺は深刻な悩みを抱えていた。
「うーむ」
吸血鬼のような漆黒の装束に身を包み、獣魔を相手に長剣一本を振るい、涼しげな顔で事も無げに退ける。
「いやあ、びっくりしたわよ! ちょっと山菜取りに森に入ったら、いきなりあれでしょう?」
ルックスはばっちりで長身細身、それでいて至ってクール。
「本当に助かったわ……もう、ダメかと思ってたしさ」
どう考えても女性にモテるタイプだろう。これで惚れない女がいたなら、そいつはとてつもなく感性が狂っているに違いあるまい。
「まあ、お礼なんて言うほど大層なことはできないけど。せめてウチで晩御飯でも食べてってよ。母さんもきっと歓迎してくれるからさ」
ミュウは別格として……先ほど俺たちが助けた、リタとか名乗ったこの少女。
歳はおそらく十七歳か十八歳と言ったところだろう。少なくとも、外見的にミュウよりは年上で、まあ、平凡な村娘と言った感じの少女である。
ちょっとうるさいが――まあ、それはそれとして。
「ヴェスタさんって言ったっけ? なんか“変な格好”しているわりには、すごく強いのね~。もうびっくりしちゃった」
これである。
どう見ても、命を助けてくださった超カッコいいお兄様に対する態度ではない。
(もしかして俺、自分で思っているほどカッコよくないのでは)
ちなみに、先ほどの獣魔とやらは、あっさりと片が付いてしまった。
体が戦い方を覚えている、とでもいうのだろうか。自分で思うより早く体が動き、俺はアッという間に獣魔を退けることに成功したのである。まあ、おそらく以前の俺よりは相当ぎこちない動きだったのだろうが、それでも大したものだ。
と、自分で自分を誉めておくことにしよう。
「最初見たときは旅の芸人さんかと思っちゃった。そのカッコでお芝居でもするのかな、って」
「むう……」
そう見えるのだろうか。
ちなみに今は、リタの案内で彼女の村へと向かっているところ。森の中をでたらめに逃げて回った(彼女談)わりには、案内はしっかりしている。少なくとも、俺が地図を見て歩き回るよりはよっぽど信用できるに違いない。
その方向感覚を少しは分けてもらいたいものである。
「でも芸人さんじゃないってことは――」
と、森の中を歩きながら、リタが俺たちの方を見る。
怪訝そうに……俺を見て、そこからかなり視線が下がってミュウの方へ。
「……子連れ狼?」
どうしてそうなるのだ。
狼はなんとなくカッコいいからともかくとして、どう見ても子連れには見えないと思うのだが。っていうか、いくらミュウでもそこまで小さくはない。
「御主人様、子連れ狼ってなんですか?」
と、ミュウが俺の顔を見上げる。
「うむ。子連れ狼というのは、超絶美形で長身の男がミュウのような女の子を連れて旅をする物語のことだ」
「じゃあ、御主人様と私みたいなものですね」
そりゃそうだ。俺たちのことを言ったのだし。
「うーん、でも、その呼び方を見ると……」
と、リタがミュウの“御主人様”という言葉を聞いて、首をかしげる。
「奴隷商人と、売られてきた可哀想な女の子?」
「……ぎくっ」
ちょっとだけドキッとする。そして、余計なことを言わないようにミュウに釘を刺そうと……思ったが、遅かった。
「ほとんど合ってますね」
「え?」
もちろん冗談で言ったつもりのリタが、ミュウの返答にびっくりしたような顔をする。
「だって、私は御主人様のどれ――もがっ」
「な……なんでもないぞっ! わははははははッ!!」
慌ててミュウの口を塞いだ俺は、かなりぎこちない笑いをリタへと向ける。
「……?」
幸い、リタにはミュウの言葉がしっかり届いていなかったらしく、不思議そうな顔で俺たちを見ているだけだった。
「……まあ、要するに、だ」
また余計な話にならないように、俺はコホン、と咳払いをして、
「俺はとある大金持ちなちりめん問屋の御曹司でな。ミュウはお供の者なのだよ」
なんか水○黄門みたいだな……と、リタが思ったかどうかは定かではない。
その代わり、
「ふーん……大金持ちの御曹司が、お供の者を一人だけ連れて旅をしているわけだ」
ちょっとだけ疑わしげであった。が、ここで怯んでは負けである。
「うむ。変わり者だと良く言われるぞ」
「ああ、それは納得」
と、リタが本気で納得顔をする。
(……ん?)
なんか彼女の言い様はどこか引っかかったが……まあ、良しとしよう。
考えたら負けだ。
「まあ、それにしても……また、奇妙な取り合わせよね」
リタはそう言って、再び、俺とミュウの二人を交互に見つめる。
「何を言うか。美男美女の組み合わせでピッタリではないか」
と、俺が真顔で言うと、リタはうーん、と唸って、
「否定はしないけど……ヴェスタさんって、顔は二枚目だけど、性格は三枚目にしか思えないのよねえ」
「な、なにぃぃぃぃっ!!」
大ショック。
まさか、俺にそんな欠点があろうとは。
っていうか、このクールでニヒルな俺のどこが三枚目なのだ? ……と、アホみたいなことを考えているから三枚目なのだろう。
(また一人で突っ込んでしまった……)
「ミュウちゃんは文句なく可愛いわよね」
「どうもありがとうございます」
特別な反応をすることもなく、ミュウがただそう言って頭を下げる。
うーむ。いまいち反応がパッとしない。
……が、こういうちょっと人形みたいなところが、かえって可愛く映るのかもしれない。リタはそんなミュウの反応をにこやかに見つめているのだ。
俺も今度ミュウみたいにやってみることに――やっぱ、やめとこう。苦情が来たら困る。
「でもおかしな話よねぇ」
リタは相変わらず納得できない顔で言った。
「御主人様が付き人を庇うように戦うってんだから」
「……」
リタの村へはそこから二十分も歩かずに到着することができた。その間、俺たちは何かと彼女に突っ込まれ続けていたが、俺の素晴らしい話術と臨機応変な対応で何とか事なきを得た。
――ただ何故か、彼女の俺たちを見る視線が、徐々に疑問に満ちたものになっていたのだが……まあ、気のせいであろう。
とにかく、すぐさま向かったリタの家では、彼女の言葉通り、歓迎を受けた。時間も時間だったので、俺たちはここで一晩の宿を借りることにし、今はテーブルについて夕食をいただこうとしているところである。
「さ……遠慮なく、どんどん食べてよね」
と、食事を運んできたリタが笑顔でそう言った。その隣では、彼女の母親も同じように微笑みを浮かべている。
彼女はどうやら母親と二人暮らしらしく、この、俺たちの前に出ている夕食も、彼女が母親と二人並んで作ったものだ。
なかなかに微笑ましい光景ではある。
ちなみに二人ともそっくりで、並んでいると姉妹のように見える親子だった。
「ふむ……それでは頂くとするか」
そして、俺はその夕食へと目を向ける。
森に囲まれた村だけあって、メニューはそんな感じの山菜系が中心だった。いわゆる豪勢な食事というには遠いかもしれないが、これはこれでなかなかに食欲をそそる。
「ヴェスタさんは旅のお方なんですってね」
と、食事を始めるとともに、リタの母親がそう質問してきた。
「む……う、うむ。そうだが」
口の中の物を呑み込みつつ、そう答える。
どうやら食事の準備をしながら、リタが俺たちのことを説明したらしい。
……が、どんな説明をしたか疑わしいもので、
「ワケありの旅とかで……」
と、母親がミュウの方を見る。
「……」
その視線に、ミュウが不思議そうに母親を見て、それから俺の方を見る。
……どうやら、金持ちの御曹司&その供の者……という構図は、全く信用されなかったらしい。
そりゃそうか。
「親子という感じにはあまり見えませんけど……あ、いえ、あまり詮索してはいけませんね」
「……」
やはり親子が一番近いのか?
確かに……俺は結構年齢不詳な外見をしているし、百歩以上譲るならば、見ようによっては親子に見えなくもないかもしれない。
が、それはそれでなかなかに不本意ではある。
「……」
(……ん?)
俺はふと……ミュウがこちらをじぃっと見つめていることに気付いた。
ちなみに俺たちがついているのは長方形の四角いテーブルで、俺の隣にミュウ、そして向かい側にリタ親子が座っているわけだから、彼女が食事もせずにわざわざこちらを向いているのは、
“食事の途中、ちょっとだけ物憂げに考え事をしてみたの。だって年頃の女の子だもん。えへっ♪”
とか、そういう理由でないことだけは確かである。
明らかに俺のことを見ているのであろう。
「なんだ? どうしたのだ、ミュウ」
もちろん食事をする手は止まっている。
今日は朝を食べてから何も口にしていなかったので、彼女だって普通に腹が減っているはずだが。
「御主人様、あの……」
ミュウがそう言って、少しだけ俺から視線をずらす。
「ん?」
つられてその視線を追う。
その視線はテーブルの上――中央に置いてある“とある物体”へと注がれた。
(……ん? お……?)
それを見た瞬間、嫌な記憶が蘇る。
(こ……これは……これは“納豆”ではないかぁぁぁぁぁっ!!)
そう。そこにあったのは、思い出したくもない、俺の宿敵、“納豆”であった。
(のおおおお。ここにも現れおったか!)
ここにも出現したことを考えると、どうやらそれは、この地方特有の食べ物のようだ。食卓には欠かせない食べ物なのだろう。
(お、おのれ、性懲りもなく……)
俺は今すぐにでもそれを遠ざけたい気分ではあったが……リタやその母親の手前、そういうわけにもいくまい。
幸い、今まで気付かなかったことからもわかるように、そんなに匂いが気になる距離でもなかったし、
(ま、まあ、仕方あるまい……)
ここは黙って目をつぶることにした。
……と、思ったのだが、
「敵……」
「……ん?」
ミュウがまだその納豆を見つめていた。
……リタとその母親は二人で何やら談笑していて、こっちを見ていない。
「おい、ミュウ……?」
「御主人様の敵、ですね……」
きぃぃぃぃぃ……ん。
「?」
「え? なにかしら……?」
急に奇妙な音が辺りに響いた。
それは耳障りなほど大きくはないが、人の耳には充分に聞き取れるぐらいの音で……リタ親子が天井や周りを見回す。
(ぬお……)
だが、俺はすぐさま気付いていた。
それが、ミュウの発している音だということに。
「おっ、おい、ミュウ……」
と、俺が言いかけた瞬間。
……バシュッ!!!
一筋の光がミュウの眼前から迸った。
「きゃっ!?」
「えっ……なにっ……!?」
リタ親子が突然の光に顔を覆う。
「……」
そして、俺は一瞬の後に訪れたその光景を、少し唖然とした顔で見つめていた。
しゅううううう……
テーブルから微かに煙が上がっている。
(……はい?)
煙の上がった部分にはぽっかりと穴が空いていて……もちろんそれは、例の“納豆”が置いてあった場所で……納豆が乗せてあった皿は、跡形もなく消え去っていたのである。
(……なんだ? 何の冗談?)
なんとなく、俺の目には、今、ミュウが怪しげな光線を放って、テーブル上の納豆を消し去ったように見えたが――
(ま……まさか、な。わはははは……)
そんな非現実的な話があるはずがないではないか。ミュウのような普通の……いや、普通とはいえないが、そんな少女が目から光線を放って、物体を消滅させるなんてこと。
(そ、そんなことがあるはずが……)
「消滅させました」
(あるはずが……)
「御主人様? これでよろしいですか?」
と、ミュウがいつもの表情でこちらを見る。
同時に、リタ親子が怪訝そうな顔でこちらに注目していた。
(そ、そういえば――)
『な……納豆め……貴様の顔は二度と忘れんぞ……』
『……あいつだけは殺しても殺したりん……いつかこの世から抹殺してやる』
数日前の自分の言葉が頭を過ぎって、俺の頭は瞬時に回転を止めた。
(は……ははは……)
そういやミュウって“人間”じゃなくて“契約者”だったんだな……と、俺は真っ白になった頭で思い出していた。
そして、心に誓ったこと。
(ミュウには……二度と余計なことを言わないようにしよう……)
いや、本気で。