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記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)  作者: 黒雨みつき
第4話『危機一髪の大量殺戮者(ジェノサイダー)』
21/32

その2「逃亡の大量殺戮者(ジェノサイダー)」

 きっとわかりあえるはずである。


 立場は違えど平和を思う心は同じ。弱きを助け、強気をくじく。その志が同じであれば、互いの立場の違いにどの程度の意味があるというのだろうか。

 しかしながら。

 難しいのは互いを分かり合うことである。同志であり、相容れる者であると理解することこそが難しい。

 ならばどうするのか?

 それは簡単だ。

 示すのだ。

 敵でないことはもちろんのこと、互いに手と手を取り合い、協力し合える仲であることを。それも誤解や疑いを生じやすい言葉によってではなく、態度――つまりは行動によって。


「よぅし、皆! 我々も山賊退治に協力しようではないか!」

「………………はぁ?」


 その間の長さがルーンの心境のすべてを物語っているかのようだった。




~逃亡の大量殺戮者ジェノサイダー




 グリゴーラスがこの町にやってきた翌日の夕方。

 冬の空気は相も変わらず冷たいものの、見上げれば切れ切れの雲の谷間から橙色に染まった太陽が顔をのぞかせている。日向の下を歩いていると、太陽から与えられる恵みの豊かさを全身で再確認するとともに、まだ遠い春にほんの少し想いを巡らせることができる……今日はそんな、冬の陽気に溢れたのどかな1日であった。

 であったのだが――

「まったく……」

 そんな温もりの残照が微かに残るのどかな町の夕暮れの中を、俺はぶつくさと文句を言いながら歩くこととなっていた。

 原因はもちろん、先刻のルーンとのやり取りである。

「ルーンもルクレツィアも冷たい。そうは思わんか、ミュウよ」

「はい。それはおそらく、私たちが徐々に北上していることと、季節が冬になったことが主な要因だと思います」

「……うむ」

 まったくもって噛み合っていなかった。

 吐いた息が白くなり、ゆっくりと空へ上っていく。

 道端の水たまりには薄氷が浮かんでいた。

 隣を歩くミュウを見る。

 俺と違い、ミュウは白い息を吐いていなかった。

「ミュウよ。お前はどう思う?」

「なにがですか?」

 お、このやり取りは久しぶりだな。

「つまりだ」

 俺は立ち止まってミュウに向き直る。

「デビルバスターは確かに魔を退治するのが仕事だ。そして俺もお前も、その退治されるべき魔だ。不本意ながらな。しかし、だからといって何もせず最初から無条件に敵対するものだとそう決め付けてしまうのはいかがなものだろうか」

「はあ」

「ミュウよ。お前は人間が嫌いか?」

「いいえ。私は御主人様を敬愛しています」

「……いやいや。それはそれで嬉しいが、そうではなくてだな」

「?」

「ふむ」

 情緒が芽生えてきたとはいっても、まだ感情を表現するには乏しい。

「じゃあ……そうだな。ミュウよ。お前、ルーンとルクレツィアのことは好きか?」

 ミュウはちょっと考えて答えた。

「ルーンさんは現在のところ御主人様に害を及ぼす確率は低いと考えられます。また、ルクレツィアさんは御主人様に害を及ぼす技術を有さないものと分析されます。結論としてはどちらも排除する必要はないものと思います」

「それでは答えになってないぞ、ミュウよ」

「はあ」

 俺がそう言うと、ミュウは少し考えて再び口を開いた。

「ルーンさんは旅に関する幅広い知識を持っていて、人間界における金銭の使い方にも長けています。また、ルクレツィアさんは私が所有していない人間の常識や人間の営みなどの知識について非常に丁寧に説明をしてくれます」

「それで?」

「それで――」

 それ以上の言葉は考えていなかったようだ。ミュウは少しだけ眉間に皺を寄せて、それでも俺の問いかけに答えようと一生懸命に考えているようだった。

 2、3分ほどもそうしていただろうか。

 やがて、何事か思いついた様子でミュウは言った。

「ルーンさんとルクレツィアさんは、お二人とも、御主人様と私にとって好ましい人間だと思います」

「……ふむ」

 俺は満足して頷くと、言った。

「ミュウよ。お前が今感じているのが“好き”ということだ」

「え?」

 ミュウはきょとん、とした顔をする。

 俺は続けて言った。

「では、もう一度尋ねるとしようか。……ミュウ、お前はルーンとルクレツィアのことがをどう思う?」

「……」

 ミュウは躊躇った。

 俺の言葉を消化しきれていないようだった。

 俺は待つ。

 ただ、ひたすらに。

 やがて――

「……私はルーンさんとルクレツィアさんが好き、です」

「――」

 躊躇いがちに。

 だが、はっきりと。

 多少の困惑と、そしておそらく本人も自覚していないであろう照れの入り混じった表情が、まるで恋を覚えたばかりの少女のようで何とも愛らしい。思わず抱きしめたくなってしまったのも無理からぬことだが、何とかそれを押しとどめた。この往来でそんなことをすれば最悪誘拐犯か変質者に間違われかねない。

「ですが」

 と、ミュウは真っ直ぐに俺の顔を見つめて続けた。

「それだったら私は、御主人様が一番、好きです」

「……」

 むぎゅぅ。

「ご、御主人様?」

 しまった。あまりの愛らしさに反射的に抱きしめてしまった。

 いや、まあ……アレだ。もし通報されたら、父親が娘を抱きしめて何が悪いのか! と、堂々と主張することにしよう。

(いやぁ、それにしても成長したなぁ)

 出会った頃――何を言っても笑うことすらなかったあの頃の彼女ならば考えられないことである。

「あ、あの。御主人様……」

 戸惑ったミュウの言葉に、俺はようやく我に返った。

(……っと。本題本題)

 そう。

 危うく目的を忘れそうになってしまったが、今の話は別にミュウに“好き”と言わせて俺が身悶えするためのものではないのだ。

 俺はミュウから離れて、ピッと人差し指を立てた。

「ではミュウよ。ここで衝撃の事実が発覚する」

「?」

 不思議そうな顔のミュウ。

 俺は大きく息を吸って、止めた。

 緊迫感を誘うバックミュージックが脳内に流れる。

 十分に溜めを作って。

 立てた人差し指をびしっとミュウに突きつける。

 そして俺は言った。

「な、なんと! ルーンとルクレツィアは、実はデビルバスターだったのである!!」

 どぉぉぉぉん!

 ガヤガヤガヤ!

 なんて、そんな効果音や観客のどよめきがあったかどうかはともかく。

「……」

 ミュウはきょとん、としたままだった。

 そして言った。

「御主人様。ルーンさんもルクレツィアさんも、身体能力を見る限りデビルバスターの称号を所有している可能性は無いと思います」

 真顔だった。

「あー……」

 少し恥ずかしい。

 ここが人通りの少ない通りであったことは不幸中の幸いであった。

「……コホン」

 ミュウに突きつけていた人差し指をグーにして、口元に当てて咳払い。

 仕切り直す。

「まぁ、もしもの話だ。もしもそんな事実が発覚したとしたら、お前はどうする? ルーンやルクレツィアと敵対するか?」

「はあ」

 ミュウは少し考えて、それから少し困ったような顔をした。

「もしものルーンさんと、もしものルクレツィアさんは、御主人様に害を及ぼすのですか?」

「いいや、そこは本物と変わらないと仮定する」

「でしたら戦う必要はないものと考えますが……」

 今度は考えることなくそう答えた。

「だろう? 結局のところ、俺が言いたいのはそこなのだ。デビルバスターとはいえルーンやルクレツィアと同じ人間。ならば、俺たちと仲良くなれる可能性も十分にあるとは思わんか?」

「……よく、わかりません」

「むぅ」

 やはり少し難しかったか。いや、俺とルーンの間でさえ意見が分かれるような話なのだから、ミュウにいきなりその正否を判断しろというのは最初から無理があったのかもしれない。

 しかし……さて。どうしたものか。

 グリゴーラスに協力して山賊退治をするという俺の案に、ルーンは大反対のようだったし、ルクレツィアもルーンほどではないにしてもあまり肯定的ではなかった。ミュウを別にすると2対1。民主主義の考え方からすると、これはどうにも分が悪い。

 何か、こう……突発的なアクシデントか何かでグリゴーラスに関わらざるを得なかった、なんて言い訳ができる状況に運良く出くわしたりしてくれればいいのだが――。

「ん?」

 ふと気付くと、通りの一角が騒がしい。

 見ると、果物売りの露店で3、4人の男たちが何やら揉めているようだった。

「困ります! きちんと御代をいただいて帰らないと私が叱られてしまいます!」

 果物を売っているのは10代前半ぐらいの、まだあどけなさが残る少年。

「あー、だからさ。明日払うって。今、持ち合わせがないんだよ。ほら、どうせ明日も同じ場所で店開くんだろ? そのときにきちんと払うからさ。いいだろ?」

 そう言った男は20歳前後だろうか。店の売り物らしき林檎の入った大きな籠を片手にぶら下げている。

「で、でも、本当に払っていただけるかどうかわかりませんし……」

 と、少年が躊躇いがちにそう言うと、仲間らしき別の男が少し声を荒らげた。

「はぁ? てめぇ、俺らを嘘つき呼ばわりする気かぁッ?」

「ひっ……!」

 少年がびくりと身を竦める。

「まぁまぁ。そう凄んじゃ可愛そうじゃねぇか。それに、ほら。どうやら考え直して、俺たちのことを信用してくれたらしいぜ? な? 明日払うってことでいいんだよな?」

「……」

 周りを囲む大柄な男たちに、少年はただ怯えるばかりで何も言い返せない様子だった。

 ……なんともけしからん。

 残念なことにここは人通りの少ない道で、他の彼らを注意する者はいないようだ。

 ならば、仕方あるまい。

「ミュウよ。ここで少し待っていろ」

「御主人様?」

 こんな非道を黙って見過ごしたのでは正義の味方の名が廃るというものだ。

 そうして俺は、肩を怒らせながらその、何やらセンスの悪い――どこかで見たような気もするが思い出せない――薄緑色の制服を着た3人の男たちに向かっていくのだった。




「……ったく。ホント、ロクなこと考えねーよな、あいつは」

「ヴェスタ様のことですか? 私はなかなかユニークな発想だと感心いたしましたけれども」

「ユニークすぎんだよ、あいつは。自らあの連中に近付こうなんざ、エサの入ってないネズミ捕りにわざわざ突っ込んでいくようなもんじゃねーか」

「あら、上手いことおっしゃいますね。ルーンさんにはユーモアのセンスがありますわ」

「お前の発言はいちいち馬鹿にしてるようにしか聞こえねーな……」

 クスクスと笑うルクレツィアに不快そうな視線を送って、ルーンはゴロンとベッドに仰向けに転がった。

 足もとにはまとめかけて放ったままの旅の荷物がある。

 それを見て、ルーンは再びため息。

 ヴェスタがあのような提案をしなければ、明日の朝にはこの町を発つはずだった。……いや、ルーンは今でもそのつもりでいる。ヴェスタが戻ってきたら、もう一度そのように説得する予定だった。

 が、どうだろうか。

 約半年ほど一緒に旅をしてきて、ルーンは彼が、一度言い出したらなかなか曲がらない頑固者であることを身に沁みて感じている。

「だいたいあいつは自覚が足りねーんだ。魔のくせに、ちょっと気を抜くと普通の人間のつもりで行動しやがる」

 ルクレツィアは鏡台の前で長い髪を櫛に通しながら答えた。

「そうはおっしゃいますが、ヴェスタ様が人魔らしい人魔であったとすれば、私も貴女もここにこうしてはいられないのではありませんか?」

「んなこたぁわかってるよ。そうなら、私がとっくにぶっ殺しているはずだからな。ったく、調子狂うぜ」

「……ああ。ルーンさんはヴェスタ様を、故郷を滅ぼした“黒ずくめの人魔”かもしれないと疑っておられるのでしたね」

「……」

 何も答えず、ルーンは不機嫌そうに天井を見上げた。

 そう。元はといえばそれが目的だったのだ。

 しかし――

「なら、絶好の機会なのではありませんか?」

「なにがだ?」

 その言葉に、ルーンは寝転がったまま視線だけを彼女に向ける。

「客観的に見て――」

 手にした櫛を鏡台の上に置き、膝の上に手を置いた体勢でルクレツィアはゆっくりとルーンを振り返った。 

「貴女がヴェスタ様をぶっ殺すのはまず不可能でしょう。ビルアでの御活躍を見る限り、ヴェスタ様はかなりの力を持った魔です。それは彼に付き従うミュウちゃんの力――先日の騒ぎの元となった魔石の力を見ても明らかですわ」

 その言葉に、ルーンは上半身を起こしてルクレツィアを睨みつける。

 明らかに不服そうだった。が、反論が無いのは、ルクレツィアの言葉が至極もっともな指摘だったからだろう。

「で、あれば、今のこの状況を天から与えられた好機とお考えになってはいかがでしょう? グリゴーラスの方々を利用し、ヴェスタ様をぶっ殺させるというのは貴女の復讐にとってとても効果的な作戦だと思えるのですが」

 そう言って可憐に微笑んだルクレツィアに、ルーンは少し頬を引きつらせて、

「……お前、表情とセリフの中身がぜんぜん合ってねぇよ」

「この顔は生まれつきですわ」

 ニッコリと愛らしい笑顔を浮かべるルクレツィア。

 そんな彼女を見て、世の中はとてつもなく不公平にできているのだと再認識したルーンは、再びベッドの上にゴロンと仰向けになって、独り言のように呟いた。

「私は仇を探してるんだ。ヴェスタのヤツが仇じゃないなら、そんなことする必要ない」

 そう言ったルーンに、ルクレツィアは少し首をかしげて言った。

「ヴェスタ様の記憶喪失が本当のことだとするならば、それを確認する手段はとっくに失われていると思いますが……ルーンさんだって、彼の記憶喪失が演技でないことはとっくにお気づきになられているのでしょう? ……そもそも彼ほどの魔であれば、あなたの復讐を恐れて善人のフリをするなど、ただ面倒なだけでなんのメリットもないことでしょうに」

「……」

「となると、本来ルーンさんの採るべき道は2つ。ヴェスタ様のことは諦めて別の手がかりを探すか、あるいはヴェスタ様を仇であると断定しその命を狙うか。後者を選ぶのであれば、むしろ先ほどのヴェスタ様の提案は歓迎すべきことではありませんか?」

「ふん。もっともらしいこと言いやがって」

 ルーンは吐き捨てるように言った。

「お前が何を考えてそんなこと言ってんのか知らないけど、私は今のところどっちも選ぶつもりはないぜ。だいたい確認する手段が無いなんて、どうして断定できる? あの馬鹿に記憶がないとしても、たとえば記憶を取り戻すとか、あるいは昔のあいつを知る連中が接触してくるとか、可能性は色々考えられるじゃないか」

 するとルクレツィアは少しだけ意外そうな顔をした後、

「あら。何も考えていなさそうな顔をして、案外そうでもないのですね」

「……おい。あんまり人を馬鹿にしてると痛い目見るぞ。お前はもう、偉いお姫様でもなんでもないんだからな」

 ルーンはそう言って凄んだが、ルクレツィアは涼しい顔で返す。

「私はただ仲間として、ルーンさんがこの旅にくっついてきている理由を知りたかっただけですわ。……しかし、それにしても」

 と、ルクレツィアの視線が窓の外へと移動する。

 つられて、ルーンは上半身をベッドの上に起こし、その視線を追った。

 冬の陽は短い。窓の外の夕日はもうほとんど沈みかけている。

「ヴェスタ様とミュウちゃん、ずいぶん遅いと思いませんか?」

「……」

 その言葉を聞いた瞬間、ルーンの背筋に嫌な予感が走る。そして非常に残念なことに、ヴェスタたちと一緒に旅をするようになってこの方、悪いほうの予感は外れたことのほうが少なかった。

「……まさか、勝手にグリゴーラスと接触しようとしてるんじゃ――いや、あいつは変に律儀なとこあるし、それはないか。けど……」

 ルクレツィアは言った。

「意図せずして、何かに巻き込まれている、という可能性は大いにありますわね。ヴェスタ様のことですから」

「……」

 ルーンは無言でルクレツィアを見る。

 短い付き合いにもかかわらず、ルクレツィアもまた彼の特性をよく理解している。

 嫌な予感が加速する。

 ルーンはベッドから降りた。

「ちょっと探してくる。ルクレツィア、お前は――」

「もちろん私もご一緒しますわ。入れ違いになったときのことを考えて、ここには書き置きを残していきましょう」

「……」

 機先を制されて拒否する理由も見つけらなかったルーンは、無言のままにルクレツィアを引き連れ、急速に暗闇に包まれつつある冬の町へと飛び出していったのだった。


 そして場面は、前話の冒頭へと巻き戻る――。


「おい、ヴェスタ! 急げ! 早くこっちに来い!」

「ヴェスタ様!」

 逃亡を促すルーンとルクレツィアの声に、呆然としていた俺の思考はようやく現実世界へと舞い戻ってきた。

 迫りつつある糾弾の声はもはや話し合いの提案を挟み込むほどの隙間もなく。

 足元に転がる死体。

 その傍らには、赤い外果皮をどす黒い血で化粧した林檎の実がいくつも転がっている。

「く……」

 殺気立った追求の声。そのまま立ち止まれば、俺自身はおろか、連れの皆の命さえ保障できるものではなかった。

 仕方ない。

 不本意ながら俺はミュウの小さな体を右腕で抱え上げ、漆黒のマントを翻して、その場に背を向けることにした。

「――逃がすな! 町の出入り口を封鎖! 隊長へ報告だ!」

 背中に聞こえた声。

 どうやら俺は一瞬のうちに、町のお尋ね者になってしまったらしい。

「……どういうことだよ! ヴェスタ! お前、いったい何をやらかしたんだ!!」

 隣に並んだとたん、ルーンが激しい口調で詰問してきた。

「い、いや、それが俺にもさっぱり――」

「ルーンさん、ヴェスタ様。今はそれよりも逃げることに集中いたしましょう」

 と、ルクレツィアが口を挟んだ。チラリと後ろを振り返って、

「ヴェスタ様はともかく、私とルーンさんの足では追いつかれるのも時間の問題ですわ。何か策を考えませんと」

「一緒にすんな! 私は1人でも逃げ切れるっての!!」

「そうですか。では……」

 と、ルクレツィアは俺の左隣に並ぶと、

「ヴェスタ様。お願いいたしますね」

 ぴょん、と。

「うぉ……っとぉ!!」

 いきなり左半身にしがみつかれて、思いっきりバランスを崩しそうになる。

 が、どうにかこうにか踏み止まった。

「ル、ルクレツィア! いきなり危ないではないか!!」

「ヴェスタ様なら大丈夫ですわ」

「……う、うむ」

 ニッコリと愛らしい笑顔を返されて、俺は何も言えなくなってしまった。

 可愛い女性に頼られると無理をしてでも頑張ってしまう。それは悲しき男のサガなのである。

「よぅし、ルーン! 遅れずに付いてくるのだぞッ!!」

 右腕にミュウ。

 左腕にルクレツィア。

 2人の少女を抱えたまま前傾姿勢になる。

「えっ!? ちょっ、おま、ま、待て、ちょっと――!」

「行くぞ!!」

 思いっきり地面を蹴る。

 地響きが鳴るほどの衝撃。

 漆黒のマントが水平にたなびいて、夜の冷たい風を切り裂く。

 ――全力疾走。

「おぃぃぃぃっ! 私を置いていくんじゃないぃぃぃぃ!!」

「情けないぞ、ルーンよ! 男なら足が千切れ飛んででも付いて来るのだ!!」

「ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ルーンの悲痛な叫び声が、暗い夜の町に響き渡った。




「――黒ずくめの男に、白い法衣の少女?」

「はい」

 副官エルダよりもたらされた部下の死と、その犯人らしき男たちの情報に、セオフィラスは動じた様子も無く視線を上げ、自分よりも背の高い女性副官の顔を見上げた。

「町で情報収集に当たっていた隊員3名、及び、騒ぎを聞いて救援に駆けつけたと思われる隊員3名の、計6名が殉職しております」

「……」

「また、敵は町の出入り口が封鎖されていることに気付き、どうやら山のほうへと逃亡した模様です」

 セオフィラスは無言のまま、エルダの差し出した1枚の紙を受け取り素早くそれに目を通す。

「その他に同行していたらしい2人の人物というのは?」

「はい。1人は10代半ばと思しき少女。もう1人も同年代ですが遠目だったために性別は不詳とのことです」

「前者の性別はどうしてわかった?」

「良家の娘が着るような上質の洋服を身にまとっていたとのことです」

「良家の娘? そうか……」

 頷いて、少し考え込むセオフィラス。

 エルダはそんな彼の表情を見て、何事か思いついたように目を大きく見開いた。

「……連れ去られたビルア公女の可能性があるとお考えですか?」

「可能性はな。黒ずくめの男に白い法衣の少女であれば、ビルア領に出現したという魔の噂ともピッタリ合致する。ビルア公女の件はともかく、連中が我々の探していた魔である可能性は高いだろう。……よし」

 ゆっくりと椅子から腰を上げるセオフィラス。

 傍らに置いてあった抜き身の大剣――荒れ狂う風の名を付けられた神剣“狂嵐”の柄を右手で握り締める。

「セオフィラス様……」

「包囲網を敷いて敵の行動範囲を限定させつつ、決して手を出さないように通達しろ。噂に聞くほどの魔であれば、俺とお前以外の武器は魔力の壁に阻まれる可能性が高い」

「しかし……それほどの魔であれば、強行突破される可能性はないでしょうか?」

「それができるのなら最初から山へ逃げ込んだりはしない。一緒にいるのがビルア公女であるかどうかは不明だが、少なくともその存在を無視して強行突破できなかった事情はあるのだろう。とすると、刺激を与えすぎなければ強硬手段に打って出る可能性は低い」

「わかりました。全隊員に通達します」

 敬礼し、エルダは足早に部屋を出て行った。

「……」

 その後姿を見送って、セオフィラスは愛剣の柄を両手で祈るように握り締め、ゆっくりと目を閉じる。

「黒ずくめの魔――将魔か、あるいは王魔か。いずれにしても……」

 締め切った部屋の中で、微かに風が渦巻く。

“狂嵐”の抜き身の刀身がぼんやりと緑色の光を纏った。

 空気が重く、沈みこむ。

 微かに幼さを感じさせるその容姿からは想像もできない、そこから発せられるその強烈な威圧感は“最強の1人”の呼び声が誇張でもハッタリでもないことを示すのに十分すぎる。

「私のいるこのヒンゲンドルフ領で好き勝手なことはさせない……絶対に」

 鋭く見据えるその視線の先には、夜の帳に包まれ不気味さを増したグリゴラ山脈の山肌が映っていた。




 ほー、ほー。

 ほー、ほー、ほー。

 外から微かに聞こえてくる鳴き声は、フクロウだろうか。

「鳥の鳴き声を子守唄に夜を迎えるというのも、なかなかオツなものだな。こう、我々人間が自然界の一部であり、かつ自然界の一部でしかないことを再認識させられるというかなんというか。……なあ、ミュウよ」

「“ふうりゅう”というやつですね、御主人様」

「うむ。風流だなぁ」

「……」

 愛らしいミュウの相づちの後にチクチクと刺さってくる視線がある。

「自然の中で迎える夜。町の喧騒を忘れ、森の静寂に耳を澄まし、大地と風の声を聞く。これこそアウトドアの醍醐味だなぁ」

「“だいごみ”ですね、御主人様」

「……」

「……」

 ああ。

 うーん。

 ……ダメだ、耐え切れん。

 俺は現実から逃避することを諦め、先ほどから視線で俺を射殺さんとばかりに睨み付けてくるルーンへと向き直った。

「どうしたのだ、ルーンよ。そんなおやつを取られてしまった子供のような顔をして」

「んな生温いもんじゃねーっつの!」

 キーン……と。

 辺りが静かなものだからその声は余計に大きく俺の鼓膜に響いた。

「ルーンさん。あまり大声は出さないほうがよろしいかと」

 ルクレツィアが、今にも俺に掴み掛かってきそうな勢いのルーンを宥める。

 が、援護射撃かと思ったのもつかの間、

「ですが、ヴェスタ様。そろそろ事情のご説明をお願いいたしますわ。私、追いかけられること自体は嫌いではありませんが、事態が自分の手の内に無いというのはどうにも落ち着かなくて気分が悪いのです」

「ってゆーか、さ……」

 ルーンが急に低い声を出す。

「あの連中、お前が殺したのか? 確認はしてないけど、死んでたよな、あれ……」

「ば、馬鹿な! いきなり何を言い出すのだ、ルーンよ!」

 俺はルーンに信じてもらえていないという悲しみを込めて訴える。

「俺が彼らを殺したなどと……俺がそんなことをするような男に見えるというのか!?」

「見た目はそう見えるし、それができるだけの背景もあるだろ、お前には。……普段のお馬鹿な行動からはそう思えないけどさ。でも――」

 そう言ってこちらを見たルーンの視線は、いつになく真剣で、微かに困惑の色が入り混じったものだった。

「記憶を失う前のお前が大量殺戮者だったってのは、自分で言っていたことじゃないか。そんなお前が、たとえば急に記憶を取り戻してそういうことをしたって、それって不思議なことでもなんでもないだろ」

「な……いや」

 静かなルーンのその言葉は、予想以上に俺の心をえぐった。

 確かに。身に覚えがないとはいえ、俺が過去にそのような罪を犯してきたことはおそらく事実である。となれば、今、再び身に覚えのないところで同じ罪を犯す可能性がないとは言い切れない。

 だから……そう。

 ルーンがそうやって俺を疑うことも、当然といえば当然のことなのだ。

 俺は言葉に詰まった。

 いや、しかし。

 ひとまず言うべきことは言わねばならない。

 そして俺は口を開く。

「それは――」

「そんなのはどうでもいいことですわ」

「え!?」

 あっさりと。

 そう言い放ったルクレツィアに、俺もルーンも驚きの視線を送った。

「どうでもいいって、お前――」

 食って掛かろうとしたルーンを、ルクレツィアはうるさそうに片手で制止して、

「ヴェスタ様が記憶を失くされた経緯は存じませんが、記憶なんてそう簡単に蘇ったりまた失くしたりするものでもないでしょう。仮に、一時的に記憶が復活するというようなことがあるのだとしても――」

 そう言って俺の顔を見る。

「今日のヴェスタ様は、別にその時の記憶が飛んでいるとか、そういうことではないようですし、今、私たちの目の前にいるのは、私たちの知っているヴェスタ様なのでしょう? でしたら、昔のヴェスタ様が人間をたくさん殺したとか、記憶が蘇ったらまたやるかもしれないとか、そんなものは私にとってはどうでもいい、まさに糞食らえな議論ですわ」

「な――」

 そんなルクレツィアの言葉に、俺は気色ばんで声を張り上げた。

「なにを言うのだ、ルクレツィア!」

「なにか?」

 あくまで涼しい顔のルクレツィアに対し、俺は声を大きくして言った。

「若い娘が“糞食らえ”だなどと、そんな汚い言葉を使うものではないッ!」

「……そっち、ですか」

 何か予想外の言葉だったらしく、ルクレツィアはちょっと言葉に詰まった後、そう言って苦笑した。

「……しかし、まあ」

 と、俺はルーンのほうを見る。

 ルーンはなんだかバツの悪そうな顔をしていた。ルクレツィアの言葉に何か思うところがあったのかもしれない。

「俺の過去のことはともかくとして、今日の出来事に関していえば、俺はもちろん彼らを殺してなどいない。ただ――」

 と、俺は先ほど露店の前で起きた出来事を2人に話した。

「――そこで見かねた俺は、その3人をちょっと、こう……懲らしめてやったわけだ」

「あぁ……なるほど。グリゴーラスの連中とトラブルを起こした、ってところは間違いじゃないんだな」

 ルーンの呆れた視線がとてつもなく痛かった。

「ま、まぁそうだが……し、仕方あるまい! そのときは連中がグリゴーラスの一員だと気付いていなかったのだし、あの状況で黙っていられる正義の味方がどこの世界にいるというのだ!」

「自分を正義の味方と勘違いしてる馬鹿野郎なら私の目の前にいるけどな」

「うぐ……」

「で?」

「う、うむ……」

 気を取り直して、俺は説明を続ける。

「3人の悪漢を軽く追い払った俺は、露店の少年から感謝されつつも名乗ることもないままに漆黒のマントを翻し、沈み行く夕日を追いかけるように、夜の帳に包まれつつあった町の通りを颯爽と――」

「余計な情景描写はいらん!」

 今日のルーンは突っ込みが厳しい。

「そ、そうか……つまり、その、宿へと引き返そうとしたわけなのだが、すぐに背後から叫び声と争うような音が聞こえてな。それでその現場に引き返したところ――」

「グリゴーラスの隊員たちが死んでいた、ということですわね?」

 と、ルクレツィア。

「うむ。応急処置をしようと思ったのだが、全員手の施しようがなくてな。それで呆然と立ち尽くしていたところに、貴女たちとグリゴーラスの他の隊員たちが現れたというわけだ」

「……はぁ」

 深く、なんともいえない情感のこもったため息がルーンの口から漏れた。

「見事なトラブルメーカーっぷりだよ、ホント。私にゃ真似できないぜ……」

「……」

 言い返す言葉もない。

 ルクレツィアが言った。

「その出来事自体に色々疑問点はありますが――とりあえず、これからどうするか考えましょう」

 と、周囲を見回す。

「この山小屋、冬の寒さを凌ぐという意味ではうってつけですが、身を隠すのに適しているとはいえませんわ。小屋の存在は町の人が知っているでしょうし、グリゴーラスもすでに把握していると考えて間違いないでしょう」

 ルーンが厳しい表情で、

「つまり、連中がここに来るのは時間の問題、ってことか……」

「食料もなしにここで籠城できるわけではありませんから、時間のあるなしはこの際問題ではありませんが――」

 そう言ってルクレツィアは小屋の隅っこでぼんやりと外を眺めていたミュウに声をかける。

「ミュウちゃん。前みたいにあの大きな鳥を操って逃げたりってことはできないの?」

 ミュウはゆっくりとこっちを振り返って、

「それはできません。あの風の三十三族はとっくに私の支配から解放されていますし、この周辺に皆さんを背負って空を飛べるような獣魔の気配は感じません」

「そう……ヴェスタ様。私たちを守りながら強行突破……なんてことは不可能ですわね」

 俺が答える前に、ルクレツィアは自分で結論を出してしまった。

 まあ間違ってはいない。何しろ向こうには最強と称されるデビルバスターがいるのだ。彼女たちを守りながらの強行突破など、許してくれるはずもない。

「出頭して正直に話してみるというのはどうだろうか」

 俺がそう提案すると、ルーンはやはり呆れたように首を横に振って、

「捕まったら間違いなく“精密検査”だ。魔だってことがバレたら最後、どんな言い訳をしたって信用なんてしてもらえねーよ」

「万事休す、ですわね」

「……」

「……」

 何の策も思い浮かばず、俺とルーンは揃って沈黙する。

 ほーほーほー。

 フクロウの鳴き声。そこに混じって聞こえる微かな気配は、風か、獣か、はたまた俺たちを追い詰めんとするグリゴーラスの足音か。

「御主人様」

 と。

 そこへ、相変わらず外を眺めていたミュウが呟くように言った。

「たくさんの気配が近付いてきます。どうなさいますか?」

「……」

「……」

「……」

 緊張が走る。

 ルーンがミュウのそばまで行って同じように外を眺めた。

「……私にはまだわかんないけど、かなりの数がいそうだな。20、いや、30はいるか。もしかするとそれ以上かもしれない」

 張り詰めたルーンの声。

 しばしの逡巡の後。

 俺は言った。

「ルーン。ルクレツィア。……こうなっては仕方がない。ここで――」

「分かれよう、ってのは無しだ」

 言いかけた俺の言葉を遮って、ルーンがそう言った。

「し、しかし……お前たちだけなら、たとえ捕まったとしても、俺に脅迫されて無理やり連れてこられたのだと言えば――」

 俺がそう言うと、ルクレツィアが小さく首を横に振って、

「それでは、私たちが再会できる見込みはほとんどなくなってしまいますわ。ルーンさんはそれでもしばらく監視下に置かれるでしょうし、私は素性がバレればビルア領に強制送還されてしまうでしょう」

「し、しかし――」

「忘れるなよ。私はまだお前のことを信用したわけじゃない」

 窓の外から視線を戻し、ルーンが不機嫌そうな顔で言う。

「お前がシロだと確信するまで逃がしはしない。私はそのためだけにこれまでお前に付いてきたんだからな」

「――要約すると、ヴェスタ様たちと離れ離れになるのが寂しいということですわ」

「違うッ!!」

 からかうような口調のルクレツィアに、ルーンが少し顔を赤くして食って掛かる。

 ……いや、まあ。

 それがルーンの本心なのだとすれば、それはものすごく嬉しいことなのだが――

「しかし、この場を切り抜ける方法は他には――」

 俺がそう言うと、ルクレツィアが何事か思いついた様子で言った。

「ミュウちゃん。あなたヴェスタ様とは――“契約”とかいう力で結びついているのよね?」

 ミュウは頷いて、

「はい。私と御主人様は契約によって結ばれています」

「それって……たとえば、ヴェスタ様がどこにいてもわかるとか、そういう力もあるの?」

「はい。ある程度であれば、方角、距離を感じ取ることが可能です」

「なるほどね。――ヴェスタ様」

「む?」

「お一人であれば、この包囲網を突破することができます?」

「……やってみなければわからぬが……」

「やってみる価値はある、ということですわね。では時間もありませんし――」

 と、ルクレツィアはくるりとその場にいる一同を見回した。

「先ほどのヴェスタ様の案を採用することといたしましょう。ただし分かれるのはヴェスタ様お一人で、しかもおとり役を務めていただきますわ」

「む……しかしそれでは、お前たちのほうがかえって危険なのではないか?」

「問題ないでしょう。このメンバーでは誰がどう見てもヴェスタ様が主犯ですもの。向こうの主力は必ずヴェスタ様を追うはずです」

「しゅ、主犯とは……なんとも嫌な言葉だな」

 俺が眉をひそめて嫌な顔をすると、ルクレツィアはさらりと、

「仕方ありませんわ。そのとおりですもの。……さて、もちろんそれでこちらがノーマークになる、というわけではないでしょうけれども……」

 そういって、手近にあった細長い角材を手に取った。

「私、公女のたしなみとして、棒術を学んでおりましたわ。こう見えて免許皆伝の腕前です」

「ぼ、棒術ぅ!?」

 またもや、俺の中の可憐な姫のイメージが崩れてしまった。

 ああ、いや、今はそんなことを言っている場合ではない。

 が。

「しかしそうだとしても、向こうは……下手をすればデビルバスターそのものを相手にすることになるのだぞ? いくら棒術を心得ているといっても――」

「そのときはミュウちゃんの力をお借りします。それと――」

 ルクレツィアはミュウへと視線を向ける。

「ミュウちゃん。あの日使った魔石って、あと何個くらい持ってるの?」

「6個、あります」

 白い法衣の中から、先日の事件の元凶となった石ころを取り出すミュウ。

 ルクレツィアは満足そうに頷いた。

「それ3個ずつ、私とルーンさんに預けてもらっていいかしら?」

「……御主人様?」

 許可を求めるミュウの声。

「……」

 これを認めてしまえば、ルクレツィアの作戦そのものを認めてしまうことになってしまう。

 危険だ。

 危険極まりない。

 が、しかし――

「……わかった」

 最後には折れざるを得なかった。

 なにより、この4人が再び一同に会するためには、それ以外の方法が思いつかなかったのだ。

 ルクレツィアは頷いて、ルーンを見る。

「ルーンさんは、それでよろしいですか?」

「いいも悪いも、それしかないんだろ」

「ミュウちゃんは?」

「……」

 ミュウはチラッと俺の顔を見た。

 俺は黙って頷く。

 それを確認したミュウは、ルーンとルクレツィアの顔を交互に見つめて言った。

「私も、また皆さんと一緒に旅をしたいです。ですから、ルクレツィアさんの作戦に賛成です」

 はっきりと、そう言った。

「……」

「……」

 むぎゅぅ。

「ルーンさん、ルクレツィアさん……い、痛いです……」

 2人に同時に抱きしめられて、さすがにミュウが苦しそうな声を出す。

 ……どうやら、この得体の知れない衝動は俺たち共通のものだったらしい。

 さて、とにもかくにも――方針は決まった。

「それでは行くか!」

 ミュウから受け取った長剣を手に小屋の出口へ立つ。

 感じていた気配は小屋の周囲に広がりつつあった。

 この多数の気配を引き付け、かつ逃げ切るのが俺に与えられた使命だ。

 客観的に見て正義の味方の立場と言い切れないのが微妙なところであるが、仲間たちと再び出会い、揃ってまた旅をするためだと考えれば――、

 心が、燃える。

 燃えたぎる。

 自然とこぶしに力が入った。

「皆、気合を入れろよ! 行くぞぉぉぉッ!」

 と、俺が鼓舞の叫びをあげると、

「言われなくてもわかってるっつーの」

「私、基本的にそういうキャラではありませんし」

「……」

 いまいち乗り切れない仲間たちであった。

 唯一、ミュウだけが俺の言葉に大きく頷いて、言った。

「あんな人たちは“くそくらえ”です」

「……」

 そんな彼女の将来に一抹の不安を感じつつも。

 俺は小屋を飛び出し、夜の森へと飛び出していくのだった――。

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