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記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)  作者: 黒雨みつき
第4話『危機一髪の大量殺戮者(ジェノサイダー)』
20/32

その1「家庭円満の大量殺戮者(ジェノサイダー)」

 いったい、なにが起きたというのだろうか。

 乾いた地面を撫でる冷たい風。

 不吉を奏でる枯れ枝の摩擦音。

 天空には清廉の月。

 足もとには――複数の死体。


 いったい、なにが起きたというのか。


「おい、ヴェスタ! 逃げるぞ!」

 険しいその声色はルーンのものか。

「ヴェスタ様!」

 ルクレツィアの言葉も、いつになく張り詰めていた。

「御主人様。どうなさいますか?」

 そしていつもどおり抑揚の無いミュウの声。

「――いたぞ! ヤツだ!」

「!」

 糾弾の声が急速に迫ってくる。

 糾弾? なにを? ……決まっている。

 足もとに転がる多数の死体。迫ってくる声は彼らの仲間のもの。

 その声が糾弾せんとするのは、この俺。

 仲間を皆殺しにしたこの俺を糾弾せんとする声なのだ。

「ヴェスタ!」

「ヴェスタ様!」

 ルーンのルクレツィアの声は耳元に、しかし遥か遠く。


 ――どうしてこんなことになってしまったのか。


 記憶は10日ほど前にまで遡る。



 

~家庭円満の大量殺戮者ジェノサイダー




「我輩は父である」

「はあ?」

 山肌から吹き降ろす北風は冷たい。

 枯れ木の立ち並ぶ道、乾いた風、薄灰色の空。

 立ち止まって目を閉じると奇妙な静寂。

 まるで自分1人だけが世界に取り残されてしまったかのようなそんな錯覚。

 ……冬の朝の空気というのはどうしてこうも無性に切ない気持ちになるのだろうか。

 冬は人が恋しくなる季節だ。

 人。

 家族。

 そう、家族なのだ。

「そしてお前は息子である」

「だから、なに言ってんだ」

「いや、なに」

 冷たい息子の液体窒素のように冷徹な突っ込みにもすでに慣れっこの俺は、ピッと人差し指を立てて彼に答えた。

「我々の立ち位置だ。一番の年長者である俺が父親であることには議論の余地はあるまい。とすると、一番小さいミュウが娘で、当然お前は息子ということになるではないか」

「……なにからどう突っ込めばいいのかわからんが」

 息子――ルーンはこめかみに指を当てて眉間に皺を寄せていたが、やがてキッと俺の顔を睨んだ。

「とりあえず死ね!」

 ゴスッ!!

「~~~~~ッ!」

 スネにかかと蹴りを食らった俺はその場でうずくまって悶絶。

 これは痛い。

 というか、普通の人間だったら骨折しているかもしれない。

「まあ。大丈夫ですか、ヴェスタ様」

 と、1人の可憐な少女がその場に屈んで心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 可憐な少女――先日の事件で我々のパーティに加わった元ビルア公女、ルクレツィアである。

「だ、大丈夫なわけが――ル、ルクレツィアよ。心配してくれるのはありがたいのだが……」

 俺は彼女の顔を見て言った。

「貴女は何故、そんなにも満面の笑顔なのだ……?」

「もちろん、面白いからですわ」

 きっぱりと。

 ルクレツィアは満面の笑みを少しも崩すことなくそう言い切った。

 ……まるで安らいだ気がしない。

「ところでヴェスタ様?」

「……む?」

 スネの痛みをこらえながらようやく立ち上がったところで、ルクレツィアが俺の隣に並び、やはり横から俺の顔を覗き込んで言った。

「ルーンさんとミュウちゃんが子供ということは、私はどのような立ち位置になるのですか?」

「そうだな。貴女はさしずめ、あの2人の母親というところだな」

「では」

 ルクレツィアは少し首をかしげて、

「つまり、ヴェスタ様の妻ということですか?」

「む?」

 俺は立ち止まってルクレツィアの顔を見た。

 ……儚く可憐な美少女。その瞳の奥に僅かに除く妖艶な女性の色。アンバランスで蠱惑的な魅力。

 俺はこの少女が可憐な天使などではなく、悪戯好きな小悪魔であることをすでに知っていたが、それでもその魅力は少しも衰えることがない。

 俺は答えた。

「いや、貴女はさしずめ長女といったところか」

 そう言うと、ルクレツィアは一瞬だけ呆気に取られた顔をしたが、すぐに可笑しそうにクスッと笑って、

「……複雑な事情のある家庭なのですね」

「うむ。複雑なのだ」

 などと。

 まあ俺も平静を装っていたが、先ほどのルクレツィアの仕草と問いかけに一瞬ドキッとしてしまったことは正直に告白せねばなるまい。

 これは別に、俺が彼女に対してそういう感情を抱いているとかそういうことではない。彼女は“そういう性質”の持ち主なのだ。

 恋愛感情があってもなくても、相手が男であっても女であっても、目を見つめて言葉を交わすだけで虜にしてしまう。歴史で語られる“傾国の美女”なんてのはきっと、みんなこのような能力を持っていたのだろう。

 とりあえず、彼女がそういったことよりも自分の好奇心を満たすことを優先するような性格であって本当に良かったと思う今日この頃である。

 ただ、その矛先が――

「でも――」

 ルクレツィアは再び俺の顔を覗き込んで言った。

 視線が絡まり、その奥へと引き込まれそうになる。

「父娘の許されざる関係というのも、なかなか魅力的なお話だと思いませんか?」

「……」

 その矛先が俺に対する悪戯に向けられていることは――正直、歓迎できない。

「な、なにを馬鹿な」

「御主人様」

 それまで黙って俺の後ろを歩いていたミュウが不思議そうに言った。

「お顔が真っ赤です」

「よ、余計なことを言うでない!」

 これは仕方ない。

 仕方ないことなのだ!

「……おい、いつまで馬鹿やってんだ。さっさと行くぞ」

 かなり先を行っていたルーンが呆れ顔をして待っている。

 追い詰められつつあった俺にとって、それは渡りに船であった。

「む。そ、そうだな。さあ、行くぞ、ミュウ、ルクレツィア!」

「はい、御主人様」

「お供させていただきますわ、“お父様”」

「……」

 火照った顔に、冬の風はよりいっそう冷たかった。


 現在、我々が滞在しているのはヒンゲンドルフ領の北端、大陸の中央に横たわる巨大なグリゴラ山脈の一部を北に眺める小さな町である。

 ルクレツィアの参入――というよりは彼女が所有していた宝石類の売却効果により、常に不足しがちだった路銀は現在、この先1年ほど働かなくても過ごせるほどのレベルに回復していた。

 そのおかげもあり、このヒンゲンドルフ領に入ってからは、我々は本来の目的――つまりは“人々の役に立つ”ことを目的に各地を歩き回っていて、それをいくつか果たすこともできていた(と思う)。

 そして数日前。

 この北の小さな町で山賊まがいの連中が時折町の人々に乱暴を働いているらしいという話を聞きつけ、俺たちはこうしてやってきたわけである。


「に、しても」

 往来を眺めながら俺は呟いた。

「我々はどうも目立っているようだな」

 こうして俺たちが歩くときはだいたい隊列が決まっていて、ルーンが先頭、俺がその後ろに続き、ミュウとルクレツィアがそれぞれ俺の斜め後ろについて歩く。

 そんな俺たちの姿はかなり人目を引くようだ。

「まあ、俺のような長身で美形な男が颯爽と町を歩いていれば、それも仕方のないことなのかもしれぬが……」

「……統一性がなさすぎるから目立ってるだけだろ」

「む?」

 そんなルーンの言葉に、俺は改めて一同を見回した。

 薄汚れた、というよりは使い込まれた旅衣装に身を包んだ、小柄な褐色肌の少年――ルーン。

 吸血鬼のような黒ずくめの衣装に身を包んだ長身の美青年――俺、ヴェスタ。

 神に仕える巫女のような白い法衣に身を包んだ不思議な雰囲気の少女――ミュウ。

 そして、決して派手ではないが質の良い洋服に身を包み、いかにも良家のお嬢様然としたオーラを全身から放っている可憐な少女――ルクレツィア。

 その光景は、どこからどう見ても――

「さしずめ、仮装パレードといったところでしょうか?」

 ルクレツィアがそう言うと、ルーンは鼻を鳴らして、

「仮想パレード? チンドン屋の間違いだろ」

「あら。ルーンさんにしては上手いことをおっしゃいますね」

「にしては、ってのはどういう意味だ?」

 と、ルーンがルクレツィアを睨みつけたところで、ミュウが呟くように言った。

「チンドン屋――奇抜な衣装や楽器の演奏で人目を引き、客引きを行う集団のこと。……御主人様? せっかくですから何か商売を始めてみますか?」

「商売? なにを売るつもりなのだ?」

 不思議に思ってそう質問すると、ミュウはおもむろに白い法衣の中から石ころのようなものを取り出した。

「これです」

「む。それは?」

「これは魔石です」

「魔石?」

「はい。私の力を少しずつ込めたものです。きちんと加工したものではないのですぐに壊れてしまいますが――お一つ手にとっていただけますか?」

「うむ」

 言われるままに1つを手に取った。石ころ、のように見えたが、まるで宝石の原石のようだ。よくよく見つめてみるとうっすらと透き通っていて、中心が微かに発光している。

「では、それを――」

 ミュウがキョロキョロと辺りを見回す。

 しばらく考えて、悩んだ末、

「あちらに思いっきり投げてください」

「あちら?」

 ミュウが指しているのは、真上だった。

「よくわからんが……投げればいいのか?」

「はい。なるべく思いっきり投げてください」

 と、ミュウ。

 よくわからんが――とにかくやってみるか、と、上空を見上げる。

「お、おい、ヴェスタ」

 ルーンが少し不安そうな声をあげた。

「大丈夫なのか、それ……」

「大丈夫? なにがだ?」

 俺はミュウに促されるまま、全力で投げる体勢に入りながらルーンに聞き返す。

「いや、だから――」

「思いっきり投げてくださいね」

 ミュウがルーンの言葉を遮る。

 その言葉に、俺の闘争心が燃え上がった。

「任せておけ。雲を突き抜けるほど放り投げてやろうではないか」

 体をひねり、投球体勢に入る。

 集中。

 集中。

 集中――

「最低でも雲の上ぐらいまで行かないと大変なことになりますから」

「……む? ミュウよ、何か言ったか?」

 ミュウが何事か言ったようだが、極限に集中していた俺の耳にはよく聞こえなかった。

 代わりに、ルーンが慌てた声をあげる。

「ちょっ! ヴェスタ! 待て!」

「……ふぅん!!」

 ルーンの声と、俺の気合の掛け声はほぼ同時で――。


 ――その日、ヒンゲンドルフ領北部の地方では“もう1つの太陽”の目撃例が後を絶たなかったという――。




 そして数日後。


「いやぁ、本当に助かりました! まさかこんな小さな町にあの方々が来て下さることになろうとは!」

 町の自警団の長だというその40歳前後の男は丸っこい顔に満面の笑みを浮かべ、感激を全身に表しながらそう言った。

「それは……喜ばしいことです、非常に」

 頬が引きつってしまいそうになるのをどうにかこうにか我慢して俺はそう答えた。

「あの日の事件があってからというもの、恐ろしい魔が現れるのではないかと町中が戦々恐々としておりましたが……なに。それが原因であの方々が来てくださることになったのだから、これはむしろ怪我の功名といえるでしょう!」

「それは良かった」

 俺がそう答えると、自警団長の男はニコニコしながらずいっと顔を近づけてきた。

「……ということでヴェスタさん。先日のお願いはひとまず撤回させてください。ああ、いえ、山賊を退治してくださると申し出てくださったことには感謝しております。ただ、かえってあの方々の邪魔になってしまっては申し訳ありませんので。……そうそう。しばらくはこの町に留まってゆっくりと旅の疲れを癒していかれると良いでしょう。山賊さえいなくなってしまえば、この町は非常にのどかで良い町ですからな! はっはっは!」


 と、いうわけで。


「結果オーライということに相成った」

「……」

 うっ、ルーンの眼差しがいつにも増して冷たい。

「お役に立てたようでなによりです」

 そんなルーンの手前、あまり事情がわからずに喜んでいるミュウを誉めてやることもできず。

 町の往来は活気に溢れていた。

 先日の“2つの太陽”事件以来、一時は町中がひっそりと静まり返り、大声を出すことすらはばかられる空気が蔓延していたのだが、自警団長のいう“あの方々”が来ると知れ渡ってからは以前以上の活気を取り戻しているかのように見える。

「ま、その連中が来ることになったおかげで山賊退治なんて余計な仕事をしなくて良くなったんだ。私にとっても確かに結果オーライだけどな」

 と、ルーン。

 俺は聞いてみることにした。

「ルーンよ。その“連中”――自警団長は“あの方々”と言っていたが、それは一体何のことなのだ?」

 するとルーンは、うーん、と、少し考えて、

「私も詳しいことは知らないけどな。ヒンゲンドルフ領主お抱えのデビルバスター部隊のことだろ、きっと」

「“グリゴーラス”ですわ」

「む。ルクレツィア。貴女は知っているのか?」

 振り返って一番最後尾を静静と歩いていたルクレツィアにそう尋ねると、

「はい。ほら、あちらに」

 と、彼女は真正面を指差した。

 再び正面に向き直る。

「ちょうど到着されたようですわ」

 見ると、薄緑色の制服に身を包んだ一団が通りを横切っていくのが見えた。

 5、6、10……全部で15名ぐらいだろうか。

「あれが、グリ……なんとかか?」

「はい。イメージカラーであるあの薄緑の制服は山脈の語源ともなった獣魔、地の七族“グリゴラ”の肌の色から取ったそうです。デザインした方の頭の中を覗いてみたくなるほど趣味の悪い色ですわね」

「そ、そうだな」

 最近のルクレツィアは毒を吐くことを隠そうともしなくなってきた。

 人間、正直に生きるのが何より……である。

 ルクレツィアは続ける。

「同じ領主のお抱え部隊としては、帝都ヴォルテストの“ヴァルマシード”、北の雄ネービスの“ネスティアス”、騎士の国ヴィスカインの“対魔騎士隊”などに比べると量も質も遠く及びません。ただ――今のグリゴーラスは“彼”の存在によって大陸でも一目置かれる存在となっているのですわ」

「彼?」

 尋ねると、ルクレツィアは再び正面を指差した。

 再びそちらに視線を送ると、ちょうどグリゴーラスとやらの一団の最後尾がそこを横切ろうとしているところだった。

 その、一番後ろ。

 魔と戦う部隊だけあって、その集団はほとんどが体格の良い男(中には女性も含まれていたようだが)が占めているのだが、その最後尾にいる男性はかなり小柄だった。遠目には女性に間違われても仕方のない、160センチあるかないか。

 男性――いや、あるいは少年なのであろうか。

「ヴェスタ様はセオフィラス様のことを御存知ですか?」

「セオフィラス? いや、知らぬが……ミュウ、知っているか?」

 するとミュウは少しだけ考えてから、

「いえ。私の知識の中にはありません」

「そうでしたか」

 ルクレツィアはちょっとだけ意外そうな顔をして、思案するかのように視線を泳がせると、やがてルーンのほうを見て、

「ルーンさんは知ってますわよね?」

「……ああ、そりゃあな」

 ルクレツィアは満足そうにうなずいて、

「このように、ルーンさんですら知っておられるほどの御方です」

「おい。やっぱりなんか引っかかるな、その言い方」

 ルーンがルクレツィアに食って掛かろうとしたが、ルクレツィアはまったく取り合わずに話を進めた。

「わかりやすく申しますと、セオフィラス様は大陸最強のデビルバスターなのですわ」

「大陸最強のデビルバスターだと!?」

 その言葉に俺は思いっきり驚いた。

 それもそのはず。デビルバスターというのは普通の人間が手も足も出ない“魔”を退治する者たちのこと。当然、その称号を持つだけでもすごいことだし、それは人間離れした強さの証明ともなる。

 そんなデビルバスターたちの中で、最強。

 それはつまり、この大陸で最強の人間、ということでもあるのだ。

 ルクレツィアは頷いて、

「まあ、実際には、大陸最強を噂されるデビルバスターは複数おりますので、最強と呼ばれるデビルバスターの中の1人、ということになりますわね」

「それでも十分すごい人物ではないか! ……こ、こうしちゃおれん! ミュウ! 何か書くものを持ってないか!?」

「先ほど買ったリンゴの紙袋でしたら」

「そ、それで良い!」

 ルクレツィアが怪訝そうに眉をひそめて、

「ヴェスタ様? なにをなさるおつもりですの?」

 俺は答える。

「決まっておる! そのセオフィラス殿にサインをもらってくるのだ! こんな機会、そうそうあることではないからな!」

「え?」

 ルクレツィアが呆気に取られた顔をする。

 実は何を隠そう、デビルバスターという職業は俺の憧れである。俺の、というよりは、世の男たちすべての憧れといっても過言ではないだろう。そのデビルバスターのトップを占める人物に出会える機会など、今後2度とないかもしれぬ。

「御主人様。お待ちください」

 走り出そうとした俺に、ミュウの制止の声。

 ルクレツィアがそれに続いた。

「そうですわ、ヴェスタ様。いくらなんでも――」

 ミュウが言った。

「ペンもお持ちになられたほうがよろしいかと思います」

「む! そ、そうか! 興奮のあまりうっかりしてしまった!」

 さすがミュウは気の利く娘である。

 と。

「……そうじゃないだろ」

 呆気に取られていたルクレツィアに代わって、ルーンが呆れ顔をしながら俺の前に立ちはだかった。

「お前、少しは自分の立場を考えろよな」

「む? なんのことだ?」

 ルーンは軽く両手を広げてみせて、

「なんのこと、じゃないだろ。連中は魔を狩るデビルバスター部隊。一方、お前はアホだが、アホほど強い力を持ったアホな人魔だ」

「……その“アホ”は3回も言う必要があったのか?」

 俺の抗議の声は完全にスルーされた。

「お前の正体がばれりゃサインどころ引導を渡されかねないぜ。……ま、こっちに被害が及ばないなら、私は別にそれでも構わないけどよ」

「む……」

 そうか。

 よくよく考えると、俺は“人魔”らしいのだった。興奮して力を出しすぎると元の姿に戻ってしまうこともある。

 ルーンの言うことはもっともであった。

「私もルーンさんの御意見に賛成ですわ、ヴェスタ様。……というより」

 ルクレツィアは少し興味深そうな微笑を浮かべて、

「ヴェスタ様方がそういったことに無頓着であったことに驚きを禁じえませんわ。旅の道中にはそこかしこで“検査”があったでしょうに。どのようにしてそれらを潜り抜けられたのです?」

「検査? ああ……」

 大きな町の入り口や各地の検問では確かに、そこを通ろうとする人物が、人間に変化した“魔”でないかどうかを確認するための検査があった。

 もちろん俺も何度か受けたことはあったが――

「そういえばあまり気にしたことがなかったな。というより、先ほどルーンに言われるまで、自分が魔であることをうっかり忘れていたぞ」

「……」

 ルーンが呆れてため息を吐く。

 が、俺の言葉を聞いたルクレツィアの瞳はさらに興味の色を深めた。

 声が真剣みを帯びる。

「……魔が人に変化するには3種類の方法があると聞きます。1つめは自らの魔力で変化する方法。2つめは特殊な儀式によって変化する方法。そして3つめは“朧”と呼ばれる特殊なアイテムを使って変化する方法。このうち、通常の簡易検査で見つけられるのは1番目の方法だけ、と言われてますわ」

「ふむふむ」

 興味深い話なので俺は黙って聞くことにした。

 どうやら彼女はそういった方面の知識も豊富であるらしい。

 ルクレツィアは続ける。

「2番目の方法については、別の手段による入念な検査でほぼ発見できますが、特殊な器具と時間が必要となるので通常の検問では実施が困難といわれています。そして3番目の方法については事実上、人間の手による発見は不可能とされます」

「ふむ。俺は簡易検査しか受けたことがない。つまり2番目か3番目の方法によって変化しているということになるのかな?」

「それはありえませんわ。だから興味深いのです」

「む? というと?」

 気付くと、ルーンもその辺の話はそれほど詳しくなかったのか、興味深そうにルクレツィアの話を聞いている。

「2番目と3番目の方法については魔の側に制約があるのですわ。2番目の方法はあらかじめ効果時間が定められていて自らの意思で解除することができず、変化中は魔としての力を一切振るうことができません。3番目の方法は人間の協力が必要で、かつ、効果は半永久。変化している間は大幅に魔力が制限されます。効果が切れるのは協力者である人間が死んだときか、魔の側が強引に誓約を解除したときですが、これは呪いの一種で、後者の方法を用いた場合、その魔は確実に命を落とすと聞き及びます。……いずれにせよ、どちらもヴェスタ様の現状を見る限り、ありえないことですわ」

「ふむぅ。いや、感心した。ルクレツィア。貴女は本当に博識なのだな」

 俺がそう言うと、ルクレツィアは微笑んで、

「この程度の好奇心がないと、末妹の公女などという退屈な仕事は務まりませんわ」

 けろっとそう答えた。

 彼女にとって元いたあの場所はよほど退屈だったのだろう。

「……んで?」

 と、黙って話を聞いていたルーンが口を挟んでくる。

「結局、こいつはどうやって人間の姿を保ってるんだ? 今の話を聞く限りじゃ、どれにも当てはまらない気がするけどな」

 ルクレツィアは頷いた。

「ルーンさんのおっしゃるとおりですわ。ですからそれ以上のことはヴェスタ様御本人しか御存じないはずなのですが……」

「さっぱりわからん」

「……でしょうね」

 ルクレツィアとルーンの両方に、同時にため息をつかれてしまった。

 しかし。

 確かに興味深いことではある。

 記憶を失っているとはいえ、ミュウの話によると俺が魔であることに間違いはない。実際、俺は魔としての力を振るうこともできるし、魔としての姿が顕現してしまうこともある。

(……待てよ)

 そう。

 ミュウだ。

 ミュウならば何か知っているのではないだろうか。

 ……と。

 どうやらルーンとルクレツィアも同じ考えに至ったようで、

「ということで、ミュウちゃん。貴女は何か知らないのかしら?」

「はい?」

 ずいぶん静かだと思っていたが、ミュウは道端に屈みこんで小さな野良犬の頭を撫でているところだった。

 途中から話を聞いていなかったらしい。

 ……いや、ちょっと待て。

「ミュウ。お前、何をしておるのだ?」

 そう問いかけると、ミュウは子犬の頭を撫でながら俺の顔を見上げて、

「はい。この子がお腹が空いているとのことでしたので先ほど食べたリンゴの芯に残っていた欠片を与えていました。……もしかしていけないことでしたか? 申し訳ありません」

 ミュウが立ち上がろうとしたので、俺は慌てて制止して、

「ああ、いやいや、そうではない。むしろ気が済むまでリンゴを与えてやってくれ」

「?」

 不思議そうな顔のミュウ。

 それでも俺の言葉に納得したのか、再び野良犬の元に屈みこむ。

「……どうなさったのですか、ヴェスタ様」

「ああ、いや。すまん、ルクレツィア。ミュウに聞くのは少し待ってやってくれんか」

「?」

 ルクレツィアは怪訝そうなままだったが、ルーンは俺の想いを察してくれているらしく何も言わなかった。

 ……そう。こうして動物と戯れるミュウの姿は非常にレアな光景だ。

 動物と触れ合うことは、情緒の形成に非常に効果的だと聞く。ミュウが誰に言われるわけでもなく、道端の野良犬に興味を示したことは、おそらく喜ぶべきことだ。

(成長、しているのだな……)

 その光景に、俺は少し心の中が暖かくなるのを感じながら、子犬と戯れるミュウの姿をしばし眺めていた。




「セオフィラス様。町に現れる山賊はどうやら山の中腹辺りに陣取っているようです」

 町の集会場を貸し切り、そこを仮設の陣としたグリゴーラスの隊員16名。

 このうちデビルバスターの称号を持つのはグリゴーラス総隊長のセオフィラスと、このメンバー中唯一の女性である副官エルダの2人である。

 もともとグリゴーラスに所属するデビルバスターは全部で9名と、領主が抱えるデビルバスター部隊としては少々心もとない。優秀なデビルバスターの多くが隣国の帝都ヴォルテストに流れてしまうという事情もあるのだが……それはさておき。

 それでもグリゴーラスが他のデビルバスター部隊に引けを取らない功績を挙げているのは、間違いなく総隊長であるセオフィラスが、デビルバスター数人分、あるいは十数人分という獅子奮迅の活躍を見せているからであった。

「セオフィラス様」

 報告を受け、副官のエルダがセオフィラスに声をかける。

「例の森に残っていた痕跡と、数日前の天空の光。その山賊とやらと関係があるのでしょうか?」

「あるかもしれんし、ないかもしれん」

 セオフィラスは手元の資料を見つめたまま素っ気無くそう言った。

「ただ可能性はある。我らが動くにはそれだけで十分だ。何しろ――」

 そこでセオフィラスは初めて、エルダの顔を一瞥した。

「聞こえてきた噂話、残っていた痕跡、その他諸々を重ねて推測すれば、例の魔は我々が見たことも無いような大物だ。その目的が何であれ、このヒンゲンドルフ領に足を踏み入れたからには見過ごすわけにはいかん。必ず探し出して息の根を止める」

「……ビルア領の公女が人質に取られている可能性もあると聞きますが」

「それこそ」

 セオフィラスは不機嫌そうに鼻を鳴らして、

「ビルアと犬猿の仲である我々には関係のないことだ。公女とてそのような形で利用され、屈辱的な扱いを受けるぐらいならいっそ死なせて欲しいと願っているさ」

「わかりました。セオフィラス様がそういうお考えなのであれば、我々はその魔を滅ぼすことに全力を尽くします」

「頼りにしているぞ、エルダ。今回の敵、あるいは私1人だけの手には負えないかもしれん」

 セオフィラスは再び資料に視線を落とし、彼女の顔を見ずにそう言ったが、エルダはその言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、姿勢を正して敬礼をしたのだった。

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