その4「花嫁浚いの大量殺戮者(ジェノサイダー)」
結局のところ、物語の登場人物は4人ということになる。
新婦――もっとも可憐な末の姫、ルクレツィア。
新郎――多くの姫たちから慕われている好青年、ヴィルヘルム。
新郎に想いを寄せ、ルクレツィアの命を狙っている彼女の姉その1。
逆に新郎が本当の想いを寄せているという姉その2。
そして先日の新郎の告白によると、どうやら彼は未だに“姉その2”への想いを断ち切れずにいて、今回の婚姻は不本意であるとのこと。かつ、ルクレツィアのほうも本来は望んでいない結婚だというのなら、この婚姻はいったい誰のために設定されたものだというのか。
いずれにしても、可憐な姫と好青年の幸せな結婚、という理想の構図はどうやら崩れ去ってしまったようである。
さて、これから一体どうしたものか――
~花嫁浚いの大量殺戮者
「そうだ。花嫁をさらってしまおうって――んなわけあるかっ!!」
「御主人様?」
「なんだよ、ヴェスタ。突然デカい声出して」
「あ、いや――」
ふと我に返るとミュウが不思議そうな顔で、そしてルーンは不審者を見るような冷たい目でそれぞれにこちらを見つめていた。
「すまん。なにか今とてつもなく不吉なタイトルコールが聞こえたような気がしてな」
「タイトルコール?」
おお、ルーンよ。
そんな不審者を見るような目で俺を見ないでおくれ。
「まあ冗談はさておき……どうしたものかな。ルクレツィアの真意を確かめるとは言っても、結婚したくもないのに結婚するのか――などと面と向かって聞けるはずもない」
「真意がどうあれ、当たり前だと返されて終わりだろうな」
ルーンは相変わらずナイフを手先で弄んでいる。
どうやらこの仕草は単に手持ち無沙汰という理由でもなく、常に手に馴染ませておくことが目的らしい。
物騒な話である。
「でもま。そんなもん、別に聞かなくてもいいんじゃないか」
「? どういう意味だ?」
意味がわからず問いかけると、ルーンはあっさりとした口調で、
「私たちの目的――頼まれたのは、あの姫さんを狙ってるヤツをあぶり出して捕まえることだ。だったらあの姫さんに結婚する気があろうがなかろうが、どうでもいいことじゃないか」
俺は眉をひそめて反論する。
「どうでもよくはないだろう。ヴィルヘルム公もルクレツィアも望んでいない結婚なら、事情を聞いてやめさせなければならん」
「あのなぁ……」
ルーンはわざとらしいくらい大げさにため息を吐いた。
「そこまで首を突っ込んで私たちに一体何の得があるんだ? それを確かめればあの色男が金を出してくれるってのか?」
「お前は、また金、金、金と……。良いか、ルーンよ。世の中には金で買えないものがたくさんあるのだぞ」
「金がなきゃ買えない食料の問題を先になんとかしてくれ」
「うぐ……」
痛いところを突いてくる。
ルーンは何も言えない俺を小馬鹿にした視線で一瞥すると、
「そもそもここの連中と、金以外にどんなつながりがあるってんだ」
くるくる、くるくるとナイフを手の中で回しながらそう言い放った。
「むぅ……」
なんという冷たい物言いだろう。というか、曲がりなりにも修道士の格好をしておきながらその態度はどうかと思う。
言い返す言葉がなかなか見つからなかったところへ、ミュウが不思議そうな顔をして口を挟んできた。
「御主人様。つまり“ケッコン”とはどのような契約なのですか?」
「む?」
ミュウはほんの微かに首をかしげながら言った。
「多くの文献には互いに望んで交わす契りだと記述してありますが、現在の状況はそれとは矛盾しているように思えます。また、一部の文献にはそれを否定するかのような記述もあって、私にはよく理解できません」
「ふむ、そうだなぁ……」
もちろん俺とて世の中には当人同士が望まない結婚が存在していることは知っている。今回の件にそういった類の匂いが漂ってきたことも事実だ。
しかし俺は敢えて答えた。
「ミュウよ。……確かに、場合によっては別の様々な思惑が絡むこともある。が、しかし。結婚とはそれでも、最終的に双方がさらに幸せになるために結ぶ、この世でもっとも尊い契約の1つなのだ」
「……」
ルーンは何か言いたそうだったが、チラッとこっちの顔を窺っただけで結局口を開かなかった。
「もっとも尊い契約……」
ミュウは呟き、何事か考え。
やがて俺の顔を真っ直ぐ見上げて言った。
「私にとってもっとも尊い契約は御主人様との契約です。では、私と御主人様の契約も“ケッコン”なのですか?」
「む?」
それは違うと思ったが、ここで否定すると余計に混乱してしまうかもしれない。
俺はそう思って、
「まったく同じというわけではないが、似たようなものかもしれんな」
「そうですか」
納得したのか、ミュウは満足そうに頷いた。
「……」
「ん? どうした?」
ルーンが、今度は非難の色の混じった視線をこちらに向けていた。
が、やはりそれについても特に何も言わず、
「……とりあえず。この件については私のほうから姫さんに探りを入れてみるよ」
意外な申し出だった。
「気が進まないのではなかったのか?」
ルーンは諦めたようなため息を吐いて、
「どうせいくら言ったって無駄なんだろ。だったら論議するだけ時間の無駄だからな」
と、言った。
なんとも可愛げのない物言いだが、まあ余計な言葉を返して話をこじらせる必要もあるまい。
「それに、お前に任せたりしたら余計に話がこじれそうだしな」
……本当に可愛げがない。
と。
ルーンが部屋の外に出ようと、ドアノブに手をかけたときだった。
コン、コン。
「はい?」
ノックの音に返事をすると、綺麗な模様の刻まれたドアの向こうから、可憐な、そう、何度聞いてもやはり可憐としか表現しようのない姫の声が聞こえた。
「ヴェスタ様。ルクレツィアです」
「ルクレツィア?」
なんというタイミングであろうか。
「? なにか御座いましたの?」
ドアを開けて顔を覗かせたルクレツィアは、一同の視線を一斉に集め、不思議そうに首をかしげていた。
俺たちは結局、ルクレツィアに直接事情を聞くことになった。
両手を膝の上で重ねたまま話を聞いていたルクレツィアは、その内容に特に動揺した様子を見せることもなく、何度か小さく頷いて、そして最後に、
「そういうことでしたら答えは簡単ですわ」
と、言った。
「いえ、むしろ今まで黙っていたことをお詫びさせてください。ヴェスタ様。これからお話しさせていただくことは――一部はルーン様にのみ、先にお話しさせていただいたことでもありますが――」
と、ルクレツィアは物憂げな表情を見せた。
「ヴェスタ様。私は貴方様を信じております」
「む……」
可憐な姫のそんな表情は、俺の中にある琴線的なものに触れまくった。
何かを抱えている姫。
その“何か”を解決できるのは世界にたった一人。
そう。
この俺しかいないという構図。
俺は胸を張って答えた。
「心配は御無用だ。困っている貴女を救うことこそが俺の喜び。貴女の悩みを解決できるのであれば、たとえこの身が炎に焼かれようとも悔いはない」
「ヴェスタ様……」
ルクレツィアの潤んだ瞳がキラキラと光る。
「……勝手にしろよ、もう」
そんな俺たちのやり取りに、視界の端っこにいたルーンは何故か諦め顔だった。
ルクレツィアはそんなルーンをチラッと見て、
「この先お話しすることは決して、この場にいる以外の誰であっても決して口外なさらないでください」
と、言った。
それに合わせるように、18時を知らせる鐘の音が鳴り響く。
そしてルクレツィアはとつとつと語り始めた。
「ヴィルヘルム様との御縁は、そう……最初はただ、怪我をした姉の心を動かすための芝居でした」
「姉? 姉というのは、貴女の命を狙っている者のことではなく……?」
「はい。ヴィルヘルム様が愛しておられた――怪我の跡を気にしてヴィルヘルム様のことを諦めてしまわれた姉のことです。私は、その姉のことを一番慕っておりましたので、どうにか、ヴィルヘルム様と上手くいって欲しいと考えておりました」
「つまり、貴女がヴィルヘルム公と婚約したといえば、その姉が考えを変えるのではないか、と?」
「はい。そう――でした」
そう言って目を伏せるルクレツィアは相変わらず儚げで、その表情は悲しみに満ち溢れていた。
「ですが、最初は芝居のつもりが……ヴィルヘルム様と長く一緒にいることで、私は――」
「本当にヴィルヘルム公を愛するようになってしまった、と」
俺がその先を続けると、躊躇しながらもルクレツィアはしっかりと頷いた。
……なるほど。そういうことであれば婚約の話が突然だったことも、ヴィルヘルム公が勘違いしてしまったことも頷ける話ではある。
「姉も私とヴィルヘルム様のことを祝福してくれました。私は姉に申し訳ないと思いながらも――本当にヴィルヘルム様を夫として生涯を生きようと決心したのです。ヴィルヘルム様が姉のことをお忘れになられていないのは承知の上、覚悟の上でした」
「ふむ」
「ただ1つの気がかりは――」
「その姉の怪我の原因を作り、そして今、貴女の命を狙っているもう1人の姉、ということか。しかし問題はそれが誰なのか……」
「いいえ」
ルクレツィアははっきりと口調で言った。
「実を言うと、犯人はわかっているのです」
「え?」
「なにぃ?」
そこで初めてルーンが発言した。
ルクレツィアはルーンのほうをチラッと見て、
「ルーン様には、この屋敷の中にいる2人の姉のどちらかが犯人だとお話しさせていただきました」
この屋敷の2人。
カディーナとフローラのことである。
「ですが、本当はわかっております。……犯人は上の姉。カディーナです」
「なんと……」
俺は思わず言葉を失ってしまった。
太陽をイメージさせる気の強そうな上の姉、カディーナ。激しい気性の持ち主のようだったが、逆にそのような陰湿なことを企む女性には見えなかったのである。
「し、しかし――」
問いかけようとした俺の言葉に、ルーンの声が重なった。
「ちょっと待てよ。そいつはどうしてわかったんだ?」
ルクレツィアは淀みなく答える。
「そもそもフローラ姉様は私の一番の理解者であり、協力者なのです。私が命を狙われていることもずっと前から御存知でした。そしてあのパレードの後、私が失踪している間、フローラ姉様はずっとカディーナ姉様の行動を監視してくださいました。――そしてはっきりとおさえたのです。カディーナ姉様が、密かに雇った闇の者たちに、私を探し出し、暗殺するようにと依頼した、その場面を」
ルーンは詰問するような口調で、
「……あんた、あのパレードの騒ぎを起こしたのは自分だと言ったな」
「なに?」
それは俺にとっては初耳だった。
ルクレツィアを見ると、目を伏せたまま申し訳なさそうな顔をしている。
ルーンはそんな俺には構わずに続けた。
「それはつまり、そのための――つまり悪い姉貴の尻尾を捕まえるための演出だった、ってことか?」
「おっしゃるとおりです。ですから私も――運よく皆様に出会えたあのときは、まだ犯人が誰なのかわかっておりませんでした」
「……それはいいとしても」
ルーンはいまいち信用できていない様子だった。
「どうしてすぐに言わなかった? あの2人の“どちらか”が犯人だなんて、なんでそんな嘘をつく必要があったんだ?」
「それは――」
初めて言いよどむルクレツィア。
俺にはなんとなくルクレツィアの気持ちがわかるような気がした。
ルクレツィアは答えた。
「私も――整理がつかなかったのです。私は別に姉を糾弾したいわけではありません。ただ、馬鹿な行いをやめさせたいだけなのです」
声が微かに震えた。
「そのためにどうすればいいのか、その手段が思いつかない中で、真相をお話しする勇気がありませんでした。その点については――本当に申し訳なく思っております」
「……」
ルーンはそれでもまだ彼女を信用しきっていないように見えた。それはたぶん、彼が最初から抱いているらしい悪い方向の先入観が邪魔をしているのだろう。
「ルーンよ、もうよかろう」
まだ何か言いたそうなルーンを制し、俺は今にも泣き出してしまいそうなルクレツィアにそっと声をかけた。
「姫よ。本題に入ろうではないか。……そのことを我々に話したということは、カディーナ嬢の凶行をやめさせる方法を思いついたのであろう?」
「……はい」
震える声で、しかしはっきりとそう口に出してルクレツィアは顔を上げた。
「カディーナ姉様は、ヴィルヘルム様が本当は自分を愛していると頑なに信じ込んでおられます。ですから――それが大きな間違いであると、目の前ではっきりと証明することができれば、姉上の目を覚まさせることができるのではないか、と」
「なるほど」
本来であればヴィルヘルム公自らが直接本人に言えば済むことなのかもしれない。が、主筋の姫に向かってそのようなことを言わせるのは難しいのであろう。
ましてヴィルヘルム公はおそらく今回の騒動の中身をまったく知らないのであり、知らせたくもないのであろうから。
「して、その方法は?」
「それは――」
ルクレツィアは躊躇い、そして長いまつげを微かに震わせて俺の顔を見た。
その視線に俺はすぐ彼女の言いたいことに気づいた。
「心配する必要はない。さっきも言ったとおり、俺は貴女を助けるためにここにいるのだ。どんな無茶な要求であろうと遠慮する必要はない」
俺の言葉に。
ルクレツィアはついに決意したようだった。
「それは――」
翌日。
婚礼の儀を明日に控え、この日はリハーサルが催される。
リハーサルといってもその内容は予行練習ではなく、一般市民を招待して催される一種の本番、いわば前日祭のようなものらしかった。
この日、新郎と新婦の身内はほとんど参加しない。参加しているのは数日前からこの町に滞在しているルクレツィアの2人の姉、カディーナとフローラだけで、その他の親族は明日の本番を前に今日の夜にこの町にやってくるらしい。
会場に集まった市民は約100人。一般、とはいっても当然素性のしっかりしたいわゆる上流家庭以上の市民で、会場の中には多数の警備兵も配置されている。
それ以外はほとんど本番と同じ流れを踏む。
その前日祭。
俺はいわば司会役である。
「あなたは、その健やかなるときも、病めるときも――」
この2日の間で必死になって覚えた呪文を口にする。俺にとって幸いだったのは、このビルア領における結婚式の流儀が、俺の知っているものと大差なかったということだ。
単純にいえば神の前で誓いを立てるだけ。それ以外のことはだいたいの流れさえわかっていればあとはアドリブでどうにかなるものである。
会場はしん、と静まり返っている。
100組の瞳は森厳なる儀式をただ黙って見つめていた。
その中にはカディーナとフローラの視線もある。
その視線を集める2人――
ヴィルヘルムとルクレツィア。
その2人が並んでいる姿を見ると、なるほど、町中の人々が熱狂するのもよくわかる。絵に描いたような美男美女、おとぎ話の王子様とお姫様。
世界が違いすぎて羨むことすら忘れてしまうのではないか。
装飾の施された天窓が風にガタガタと揺れた。
今日はあいにくの曇り空。
「これを愛し、これを敬い――」
ヴィルヘルムは何を思っているのか目を閉じ、どこかに思いを馳せているように見えた。
ルクレツィアはそんな彼を意識している。
――これからこの2人はどうなるのであろうか。
たとえ今日のこの日が上手く通り過ぎていったとしても、2人の間にはいくつかの課題が残ることになるだろう。だが、これだけ大勢の人に祝福され、幾人かの愛情溢れる親族に見守られた2人であれば、きっと上手くいくに違いない。
俺はそう信じる。
そうでなければならないと思う。
「その命のある限り、真心を尽くすことを――」
その瞬間を向かえようとした会場はより一層静まり返る。
俺は言葉を止めた。
会場に、ミュウとルーンの姿はない。
なくて当然である。
何故なら、
「――誓いますか?」
俺たちは今日、この儀式を“襲撃”する手はずになっているのだ。
俺は言葉と同時に天窓を見上げる。
それが合図だった。
ガシャァァァァァン!!!
「!?」
天窓が割れて、荘厳なる空気は一転、混乱の渦へと変貌した。
舞い降りた、白い衣に表情のない仮面の少女。
降り注ぐ幾筋もの光。
そこかしこで破壊音が鳴った。
戸惑いの声。
悲鳴。
怒声。
降りてきた白い衣の少女は破壊の光を四方に放ちながら、ヴィルヘルム公とルクレツィアの間へと降り立つ。
白い衣の少女――もちろんミュウである。
「何者だ!」
動いたのはヴィルヘルム公。
最前列の席に座っていたルクレツィアの姉、カディーナ。
「……」
ミュウは無言のまま仮面の奥の視線を2人へ向ける。
と同時に、天井から一際太い光の束が降り注ぎ、派手な破壊音を立てた。
「!?」
ヴィルヘルム公が怯んだ隙に、ミュウは花嫁――ルクレツィアを抱えて壁際へ飛んだ。
「貴様……魔の者かッ!」
叫ぶヴィルヘルム公。仮面を被っていることに加え、出で立ちが違っているのでその白い衣の少女がミュウだとは気付いていない。
殺気立った警備兵たちが集まってくる。
ざっと20名ほどはいるだろうか。
会場に集まっていた市民は大半が外へと避難したようだ。
ミュウに抱えられたルクレツィアは気絶している。
いや、気絶したフリをしている。
ここまで、すべてがシナリオどおりだった。
……と。
「ルクレツィアを離しなさい!」
明らかに人ならざる正体不明の少女に、誰もが挑みかかるのを躊躇している中。
真っ先に飛び出したのは、カディーナだった。
護衛の兵士から受け取った細身の剣を片手に、毅然とした声で前に出る。
――凛とした、薔薇のような美しさ。
俺は一瞬、自分の役目を忘れそうになってしまった。ベクトルは違えど、さすがはあのルクレツィアの姉、といったところであろうか。
(……この女性が恋に狂って自らの妹を殺そうとするなど、未だに信じがたい)
いや、だからこそ。
その道を正してやることも正義の味方たるこの俺の役目なのであろう。
さあ。
いよいよ主役の登場だ。
「……ふははははははははッ!」
会場に鳴り響く正義の雄叫び。
誰もがその声の正体を求め、視線を辺りに彷徨わせる。
「ははははは! ははははははは――ッ!」
俺は懐に隠し持っていたミュウとお揃いの仮面を身に付け、隠し持っていた黒いマントを颯爽と身にまとい。
「な――ッ!?」
ミュウに気を取られていたカディーナに背後から襲いかかると、剣を持つ彼女の右手首を押さえ、左腕だけで軽く――女性にしてはやや長身の体を抱え上げ、ミュウとは反対の壁際へと飛び退った。
「――大人しくするのだ! 皆のもの!」
「司祭様!?」
驚愕の表情を浮かべるヴィルヘルム公。
「ふはははは! まんまと騙されおったな、愚かものども!」
台本どおりの台詞をヴィルヘルム公へと放つ。正義の味方の台詞としてはどことなく引っかかるものがなくもなかったが、それはとりあえず考えないことにした。
「貴様――!」
カディーナが抵抗する。女性にしては力があるが、さすがに俺の拘束を振りほどけるほどではない。
「大人しくするのだ!」
俺は逆にその手から細身の剣を奪い取り、祭壇の奥へと放った。
警備の兵士たちが動き出す。
俺はそんな彼らを制止するべく、口を開いた。
「大人しくしろと言ったのが……聞こえなかったのかァァァァァッ!!」
天から降り注ぐ闇色の光。
それは俺と兵士たちの間に降り注ぎ、
ドォォォォォォン!!
と、ミュウのときよりも大きな破壊音を立てた。
悲鳴。
爆風が辺りを支配する。
床材が弾け飛び、土ぼこりが舞った。
(……やりすぎたか?)
少し不安になったが、どうやら兵士たちは全員無事のようだ。
しかもうまいことに、
「――」
誰もが俺の力に驚いて、容易には動き出せなくなっている。
こうして、場の主導権は完全に俺の手の中に落ちた。
「ふふふふふ……さて」
俺は未だ抵抗しようとするカディーナの体をしっかりと拘束し、怯んだ兵士たちを無視して、ヴィルヘルム公へと向き直る。
目配せすると、反対の壁際にいるミュウも俺と同じように、気絶した(フリをしている)ルクレツィアをヴィルヘルム公へ見せ付けた。
舞台は整った。
「司祭様――いや」
ヴィルヘルム公は大きく頭を振って俺を睨み付けた。
「お前たちは一体――」
「我々は国際的な犯罪集団的な秘密結社の者だ!」
我ながら何を言っているのかわからなかったが、まあなんでもいいのだ。
「そして我々の目的は、この美しい姫をいただいていくことだ!」
一瞬、周りの者たちが呆気に取られたような顔をする。
ちょっと唐突すぎたかと思ったが、現実にこういう状況になっている以上、この場にいる者たちは俺の言葉を信じざるを得ないであろう。
案の定、ヴィルヘルム公は怒りの言葉を口にした。
「なにを馬鹿な! そんなことができるとでも――!」
それに合わせ、金縛り状態になっていた兵士たちが再び動き出す。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
そのうちの1人――まだ10代だろうか、若い兵士が先陣を切った。その手の槍が俺の体を目掛けて伸びてくる。
が。
その槍が俺の体に届く前に、一条の光が俺と若い兵士の間を横切った。
「な――!?」
驚いた兵士が足を止め、その場に尻餅をつく。
手にしていた槍は、取っ手の先がまるで蒸発したかのように無くなっていた。
「御主人様に危害を為すことは許しません」
ミュウが相変わらず抑揚のない口調でそう言って、右の手のひらを天に向ける。
辺りに満ちる眩い光。
放射状に飛び散った光の束が、壁と天井をまるで紙細工のように切り裂いた。
天井と壁の一部が派手な音を立てて崩れ落ちる。
「……」
ヴィルヘルム公はポカンとした顔をしている。
俺の腕の中で抵抗を続けていたカディーナもまた、暴れることを忘れたかのように呆然としていた。
警備兵たちも、また。
場の者は今度こそ完全に戦意を喪失したようだ。
「……さて」
ちょっとやりすぎたかもしれない。というか、正義のためとはいえ、神聖な場所をこんなに破壊してしまって、天罰的なものとかそういうのは大丈夫なのだろうか。宗教的なものはあまり詳しくないのだが。
「では本題に入ろうか。ヴィルヘルム公よ」
これ以上やるといよいよ怪我人が出てしまうかもしれない。
この騒ぎを聞きつけ、たくさんの兵士たちが集まってきても厄介だ。
俺は口早に話を先に進めた。
「先ほども言ったように我々の目的は姫をいただいていくことだ。が、2人もさらっていくのではさすがに申し訳ない」
「……?」
ヴィルヘルム公がまた怪訝そうな顔をした。
「そこで、そなたに選ばせてやろう」
「……どういう意味だ?」
「ふふふ……言葉どおり、選べということだ。このカディーナと、そちらのルクレツィアの、どちらかをな!」
バァァァァン!
という擬音がその場に鳴り響いた、かどうかはわからないが、
「な……なにを馬鹿なッ!?」
ヴィルヘルム公は予想通りの驚愕を見せた。
動けない兵士たちの間にもざわめきが走る。
そして、
「……何の冗談だ、貴様!」
一番大きな反応を見せたのは腕の中のカディーナだった。俺のほうからその表情を伺うことはできなかったが、怒りのためか首筋まで真っ赤になっている。
「ふはは、冗談などではないわ! ビルア領一の色男には相応しい余興ではないか! ふはははははは!!」
ちょっとノってきた。たまにはこういう役回りも新鮮で良いかもしれん。
というわけで。
……まあいまさら種明かしをする必要もないとは思うが、こうすることでカディーナ嬢に現実を突きつけ、ヴィルヘルム公のことを諦めさせる、というルクレツィアの作戦なのである。もちろん俺はどちらの姫もさらっていくつもりなどはなく。適当な理由をつけてカディーナも開放する手筈だ。
とはいえ。
人の良いヴィルヘルム公のことだ。いくら花嫁を守るためとはいえ、もう片方のカディーナを見捨ててしまうようなことを軽々と口にはできまい。
そこで俺は彼に逃げ道を提示することにする。
「1分だけ時間をやろうではないか、ヴィルヘルム公よ。それを過ぎればどちらの姫も命はないものと思うのだな」
「!」
俺の言葉に合わせて、ミュウが再び力を放つ。
光の筋は誰もいない場所に飛んで椅子や調度品を破壊しただけだったが、俺の言葉に重みを加える効果は十分だ。
その迫力に、辺りの者は皆一様に静まり返る。
……なんというか、俺たちはもう役者でも食べていけるのではなかろうか。
(本気で考えてみても良いかもしれんな)
ルックス的にはまったく問題ないのだし。
(……しかし)
ヴィルヘルム公の返事を待つ間、ふと我に返って辺りを見渡すと、ものすごい惨状だった。
建物はもう本来の姿を思い出せないほど破壊されつくしている。
兵士たちは金縛りにあったようになっているが、俺へと向けられる殺気は肌に突き刺さるかのようだ。
ヴィルヘルム公は苦渋の表情を浮かべながらも、憎しみを込めた目で俺を睨んでいる。
カディーナ嬢もまた。
……ルクレツィアは“すべて終わったら自分がその場を治めるから大丈夫”などと言っていたが、本当にこの状況を治められるのだろうか。
(……そういえば)
ふと気付く。
もう1人の姉、フローラの姿が見えない。
儀式の最中は確かカディーナの隣にいたと思ったが、外に避難したのだろうか。
なんとも、まあ。
ここまでほぼ予定どおりに進んでいるというのに、どことなく釈然としない、奇妙な気分だった。
そうして、俺が“1分待つ”宣言をしてから30秒ほどが経った頃だろうか。
静まり返った場を動かしたのは、凛とした女性の声だった。
「――情けない! 何を迷っておられるのですか!」
半壊した建物の外にまで響き渡りそうな声。
叫んだのは、俺の腕の中にいるカディーナだった。
「ヴィルヘルム様! 貴方はルクレツィアの夫となられる御方! 何故悩む必要があるのですッ!」
「……?」
意外な発言だった。
彼女はてっきり、ヴィルヘルム公が自分を選ぶ(と勘違いして)のをただ待っているだけだと思っていたのだが。
カディーナの言葉に、ヴィルヘルム公が眉をしかめる。
「し、しかしカディーナ、私は――」
「命のある限り、愛し、尽くすことを誓ったのならば、迷わずにそれを貫き通すべきでしょう!!」
「わ……私は――」
よろめいて、ヴィルヘルム公が背後のミュウ――ルクレツィアを振り返る。
……どうなっているのだろう。
ルクレツィアから聞いた限りでは、カディーナはヴィルヘルム公が自分を愛していると勘違いしていて、ヴィルヘルム公はそんなカディーナを、口には出さないものの迷惑に感じているはずなのだが。
これではまるで――
いや。
これもカディーナ嬢の、同情を誘うための演技なのだろうか。……俺が見た限り、彼女はそんな性格をしているようには思えないのだが、人は見た目によらないと先人も言っていることだし――
(うぅむ……)
ルーンに意見を求めたいところだったが、残念ながら彼はそばにいない。
そして長い時間……と言っても実際には十数秒程度だろうか。
ヴィルヘルム公が決意の表情を浮かべた。
ついにくる。
俺は次のセリフを用意して、彼の決断の言葉を待った。
そして。
ヴィルヘルム公は言った。
「私は――私はまだ、ルクレツィアに永遠の愛を誓ってはいないッ!」
声を振り絞るようにして叫んだ。
「卑劣な賊めッ! カディーナを……私のカディーナを離せぇぇ――ッ!」
「……え」
あれ?
「!」
あまりにも予想外の展開に放心したのがまずかった。
カディーナが俺の腕を振り解き、振り上げた足が無防備な俺の急所に直撃する。
「ぐぇっ!!」
痛みはそれほどでもなかったが、反射的に前屈みになってしまった。
「カディーナ!」
「ヴィルヘルム様! ルクレツィアを!!」
カディーナが、祭壇の陰にあった剣を拾い上げヴィルヘルム公のもとへ駆け寄る。
ピンと張っていた空気が途切れ、兵士たちも一斉に動いた。
ルクレツィアを拘束するミュウを取り押さえようと。
その瞬間。
「……やめてください!!」
悲鳴のような叫びに、その場は再び固まった。
「やめて……ください……」
震える、か細い声。
見ると、いつの間にか目を覚ました――というより気絶した演技を止めた――ルクレツィアが、泣きそうな顔でヴィルヘルム公とカディーナを見つめている。
その首筋には銀色に光る刃物が押し当てられていた。
「……ミュウ?」
刃物を押し当てているのはミュウである。
当たり前のことだが、事前に打ち合わせておいたシナリオには無い行動だった。
「うごくといのちはありません」
ミュウが抑揚のない――まるでロボットみたいな口調でそう言った。
「さがりなさい。さもないと、るくれちあを、ころします」
やはりロボットのような口調のミュウ。
「や、やめて……」
涙を流して震えるルクレツィア。
(ど……どうなっているのだ……?)
舞台の主役(級)だったはずの俺が、いつの間にか完全に蚊帳の外だった。
それでもミュウのその脅しは効果があったようで、ヴィルヘルム公もカディーナも、そして兵士たちも動けない。
ミュウはその体勢のままルクレツィアを伴って俺のそばまでやってきた。
「……」
涙を浮かべたルクレツィアがチラッと俺の顔を見る。
「お、おい、ルクレツィア。……これはいったいどういう――」
「……ミュウちゃん。適当に騒がしくして」
「はい」
小声でそういったルクレツィアの言葉に素直に頷いて、ミュウが再び光を放つ。
破壊音。
ヴィルヘルム公とカディーナに対し、避難を促す兵士の怒声。
その喧騒に隠れるように。震え、涙を浮かべたままのルクレツィアが、その様子とは裏腹にしっかりした口調で小さく言った。
「……ヴェスタ様。どうやら私たちの目論見は失敗してしまったようですわ」
「し、しっぱい?」
ルクレツィアはそっと眉をひそめて、
「はい。私にとっても予想外でしたの。まさかヴィルヘルム様が本当にカディーナ姉様を愛しておられたなんて……」
「……はあ」
何が何だかわからず、というか、どういう反応をして良いものかわからず、俺は感嘆符のみを漏らし、後に続ける言葉もまるで思い浮かばなかった。
「こうなった以上、ヴェスタ様がこのビルア領を無事に脱出するには、もう私を人質にして逃亡するしか道はないものと思います」
「逃亡? ……何故俺が逃亡を?」
さっぱり意味がわからん。
だって俺は、ルクレツィアやヴィルヘルム公の幸せのために一肌脱いだのであって、逃亡するどころか周りから賞賛されるべきことを為したのであって――
「だってヴェスタ様は――」
可憐な姫は、その外見どおりのか細く、儚い声で言った。
「これから花嫁になろうとした一国の姫をかどわかした、極悪人なのですもの……」
「え?」
「……ごくあくにんなのです」
やはりロボットのような口調で、ミュウがルクレツィアの言葉を復唱した。
……ああ、神よ。
俺が一体。
一体何をしたというのだ――
懺悔をする暇も与えられないまま。
こうしてビルア領全土に指名手配された俺たちの、聞くも涙、語るも涙の逃亡劇が始まったのであった。