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記憶喪失の大量殺戮者(ジェノサイダー)  作者: 黒雨みつき
第2話『狙われた大量殺戮者(ジェノサイダー)』
10/32

その3「道化師大量殺戮者(ジェノサイダー)」

 しつこいようだが、俺はかなりのビューティフルガイである。

 もちろん内面もそうなのだが、外面は間違いなく二枚目であるし、なんというかこう……ニヒルな魅力? みたいなものが、体中から滲み出ているわけなのだ。

 毎回毎回、体中の筋肉を酷使するような労働となるとなかなか辛いものもあるし、ここは一つ、このルックスを生かした仕事を探してみようと思った次第である。

 そうして見つけたのが、いわゆる客引きの仕事だ。

 つまりはこの俺のマーベラスなスマイルを持って客の気を引き、どんどん招き入れようとそういうことなのである。

 造作もない。

 

 ……と、そう思って引き受けたのだが。




~道化師 大量殺戮者ジェノサイダー




「納得いかぬぞ」

 俺がそう言うと、“なにがですか?”と返ってくるのがいつものパターンなのだが、残念ながら今、近くにミュウの姿はなかった。

 代わりに、

「あ、ピエロさんだー」

「おお、ボウヤ。明後日からだ。良かったら見に来てくれたまえ」

 言いつつ、手にしたお菓子を渡す。

 そう。

 俺は今、丸い付け鼻を装着し、顔中にはペイント&奇妙な帽子と服を着込み、ピエロの格好をしてサーカスの客引きをしている真っ最中なのであった。

(むぅ。こんな格好では、俺の素顔が全く見えないではないか)

 暑い。とてつもなく暑い。

 それに加えて、

「おら、新入り! ボーっとしてねーで、もっと宣伝しねえかっ!!」

 怒鳴り声が後ろから飛ぶ。

「う、うむ……了解した」

 今更に気付いたのだが、この炎天下の中を延々ビラ配りというのは、下手な肉体労働よりよほどきつい仕事だったりした。

 聞いたところによるとこのサーカスはなかなか有名な一団らしく、テントの規模にしても客席が二階建てだったりかなり大規模なもので、給料もなかなか見所があったりするのだが――

「もっと声出さんかっ! そんなんじゃ野良猫すらも立ち止まってくんねえぞっ!!」

「……」

 一生懸命やっているにも関わらず、これである。

 とにかく厳しいのだ。

 そもそも大声を張り上げたら、野良猫は普通逃げるのではないか? ……なんて屁理屈が通用するはずもなく。

(しんどい……)

 ギラギラ照りつける太陽が、快調に俺の体力を奪っていってくれるのであった。

 

「つっ、疲れたぞ」

 そしてようやく休憩時間。

 ちなみにミュウとルーンはちょっとした内装の手伝いなんかをやらされてるらしいが、テントの中は風通しも良く、意外に涼しいらしかった。

 まあ、客が大量に入れば、そうでもなくなるのかもしれないが。

(ミュウは大丈夫であろうか……)

 俺と離れ離れになることを知ると、僅かに不安そうな表情を覗かせていたが、まあ、ルーンも一緒にいるのだし、おそらくは大丈夫であろう。

「しかし暑い……」

 背中は汗でぐっしょりだ。

 休憩とはいえ、テントの中で休めるわけではなく、脇に積まれてある木材の山に腰掛け、手の平をうちわ代わりにして仰いでいるだけ。

「日射病になってしまうではないか……」

 団員たちはテントの中に入って麦茶を飲んだりしているらしいが、この俺には飲み物が出てくるわけでもなし。

 臨時に雇われただけあって、待遇は最悪であった。

「むぅ……文句を言っても仕方がないが……むぅ」

 ビューティフルなだけではない、鍛え抜かれた肉体を持つこの俺でなくば、とっくに倒れているところであろう。

「そもそもおかしいのだ。ピエロというのは元来、喋ってはいけないものではないのか」

 付け鼻の表面を撫でながらちょっとだけ文句を言ってみる。

「だいたいが、クールでニヒルな俺に適する役ではなかろう」

「ふぅん。じゃあ、どんな役がいいの?」

「ふむ、そうだな。やはり、この天から授かったとも言うべき、ビューティフルフェイスを生かせる役にすべきであろう」

「でも、サーカスは顔じゃなくて芸を見せるところだよ?」

「むぅ……そう考えると難しいところだが……む?」

 言いかけてふと気付いた。

「……ところで、俺は今、誰と喋っておるのだ?」

 周りには誰もいない。

 いるのは、どうやらサーカス団の一員らしい、小柄で細身の少女だけである。

(……小柄で細身の少女?)

 顔を上げた。

 そして、

「……おおぅ!? どこから現れたっ!!?」

「反応遅いよ」

 言って、少女はクスクスと笑った。短く揃えられた髪に、まだ幼さを残す顔立ちと相まって、無邪気で純真そうな印象を受ける。

 だが、

「まさか……気配が全く感じられないとは――」

 ただ者ではない。

「普通に歩いてきたよ」

「普通に、だと!?」

(そういえば、一流の暗殺者は普段から気配を消して暮らしていると聞いたことがあるぞ)

 しかし。この無邪気そうな少女が暗殺者だと言うのであれば、この、善良が服を着て歩いているような俺ですら、詐欺師ぐらいの扱いになってしまってもおかしくないではないか。

 ……自分で言ってて良くわからんが、つまりそういうことだ。

 ちなみに、少女の見た目はミュウと同じぐらいで、おそらく十一歳か十二歳ぐらいであろうか。

「だが、気を付けるのだ。見た目に騙されてはいかん!」

「……誰に話してるの?」

「子供が細かいことを気にするでない」

「?」

 少女は怪訝そうに小さく首をかしげたが、ふと、思い出したように、

「あ、そうそう。はい、これ」

 言って、手にしていたカップを俺の方へと差し出した。

「む?」

「外、暑いだろうと思って」

「おおぅ! 麦茶ではないかっ!!」

 そこには、この俺が渇望して止まない薄茶色の液体がなみなみと注がれていた。

 そんな俺の反応に、

「ごめんね」

 と、少女は両手を合わせて、

「みんな忙しくて。ピエロさんのこと忘れてたわけじゃないんだけど……」

「……いやいや」

 むぐむぐと、麦茶を一気に飲み干して一息つく。

 残念ながらキンキンに冷えているとは言い難かったが、半分脱水症状になりかけていたこともあり、その麦茶は死ぬほどうまかった。

 俺は口元を拭い、飲み終わったカップを少女に返して、

「すまぬ、助かった。君は命の恩人だ」

「あはは、大袈裟だよ」

 少女は少し照れくさそうに笑ったが、

「いやいや。君の親切はいずれ、君自身の幸運となって返って来るに違いないであろう」

 俺は真顔でそう返した。

 情けは人のためならず、という。他人にかけた情けは、必ず自分に戻ってくるのだ。世界はそのようになっているものなのである。

「ふふ、ピエロさん、面白い人だね」

「ピエロさんではないのだが……」

 言って、命の恩人に自己紹介しようとする。

 が、

「ユン! そろそろ番組の打ち合わせをするぞーっ!!」

「あ、はーいっ!」

「む……」

 俺が引き留める間もなく、

「じゃあ――あ、私、高綱をやるの。ピエロさん、良かったら見てね」

「だから、ピエロさんではないと――」

 言い終わる前に、少女はクルッと踵を返し、

「じゃあねっ」

「む……うむ」

 ブンブン、と手を振りながら走り去っていってしまった。

 俺も小さく手を振り返しながら、

(ユン……というのが、あの少女の名前か)

 なかなか良い名である。

 いや、別に麦茶をもらったから、というのではないぞ。

(ところで、高綱というのはなんであろうか)

 こんな仕事をしていて難だが、いまいちサーカスの演目に疎い。

 ただ、言葉の意味を考えるに、

(高綱……高い綱……綱渡り……)

 そこまで考えが達して、ふと思う。

(ふむう。あんな子供が、そのような危険なことをするのだな)

 まあ、サーカスで行われるアクロバットやらというのは、大人より子供がやることの方がかえって多いらしく、特別珍しいことでもないのかもしれない。

(とにかく、見に行ってやらねばな)

 当たり前のことであるが、俺は非常に義理堅い人間なのである。麦茶一杯とはいえ、その恩には報いてやらねばならないと思う次第だ。

(……さて、そろそろ休憩も終わりか)

 立ち上がる前に、

「おら、新入り! いつまでもダラダラ休んでるんじゃねえっ!!」

「う、うむ……」

 またあの地獄の時間が始まるのかと思うと、さすがの俺でもうんざりしてくるのであった。

 

 

 

「ああ、あの子か」

 その日の晩。

 再び宿に戻って昼間の話をすると、ルーンが頷いてそう言った。

 どうやらミュウとルーンの二人も、あのユンとかいう子と話をしたらしい。

「サーカスってのは、孤児とか引き取って芸を仕込むことが多いからな」

「それはともかくとして」

 と、俺はそんなルーンを真顔で見つめて、

「ルーンよ。……その、手の中でナイフをクルクル回すのはやめてもらえんか?」

「……なに言ってんだよ」

 ルーンは細めた目でこっちを見据えると、

「お前みたいな得体の知れないのと一緒にいなきゃなんないんだ。これぐらいの警戒は必要だろ」

 ピタッと俺にナイフの切っ先を向ける。

「むぅ」

 どうやら、彼の信用を得るにはまだまだ時間がかかりそうな雰囲気であった。

 ということで、ひとまず話題を戻すとしよう。

「しかし大変な話だな。小さい頃から、あんな芸を仕込まれなければならんとは」

 腕を組んで言うと、

「……ふん」

 ルーンは再びナイフを手の中で弄びつつ、顔を横に向けて、

「あの子は運がいい方さ。それこそ、餓死したり娼楼に売られたりするよりはな」

「なんと」

 俺は眉をひそめて、

「そういう子供は孤児院などに引き取られるのではないのか」

「……お前、意外とモノを知らないんだな」

 ルーンは呆れ顔でこっちを見て、

「そんなのはほんの一部の、運のいい奴らだけさ。……もっとも」

 それから、少し口元を歪めるような笑みを浮かべると、

「その方が不幸な場合もあるけどな」

「ふーむ?」

 どういう意味かはわからなかったが、ひとまず考えないことにした。突っ込んでも答えが返ってくるとは思えない。

「しかしルーンよ。お前、子供の割にはなかなか物知りなのだな。いや、感心感心」

 感心する。

 まあ、それなりに苦労してきた子供だというのは、外見からも容易に想像できるが。

「あのな……」

 だが、そんな俺の掛け値なしの賞賛に、ルーンは視線をさらに鋭くして、

「私は子供じゃない。勝手に子供扱いしないでくれ」

「ふ」

 俺は前髪を軽く払いながら、

「そうか。ルーンは背伸びしたい年頃なのだな。その気持ちはよーくわかる。わかる……が、十三歳といえばまだまだ子供なのだ。無理して背伸びする必要などないのだぞ」

 などと、ちょっと大人の余裕と貫禄と包容力を見せてやろうと思ったら、ルーンは何故か目尻を吊り上げて、

「誰も十三歳だなんて言ってないだろ!」

「お?」

 俺は首をかしげて、

「それもそうか。とすると十二歳か?」

「お前……私を馬鹿にしてるのか……?」

 何故だかルーンはプルプルと拳を震わせ始めた。

 カルシウムが足りていないのだろうか。

(ふむ……今まで充分な食事を摂ってなかったのだ。それも致し方あるまい)

 などど思いつつ、

「では、いくつなのだ?」

「……」

 問うなり、ルーンは急に言葉に詰まってしまった。

 そして、僅かな空白の後、

「……少なくとも、物心がついてから十三年は生きてるはずだ」

「はず? なんなのだそれは?」

 反射的にそう突っ込むと、ルーンはキッとこっちを睨んで、

「うるさいなっ! 私も孤児だったから、正確な歳は知らないんだよッ!!」

「……そ、そうだったか。それは済まぬことを聞いた」

 どうやらこれは俺の方が悪かったらしい。

 素直に謝って、ついでに彼の気持ちを落ち着かせるべく完璧にフォローしておくことにする。

「い、いや、それにしてもルーンは若く見えるぞ。うむ。まるで十三歳の少年のようで――」

「~~~~~っ!」

 ダンッ!

 ルーンは床を踏みならすようにして立ち上がると、

「私は十三歳でもないし、少年でもないっ!!」

「お、おい、ルーン――」

 呼びかける間もなく、

 ダン! ダン! ガチャッ……バタンッ!!

 不機嫌そうな足音を立て、そのまま部屋を出ていってしまった。

「な、なんなのだ?」

 おかしい。完璧なフォローのはずだったのに。

「ミュウよ。ルーンは一体どうしたのだ?」

 どうにも彼が怒った理由がわからず、黙って成り行きを見守っていたミュウへと助けを求めると、

「お急ぎのようでしたので、ご不浄かもしれませんね」

「いや、そういう問題ではないのだが……まあよい」

 子供というのは総じて感情的なものだ。そうして次第に世の機微を学び、自らを律する術を知る。だから子供のうちはむしろアレで丁度良いのである。

(おぉ、俺はもしかすると教師に向いているのかもしれんな)

 まあ、それはともかく、である。

(……しかしルーンのヤツ、物心ついてから十三年ということは――)

「ミュウよ」

「はい」

「物心というのは、だいたい何歳ぐらいでつくものだ?」

 そう問うと、ミュウは少しだけ考えてみせて、

「物心という言葉の意味によりますが、もっとも古い記憶のある年齢ということでしたら、二歳から四歳といったところではないでしょうか」

「ふむ……」

 それで計算すると、ルーンの歳は十五歳か十七歳ぐらい……俺は永遠の十八歳なので、そうなると、ルーンとほとんど違わない計算になってしまう。

 そこで質問してみることにした。

「ミュウよ……アレが十五歳や十七歳の男に見えるか?」

「はあ」

 するとミュウはなにやら曖昧な顔をしながらも、

「見えませんけど」

 きっぱりとそう答えた。

 ……ほら。やっぱり俺が正しいのだ。

 アレはどう見ても十三歳ぐらいにしか見えん。身長だって百五十五センチ程度。一般的な男性の平均を遙かに下回っているではないか。

 あれ以上成長しないのだとしたら、かえってその方が可哀想である。

「やはりサバを読んでいるのだろうか」

 ボソッと呟くと、ミュウがそれに反応して、

「鯖を読むのですか?」

 とてつもなく不思議そうな顔をした。

「どことなくであるが、お前がイメージしているものとは違うような気もする」

「?」

 小首をかしげるミュウ。

「いや、それにしても変わった人物だな、あのルーンという少年は」

 そういや、あの日以来、部屋も俺とは別の部屋を取ったりしている。個人的な希望としては、お互いもう少し打ち解けるためにも、同じ部屋で深く語り合いたいところなのだが、

『お前と同じ部屋でなど寝れるかっ!』

 とか、ものすごい剣幕で怒鳴られてしまった。

「照れ屋さんなのだろうか」

「はあ」

 相変わらず、ミュウの反応もはっきりしない。

 なにか不可解なことでもあるのだろうか。しきりに首をかしげていた。

 そして、

「あの、御主人様」

「なんだ?」

「ご主人様には、他にルーンという名の男性のお知り合いがいらっしゃるのですか?」

「む? なにを言うのだ。いるはずなかろう」

「はあ。そうですか」

 また首をかしげる。

 ……いったいなんなのだろうか。

(まあ、よい)

 自慢ではないが、俺は考えることが苦手なのだ。

 ゆっくりとマントを翻して立ち上がり、

「少し涼みに外を歩いてくるとしよう。……ミュウよ、お前はどうする?」

 そう聞くと、ミュウはそのまま立ち上がった俺を見上げて、

「御主人様の仰せのままに従います」

「む……」

 相変わらずといえば相変わらずなのだが、彼女にはいまいち自主性というものが欠けている。

 ここは少し、その成長を促してやらねばなるまい。

 そう思い、

「ミュウよ!」

 俺は唐突にビシッと指先を突きつけて、

「たまには自分の意志というものを主張せねばならんぞ!」

「?」

 ミュウが小首をかしげる。

「……?」

「つまりだ……ついてくるか来ないか、自分で判断しろということなのだ!」

 どーん。

 ……という効果音が鳴ったかどうかは定かではないが。

 俺のその言葉にミュウは、

「?」

 と、ますますわからない顔をしてしまった。

(むう)

 これではラチがあかない。

 だが、彼女を人間世界に馴染ませるために、これはとても大事なファクターであるかのように思われる。

(ここは強引にでも、“自分で判断すること”を教えてやらねばなるまい)

 優しいだけで教育者は務まらないのだ。時には厳しくすることも大切である。

 そこで、

「……俺は行くぞ」

 マントをバサッと翻してミュウに背中を向けると、

「ついてこいともついてくるなとも言わん。お前の好きなように行動するが良い」

「……」

 背中に反応は返ってこない。

(厳しく……厳しくだ)

 俺は振り返らずに歩みを進めた。

 ミュウが動く気配はない。

 ……行かないと決めたのだろうか。あるいは、俺の言葉の意味がわからずに戸惑っているだけなのか。

 一瞬、立ち止まってしまいそうになったが、

(ダメだ! 時には厳しく行かねばならんのだ!!)

 そのまま、部屋の出口まで差し掛かる。

(……しかし)

 そこで、ふと思った。

(ミュウのことだ……俺が気配を感じていないだけで、もしかしたらついてきてるのかもしれぬな)

 振り返ってみたら、すぐ後ろにいた……なんてことも、充分にありそうな気がしてならない。

(むぅ……)

 そしてついに衝動に負け、チラッと振り返ってしまう。

 すると、

「……」

 ミュウは元いた場所から動いていなかった。

 そこに座ったまま、真っ直ぐに俺の方を見つめている。

 表情は……いつもと少しだけ違っていた。

「……御主人様」

 まるで、捨てられ、途方に暮れた子犬のような瞳。

(きっ……厳しくせねばならんぞ……!)

 足が止まりそうになる。

(厳しくせねば――)

 自分にそう言い聞かせた。

「……」

 ミュウは相変わらず、じいっとこちらを見つめてくる。

(厳しく……)

 そして一瞬の逡巡。

「……わかった。ついてくるがよい」

 教育者の仮面は呆気なく崩壊してしまった。

 ……というか、こういう表情は反則であろう? まともな神経を持つ人間ならば放っておくことなどできようはずもなく、審判がいれば、間違いなく笛を吹いて胸ポケットから黄色い紙を出しているに違いない。

 ただ、

「……はいっ」

 そう答え、すぐに立ち上がって駆け寄るミュウの言葉と表情が、妙に嬉しそうだった気がして、それはそれで幸せな気分だったりもするのである。

 人とは何と現金な生き物であろうか。

(まあ、焦る必要もあるまい。明日がある)

 と、まるで夏休みの宿題を先延ばしにする子供のようなことを考えつつ、俺は結局ミュウを連れて涼みに出掛けたのだった。

 

 

 

 一方、その頃。

「……ったく。なんなんだよ、あいつ!」

 ズンズン、と地面が響きそうな勢いで、ルーンは憤慨しながら夜の街を歩いていた。

「何が“十三歳の少年”だ! 私のどこをどう見たらそんな風に見えるってんだよ!」

 少々短めに切られた髪。健康的に日焼けした浅黒い肌。少々乱暴な言葉遣い。

 確かにそう見間違われる要素がないというわけではない。

 だがそれでも、第一印象で彼(と言っておこう)のことを“十三歳の少年”だと思う人間は少ないに違いなかった。

 だから、彼の憤りは決して理不尽なものではないのである。

「……それにしても」

 ふと、その歩む速度が落ちる。

 そして腕を組み、口元に軽く手を当てると、

「あいつ、本当に違うのか……?」

 打って変わって、その表情が真剣な色に染まる。

 正直、彼自身の中ではまだ半々ぐらいの気持ちだった。あのミュウという人魔らしき少女を連れていることからして、ヴェスタが普通の人間だとはとても思えなかったし、ミュウのあの力を目撃したときは“間違いない”とさえ思った。

 だが。

「あんな馬鹿が……?」

 そう。ただその一点が、彼の中で疑問だったのである。

 仇の人魔はひどく残忍で冷酷だと聞いてきた。一年間も追い続けてきて、彼の中ではそれなりのイメージも出来上がっている。が……あのヴェスタという男は、あまりにもそのイメージとかけ離れすぎていたのだ。

 もちろん演技をしているという可能性も考えられなくはない。

 だが、

(……そんなことする必要、ないよな)

 ルーンは感じている。ヴェスタに関してはわからないが、その彼に付き添う少女……ミュウの力は間違いなく本物である、と。

 おそらく自分だけの力でそう容易く戦える相手ではない。そうだとするなら、わざわざ正体を隠す理由なんてなさそうに思えた。村を滅ぼしたときのように、彼の命を奪ってしまえばそれでいいのだから。

 あるいは、他に何か理由があるのか――と考えて、

(とにかく、しばらくは様子見――しなきゃダメかぁ……)

 この数日間のことを思い出し、ルーンは少々げんなりする。

 正直、あの二人のノリにはいまいちついていくことができそうになかった。しかも、どっちも真顔でやっているから手に負えない。

 それに――

(……ちくしょう! 何が“少年”だっ!!)

 道端にあった石ころを思いっきり蹴っ飛ばす。

 腹立たしさが振り出しに戻ってきてしまった。

(そりゃそれほど気を遣ってるわけじゃないさ! 髪だって邪魔くさいから伸ばしてない! けど……けど、だからって、あんな馬鹿にあんな風に言われるなんて――くっ、悔しいぃぃぃッ!!)

 ここで彼にとって大事なのは“あんな馬鹿に”という部分であり、普段からそれほどこだわっていないだけに、普通の人間に勘違いされたのならこれほど腹は立たなかっただろう。

 コツン。

(ちくしょう。いつか思い知らせて――)

「……ってーな……」

(ん?)

 不意に聞こえた何者かの呟きに、ルーンは足を止めた。

 そして顔を上げる。

(あ……)

 視線の先……数メートルのところに、後頭部を押さえながら彼を振り返る男。

 薄暗闇ではっきりとはわからないが、顔がうっすらと赤くなって、どうやら少し酔っているようだ。

 そしてその足下には、

(……うわ。やっちまったか……)

 見覚えのある石ころが転がっていた。

 どうやら、さっき蹴り上げた石ころが、不幸なことに通行人に命中してしまったらしい。

「……こら、ガキィ。こいつをぶつけやがったのは、てめえか?」

「あ、いや……」

 周りを見回しても人影はない。

 どう考えても犯人は彼しかいなかった。

 こうなってはどうしようもない。

「……悪い。当てるつもりはなかった」

 正直にそう答えたルーン。

 だが、もちろん向こうがそれだけで収まるはずはなく、

「ふざけんじゃねえぞっ! 悪いで済むなら警邏隊はいらねえんだよっ!!」

 男は酒臭い息を吐きながら、いかにもなセリフを口にして彼に歩み寄っていく。

(……まいったな)

 自分に非があるとはいえ、このまま黙っていたらいきなり殴り飛ばされそうな雰囲気だ。石ころをぶつけた程度で黙ってボコられるわけにもいかない。

 と、

「ん? おめえ……」

 男は近付いてくるなり、少し眉をひそめながら顔を近付けて、

「なんだ……生意気なクソガキかと思ったら……」

 口元に笑みが浮かんだ。

「っ……」

 それを見たルーンの表情に、明らかな嫌悪感が姿を現す。

 そして、男の手が彼の肩に伸びた。

「へへ、良く見りゃ、おん――」

 そう言いかけた瞬間。

 ……パシュッ!!!

 空気が奇妙な、鋭い音を立てた。

「え……」

 男の表情が驚愕のまま、動きを止める。

「その手で、私に触れるんじゃない」

 厳しい視線でそう言ったルーンの左手には、鋭いナイフが握られていた。

「な……てめ――!」

 男が怒りの表情を見せたのもほんの一瞬のこと。

 パシュッ!!

 もう一度、空気が奇妙な音を立てる。

「死にたいなら、別だけどな」

「……?」

 何が起きたのか理解していない様子の男。

「ふん……」

 ルーンは鼻を鳴らして、その足下を指さすと、

「その格好なら、酔いも覚めやすくていいだろ」

「なっ……なんだこりゃあああっ!!?」

 いつの間にかふんどし一丁になった自分の姿に、男は驚愕の声を上げて。ピタッ……と、その眼前にナイフの切っ先が迫る。

「失せろ。……それと、石をぶつけたのは悪かった」

「ひっ……」

 男は一歩、二歩と後ずさると、

「っ……!」

 あとは振り返ろうともせず、用を成さなくなったズボンを引き上げながら走り去っていった。

「……ふぅ」

 クルクルッ……とナイフが手の中で回転して、パチンと腰の鞘に収まる。その仕草も堂に入ったもので、いかにも使い慣れてる様子だ。

(……あ、そうか)

 そしてルーンはふと気付いた。

(勘違いされている方が安全なのかもしれないな)

 あのヴェスタという男はいまいち得体が知れない。今のところは“単なる馬鹿”という認識しかないが、もしも彼がルーンの追う仇だとするなら、必ず別の一面も持っているはずであり、 それを想定するならかえって“十三歳の少年”だと勘違いされていた方が、色々と都合がいいのかもしれなかった。

(とにかく……あいつの正体がハッキリするまでは付いていくしかない、か)

 この一年の旅の中で、手がかりらしき手がかりが得られたのすら、今回が初めてのこと。

 何しろ“黒ずくめの人魔”については、遭遇して生き残った者がなかなか存在しないため、その情報は全てが伝え聞くものばかり。直接的な証言は未だ一つも得られていないのだ。

(……しかし、なぁ)

 もう一度、頭にヴェスタという男の顔が浮かんで――そして、

「はぁ……」

 ルーンはため息とともにゲンナリした気分のまま、夜の道を宿に向かって引き返し始めるのだった……。

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