※仕様です
俺は、手に取ったノートの説明をさっきから読み続けていた。
----------
この度はTKR-NK942(以下、本製品)をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。
本製品の使用に関する注意がありますのでよくお読みください。
①本製品は半生命体です。乱暴に扱うと、命を落としてしまうことがあります。
②お名前を書く際は、「持ち主名」の欄にお書きください。「名前」の欄には、
この本製品の名前をご自由にお書きください。鉛筆等で書いていただくと名前の変更もできます。
③本製品はあくまで生命体ではありません。食事や休養の必要はありませんが、
カビが発生したり、色がやけてしまうことがありますので、ご注意ください。
----------
パーティーグッズでも、痛い系アニメのグッズでもないなら、これは何なんだ・・・。
価格は340円。A4判の、見た目はただの大学ノート。
店員に聞いてみようか、と思ったけど姿が見えないし、
メーカーの人じゃないんだから分かりそうにもない。
どうしよう、これって新しい販促方法なのかな・・・。
高校生がノート持って悩んでる姿は、周りからみたらどう映るんだろうな・・・。
俺は頭の中でどうでもいいことをひたすら考えていた。
・・・で、結局買ってしまった。
まんまと中小メーカーの作戦に乗せられてしまったわけだ。何とも悲しい。
まぁでも、受験受験で頭の中がいっぱいだったし、
たまにはくだらないことに金を使ってみるのもいいかな、なんて思った。
変な名前でもつけてみようか。勉強が少しでも楽しくなればいいな。俺はとりあえずペンを握る。
「あ、やっべ、間違って自分の名前書いちまった!」
なんとなくペンを握るうちに、持ち主欄ではなくノートの名前欄に
「ケイタ」と油性書きしてしまった。
「あーあ、これでこいつケイタかよ!
『ケイタ様、ケイタに何でもお申しつけくださいねっ(はぁと)』なんて言ううのか、おえっ」
自分が自分にメイド服で奉仕しているところを想像して吐き気がした。
そもそもなんでメイドなんだ・・・せっかく勉強の息抜きアイテムになりそうだったのに。
そんな風に思いつつ、ノートを机の端に追いやった。すると、中から紙が出てきた。
「ん・・・?商品説明?まだあったのか、凝ってるなぁ」
中に入っていたのは、ぴらぴらとした薄い注意書きの紙で、
ノートの裏に書いてある商品説明よりもさらに詳しい設定がびっしり書き込んであった。
----------
本製品は、たくらんけ社(以下、当社)が贈る最高傑作とも言える製品です!
独自システム「マルチ適応活動システム(特許出願中)」により、お客様が自由に書き込むだけで、
見た目から性格まで変幻自在のロボットになるのです!
----------
「・・・変幻自在のロボット?特許うんぬんって、こういうこと書いてもセーフなのかな」
----------
本製品には、言語機能(初期設定は日本語です、設定により23カ国の言語に対応します)、
運動知識から幅広い教養、文化、思考・コミュニケーションに至るまで、
豊富すぎるほどの内容がぎっしり詰まっています。
お客様が書き込んだ絵や文字、筆圧、筆跡などから、製品が自身で判断、解読し、
お客様にぴったりの唯一無二のベストパートナーとなるのです!
----------
「ほんとに凝ってる・・・最先端ノートだな」
俺は呆れながらも読み進める。
----------
それではまず、ページを開いてください。ここに、あなたが感じたことを自由に書きましょう!
文字・絵・模様など、どんなものを書いても構いません!ペン、鉛筆、クレヨンなど、
あなたの身の回りにある好きな筆記具で、好きなように書いてみてください!!
----------
「オーケー。じゃあケイタ君改造計画でもしよう。
とりあえず、俺を超イケメンってことに・・・」
俺は持っていた油性ペンをシャーペンに持ち替え、ノートを開く。
そして、自分の理想の姿を天才的な感性で描いていった。
「髪はこう、ちょい長めで、・・・うーん、髪は暗めの茶色だな。
で、肩幅はもーちょい広めで・・・」
実際、絵に自信は一切ないけど、集中してかっこいい男を想像して描いた。
ところどころ線を引っ張って注釈をつけたりもした。なにやってんだ俺。
「おし、じゃあ最後にケイタ君・・・と。
うーん、やっぱ同じ名前だときもいからケイタロウにしよう」
ノートの名前はケイタロウに変え、表に書いた名前も書き足した。
そしてついに、身長178センチ、体重57キロ、やや筋肉質で得意なものはサッカーとサーフィン、
歩くとナンパされまくる、おとめ座のケイタロウ(18歳 O型)が完成した。
我ながら、時間を無駄にした感がハンパないけど。
「ふう・・・なんか、こういうのって楽しいよなぁ。はは。
まぁいいや、そろそろ勉強すっかー・・・」
そうして、俺はノートを閉じて机の端に追いやった。
__その夜は不思議な夢を見た。あのノートが変形して、巨大ロボになる夢だった。
でも顔だけは人間でやけにイケメンで、愛する彼女を守るため戦ってる設定な壮大な夢だった。
変なもの買うとロクなことないな、なんて思いつつ、俺は寝返りをうっていた。
_ピ、ピ、ピピッ、ピピッ、ピピピッ、ピッ。
朝起きると、勉強の疲れかなんとなく全身がだるかった。
起きるのだるいなぁと思いつつ、体を起こそうとしたが腕が上がらない。
え、なんで、と思ってもう一回上げようとしたが動かない。
・・・これは、まさか、あの、金縛り?
「れ、冷静になれ、冷静に・・・」
「・・・っむぐぅ」
俺が一人焦っていると、隣から呑気そうな寝言が聞こえた。
ふざけやがって、人が本気で困ってるときに誰だよ、寝息なんて立てやがって。
大体、俺のベッドで朝から誰が寝て・・・
「って、えええぇぇぇ!!!!!」
俺の隣に、見ず知らずの男が寝ていた。髪を少し染めた、チャラそうな男だ。
その男は俺の右腕を下敷きにして、だらしない顔でこっちを向いて寝ていた。
俺は状況が把握できずに天井を眺める。
「これ、まだ夢?もしかして明晰夢ってやつ?本物と区別ができないくらいリアルな夢で、
一生に一度は誰もが見るといわれている・・・」
「・・・っぐぅ」
「・・・。お、おい!てめぇ誰だよ!?起きろ!!!
俺はいよいよ頭が回らなくなってきていた。これはいったい何が起こってるんだ?
本当に夢を見ているのか、自分がまだ寝ているのか、もう何もかも分からなくなる。
「・・・っせぇなあ、んだよ・・・人が寝てるだろ・・・いや、俺ノートだけどさ・・・」
チャラ男は未だに目を覚まさない。寝言を言いながら、俺の布団を引っ張った。
俺は布団を引っ張り返し、めくりあげ、怒鳴った。
「おまえ誰だよ!?
人の家に勝手に上がりこんで、誰のベッドで寝てるんだよ!?俺のベッドだぞ!?」
「・・・むにゃ、いいだろ持ち主様のベッドなんだし・・・
あぁ、初回起動案内はもう少ししてからやるから寝かせろ・・・」
「訳わかんないこと言ってないで起きろ!!警察呼ぶぞ!!!」
そういうと、男はバサっと体を起こして、ベッドの横に直立した。
「そ、それだけは止めてください!そんなことしたら俺、会社から消されるから!
クレームだけは、クレームだけはやめてください!!!!」
男が急に態度を変えたせいで、俺はちょっと戸惑った。
なんなんだこいつ、と思いながら、俺は勢いに任せて続けた。
「おまえ、泥棒か何かか?なんでこの家に入った?」
「そ、それはお客様がお買い上げになったので・・・」
「何で俺が男買わなきゃなんねーんだよ!?」
「で、でも昨日アンタ1ページ目に男の絵描いたじゃん・・・?俺、あれ男だと思ったんだけど・・・」
「はぁ?何の話を・・・」
そこまできて、俺は昨日のことを思い返す。
俺が昨日買ったノート。適当に描いたくだらない落書き。
そして、目の前にいる身長178センチくらいのイケメン・・・
「ま、まさか・・・おい、嘘だろ・・・」
俺は、思わずたじろいだ。
暗めの茶髪、肩幅のある締まった体、女にモテそうな顔・・・
こいつ、俺が昨日描いた落書きと瓜二つじゃないか・・・!
120%くらい美化されてるけど・・・!!
「そ、それじゃ初回起動案内していいすか?
えと、この度はTKR-NK942(以下、本製品)をお買い上げいただき・・・」
「おい!あのノートに発信機でもついてんのか?
それとも、買い上げた瞬間にストーカーでもしてたのか?
ってか、お前雇われてるんだろ?あの商品っていったい何なんだよ!?」
俺が言い寄ると、男は面倒くさそうな顔をして手を上げ、
ちょっと待ってください、と説明を続けた。
「だから、俺はノートそのものなんだって!
ノートに書かれた内容がそのまま実体化して・・・ほ、本当だって!」
俺が男(自称ノートそのもの)を睨むと、男はたじろいだ。
なんだこいつ、でかい割に大したことなさそうだ。
「はぁ?ノートが変形するって?ふざけんなよ!ロマンチック商品解説はいいんだよ!」
「だ、だから俺は真面目に商品説明してんの!
このノートは、マルチ適応活動システムを搭載した次世代型家庭用ロボットなの!!」
途方もない平行線な男の態度に、俺はだんだん疲れてきた。
「ノートが次世代ロボットね、ふうん・・・。」
「言っとくけどな、俺らTKRシリーズは、うちの社長が40年もかけて作り上げた最高傑作なんだ!
俺のことは馬鹿にしてもいいけどな、TKRのことを馬鹿にするんなら客だからって容赦しねぇぞ!」
さっきまでクレームだけはやめてくれとか言ってたくせにヤケに強気だな。
でも、あんまりにも男がガチで喋るから、俺は見えない事情をくんで、
とりあえず話をあわせることにした。
「・・・わかったよ。そこまで言うなら信じるよ」
「おぉ!分かってくれたかー、いやぁお客様は神様です!!!」
「現金な奴だな」
「うぐっ!」
けど、面白そうなとこもあるし、後でどういう仕事なのかとか聞いてみようか。
それにしても、こいつどこから入ったんだ・・・?
ピッキングとかしてたら普通に犯罪だと思うんだけどな・・・
「まぁいいや。で、俺はこれからどうすりゃいいの?」
俺が訊くと、拍子抜けした顔で男はこっちを見た。
「どうすりゃって・・・
俺になんかさせたいなら、「家事」とか「買い物」とかの内容書き込んでくれればいいし、
俺と付き合いたいっていうなら「恋人になれ」と書いてくれれば・・・」
男が言い終わる前に、俺は思わず噴き出した。
「俺はホモじゃねぇっての!!」
「たとえばの話だって!客の中にはやっぱりそういう人もいるし、
ほら、俺も今日の朝とか覚悟してたんだからな?
お前の方とか向きたくもなかったけど、対応悪いってクレーム入れられたら困るしさ・・・」
「・・・お前、まずその言語設定どうにかしろよ」
「これはお前の書いてくれた絵と年齢設定をもとに計算してるんだぞ?
むしろ、俺が敬語で喋り続けたら違和感バリバリじゃん?」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
次世代の割には、頭の中はあんまり詰まってないらしい。
たしかに同い年くらいには見えるけど、実際はきっと学校いってないような奴で、
変な会社のバイトに釣られてホイホイとやってるんだろうな。
「まぁいいや。使ったほうが楽そうだし。
とりあえず洗剤買ってきてくんない?そろそろ切れそうでさ」
財布を取り出して、俺が金を渡そうとすると男はちょっと待ってくれ、と止めた。
「なんでだよ?金銭取り扱うのは無理なの?」
「そういうことじゃないんだけどさ。
あくまで、製品の性質上、口頭で何でもやるわけにはいかないんすよ。
とりあえず俺、ノートに戻るからさ、空いてる所に「洗剤買って来い」みたいに書いてもらえる?詳しいのはまぁ口頭でもいいから。じゃ、そんなわけで」
「めんどくさいな・・・次世代なのに・・・ってかノートに戻るってどういう・・・」
「お金絡まると口頭じゃ色々不都合あるんだって、分かってくれよー」
そう言うと男は座り込み、ぽんっと煙を出してノートになった。
「え・・・?」
あまりの一瞬の出来事に、俺の口が自然に開いた。