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幸せな契約(ショートショート)

作者: 藻ノ かたり
掲載日:2026/02/26

僕の心に、つかのまの潤いが生まれた。


これまでの生活はと言えば、昼は地獄のような労働、楽しいアフターファイブなんて存在せず、ただ泥のように眠る毎日。そんな暮らしが続いていた。


そんな中、絶望的な将来に嘆き悲しんでいると悪魔が出現し、とある契約を彼と結んだ。


契約内容は、死後の魂と引き換えに「望む夢を見る力」を得るというもの。


文字通り、寝ている間だけは、自分が望むどんな夢でも見られるという能力だ。


”どれか一つで良いから、現実に叶えてくれないのか?”と言ってはみたが「経費削減のおり、夢でしか期待にお答えできません」というのが、悪魔の言い分だった。


世知辛い世の中というのは、どこも同じらしいと思い、僕はしぶしぶ納得する。


だがそれからというもの、僕は眠るのが楽しみになった。寝る前に見たい夢の内容を紙に書いて枕の下へ置くと、本当にその通りの夢が見られるのだ。おまけに起きた後、ストーリーはもちろんのこと、味や感触なども鮮明に憶えている。


あぁ、悪魔さん有難う。僕に、こんな幸せを与えてくれて。


僕は心底、悪魔に感謝した。


たとえ、それが……。




「あぁ、彼の人生は何だったんだろうか」


自室で冷たくなっていたところを発見された男の友人たちが、彼の葬儀でつぶやく。


「衰弱死だって?」


友人の一人が、彼を発見した者に尋ねた。


「あぁ、俺が奴の自宅を訪ねた時、奴は布団で寝ていたんだ。揺り動かしても全く動かないんで、まさかと思って脈をとったら反応がない。即、警察に通報したよ」


その者が後に警察から聞いた話だと、男は完全な飢餓状態だったという。ただ、病気や怪我で動けなかったわけではないらしい。


「もしかして、自殺?」


別の友人が、遠慮がちに口を挟む。


「う~ん。警察も最初はそれを疑ったらしいんだけど、自然死と判断したようだ。何より遺書がないって言うんだよ。


状況からして発作的な自殺じゃないし、遺書がないのはおかしいって。


それどころか、変な文書が見つかったらしい」


刑事から色々と聞かされた発見者が友人たちに伝えた。


「変な文書?」


意外な情報に、友人たちが注目する。


「枕の下に紙があって、それには、なんていうかなぁ、夢みたいな話が書いてあったんだとさ」


「夢みたいな話?」


「あぁ、金持ちになって、あぁいう事もしたい、こういう事もしたい、っていうような内容だったらしい」


皆が、顔を見合わせた。


「見たい夢を見る”おまじない”の?」


そっち方面に詳しい者が思わず口走る。


「それはわからない。そうかも知れないし違うかも知れない。ただ、あいつ、そこまで追い詰められてたんだろうな」


集まった友人たちは、明日は我が身と体を震わせた。


「ただな。俺が見つけた時、奴の顔は穏やかに笑っていたように見えたんだ。とても楽しい夢を見ているように」


発見者の友人が、不思議そうに言う。


「出棺です」


葬儀スタッフの声が待合室にかかり、彼らは憐れな友人を見送るため、三々五々立ち上がり外へと向かった。



ここは地獄界のバー。


二人の悪魔が、酒を酌み交わしている。


「お前、うまくやったなぁ」


超特急で魂を手に入れた同僚に、ずんぐりとした悪魔が声を掛ける。


「だが、違法なんじゃないのかい?」


嫉妬と心配が入り混じったような声で尋ねる仲間に対し、


「いや、契約書は完璧だ。あのバカな人間が、良く読まなかっただけだよ。まぁ、良く読めるような精神状態でない奴を選んだんだがね」


と、のっぽの悪魔が自慢げにこたえた。


「つまりは、こういう事かい?


契約をした人間は”毎夜、自分の見たい夢”が見られる契約だと思っていたが、それは違う。


本当の契約は”毎夜、自分の見たい夢が見られるという《夢》”を見られるというものだった。


しかもそれは一回きりの話であって、自らの意志で起きてしまったら能力は失われる。


但し、起きない限り夢は続く」


ずんぐり悪魔が、同僚に聞いた話をなぞるように言う。


「で、その人間は起きることもなく眠り続け、あげくに衰弱死してしまったというわけか」


同僚の確認に、のっぽがフフンと鼻を鳴らしながら相槌を打った。


「でもさ。確かに悪魔契約上は問題なくても、少しあくどくないか」


ずんぐり悪魔が、憐れな契約者に同情の念を抱いて尋ねる。


「そんなことないだろ。


あいつは満足して、しかも自覚がない内に死に、俺は手早く魂を手に入れられる。人間たちがいうところの、ウィンウィンというやつだよ」


グラスを片手にしたのっぽが、高らかに笑った。


「でもさ。今の話だと、奴が起きようと思えば起きられた可能性はあるわけだろ?


普通は朝になれば目覚めるし、もし何らかの手段で、自分が大きな意味で夢の中にいるとわかったら、大抵は起きるだろ」


ずんぐりが、口を差し挟む。


「……実はな。契約した後に、奴の様子を見に行った時があってな。深層心理を覗いてみたんだが、もしかすると気がついていたフシがあるんだ。


”あぁ、やっぱりそんな上手くはいかないなぁ”と思ったけれども、まぁ杞憂に終わって良かったよ」


「もしそいつが起きていたら、魂を取れるのは死んだ後だから、ずっと先になってたわけだ」


ずんぐり悪魔が、グラスを揺らしながらつぶやいた。


「そりゃね。だけどよ、たとえそれに気がついても、つらい現実と理想的な虚構と、どちらを取るかは考えるまでもないじゃないか。


今の、いや有史以来の人間世界を見れば、それは明々白々だよ」


「そうだな、確かに……。ま、俺もせいぜい頑張るとするか。


じゃぁ、愚かでありがたい人間たちに乾杯だ」


二人は新たに酒をつぎなおしたグラスをカチンと鳴らした。



【終わり】


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