第8話 迷宮の商人
天界のオフィス。
俺はモニターに表示されたパーティの所持品リストを見て、頭を抱えていた。
『ポーション:0個』 『解毒草:0個』 『マナ水:0個』
完全な物資枯渇状態だ。
原因は明確。
勇者レオがちょっとした擦り傷でもポーションをガブ飲みする(味がおいしいから)のと、聖女マリアが「回復魔法は高いから、拾ったポーションで治しなさい」と出し渋るせいだ。
このままでは、次のエリアで全滅する。
「……補給させるしかないか」
だが、ダンジョン内にコンビニはない。
本来なら「行商人」との遭遇イベントは第10層以降だが、特例措置だ。
俺はキーボードを叩き、自分自身の分身を作成した。
【Avatar: Wandering Merchant (Admin Mode)】
【Inventory: High Potion x50, Antidote x50, Elixir x10...】
よし。
これを、彼らの進行ルート上に配置する。
俺は意識をアバターに転送し、ダンジョンの中へと降り立った。
◇
ダンジョンの薄暗い通路の片隅で、俺は露店を広げていた。
怪しげなフードを目深に被り、商品は木箱の上に並べる。
価格設定は……本来1個500Gのハイポーションを、破格の『10G』に設定。
これならマリアでも買うだろう。
足音が近づいてくる。
レオたちだ。
「おや? こんな所に人がいるぞ」
レオが俺に気づいた。
俺は愛想よく(フードの下で引きつった笑顔で)手を振る。
「いらっしゃい、旅のお方。アイテムはいりませんか? 今なら開店セール中ですよ」
「ほう、商人か! ちょうど喉が渇いていたところだ」
レオがポーションに手を伸ばす。
さあ、買え。
タダ同然だぞ。
「ちょっと待ちなさい」
鋭い声が響いた。
マリアだ。
彼女はレオの手をパシッと払い除け、俺の目の前に仁王立ちした。
その目は、獲物を品定めする猛禽類のそれだった。
「このハイポーション、10Gって書いてあるけど……市場価格の50分の1よ? どういうカラクリかしら?」
「え、ええと……在庫処分と言いますか、賞味期限が近いと言いますか……」
「賞味期限? ポーションにそんな概念はないわ(※あります)。つまり、正規のルートで仕入れたものじゃないってことね」
マリアがジリジリと距離を詰める。
圧がすごい。
「まさか、盗品? それとも、効果のない偽物? もしそうなら、『ダンジョン商工会議所』に通報しなきゃいけないわねぇ」
そんな組織はない。
だが、マリアのハッタリは堂に入っている。
「い、いや! 本物ですよ! 怪しいものじゃありません!」
「なら証明して。あ、鑑定スキル持ちの私に鑑定させればいいわね。鑑定料は1回1000Gだけど、あなたが払う?」
なんで俺が客に金払って商品を売らなきゃならないんだ。
だが、ここで揉めて「やっぱり買わない」となると本末転倒だ。
「わ、わかりました……。では、特別に『無料』で差し上げます。サンプル品ということで……」
「無料?」
マリアの目がさらに細められた。
「タダより高いものはないって言うわよね。これを受け取ったら、『受け取り詐欺』の共犯にされるんじゃないかしら?」
「しませんよ! ただの善意です!」
「善意……ダンジョンで商売する人間が、善意で飯を食えると思ってるの?」
正論だが、今はお前がそれを言うな。
マリアは俺の胸倉(アバターの服)を掴み、ドスの利いた声で囁いた。
「いい? 私たちが『怪しい商品を黙って引き取ってあげる』のよ。つまり、私たちはあなたのリスクを請け負うわけ。……それなりの『処分料』が必要だと思わない?」
……こいつ、強盗だ。
商人を恐喝して商品を奪う聖女なんて前代未聞だ。
だが、レオは「おお、マリアが熱心に値切り交渉をしている。頼もしいな」と感心して見ているし、イグニスは「闇の取引……フッ、俺には関係ない」と壁を見ている。
グロックに至っては「俺を売ってくれ! いくらだ!」と自分の値札を気にしている。
誰も助けてくれない。
俺は泣く泣く、アイテム全品と、レジ(木箱)に入っていた売上金(俺のポケットマネー)を差し出した。
「こ、これで勘弁してください……」
「あら、話がわかる方でよかったわ。じゃあ、ありがたく頂戴するわね」
マリアは一瞬で全てのアイテムを収納魔法に放り込み、金貨をチャリンと鳴らして懐に入れた。
「行くわよ、レオ」
「うむ。交渉成立か。店主、いい商いだったぞ」
レオが爽やかにサムズアップして去っていく。
俺は、空っぽになった木箱の前で膝をついた。
天界に戻った俺は、ヘッドセットを外してデスクに突っ伏した。
アイテムは渡せた。
目的は達成した。
だが、心に負った傷と、失った財布の中身は戻ってこない。
画面の中で、マリアが戦利品のポーションをレオに渡しながら言っていた。
「レオ、これは1本2000Gの高級品よ。ツケにしとくわね」
「おお、そんなに高いのか! さすがマリア、目利きだな!」
俺から奪ったタダの品を、高値で味方に売りつける。
……あいつ、魔王より邪悪なんじゃないか?
第8話、お読みいただきありがとうございます!
「タダより高いものはない」を逆手に取り、商人(神)からアイテムと現金をカツアゲする聖女マリア。 彼女にかかれば、善意の安売りも「怪しい取引」として恐喝の材料になります。
デウスの財布(物理)までダメージを受けるとは……運営も命がけです。
さて、次回第9話は『毒の沼地』です。
アイテムは潤沢になりましたが、次に待ち受けるのは一面の毒沼エリア。
普通の勇者なら解毒魔法やアイテムを使いますが、レオは違います。
「この紫色の湯気……秘湯の予感がする!」と、装備を脱ぎ始めます。
デウスは、毒沼をどうやって「効能あふれる温泉」に変えるのか?
明日も更新します!
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★の数だけ、デウスの心の傷が癒えます(現金は戻りませんが)。
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




