第7話 中ボス・オーク将軍
天界のオフィスで、俺はモニターにデコピンしたいくらいの衝動を抑えていた。
第5層、ボスエリア。
勇者レオ一行は、ついに最初の関門である「中ボス」の間に到達した。
待ち受けるのは『オークジェネラル(オーク将軍)』。
身長3メートル、全身をミスリル製の重装甲で固め、巨大な戦斧を持つ武人タイプのモンスターだ。
そして、この個体には初心者の「魔法攻撃」の重要性を教えるため、ある特殊スキルが付与されている。
【Skill: Physical Nullification Barrier (Low Level)】
効果:物理攻撃を100%無効化する。魔法または属性攻撃でのみダメージが入る。
RPGの定番だ。
「物理がダメなら魔法を使え」というチュートリアル。
だが、このパーティを見てほしい。
勇者レオ:武器は『ひのきの棒』(物理)。
戦士グロック:武器は『自分の肉体』(物理)。
聖女マリア:攻撃手段なし(回復専門・有料)。
魔法使いイグニス:唯一の魔法攻撃役だが、使えるのは『自爆級の広範囲爆撃』のみ。
詰んでいる。
「我こそはオーク将軍! 脆弱な人間どもよ、我が鉄壁の守りの前にひれ伏せ!」
オーク将軍が朗々と名乗りを上げ、青白いバリアを展開する。
その威圧感に、レオはニヤリと笑った。
「いい声だ。だが、俺の『ひのきの棒』が唸りを上げているぞ!」
唸ってない。
ただの棒だ。
レオが突撃する。
カカンッ!
乾いた音が響く。
ダメージ0。
バリアに弾かれ、レオの手が痺れる。
「ぬうっ!? 硬い……! ならば連撃だ!」
ペチペチペチペチ!
ダメージ0、0、0、0。
「効かぬわ! 蚊ほども痛くない!」
オーク将軍が嘲笑い、戦斧を振り上げる。
「俺が受け止めるぅうう!」
グロックが裸で突っ込む。
ドゴォッ!
「あ゛っ❤」
グロックが吹き飛び、壁にめり込む。
マリアがすかさず「治療費800G!」と叫んで駆け寄る。
「くっ、物理攻撃が効かないのか……!」
レオがようやく気づいた。
遅い。
ここでイグニスの出番だ。
単体攻撃魔法を一発撃てば終わる。
だが、イグニスは眼鏡をクイッと上げ(指紋がついた)、冷や汗を流していた。
「……ククク。奴の周りに展開された結界……あれは『絶対防御領域』か。俺の『終焉の爆炎』を放てば、この部屋ごと次元の彼方に消し飛ぶことになるな」
要訳:室内で撃ったら俺たちも死ぬから撃てない。
正しい判断だが、今はそれが致命的だ。
手詰まりだ。
物理は無効。
魔法は撃てない。
俺の『ダンジョンエディット』で地形を変えても、バリアそのものを消す権限はない(ボスの固有スキルは編集ロックがかかっている)。
「……やるしかないか」
俺は禁断のウィンドウを開いた。
『天界チャットツール(Connect)』。
ダンジョンに勤務するモンスター(従業員)との連絡用ツールだ。
To: Orc_General_005 (第5層エリア長)
From: Admin_Deus (運営)
Subject: 緊急相談
『お疲れ様です、運営のデウスです。今戦ってる勇者パーティのことなんだけど』
送信。
画面の中で、オーク将軍が一瞬ピクリと動きを止め、虚空を見つめた(脳内インカムで受信中)。
Reply from Orc_General: 『お疲れ様です! エリア長のオークです。この勇者たち、弱すぎませんか? バリア張ってるのに棒で殴ってきます。適当に殺していいですか?』
To: Orc_General: 『いや、それが困るんだ。彼らを勝たせないと世界が滅びる(俺のボーナス的な意味で)。悪いけど、負けてくれないか?』
Reply: 『ええっ!? いやですよ! こっちは武人キャラで売ってるんです! こんな棒きれ持ったホストみたいな男に負けたら、モンスター組合の笑い者ですよ!』
抵抗された。
当然だ。
彼らにもプライドがある。
だが、ここで引くわけにはいかない。
To: Orc_General: 『頼む。今回だけだ。特別手当として「経験値ボーナス3倍(来期査定用)」と「有給休暇3日」をつける』
Reply: 『……! 有給、マジすか? 来週の娘の運動会、行ってもいいんですか?』
To: Orc_General: 『許可する。あと、労災も適用するから、派手に自爆してくれ』
Reply: 『了解しました! 最高の上司っす! じゃあ、今から自然な流れで死にますね!』
交渉成立。
俺はモニターの前でガッツポーズをした。
これが大人の解決法だ。
画面の中で、オーク将軍が動き出した。
彼は戦斧を高く掲げ、凄まじい闘気を放つ。
「うおおおお! 貴様らの粘り強さ、見事なり! 我が最強の一撃で葬ってくれるわ!」
迫真の演技だ。
オーク将軍が大きく踏み込む。
その足元に、俺はこっそりと『バナナの皮』を生成した。
ツルッ!
「ぬおっ!?」
オーク将軍の巨体が、あまりにも綺麗に宙を舞う。
回転。
そして、振り上げていた巨大な戦斧が、重力に従って自分の脳天へ――。
ズドォォォォン!!
強烈な自打球。
バリアは「外部からの攻撃」は防ぐが、「自分の武器」は判定内なので防げない(という仕様)。
クリティカルヒット。
「ぐ、ぐふっ……! み、見事だ勇者よ……! 貴様の見えざる一撃、しかと受け取った……!」
オーク将軍は血を吐きながら、サムズアップして崩れ落ちた。
光の粒子となって消滅する彼に、俺は心の中で敬礼した。
娘さんの運動会、楽しんでくれ。
静寂が訪れる。
呆気にとられるマリア、イグニス、グロック。
だが、レオだけは違った。
彼は「ひのきの棒」をゆっくりと振り抜き、残心を決めた。
「……ふっ。気づいたか」
レオは風になびく髪を押さえた。
「俺の剣速が速すぎて、奴が転んだようにしか見えなかっただろう? だが、俺は確かに斬った。奴の『慢心』という名の隙をな」
違う。
バナナだ。
「さすがレオ! あの将軍が自害するほどのプレッシャーを与えるなんて!」
「見えなかった……これが勇者の領域か(俺の眼鏡が汚れてただけか?)」
「すげぇ! 俺も自分で自分を殴れば強くなれるのか!?」
勘違いが連鎖し、パーティの士気は最高潮に達した。
俺は胃薬の空瓶をゴミ箱に投げ入れた。
物理無効のボスを「接待(談合)」で突破。
……もう、なんでもありだな。
第7話、お読みいただきありがとうございます!
禁断の「敵への直接交渉(買収)」を行いました。
オーク将軍も中間管理職としての悲哀を知る者。
有給休暇の魅力には勝てなかったようです。
レオの「俺が斬った」というドヤ顔と、オーク将軍の名演技の対比をお楽しみいただけたでしょうか。
さて、次回第8話は『迷宮の商人』です。
ボスを倒しても、レオたちの懐事情とアイテム事情は限界です(マリアがお金を使わせないため)。
見かねたデウスが、自ら「行商人NPC」としてアバター降臨し、格安でアイテムを配給しようと試みます。
しかし、守銭奴マリアが黙っているはずがなく……?
明日も更新します!
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それでは、また明日お会いしましょう!




