第5話 宝箱とミミック
天界のオフィスにある俺のデスクには、空になった胃薬の瓶が三本転がっている。
コウモリの群れを「酸素消去」という力技で突破した後、勇者パーティ一行はダンジョンの奥まった小部屋に到達していた。
そこには、部屋の中央にぽつんと置かれた、豪奢な装飾の宝箱があった。
誰がどう見ても怪しい。
このダンジョンの雰囲気、部屋の配置、そして宝箱から漏れ出る微かな殺気。
俺の管理データには、はっきりとこう表示されている。
【Object: Mimic (Man-Eating Chest)】
【Level: 25 (Aggressive)】
ミミックだ。
しかも、空腹状態の。
初心者が不用意に開ければ、ガブリとやられて即死するトラップモンスター。
だが、警戒心の欠片もない男が一人、目を輝かせて駆け出した。
「おお! 宝箱だ!」
勇者レオである。
彼は剣を鞘に収め、スキップしそうな勢いで箱に近づく。
「待て、レオ!」
俺が止めるより先に、意外にも魔法使いイグニスが声を上げた。
お、気づいたか?
「その箱……禍々しいオーラを感じる。あれは『パンドラの匣』に違いない。開ければ災厄が世界を覆うぞ(※ただのミミックです)」
「なんだと? なら俺が開けて、その災厄ごとねじ伏せてやるのが勇者の務めだろう!」
「フッ、言うな……だが、その心意気嫌いではない」
止めてない。
むしろ背中を押している。
「ちょっと待ちなさいよ」
聖女マリアが割って入る。
「罠の鑑定をするわ。鑑定料300G。罠解除は別途500Gよ」
「金はない! だが俺の勘が言っている。中身は伝説の聖剣か、あるいは王家の秘宝だ!」
「じゃあ私が開けるわ! 中身の所有権は発見者(私)にあるということで!」
「俺が開ける! 罠など筋肉で受け止めればいい!」
マリアとグロックも参戦し、宝箱の周りで押し問答が始まった。
ミミックの蓋が、呼吸をするようにわずかにパカパカと動いているのが見える。
こいつら、ミミックが「いつ食ってやろうか」と涎を垂らしているのに気づいていないのか?
「どいつもこいつも! 俺がリーダーだ、俺が開ける!」
レオが強引に仲間を押しのけ、宝箱の前に躍り出た。
そして、罠の確認もせず、鍵穴のチェックもせず、勢いよく蓋に手をかけた。
「オープン・ザ・トレジャーッ!」
バカッ!
蓋が開いた瞬間。
「ギシャアアアアッ!」
箱の内側から、鋭い牙がびっしりと生えた巨大な口が現れた。
紫色の粘液(強力な消化酸)を撒き散らしながら、ミミックがレオの上半身に食らいつこうとする。
「うおっ!?」
回避不能。
距離ゼロ。
レオの頭がミミックの口内に飲み込まれ、牙が首筋に迫る。
HP15のレオなら、噛みつき一発で首が飛ぶ。
消化液を浴びれば、その美しい顔(だけが取り柄)もドロドロに溶けるだろう。
「させねぇよッ!」
俺はキーボードを叩き壊す勢いで入力した。
ミミックを消すことはできない。
攻撃モーションも止められない。
ならば、ミミックの「中身」を書き換えるしかない!
Target: Enemy_Mimic_001
Part: Digestive_Fluid (Strong Acid)
Replace_With: Item_Potion_High_Grade (Liquid)
Part: Teeth_Sharpness
Value: 0 (Material: Gummy)
「成分置換ッ!」
ッターン!
ガブゥッ!
ミミックがレオの頭を噛んだ。
だが、血は噴き出さない。
鋭利なはずの牙は、俺の操作によって「弾力のあるグミ素材」に変わっているからだ。
ムニムニとした感触がレオの首を締め付ける。
そして、本来なら肉を溶かすはずの消化液が、レオの顔面に降り注ぎ、口の中へと流れ込む。
それは最高品質のポーション(フルーツ味)だ。
「んぐっ……むぐっ……!?」
レオが箱の中で暴れる。
ミミックは必死に噛み砕こうとするが、歯が立たないどころか、獲物が自分の胃液をゴクゴクと飲み始めていることに気づき、困惑の震えを見せ始めた。
プハッ!
レオが箱から顔を引き抜いた。
その顔はツヤツヤと輝き、HPは全快どころかオーバーヒールで肌にハリが出ている。
「……うまいッ!」
レオは叫んだ。
「なんだこのスープは! 濃厚な果実の甘みと、全身に活力がみなぎる清涼感! これが王家の秘宝、『伝説のスープ』か!」
違う。
それはミミックの体液だ。
「おい、お前らも飲め! こいつは絶品だぞ!」
レオは再びミミックの中に顔を突っ込み、ズズズッと音を立ててポーションを啜り始めた。
ミミックが「ヒィッ」と声を上げる(ように見えた)。
自分の腹の中を直接吸われる恐怖。
捕食者が被食者に逆転する瞬間だ。
「キ……キシャァアアアッ!(助けてぇええ!)」
ミミックは耐えきれずにレオを吐き出すと、箱の底から四本の足を生やし、猛スピードで部屋の隅へと逃げ出した。
ガタガタと震えながら、部屋の出口へ消えていく。
「ああっ! スープ箱が逃げるぞ! 待てぇ!」
「レオ、深追いは禁物よ(中身の液体、売れば高そうだったわね……)」
「フッ、災厄の匣が恐れをなして逃げ出したか。さすがは俺が見込んだリーダーだ」
部屋には、ポーションの甘い香りと、俺の徒労感だけが残った。
俺は新しい胃薬の封を開けた。
……まともな戦闘が一回もないまま、もうすぐボス部屋だ。
第5話、お読みいただきありがとうございます!
「ミミックに頭から噛まれる」という絶体絶命のピンチを、「牙をグミにし、消化液をポーションにする」という神(運営)対応で乗り切りました。
結果、レオにとっては「美味しいスープが出てくる不思議な箱」という認識になり、ミミックには深いトラウマを植え付けました。
食物連鎖の逆転現象ですね。
さて、次回第6話は『装備更新の失敗』です。
レオの装備はいまだに初期装備の「ひのきの棒」と「布の服(脱いだ)」レベル。
見かねたデウスが、道端に『伝説の剣』をそっと配置します。
しかし、レオのセンス(とLUKの低さ)が、その親切を全力で拒絶します。
代わりに彼が拾った「呪いの人形」とは……?
明日も更新します!
「ミミックかわいそうw」「レオの胃袋どうなってるんだ」「デウスの胃が心配」と思っていただけたら、 ぜひブックマーク登録と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】評価をお願いいたします!
★の数だけ、デウスに有給休暇のチャンスが生まれます(たぶん)。
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




