第4話 範囲魔法の悲劇
天界のオフィスで、俺は冷え切ったコーヒーを啜りながら、死んだ魚のような目でモニターを見つめていた。
ゴブリンの群れ(第3話参照)をなんとか撃退した勇者パーティは、ダンジョンの深層へと続く狭い通路を進んでいた。
幅2メートル、高さ2.5メートル。
人が二人並んで歩くのがやっとの、閉塞感あふれる岩の回廊だ。
俺が設計した時は「冒険者の連携が試される緊迫のエリア」という意図だった。
だが、今のパーティにとっては「自殺の名所」でしかない。
「キィィィィッ!」
前方から羽音が響く。
『ケーブ・バット(洞窟コウモリ)』の群れだ。
一匹一匹は弱いが、群れで襲いかかり、混乱や麻痺の噛みつき攻撃をしてくる厄介な敵だ。
数十匹の赤い目が、暗闇の中で光る。
「む、コウモリか。不潔な」
勇者レオが剣を抜こうとして、狭い壁に肘を強打した。
「痛っ! ……くっ、この狭さ、俺の太刀筋を封じるための孔明の罠か!」
ただの通路だ。
お前の剣が無駄に長すぎるだけだ。
「吸血……! いい響きだ……!」
戦士グロックがビキニアーマーをはだけさせ、首筋を無防備に晒して先頭に立った。
「さあ来い! 俺の血を吸え! 貧血による目眩……ゾクゾクするぜ!」
盾を構えろ。
吸われるな。
「ちょっと! コウモリの牙には菌があるのよ! 破傷風の治療費は高いわよ!」
聖女マリアが後ろから叫ぶ。
彼女の計算機が弾き出したのは「リスク回避」ではなく「治療費未払いリスク」への警告だ。
前衛が機能不全に陥る中、コウモリの群れが殺到してくる。
物理攻撃がしにくい狭所。
ここで有効なのは、ピンポイントで敵を撃ち抜く魔法や、前衛が盾で防いでいる間に槍で突く戦法だ。
だが、このパーティにそんな常識はない。
「フッ……我が眷属のごとき闇の住人よ。格の違いを見せてやろう」
後衛にいた魔法使いイグニスが、マントを翻して(壁に擦りながら)前に出た。
その手には、禍々しいオーラを放つ杖が握られている。
彼の瞳孔が開いた。
「集え、煉獄の炎よ! 狭き回廊を紅蓮の道へと変えよ!」
おい。
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
その詠唱はまずい。
イグニスが使える魔法は、第1話で確認した通り『爆裂系』のみ。
しかも、今唱えようとしているのは――
「深淵より来たりて、万物を灰塵に帰せ! 『殲滅の爆炎』ッ!!」
馬鹿野郎おおおおおおお!!
ここは密閉空間だぞ!
そんな特大級の爆発魔法を使ったら、敵どころか自分たちも衝撃波と酸欠と崩落で全滅だ!
いわゆる「自爆」だ!
イグニスの杖の先端に、圧縮された魔力が集束していく。
コウモリたちは本能的な危機を感じて動きを止めたが、逃げ場はない。
レオもグロックもマリアも、誰も止める気配がない。
「おお、やるな」みたいな顔で見ている。
「発射まであと1秒……! 間に合えッ!」
俺は神速でキーボードを叩いた。
魔法の発動そのものを止めることはできない(「直接干渉禁止」のルール)。
だが、魔法が成立する「物理的条件」を変えることはできる。
炎には何が必要か?
燃焼の三要素。
可燃物、熱源、そして――
Target: Space around Ignis's Staff (Radius 1m)
Parameter: Oxygen_Concentration (O2)
Set Value: 0.0% (Vacuum)
「酸素没収(窒息させてやる)ッ!」
ッターン!
イグニスが杖を振り下ろし、魔力を解放した瞬間。
――ボシュッ。
情けない音が響いた。
凄まじい熱量を持って広がるはずだった爆炎は、生まれた瞬間に酸素を失い、一瞬で鎮火した。
ただの「黒い煙」と「プスプスという音」だけが残る。
「……は?」
イグニスが杖を振るが、火花すら出ない。
完全なる不発。
だが、俺の干渉はそれだけでは終わらなかった。
局所的に作り出した「真空」領域。
空気が消滅したことで、周囲の空気が一気にその空間へ流れ込む「爆縮」が発生した。
ドンッ!
真空が埋まる衝撃波が、目の前のコウモリたちを直撃する。
さらに、急激な気圧変化と一時的な低酸素状態により、デリケートな聴覚と呼吸器を持つコウモリたちは、次々と白目を剥いて地面に落ちていった。
ポタポタと落ちるコウモリの雨。
「……か、勝った?」
レオがぽかんと口を開ける。
通路は静まり返っていた。
魔法は不発だったが、結果的に敵は全滅した。
俺はデスクで荒い息を吐きながら、モニターを睨みつけた。
さあ、イグニス。
お前はこの現象をどう解釈する?
「失敗した」と認めれば、少しは成長するかもしれないが……。
イグニスは、煙を上げる杖を愛おしそうに撫で、ニヤリと笑った。
「ククク……やはりか。この狭い空間では、俺の魔力が強大すぎて世界が耐えきれなかったようだ」
違う。
酸欠だ。
「炎という概念すら超越した『虚無』の衝撃……これぞ俺が到達した新たなる境地、『ヴォイド・クラッシュ』か」
名前つけるな。
「さすがイグニス! 炎を出さずに敵を倒すなんて、エコね!(素材が燃えなくて助かったわ)」
「見えない衝撃波……俺の鼓膜が破れるかと思ったぜ(興奮)」
「よくわからんが、俺の覇気と共鳴したようだな!」
全員、ポジティブに誤解して先に進んでいく。
俺は引き出しを開けた。
胃薬の瓶は空のままだ。
次の補給物資が届くまで、あと24時間。
俺の胃壁が持つか、世界の理(物理法則)が崩壊するか。
チキンレースは続く。
第4話、お読みいただきありがとうございます!
「狭い場所での爆発魔法」というRPGあるあるの自滅フラグを、 デウスは「科学(酸素除去)」で解決しました。
結果としてイグニスの中二病が悪化しましたが、パーティの命には代えられません。
さて、次回第5話は『宝箱とミミック』です。
ダンジョンの定番、宝箱。
しかしそれは9割の確率でミミック(人食い箱)です。
「俺の勘が宝だと言っている!」とダイブするレオ。
デウスはレオが食われる寸前に、ミミックの中身をどう変えるのか?
まさかの「グルメ回」になるかもしれません。
明日も更新します!
「デウスの科学対応ナイス!」「イグニスの解釈が便利すぎるw」と楽しんでいただけたら、 ぜひブックマーク登録と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】評価をお願いいたします!
感想もお待ちしております。
デウスへの励ましのメッセージ(胃薬の差し入れ)も大歓迎です!




