第3話 ヒーラーのストライキ
天界のデスクで、俺はモニターに向かって拝んでいた。
神が神に祈るという矛盾。
だが、今の俺にはそれしかできない。
第2話で空間を捻じ曲げるという荒技を使ったおかげで、俺の「干渉ポイント(MPのようなもの)」は枯渇寸前だ。
これ以上の大規模なマップ操作はできない。
しかし、勇者パーティ一行は、ダンジョン最初の難関『大部屋』に足を踏み入れてしまった。
「ギャギャッ!」 「ギギィッ!」
現れたのは、10匹のゴブリンの群れだ。
初心者パーティにとっては脅威だが、勇者が装備を整えていれば苦戦する相手ではない。
……そう、まともな勇者パーティならば。
「敵襲だ! 我が剣の錆となれ!」
勇者レオが突撃する。
が、床の窪みに足を取られ、回転しながらゴブリンの群れに突っ込んだ。
ゴブリンたちは「えっ、何こいつ急に来て寝たんだけど」と困惑している。
「ふふふ、私の魔法で焼き尽くしてやる……!」
魔法使いイグニスが杖を構える。
だが、彼は極度の近眼だ。
杖の先が向いているのは、ゴブリンではなく天井の鍾乳石だ。
それを撃ったら崩落して全員生き埋めだ。
「さあ来い! 俺の肉体は、貴様らの暴力のためにある!」
戦士グロックが、ビキニアーマーという名の露出狂スタイルで仁王立ちする。
ゴブリンたちは、レオ(寝てる)とイグニス(天井狙ってる)を無視し、一番目立つ変態――グロックに殺到した。
ボカッ! ドカッ! バシッ!
棍棒で殴られる音が響く。
「ぐああああッ! いいぞ! もっと腰を入れて殴れぇええ!」
グロックのHPバーが減っていく。
70%……50%……30%。
さすがに不味い。
グロックが落ちれば、前線が崩壊して後衛のマリアとイグニスがやられる。
「マリア! ヒールだ! グロックを回復しろ!」
俺はモニターに向かって叫んだ。
聖女マリアは後衛で無傷だ。
彼女が回復魔法『ヒール』を使えば、何の問題もない。
だが、画面の中のマリアは、腕組みをして冷ややかな目でグロックを見下ろしていた。
「あー、グロックさん。HPがレッドゾーンですね」
「ぐふっ……マリア……ちゃん……回復……を……」
「はい、お見積りはこちらになります」
マリアは懐から羊皮紙を取り出し、ペラリと広げた。
「緊急治療費500G。出張費200G。あと、ゴブリンの返り血で私の服が汚れるリスク手当として300G。計1000Gになります。サインはこちらへ」
「い、今は……持ち合わせが……ない……」
「じゃあ無理ですね。あ、死んだら装備品は私が回収して売りますのでご安心を」
こいつ、見殺しにする気だ!
金がないと回復しない聖女なんて聞いたことがない。
グロックのHPは残り10%。次の棍棒攻撃がクリティカルすれば死ぬ。
「ふざけんな! ここでタンク役を失ったら攻略不可能だろ!」
俺はキーボードに飛びついた。
直接的な奇跡(回復の光など)は、今の残り予算では使えない。
上司の承認フローも間に合わない。
マリアを操作することもできない(自由意志の尊重)。
使えるリソースは……そこにいる『敵』だけだ。
「これだ……!」
俺はグロックを殴ろうと振りかぶっていたゴブリンAのデータをハックした。
Target: Enemy_Goblin_A
Override_Skill: [Attack] ->
Effect: Invert Damage Value (Physical -> Holy Recovery)
「殴れば殴るほど回復する拳になれぇええッ!」
ッターン!
ゴブリンAの目が、カッ!と聖なる光を帯びて輝いた。
振り下ろされた棍棒が、グロックの脳天を直撃する。
ドゴォオオン!
「ぶべらぁッ!?」
凄まじい音が響き、グロックの首がガクンと折れ曲がる。
だが、HPバーは減らなかった。
逆に、緑色の光が溢れ出し、HPが回復していく。
HP: 10% -> 35%
「あ……? あがっ……?」
グロックが白目を剥きながら痙攣する。
痛みはある。
衝撃もある。
脳も揺れている。
だが、傷口が塞がり、体力が漲ってくる。
「ギギィッ!?(なんで死なねぇんだ!?)」
ゴブリンAはパニックになり、さらに猛烈なラッシュを叩き込んだ。
ドカバキボコドカッ!
右フック、左アッパー、ボディブロー。
すべてが致命的な打撃音を立てるが、そのたびにグロックの体が聖なる光に包まれる。
HP: 50% -> 80% -> 100% (MAX)
「な、なんだこれはぁあああッ!?」
全回復して立ち上がるグロック。
その顔は、恍惚と恐怖が入り混じった新世界の表情をしていた。
「痛い! 殴られるのは痛いのに、殴られるたびに体が熱く、力が湧いてくる! 暴力と治癒の永久機関! これは……これは新しい扉が開いたぞおおおッ!」
「ひっ、化け物……!」
全力で殴ってもピンピンしている変態を見て、ゴブリンたちの戦意が崩壊した。
彼らは悲鳴を上げて逃げ出し、グロックだけが荒い息を吐きながらその場に残された。
「……助かりましたわね。私の出番がなくて残念ですけど(チッ)」
マリアが舌打ちをして見積書をしまう。
俺は椅子に深く沈み込んだ。
敵を洗脳して味方を殴らせて回復させる。
もう何が「神の導き」なのか分からない。
だが、パーティは生存した。
それだけが真実だ。
画面の中で、グロックが遠くを見つめながら呟いた。
「あのゴブリン……また会えるかな。あの拳、忘れられないよ……」
やめてくれ。厄介なフラグを立てるな。
第3話、お読みいただきありがとうございます!
「金がないなら死んでください」という聖女にあるまじきマリアの対応と、 それに対抗するためにデウスが編み出した「物理殴打ヒール」でした。
結果として、グロック(ドM)の性癖をより複雑なものにしてしまった気がします。
さて、次回第4話は『範囲魔法の悲劇』です。
狭い通路で敵に遭遇。
逃げ場のない状況で、中二病魔法使いイグニスが 「俺の最強魔法を見せてやる!」と詠唱を開始します。
味方もろとも消し飛ばす気満々の彼を、デウスはどう止めるのか?
明日も更新します!
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