第2話 最初のダンジョン、最初の罠
天界のオフィスには、今日も俺の絶望的な溜息と、虚しいキーボードの打鍵音だけが響いていた。
第1ミッション、『隣町の初心者ダンジョンへの到達』。
通常なら徒歩1時間の道のりを、あの勇者パーティは3日かけて踏破した。
理由は単純だ。
勇者レオが致命的な方向音痴だからだ。
太陽が昇る方向を「西」と断言し、街道を無視して密林へ突っ込もうとする彼を、俺は倒木を落としたり、急に崖を隆起させたりして、物理的に進路を塞いで誘導し続けた。
おかげで俺の指先は既にボロボロだし、地形操作のための予算(神力)もカツカツだ。
「頼むから、ダンジョン内では大人しくしてくれよ……」
俺は祈るような気持ちでモニターを見つめた。
彼らが挑むのは『試練の洞窟』。
俺が新人の頃に作ったチュートリアル用のダンジョンだ。
構造は極めて単純。
入口からボス部屋まで、ほぼ一本道。
迷う要素など皆無の、言わば「接待用マップ」である。
画面の中で、レオが洞窟の入口に立った。
「ここが魔王城への第一歩か。禍々しい気配を感じるぞ」
「湿気で髪が痛むわ。湿気対策費として追加報酬を要求する」
「暗闇か……フッ、俺の闇属性が疼く(※鳥目で見えていない)」
「固い岩盤! 擦りつけられたい!」
相変わらずの不協和音を奏でながら、一行は洞窟へ侵入した。
最初の通路は、幅5メートルの直進ルート。
突き当たりを右に曲がれば、最初の宝箱がある部屋だ。
俺はコーヒーを一口飲み、少しリラックスした。
ここはただ真っ直ぐ歩くだけだ。
さすがに何も起きな――
「止まれ」
レオが唐突に足を止めた。
そして、何もない壁――進行方向に対して直角にある、分厚い岩壁を指差した。
「俺の直感が告げている。正解ルートは『こっち』だ」
は?
そこは壁だ。
向こう側は岩盤だ。
100メートル掘っても土しかない。
「ちょ、ちょっとレオ? 道は真っ直ぐよ?」
聖女マリアが珍しくまともなツッコミを入れた。
そうだ、もっと言え。
「いや、マリア。それは敵の罠だ。この真っ直ぐな道こそが、我々を死へ誘う幻影なのだ」
「でも地図には……あ、地図を見るなら閲覧料50Gいただくけど」
「金はない! だが俺には勇者の勘がある!」
レオは聞く耳を持たない。
そして、あろうことか壁に向かって歩き出した。
「壁に見えるが、これは幻術だ! このまま突っ切る!」
いや、幻術じゃない。
物理だ。
硬度10の天然岩盤だ。
このままではレオが壁に激突し、その衝撃でHP15が消し飛びかねない。
あるいは「壁にぶつかって気絶」という情けない死に様を晒すことになる。
「くそっ、なんで一本道で迷子になるんだよ!」
俺はデスクの上の「非常用エナジードリンク(神界限定販売・カフェイン300倍)」を一気飲みし、コンソールに向かった。
レオの思考を変えることはできない。
奴のINTは3だ。
説得コマンドは通用しない。
ならば、世界側を変えるしかない。
Target: Dungeon_Floor_001
Action: Rotate_Spatial_Axis (Z-Axis, 90deg)
Connect: Current_Pos to Room_002
「空間接続、強制執行ッ!」
ッターン! とエンターキーを叩く。
画面の中で、世界が歪んだ。
レオが踏み出そうとしていた「壁」が、飴細工のようにぐにゃりとねじれ、空間そのものが回転する。
本来の「通路」が壁になり、「壁」だった場所に穴が空き、空間が無理やり接続される。
三次元的な整合性を無視した、強引なマップ書き換えだ。
「うおおおおッ!」
レオが壁(だった場所)を通り抜ける。
その先は、本来なら右折した先にあるはずの広場に繋がっていた。
「見たか! やはり幻影だった!」
「す、すごいですレオきゅん! 壁がぬるんと開いた!」
「チッ、私の鑑定眼(有料)が外れるなんて……」
「壁の中……! 圧迫感! 最高だァ!」
パーティは歓声を上げながら(一名を除く)、ねじれた空間を通過していく。
俺は息を切らしながら椅子にもたれかかった。
なんとか誤魔化せた。
だが、その代償は大きかった。
俺の強引な編集のせいで、ダンジョンの構造はエッシャーの騙し絵のように歪み、床と天井がシームレスに繋がり、重力の方向がおかしくなっていた。
数分後。
正規の依頼を受けた、真面目な冒険者パーティ『暁の剣』が洞窟に入ってきた。
「よし、まずは小手調べといくか……って、うぷっ」
リーダーの剣士が、入った瞬間に口元を押さえた。
空間がねじれているため、一歩踏み出すたびに視界が回転し、三半規管を直接殴られるような吐き気が襲うのだ。
「な、なんだこのダンジョン……平衡感覚が……オロロロロ」
「床が……天井に……? だめ、酔う……」
後続の冒険者たちが次々と地面(あるいは天井)に膝をつき、リバースしていく。
難易度レベル1のダンジョンが、俺の空間操作のせいで『超三半規管破壊迷宮』に変貌してしまった。
「……ごめん」
俺はモニターに向かって小さく謝った。
だが、罪悪感に浸っている暇はない。
画面の奥では、レオたちが次の部屋――モンスターハウスへ到達しようとしていたからだ。
そしてそこには、なぜか『先払い』を要求して動かないヒーラーと、瀕死のタンクの姿が見える未来が確定していた。
俺は胃薬の瓶を逆さに振った。
空だった。
読んでいただきありがとうございます!
第2話、いかがでしたでしょうか。
真っ直ぐな道すら歩けない勇者。
そして、その後始末で物理法則をねじ曲げられ、被害を受ける一般冒険者たち。
デウスの胃痛と罪悪感は増すばかりです。
さて、次回第3話は『ヒーラーのストライキ』です。
モンスターの群れに襲われ、瀕死になる戦士グロック。
しかし聖女マリアは「請求書の作成」に忙しく、回復魔法を唱えてくれません。
デウスが取った、禁断の(そしてグロックが目覚めてしまう)解決策とは……?
明日も更新します!
「面白かった!」「続きが読みたい!」「デウスに胃薬を差し入れしたい!」と思っていただけた方は、 ぜひブックマーク登録と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】評価をお願いいたします! (★5ついただけると、デウスのボーナス査定がほんの少し上がります!)
感想もお待ちしております。
全てデウスの業務日報としてファイリングさせていただきます!




