第1話 辞令と誤算
天界、第十三管理支部。
無機質な白で統一されたオフィスには、キーボードを叩く音と、どこかのセクションから聞こえてくる悲鳴のような報告音声だけが響いている。
俺、ダンジョン管理課・課長代理のデウスは、目の前に浮かぶホログラムウィンドウに表示された『特命辞令』を睨みつけながら、深いため息をついた。
「……正気かよ、最高神」
手元の安っぽい缶コーヒー(天界の自販機で120神貨)を煽る。
苦い。
胃が痛い。
辞令の内容はシンプルだった。
『対象:勇者パーティ(リーダー:レオ)。
任務:魔王城到達および魔王討伐の完遂。
条件:直接干渉の禁止(神託、直接攻撃NG)。環境操作、偶発的イベントによる誘導のみ可。
備考:失敗した場合、世界は滅亡し、君のボーナスも消滅する』
魔王討伐。
それは通常、我々運営側が手塩にかけて育てたダンジョンという「商品」を、勇者という「顧客」が攻略するエンターテインメントだ。
本来なら、俺はダンジョンの難易度調整や、宝箱の配置バランスを考えるだけでいいはずだった。
だが、今回のクライアントは訳ありらしい。
正規軍が見放した廃棄寸前の勇者パーティだという。
「まあ、腐っても勇者とその仲間たちだ。数は力だ」
俺はデスクのモニターに、下界の様子を映し出した。
場所は「はじまりの村」の出口。
そこに、四人の男女が集まっている。
俺は管理者権限で、彼らのステータスウィンドウを一括展開した。
その瞬間、俺はコーヒーを吹き出しそうになった。
【勇者:レオ】
LUK(運): -999
備考: 歩く厄災。INT3(チンパンジー以下)。
【聖女:マリア】
信仰心: 0
所持スキル: 【強欲】【請求書作成(早)】【回復魔法(※有料)】
備考: 回復魔法の使用条件に「前金」を設定中。
【魔法使い:イグニス】
視力: 0.01(眼鏡なし)
所持スキル: 【終焉の爆炎(広範囲)】【味方識別機能(欠損)】
備考: 「爆裂系」以外の魔法を学習拒否。
【戦士:グロック】
DEF(防御力): 5
装備: ビキニアーマー(男性用)
所持スキル: 【挑発】【被虐の喜び】
備考: 攻撃を受けると興奮して行動不能になる。
「…………地獄か?」
バランスが悪いとかいう次元ではない。
これは「パーティ」ではなく「混ぜるな危険」の劇薬だ。
画面の中で、彼らが動き出した。
村の外へ一歩踏み出す。
その瞬間、草むらから現れたのは、ファンタジーの定番、最弱モンスター『プルプルスライム』だ。
攻撃力1。防御力1。
さあ、お手並み拝見といこう。
「ふはは! 我が聖剣のサビにしてくれる!」
勇者レオが剣を抜き、カッコいいポーズで突撃する。
――ズシャアッ!
何もない平地で、レオが盛大に転んだ。
投げ出された剣が空を舞い、あろうことか後衛の魔法使いイグニスの足元に突き刺さる。
「ぬわっ!? て、敵襲か!? 見えないが気配は感じるぞ……!」
極度の近眼であるイグニスが、味方の剣を敵の攻撃と誤認。
杖を掲げ、詠唱を始めた。
「闇の炎に抱かれて消えろ! 『エクスプロージョン・ノヴァ』!!」
おい待て。
スライム一匹に戦略級魔法を使うな。
しかもその座標、自分たちの真下だぞ!
「ああっ! レオきゅんが転んだ姿、尊い……ッ! 俺が守るよハァハァ!」
戦士グロックが、スライムとレオの間に割って入る。
盾は持っていない。
ビキニアーマーの肌をさらけ出し、両手を広げて攻撃を待ち構えている。
防御する気ゼロだ。
スライムが体当たりをする。
ポヨン。
ダメージ1。
「ぐああああッ! 効くぅううう! もっと! もっとくれぇええ!」
グロックが悶絶して地面をのたうち回る。
ダメージ1で瀕死の演技。
邪魔だ。
「ちょっとあんたたち! グロックが死にそうよ!(死なない)」
聖女マリアが叫ぶ。
彼女は懐から電卓を取り出し、高速でキーを叩いていた。
「回復魔法は一回500G! 今なら『頑張れ』の応援ボイス付きで800Gよ! 契約書にサインして!」
「うう……金なら……あとで払う……」
「ツケは不可よ!」
カオスだ。
スライム一匹相手に、勇者は転び、魔法使いは自爆準備、戦士は悶え、聖女は商談中。
イグニスの杖の先端が赤く輝き始めた。
魔法発動まであと3秒。
このままだと、第1話でパーティ全滅(死因:味方の誤爆)だ。
「くそっ、仕事増やしやがって!」
俺はキーボードを叩きつけた。
直接介入は禁止。
だが、環境操作なら――!
Target: Atmosphere (Oxygen_Level) around IGNIS
Action: Decrease temporarily
ッターン!
イグニスの周囲の酸素濃度を瞬間的に下げた。
ボシュッ。
燃え上がろうとした炎が、不完全燃焼で黒い煙を上げて消える。
「なっ!? 俺の黒炎が……世界に拒絶されたというのか!?」
イグニスが中二病的な解釈をして驚愕している隙に、俺は次のコマンドを打つ。
Target: Enemy_Slime_001
Action: Set_State (Fear)
スライムのAIに「恐怖」を植え付ける。
スライムはブルブルと震えると、猛ダッシュで草むらへ逃げ帰っていった。
静寂が訪れる。
転んでいたレオが立ち上がり、髪をかき上げた。
「……ふっ。逃げたか」
レオは剣を拾い、ドヤ顔で仲間を見渡した。
「俺の放った『王者の波動』に恐れをなしたようだな」
「さすがレオきゅん! 俺もスライムの猛攻(ダメージ1)を耐えきった甲斐があったぜ!」
「ちっ、稼ぎ損ねたわ」
「ふふふ、私の魔法が強すぎて発動しなかったのが幸いしたな……」
全員、何一つ現実を理解していなかった。
俺は頭を抱え、デスクに突っ伏した。
モニターの隅で、次の辞令がポップアップする。
『第1ミッション:隣町の初心者ダンジョンへの到達』
俺は引き出しから業務用特大サイズの胃薬を取り出した。
これを魔王討伐まで?
過労死ラインなんてとうに超えている。
神様、はじまりの村にて、早くも心折れそう。
はじめまして、作者です。
数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます!
「最強の力を持っているのに、会社のルールと無能すぎる勇者パーティに縛られて胃を痛める中間管理職の神様」のお話を書いてみました。
一人だけでも大変なのに、全員が地雷。
そんな彼らを、チート能力を駆使していかに「接待」して勝たせるか。
ギリギリのダンジョン運営業務日誌にお付き合いいただければ幸いです。
明日も更新します!
第2話は『最初のダンジョン、最初の罠』。
いきなり勇者が壁に向かって歩き続けるバグ(仕様)が発生します。
面白そう、続きが気になる!と思っていただけたら、 ブックマーク登録と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、デウスの胃痛が少し治まります(作者の執筆モチベーションが爆上がりします)!
何卒よろしくお願いいたします!




