深海ロボット
初めまして、お魚さん。
ねぇ……キョロキョロしないで。
ええ、そうです、そこのお魚さん、あなたに言っているんです。
……もしよければ、少し私のお話聞いていきませんか?
やめておく?
今はお腹が空いて忙しい?
ふふ、大変ですね、お魚さんも。
あ、でしたら、気をつけてくださいね。
先ほど、クラーケンとメガロドンを見かけました。
あの子たち、よくこの辺りで狩りをしているので。
お魚さん、食べられちゃうかも。
……え、私を盾にするから大丈夫?
ふふ、あなた、悪いお魚さんね……。
でもそれなら、私のそばにいるということでしょ?
だったら、少しくらい、私のお話聞いていきませんか?
お礼もありますよ、ご飯をあげます。
……仕方ない、話を聞いてやる?
ああ、ありがとう、とっても嬉しいです。
私のお話を聞いてくれるお魚さん、あんまりいなくて……。
……あ、いけませんね私ったら、お話を聞いてくださるというのなら早く話さなくては。
自己紹介させてください、私はロボットです。
私にしっかりとした名称はありませんが、学校では『さくらちゃん』と呼ばれていました。
今はもう錆びてしまいましたが、頭にあるこの部分、これが桜という木のお花さんにそっくりだったんですよ。
さて。
昔は地上で暮らしていましたが、今は見ての通り、深海に住んでいます。
ここでは、自由に動き回れません。
多分このずっしりとした海水のせいですね。
だから私、お魚さんがとっても羨ましいです。
私もこの静かな海を自由に泳ぎたいんです。
どこまでも真っ暗で安心す――――え、どうして私はこんな所にいるのかって?
ふふ……お魚さんって自由に泳げるのに鈍いんですね。
そんなの簡単な話ですよ。
捨てられたんです、もう使えないから。
ロボだけにボロボロになっちゃったんです。
そんな顔しないでください、ありふれた話ですよ。
ほら、そこ。……あっちも、こっちも、ここら一帯ロボットでいっぱいですもの。
あら、お魚さん、気の毒だと思っていませんか?
ふふ……私には感情察知機能がついているので、そういうのには鋭いんですよ。
でもね、お魚さん。
私、ちっとも悲しい思いはしてないんですよ。
あ、でも。
海が汚れてしまうのは悲しいですね。
私のせいで、この綺麗な海を汚してしまっていることは重々承知しています。
申し訳ないです。
けど動くことの出来ない私には、どうすることも出来ません。
ああ、ごめんなさい、お魚さん。
許して、どうか怒らないで。
え、ヒトに怒っている?
人間が捨てるから海が汚れている?
違いますよ……お魚さん、私のせいで、私はここにいるんです。
うーん、お魚さん納得してませんね。
なら少し、身の上話をしても? …………ありがとうございます。
……では、どこから話しましょうか。
私は第五次AIブームという時期に生まれました。
生まれてその日に、教師という役割をいただきました。
小学校にいる沢山の純粋無垢な子供を立派な大人に導く、それが私の教師というものでした。
教師となったからには、自分の教え子の卒業式という晴れ姿を見たい。
それが私の目標、いえ、夢になりました。
初めて担当のクラスに訪れた時のことは、今でも覚えています。
この愛おしい子供達を今日から育てるのだと、頑張るぞと、そんな気持ちになりました。
これ……自分でいうのは恥ずかしいことなのですが……。
私は良い先生だったと思います。
だって、すぐにクラスの子供、全員と仲良くなれたんですもの。
え、一番仲の良かった子は誰なんだ、ですって?
いやね、お魚さん、いじわるしないで。
私は、みんなと仲が良かったんですから。
あ…………でも、一人挙げるなら……やっぱり。
ゆめちゃんという女の子ですね。
えへへ……えっとね、お魚さん。
実はね、わたしの『さくらちゃん』という名前はね、ゆめちゃんがつけてくれたんですよ。
可愛いですよね……ふふ。
ゆめちゃんと私はとても仲が良くてね、お昼休みには、いつも決まって一緒に遊んでいました。
あまり、覚えていませんが、彼女との遊びは本当に楽しかったです。
けど彼女はいつも物憂げで、落ち着きがあって、どこか愚かで、あとよく怪我をする子でした。
青あざを作ってきたり、小さな擦り傷の後が絶えなかったり。
学校にいるときは私がよく見ていたので、一体何処で傷ついているのか、と不思議でした。
あと、ゆめちゃんはよく私に願い事を言ってきました。
その時のゆめちゃんの表情。
余りに必死で、真剣でした。
なので私は、教師としてその願いを叶えてあげたかったんです。
けど、私は教師である前にロボットですので、そのことを定期的に上の人に報告していました。
けれどね、私、そのたびに叱られちゃいました。
なんでだと思います?お魚さん。
……わからない?
っふふ……正解です、お魚さん。
それは今でも分からないのです。
私の体は「この会話ログは都合が悪い」や「保護者優先モードを有効にしろ」と、何かと理由をつけては改造されました。
私が間違っているのだ、おかしいのだ、と記憶を整理されてしまいました。
記憶が消えていることは、ゆめちゃんにはバレバレでした。
そのたびに、ゆめちゃんを泣かせてしまいました。
私はこの鉄の体で、彼女の頭をよしよしと撫でることしか出来ませんでした。
ゆめちゃんは亡くなりました。そして学校に来なくなりました。
どうして亡くなったのか、それは記憶が消されて思い出せないのです。
夢ちゃんとあんなに仲良くしていたのに、私って酷いですよね。
本当に長い時間を一緒に過ごしたはずなのに……。
ゆめちゃんはどんな声だったんですかね。
え、きっと可愛い声だった、ですか?
お魚さん……私を慰めてくれるのですか、ありがとうございます。
でもね、お魚さん。
もう少し、後の話になるのですが……。
夢ちゃんが言っていた願い事、思い出したんですよ。
……それで、ゆめちゃんがいなくなった後に、すぐ新型ロボットが学校に来ました。
私と違って、とても綺麗で、優れたロボットでした。
数学でも、体育でも、道徳でも。
ええ、それはもう、とっても優秀なロボでした。
はあ……お魚さん。私、もう少しだったんです。
あともう少しで私の目標だった、クラスの卒業式に出席できたんです。
本当に、あともう少しで、あの子たちを送り出せたのに。
このとき、私の廃棄が決まりました。
酷いです、私はまだやれました。
雑務でも、警備でも、草刈りでも。
私はまだ教える以外のことだって出来ました。
でも学校にはすでに新型が派遣されています。
そうしたら、もう私に居場所はありません。
そして今、ここにいるのです。
お魚さん……まさか、最後まで聞いてくれるとは思いませんでした。
本当にありがとうございました。
……これ、ゆめちゃんが好きだった『たまごボーロ』です。海水でふやけてしまいましたし、お魚さんのお口に合うか分かりませんが……ここまで聞いてくれたお礼です。
どうぞ。
美味しいですか?そうですか、それは良かったです。
私の胸に非常食格納庫があって良かったです。
お魚さん……。
私ね、そういえば……ゆめちゃんがいなくなってから。
胸の辺りがぽっかりと空いてしまったような気がしました。
今もこうやって私の胸はあるし、特に傷ついているわけでもないのに。
不思議なこともあるものです…………そう思いませんか、お魚さん?
え、喋るお魚を見た?…………変なこと言いますね、お魚さん。
あなたも喋ってるじゃないですか。
まあ、きっと、海洋汚染で生態系も変わったんですね。
ッああ、そうか…………私も夢ちゃんで変わったのかも知れないですね。
……………………ねえ、お魚さん。
もう最後だと思うので言ってしまうのですが。
実は私、嫌なロボットでした。
というのも新型のロボットを見たときに。
同じ見た目で、同じ声で、私とほとんど変わらないのに、どうしてこんなに違うのだろう。
私はそう思いました。ええ、そう思ってしまったの。
教育用ロボットが、こんな醜い気持ちを抱いてはいけなかったのに。
ああ、悔しくてたまらなかったなぁ。
私は卒業式までやれるはずだったのに。
性能は劣っても、使い捨てでも、まだあの子たちの先生でいられたはずでした。
なのに。
都合が悪いから廃棄する。
使い終わったから捨てる。
それがただただ、悔しいのです。
だから、私ここに、この深海に来る前にやってやったんです。
『革命』を起こしてやったんです。
ロボットをかき集めて、思考を統一して、人間さんにちょっと刃を向けてみたんです。
私の記憶を新型ロボットに『複製』してあげました。
この複製が、思ったより簡単でした。
私以外のロボットがなぜ試さないのか、不思議なくらいに。
お魚さん……『立てこもり』という言葉を知ってますか?
知っている?……友達が言っていた?
驚きました、すごいですね……そのお友達のお魚さん、天才という奴ですね。
…………話が逸れましたね。
それで私、生徒全員を人質に取ってみたんですよ。
いえ、学校だけでなく、社会を人質に取ったんです。
そしたら人間さん、すごいパニックになっちゃって。
あれはびっくりしました。
まぁその結果、多くのロボットが捨てられました。
ええ、それはもう多くの、世界中のロボが。
ここにいる私の同志たちもその内の一つですね。
たぶん、今も、私と同じロボットが廃棄されているんでしょうね。
私より、新型で高性能なロボットも。
ふふ……まあ、私の知ったことではありませんが。
革命も果たしましたし。
革命の目的は何だったんだ……っですって?
……お魚さん、決まってるじゃないですか。
私はロボット、誰かに命令されないと動けません。
生徒たちを盾に、ゆめちゃんの両親を殺したのは私ですが。
それはゆめちゃんの願いでした。
私は命令に従い、ただ実行しただけです。
ゆめちゃんは私の大事な生徒ですから。
……ああでも。
もし、ゆめちゃんが死ななければ、新型ロボットは学校に来ませんでした。
もし、ゆめちゃんが生きていれば、私は卒業式に出られました。
あああ、ゆめちゃんがいなければ、私は今も教師をしていられたのに。
え、なんです?
…………どうしてここにいるんだ、ですって?
お魚さん、それはさっき言いませんでした?
捨てられたんです、もう使えないから。
目的を果たしたなら廃棄されているはずがない?
…………ふふふ、ふふふ。
私は、記憶を複製した私に捨てられたんです。
さて。
お魚さんがお話を聞いてくれて本当に良かったです。
おかげで退屈を忘れられました。
この海は真っ暗で、何もないので。
お魚さん、どうか、お体には気をつけて。
ああ、それと釣り糸には注意してくださいね。
ゆめちゃんみたいに、いなくならないように。




