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深海ロボット

作者: よせあつめ
掲載日:2025/12/05

 初めまして、お魚さん。




 ねぇ……キョロキョロしないで。




 ええ、そうです、そこのお魚さん、あなたに言っているんです。




 ……もしよければ、少し私のお話聞いていきませんか?




 やめておく?


 今はお腹が空いて忙しい?




 ふふ、大変ですね、お魚さんも。




 あ、でしたら、気をつけてくださいね。




 先ほど、クラーケンとメガロドンを見かけました。





 あの子たち、よくこの辺りで狩りをしているので。





 お魚さん、食べられちゃうかも。





 ……え、私を盾にするから大丈夫?





 ふふ、あなた、悪いお魚さんね……。





 でもそれなら、私のそばにいるということでしょ?





 だったら、少しくらい、私のお話聞いていきませんか?





 お礼もありますよ、ご飯をあげます。




 ……仕方ない、話を聞いてやる?




 ああ、ありがとう、とっても嬉しいです。





 私のお話を聞いてくれるお魚さん、あんまりいなくて……。




 ……あ、いけませんね私ったら、お話を聞いてくださるというのなら早く話さなくては。




 自己紹介させてください、私はロボットです。




 私にしっかりとした名称はありませんが、学校では『さくらちゃん』と呼ばれていました。




 今はもう錆びてしまいましたが、頭にあるこの部分、これが桜という木のお花さんにそっくりだったんですよ。




 さて。




 昔は地上で暮らしていましたが、今は見ての通り、深海に住んでいます。




 ここでは、自由に動き回れません。




 多分このずっしりとした海水のせいですね。




 だから私、お魚さんがとっても羨ましいです。




 私もこの静かな海を自由に泳ぎたいんです。




 どこまでも真っ暗で安心す――――え、どうして私はこんな所にいるのかって?




 ふふ……お魚さんって自由に泳げるのに鈍いんですね。




 そんなの簡単な話ですよ。





 捨てられたんです、もう使えないから。





 ロボだけにボロボロになっちゃったんです。




 そんな顔しないでください、ありふれた話ですよ。




 ほら、そこ。……あっちも、こっちも、ここら一帯ロボットでいっぱいですもの。





 あら、お魚さん、気の毒だと思っていませんか?




 ふふ……私には感情察知機能がついているので、そういうのには鋭いんですよ。




 でもね、お魚さん。




 私、ちっとも悲しい思いはしてないんですよ。




 あ、でも。




 海が汚れてしまうのは悲しいですね。




 私のせいで、この綺麗な海を汚してしまっていることは重々承知しています。




 申し訳ないです。




 けど動くことの出来ない私には、どうすることも出来ません。




 ああ、ごめんなさい、お魚さん。




 許して、どうか怒らないで。





 え、ヒトに怒っている?




 人間が捨てるから海が汚れている?





 違いますよ……お魚さん、私のせいで、私はここにいるんです。






 うーん、お魚さん納得してませんね。






 なら少し、身の上話をしても? …………ありがとうございます。






 ……では、どこから話しましょうか。





 私は第五次AIブームという時期に生まれました。




 生まれてその日に、教師という役割をいただきました。




 小学校にいる沢山の純粋無垢な子供を立派な大人に導く、それが私の教師というものでした。




 教師となったからには、自分の教え子の卒業式という晴れ姿を見たい。




 それが私の目標、いえ、夢になりました。




 初めて担当のクラスに訪れた時のことは、今でも覚えています。





 この愛おしい子供達を今日から育てるのだと、頑張るぞと、そんな気持ちになりました。




 これ……自分でいうのは恥ずかしいことなのですが……。




 私は良い先生だったと思います。





 だって、すぐにクラスの子供、全員と仲良くなれたんですもの。




 え、一番仲の良かった子は誰なんだ、ですって?




 いやね、お魚さん、いじわるしないで。




 私は、みんなと仲が良かったんですから。




 あ…………でも、一人挙げるなら……やっぱり。





 ゆめちゃんという女の子ですね。





 えへへ……えっとね、お魚さん。




 実はね、わたしの『さくらちゃん』という名前はね、ゆめちゃんがつけてくれたんですよ。




 可愛いですよね……ふふ。




 ゆめちゃんと私はとても仲が良くてね、お昼休みには、いつも決まって一緒に遊んでいました。




 あまり、覚えていませんが、彼女との遊びは本当に楽しかったです。




 けど彼女はいつも物憂げで、落ち着きがあって、どこか愚かで、あとよく怪我をする子でした。




 青あざを作ってきたり、小さな擦り傷の後が絶えなかったり。




 学校にいるときは私がよく見ていたので、一体何処で傷ついているのか、と不思議でした。



 あと、ゆめちゃんはよく私に願い事を言ってきました。





 その時のゆめちゃんの表情。




 余りに必死で、真剣でした。





 なので私は、教師としてその願いを叶えてあげたかったんです。





 けど、私は教師である前にロボットですので、そのことを定期的に上の人に報告していました。





 けれどね、私、そのたびに叱られちゃいました。





 なんでだと思います?お魚さん。




 ……わからない?




 っふふ……正解です、お魚さん。




 それは今でも分からないのです。




 私の体は「この会話ログは都合が悪い」や「保護者優先モードを有効にしろ」と、何かと理由をつけては改造されました。




 私が間違っているのだ、おかしいのだ、と記憶を整理されてしまいました。





 記憶が消えていることは、ゆめちゃんにはバレバレでした。





 そのたびに、ゆめちゃんを泣かせてしまいました。





 私はこの鉄の体で、彼女の頭をよしよしと撫でることしか出来ませんでした。





 ゆめちゃんは亡くなりました。そして学校に来なくなりました。




 どうして亡くなったのか、それは記憶が消されて思い出せないのです。




 夢ちゃんとあんなに仲良くしていたのに、私って酷いですよね。




 本当に長い時間を一緒に過ごしたはずなのに……。




 ゆめちゃんはどんな声だったんですかね。




 え、きっと可愛い声だった、ですか?




 お魚さん……私を慰めてくれるのですか、ありがとうございます。


 


 でもね、お魚さん。




 もう少し、後の話になるのですが……。




 夢ちゃんが言っていた願い事、思い出したんですよ。


 


 

 ……それで、ゆめちゃんがいなくなった後に、すぐ新型ロボットが学校に来ました。




 私と違って、とても綺麗で、優れたロボットでした。



 数学でも、体育でも、道徳でも。



 ええ、それはもう、とっても優秀なロボでした。




 はあ……お魚さん。私、もう少しだったんです。




 あともう少しで私の目標だった、クラスの卒業式に出席できたんです。




 本当に、あともう少しで、あの子たちを送り出せたのに。




 このとき、私の廃棄が決まりました。




 酷いです、私はまだやれました。




 雑務でも、警備でも、草刈りでも。




 私はまだ教える以外のことだって出来ました。




 でも学校にはすでに新型が派遣されています。





 そうしたら、もう私に居場所はありません。





 そして今、ここにいるのです。






 お魚さん……まさか、最後まで聞いてくれるとは思いませんでした。




 本当にありがとうございました。




 ……これ、ゆめちゃんが好きだった『たまごボーロ』です。海水でふやけてしまいましたし、お魚さんのお口に合うか分かりませんが……ここまで聞いてくれたお礼です。




 どうぞ。




 美味しいですか?そうですか、それは良かったです。





 私の胸に非常食格納庫があって良かったです。




 お魚さん……。



 私ね、そういえば……ゆめちゃんがいなくなってから。




 胸の辺りがぽっかりと空いてしまったような気がしました。




 今もこうやって私の胸はあるし、特に傷ついているわけでもないのに。




 不思議なこともあるものです…………そう思いませんか、お魚さん?




 え、喋るお魚を見た?…………変なこと言いますね、お魚さん。




 あなたも喋ってるじゃないですか。





 まあ、きっと、海洋汚染で生態系も変わったんですね。






 ッああ、そうか…………私も夢ちゃんで変わったのかも知れないですね。






 ……………………ねえ、お魚さん。





 もう最後だと思うので言ってしまうのですが。






 実は私、嫌なロボットでした。






 というのも新型のロボットを見たときに。




 同じ見た目で、同じ声で、私とほとんど変わらないのに、どうしてこんなに違うのだろう。




 私はそう思いました。ええ、そう思ってしまったの。




 教育用ロボットが、こんな醜い気持ちを抱いてはいけなかったのに。




 ああ、悔しくてたまらなかったなぁ。




 私は卒業式までやれるはずだったのに。




 性能は劣っても、使い捨てでも、まだあの子たちの先生でいられたはずでした。




 なのに。




 都合が悪いから廃棄する。




 使い終わったから捨てる。




 それがただただ、悔しいのです。




 だから、私ここに、この深海に来る前にやってやったんです。









『革命』を起こしてやったんです。





 ロボットをかき集めて、思考を統一して、人間さんにちょっと刃を向けてみたんです。





 私の記憶を新型ロボットに『複製』してあげました。






 この複製が、思ったより簡単でした。




 私以外のロボットがなぜ試さないのか、不思議なくらいに。





 お魚さん……『立てこもり』という言葉を知ってますか?




 知っている?……友達が言っていた?




 驚きました、すごいですね……そのお友達のお魚さん、天才という奴ですね。




 …………話が逸れましたね。




 それで私、生徒全員を人質に取ってみたんですよ。




 いえ、学校だけでなく、社会を人質に取ったんです。




 そしたら人間さん、すごいパニックになっちゃって。




 あれはびっくりしました。




 まぁその結果、多くのロボットが捨てられました。




 ええ、それはもう多くの、世界中のロボが。




 ここにいる私の同志たちもその内の一つですね。




 たぶん、今も、私と同じロボットが廃棄されているんでしょうね。



 私より、新型で高性能なロボットも。



 ふふ……まあ、私の知ったことではありませんが。




 革命も果たしましたし。




 革命の目的は何だったんだ……っですって?




 ……お魚さん、決まってるじゃないですか。




 私はロボット、誰かに命令されないと動けません。




 生徒たちを盾に、ゆめちゃんの両親を殺したのは私ですが。




 それはゆめちゃんの願いでした。




 私は命令に従い、ただ実行しただけです。




 ゆめちゃんは私の大事な生徒ですから。




 ……ああでも。




 もし、ゆめちゃんが死ななければ、新型ロボットは学校に来ませんでした。




 もし、ゆめちゃんが生きていれば、私は卒業式に出られました。






 あああ、ゆめちゃんがいなければ、私は今も教師をしていられたのに。








 え、なんです?




 …………どうしてここにいるんだ、ですって?





 お魚さん、それはさっき言いませんでした?





 捨てられたんです、もう使えないから。





 目的を果たしたなら廃棄されているはずがない?




 …………ふふふ、ふふふ。





 私は、記憶を複製した私に捨てられたんです。






 さて。





 お魚さんがお話を聞いてくれて本当に良かったです。




 おかげで退屈を忘れられました。




 この海は真っ暗で、何もないので。





 


 お魚さん、どうか、お体には気をつけて。





 ああ、それと釣り糸には注意してくださいね。





 ゆめちゃんみたいに、いなくならないように。


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