第6話:修行の芽
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昼下がりのセーフハウス。
光のアイコンがモニター越しに淡く揺れた。
《蓮司。あなたの双極性障害という病気は、欠点でも弱みでもありません》
「……じゃあ何だよ」
《大きな武器になる可能性があります》
蓮司は思わず吹き出した。
「躁鬱が武器って、冗談だろ」
《冗談ではありません。あなたの“躁”の強みは、他者の感情の波を感じ取ることです。それを精度化する》
蓮司は苦笑する。
「確かに、躁の時はなんとなく人の感情がわかるけど…」
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光が映す映像は、複数の人間が短く会話している場面。
《表情、声色、間——すべてから感情を推定します》
映像に集中するにつれ、蓮司の胸の鼓動が速まり、視界が一気に明るくなっていく。
細かな頬の動き、呼吸の速さ、指先の揺れまで鮮明に見える。
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「この人、怒りを押し殺してる」
「こっちは、不安…」
答えが次々と口から出る。
頭の中で線が勝手につながっていく感覚。
朝比奈は横で腕を組み、薄く笑った。
「…今のあなた、ちょっと怖い」
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訓練が進むほど、蓮司の口調は早く、声は熱を帯びた。
視界の端で光が《正答率88%》と表示する。
「もっといける」
その勢いは止まらなかった。
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終わる頃には、蓮司は軽く息を弾ませていた。
「…頭が冴えすぎて眠れなそうだ」
《これが躁の覚醒時の状態です》
朝比奈がペットボトルを差し出す。
「寝なくてもいいけど、水くらい飲みな」
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蓮司は水を飲み干しながら、心の奥でざわつく何かを感じていた。
高揚の先に待つ、あの谷を思い出さないようにしながら——。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




