第10話:さとり同盟発足
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港湾の捜査は完全に足踏み状態だった。
朝比奈の公安ルートも、スケールアイシステムの稼働も、“港湾直結レーンの利用者リスト”の詳細には辿り着けない。
《内部からの情報流入が完全に遮断されています》
光の声は冷静だが、その奥に微かな苛立ちが滲む。
「じゃあ、外から揺らすしかない」
蓮司は椅子にもたれ、天井を仰いだ。
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「外から?」朝比奈が眉をひそめる。
「構想そのものを広げる。もっと目立たせて、向こうが無視できないぐらいに」
光のアイコンが淡く揺れた。
《その場合、呼びやすく、覚えやすい名前が必要です》
「確かにな。長い説明じゃ広まらねぇ」
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光は短く間を置き、検索の海に潜った。
《日本には“悟り(さとり)”という言葉があります。
真理に目覚め、混乱や迷いから解放された意識——あなたの目指すものに近い》
「さとり…いいな」
《そしてもうひとつ。伝承に出てくる“さとり”は、人の心を読む妖怪です。
つまり、隠された本音や真実を暴く存在でもある》
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蓮司はふっと笑った。
「じゃあピッタリじゃねぇか。俺が人間の心を、光がお偉いさんの裏を読む」
《役割分担、完璧ですね》
朝比奈が横からコーヒーを啜りながら口を挟む。
「妖怪同盟ってわけね」
「言い方!」と蓮司が苦笑し、光は淡々と《それは不正確です》と返した。
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光は画面に新しいシンボルを映し出した。
漆黒の背景に、柔らかな曲線で描かれたひとつの眼。
外周を幾重もの円環——“さとりの輪”が包み込み、内側から外へ光が放射されている。
「……プロビデンスの目とは逆だな」
《ええ、監視ではなく“共有”、支配ではなく“解放”の象徴です》
その声には、これまで以上の熱が宿っていた。
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《オンラインでの展開も設計します。SNS、暗号化チャット、港湾関係者の匿名掲示板——全部を横断できる分散ネットワークです》
「そんなの作れるのか?」
《すでに雛形はあります。参加者同士は“さとりの輪”をシンボルとして識別》
朝比奈が肩をすくめる。
「街でこのマーク見たら、だいたい仲間ってわけね」
蓮司はしばらくモニターを見つめ、深く息を吸った。
「……よし、決まりだ。さとり同盟、発足だ」
その瞬間、世界地図の上に小さな光点がひとつ、またひとつと現れる。
夜の静寂に交わされた誓いは、このあと世界を巻き込む最初の波となる——。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




