五臓の宝石
ある日 世界中に声が響いた。
<5つの存在を宝石にした>
訳の分からない言葉だ。初めこそ誰も信じなかった。だって毎日いろんなニュースがあふれるこの世界、何かが突然宝石に変身なんて話はとんと聞かないからだ。
神のお告げか?いや、集団ヒステリーかもしれない。またまた、どこかの国の陰謀だ・・・
そうお茶の間を賑わせたのもずいぶん昔のこと。今では笑い話になっている。
そんなある日のこと、一人の人間が子供を庇い死んだ。それだけなら悲しい事件の一つとして終わったが、そうではなかった。
死んだ人間の心臓辺りに硬いものがある事に気が付いた遺族が、献体として差し出したのだ。
一緒に暮らしていたが病気の兆候はなく、至って健康体だったはず。もしかすると珍しい奇病の可能性がある。
子供を救った存在が、さらに未来の誰かを救う誰かの手助けになればいい。遺族は悲しみながらも差し出した。
その思いを受け取り、とある大学に提供された遺体を多くの学生達が見守る中、医師が肉の壁を慎重に切り開いた先には心臓ではなく─────
その場にいた誰もが息を忘れるほどに美しい宝石が、鎮座されていた。
宝石を目にした彼らは人間であることをやめたかのように奪い合った。
直前まで丁寧に扱われていた遺体が、まるで何かを採掘するかのようにぞんざいに扱われている。
数時間前には未来に向けて互いに理想を語り合っていた友の首を折る様に締め付ける者がいる。
先ほどまでの祈りの場のような静かな空間が一転、まるでチープなB級映画のように現実感のない惨劇の場となった。
その中で一人だけ。息を潜み、泣きながら機材の陰に隠れる男がいる。
幸か不幸かその中で一人、やる気がなくこっそりと携帯を触っていたために偶然宝石が生まれる瞬間を目にしていなかったのだ。
彼は早く悪夢から覚ましてくれと、生まれて初めて神に祈っていた。
厳しくも真摯に向き合ってくれた先生も、口では馬鹿にしつつも実は尊敬していた同級生も、皆おかしくなってしまった。
逃げようにも出口は隠れている場所からずいぶん遠いし、足なんてまるで空気と同化したかのように感覚がなく、力を入れることができない。
どうすればいいのか。彼は自分の手の中で暖かくなっている携帯を見ておもむろに動画投稿サイトを開くとスマホを狂乱の渦の中心に向け、ライブ配信を始めた。
【誰か助けて!】みんなおかしくなった!○○大学
あとは簡単なことだ。
世間にその存在が出たその日のうちに遺族の家はなくなった。彼らは生きてはいないだろう。
助けられた子供は行方不明になり、後日遺体の一部が発見された。
遺族と子供だけではない。宝石と関わりがあった多くの人間が欲望の渦に巻き込まれ消えていった。
宝石は生前に確認されることはなく、死んで形になるのではないか。
その話が出た年は行方不明になった人間の数が記録上過去最高となった。
これだけの犠牲を出した宝石は行方知れず。今もなお多くの存在が探し続けている。
そしてこれはごく一部の存在だけが知っていること。
────宝石は、宝石の場所を知っている。