第2話【微風】
村の外れにある枯れた大樹の根元に、誰かがしゃがみこんでいた。
細い背中。まだ幼い、けれどどこか疲れたような少年だった。
その少年はぼんやりと遠くの空を眺めていた。
そしてその視線の先には、
憐花が膝の上で、静かに紙飛行機を折っている姿があった。
白い紙が、光を受けてかすかにきらめく。
その手元を、少年はじっと見つめる。
何かが、胸の奥で微かに揺れた。
そして――
少年は、おそるおそる、声をかけた。
少年「……それ、紙飛行機?」
憐花は手を止めず、視線だけをやさしく向ける。
憐花「うん。飛ばすためのね。」
少年「……風、吹かないのに?」
憐花「そう。だからこそ、かな。」
少年「飛ばないなら、意味ないじゃん。」
憐花「それでもね。飛ばさないと、何も始まらないから。」
少年は言葉に詰まり、少し口をすぼめた。
その目は、どこか寂しげで、どこかあきらめていた。
少年「……この村、ずっとこうなんだ。水も来ないし、風も来ない。
誰も笑わないし、誰も怒らない。全部、止まったまま。」
憐花は折りあがった紙飛行機を、そっと彼の前に差し出す。
憐花「でも、あなたは今、話しかけてくれた。
それだけでも、止まってないってことだよ。」
少年「……」
憐花「だから、飛ばしてみない? あなたの空に。」
少年は、おそるおそる紙飛行機を受け取り、
その軽さに少し驚いたように目を見開いた。
少年「……どこに、飛ぶの?」
憐花「さあ。どこにでも。でもきっと、誰かの心に届くと思うよ。」
少年「そんなの……ほんとに届くの?」
憐花「わたしは信じてる。“届くって決めた”から。」
少年はゆっくりと立ち上がり、紙飛行機を両手に持って、風のない空を見上げた。
そして――そっと腕を振り、飛ばした。
……風はなかったけれど、紙飛行機は空に舞った。
ほんの少しだけ、まるで空気が押し返してくれたように。
憐花「……ね、飛んだでしょ?」
少年「……うん。飛んだ。」
そして彼の口元に、ようやく小さな笑みがこぼれた。