第10話【動き出した風】
スルヴァ=トーンは、
掌の中の紙飛行機を、
そっと握りしめた。
ただ、そっと。
壊さないように。
逃さないように。
ほんの少し、
心が動いただけだった。
けれど、それだけで――
世界は、
静かに、
応え始めた。
最初に、
音が戻った。
草の葉が、
微かに擦れあう音。
どこからともなく、
小さな風が、
頬を撫でた。
止まっていた空気が、
揺れた。
止まっていた空間が、
息を吹き返した。
灰色に霞んでいた領域が、
ゆっくりと、
色を取り戻していく。
まるで、
長い夢から目覚めるかのように。
スルヴァは、
自分の手を見つめた。
それは、
ただの肉体じゃなかった。
ここにあるのは、
まだ、動こうとする意志だった。
憐花は、そっと一歩近づく。
碧斗も、笑みを浮かべながら、それに続いた。
誰も、何も、急かさない。
ただ、
スルヴァの選んだ風を、
信じて待っていた。
スルヴァは、
ゆっくりと立ち上がった。
膝がわずかに震えた。
長い間、動かなかった体が、
ようやく、自分自身を思い出したかのように。
そして――
スルヴァ「……ありがとう。」
かすれた声だった。
けれど、
それは確かに、
彼自身の、意志だった。
憐花は、にっこり笑った。
憐花「うん。
……おかえりなさい。」
風が吹いた。
小さな、小さな、
けれど、
確かな風が。
それは、
スルヴァの心にも、
憐花たちの心にも、
やさしく、あたたかく、
吹き抜けていった。
止まっていた世界に、
今、ほんとうに、
風が、生まれた。